第7話 007 初めてのダンジョン


 少女は幌車の中で泣き続けていた。

 幌車後端すみっこに体育座りでシクシクと……。


 『コツメちゃん……いい加減に諦めて、泣き止みなさい』

 優しく声を掛けているのはカエル雌である。

 

 日も暮れたので今は幌車を適当な場所に停めてのキャンプの準備中。

 が、少女が泣き続けていてそれどころでは無い。

 寝る場所は幌車の中に雑魚寝でも良いし、飯は盗賊達の遺していったモノが有る。

 果物にパンだ。

 なので準備と言ってもやる事はあまり無い。


 「だって……本当に奴隷にするなんて……」

 グスっと鼻をすすった。

 何度も同じ事を言い続けるだけの少女……コツメ。

 そして……づっと泣き続けている。

 その合間に、合間にカエル雌が名前と年齢を聞き出した。

 十四才で忍者だそうだ。

 ……家はまだ聞き出せてはいない。


 『ほら……』

 カエル雌はミカンを差し出して。

 『これでも食べて泣き止んで』


 

 あの後。

 気絶した少女……コツメを幌車に放り込んで。

 男が奴隷印を打った。


 因みにだが奴隷印は小さな魔方陣の画が肉体に浮かび上がる様に印される。

 誰が奴隷かと目で見てわかる様にだ。

 普通は胸元……首の下に打つものらしい、少し胸をはだけさせれば確認も簡単だからだ。

 一部、犯罪者奴隷は額の真ん中に打たれる事もある。

 顔を見れば一目瞭然でそれとわかる様にだ、それは償いでも有る様だ。

 詰まりは何処に奴隷印を打つのかは選べるという事だ。

 そこで……男は、その奴隷印をお尻に打つ事にした。

 もちろんコツメだけでなくカエル達もだった。

 それは裸に成らなければ奴隷とわからない様にとの配慮だ……。

 違った……男が奴隷を従えていると思われるのが嫌だったからだ。

 だから為るべくわかり憎い場所を選んだのだ。

 

 その奴隷印を本人が希望したから打ったのに……何故か泣き出してグチグチと言って泣いている。

 

 「諦めろ……奴隷印の解除の仕方はわからん」

 実際に頭に浮かんでこないのだから仕方が無い。

 何かしらの方法は有るのだろうが……それも知らん。

 だいたいが最初に言い出したのは自分だろうにとも思う男。

 それを聞いて渋々に奴隷印を打ったのだ。

 男は端から奴隷にするのは嫌だったのだ。

 こんな若い娘を奴隷だなんて……世間にどう思われるか。

 それを考えただけでもゾッとする。

 だからか語尾も少し鋭く成る男だった。


 ビヤー。

 怒鳴られたとでも思ったのだろうコツメは一段と声を大きくして泣いた。


 「あんまり煩くするなら」

 男は幌車の前の方に丸く掛けられた毛布を掴み。

 「これを剥ぐぞ」

 と、コツメに告げる。


 その毛布の中には骸骨が居た。

 コツメが骸骨を見る度に気絶して屁を垂れるので、見えない様に隠しているのだ。


 『旦那……』

 カエル雄が首を振りながら……諭す様な目で男を見た。

 

 泣く娘には味方が多いらしい。

 カエル達は同じ奴隷仲間だからか?

 雇用主と雇用者の違いか?

 コツメを庇おうとするカエル達。


 男は一人……悪者だ。

 「ほら……ミカンだ」

 悪者にされるのは気分が悪いと、優しさを演じてみた。

 別に情にほだされたわけでは無い。

 仲間外れの孤独がイヤだからだ。

 「やるから喰え」

 と、差し出した。


 「いらない」

 ミカンは拒絶して手を制し。

 それでももちろん……泣き止まない。

  

 「ミカンが嫌なら何が良い?」

 困り果てた……振りをした男。

 「パンか? 水か?」

 辺りを見渡して。

 他は録なモノが無いなと舌打ち。

 あの盗賊共も……もっと気を効かせろよと愚痴も出そうに為った。


 「ナンでも?」


 しかし、その言葉に初めて反応を示したコツメ。

 ズッとガン無視か、泣くか、否定しか無かったのにだ。

 別段……したくも無かった意思の疎通だが、それが出来そうだと男は続ける。

 「ナンでも……だ」

 大きく頷いてやった。


 「じゃあ……」

 コツメは鼻水をすすり上げて。

 「刀……頂戴」


 「かたな?」

 怪訝な表情を見せた男。

 返ってきた言葉が予想外だったのだ。


 「前にアンタが倒した人間が持っていたヤツ」


 「よく知っているな」

 驚いた男だった。

 だが驚きはどうでも良い。

 使い用の無い脇差しが今役に立つならそれは易いものだ。

 何せ元が唯のゴミの様なモノなのだから。

 脇差しは武器にするには短い。

 でもナイフ代わりには長すぎる。

 あくまでもサブの武器だ。

 メインが同じ様な手斧や、両手武器の槍のカエル達にそのサブの武器は必要無いだろうし……本来はその二匹は戦闘要員でも無いのだ。

 幌車を牽くのが彼等の本職。


 骸骨は端から興味も無さそうだっだ。

 武器は錆びてないと駄目なのだそうだ。

 その拘りは意味がわからないが……多分相手を斬った時のその後に破傷風でも狙っているのだろう。

 ある種の毒の剣だ。


 男は勿論……脇差しは意味がない。

 斬った所で回復してどうする。

 

 なので二つ返事で。

 「いいよ」

 幌車の荷台に適当に転がしていた刀をコツメに渡して。

 「やるよ」


 脇差しを受け取ったコツメは立ち上がり、早速に腰に差した。

 ニパ~っと笑う。


 「刀のスキルを持って居るわけでも無いのか……」

 コツメの帯刀した立ち姿を見て男は呟いた。


 「ナンで?」


 「腰に差した刀が上下逆だ」

 今のコツメの刀は反が上を向いていた。

 

 「え?」

 自身を見直したコツメ。

 「そうなの?」

 ホントに? と言いたげな顔だ。

 反が上を向くと刃は下を向く事に成る。

 そしてお尻の部分が上を向いた状態の方が腰に差した時に据わりは良いと感じてしまう。

 だからかそう差そうとする者は初心者か……刀を知らないからだ。

 なお……大太刀で甲冑を着けた場合はそれでも正解だ。

 ただし腰に差してはいけない。

 その場合は紐でぶら下げるのだ。

 本気で長い大太刀なら背中に担ぐモノに成る。

 コツメの脇差しは……60cmには届かないサイズだ。

 そのわりには反が強い、脇差しとしては珍しい形だ。

 まあ……ここは日本では無いのは明らかだからその基準が合っているのかは怪しいが。

 しかし刀の形を見る限りでは、その向きが逆なのは間違いない。


 「そのまま」

 男は手振りで見せて。

 「抜いてみろ」


 ……。

 コツメは頷いて刀に手を掛けた。

 ……。

 掴んだ刀の柄の部分がアッチへ行ったりコッチへ来たりでバタバタしている。


 「ひっくり返して……抜いてみろ」


 「こう?」

 差し直して。

 「なんか……変じゃない?

 小首を傾げている。


 「いいから」

 もう一度、手振りを見せて。

 「構えて抜いてみろ」


 コツメが半信半疑でやってみた抜刀。

 スッと流れる様に刀の先が出た。


 自分でやってみて驚いたコツメは。

 「おおおお!」

 何度か試して。

 「シャキーンって出る」

 

 「そっちの方がスムーズだし……何よりカッコイイ」


 「ウンウン」

 と、声に出して頷いたコツメは。

 その刀の抜刀を何度も練習し出した。

 何やら嬉しそうで……もう泣いては居なかった。


 そのコツメにボソッと骸骨が。

 「練習などせんでも……そんなモノはスキルで一発じゃ」

 毛布の下から覗いていたのだろうか?


 「スキルなんて無いじゃん……買えば高いし」

 その骸骨に向けてシッシと、出てくんなとばかりに手を振るコツメ。


 ……。

 「有るよ」

 男も何となく返事を返した。


 その一言にガバッと身を乗り出して。

 「嘘! 有るの? ちょうだい!」

 顔が男に近い。


 少し圧に怯んだ男は顔を引いて。

 「これは仲間にしか挙げられない」

 そう薄く笑った。


 「アタシ! 仲間! 仲間!」

 自身を指差して。

 「ってか奴隷じゃん」

 両手を差し出し。

 「だから……ちょうだい」

 最後の一言は思いッ切りに媚びていた。


 そんなコツメを流し見た男。

 「俺の奴隷は嫌なんだろう?」

 薄ら笑いはそのままで。

 「さっきまで泣いてたじゃないか」

 鼻で笑い。

 「奴隷印の解除をするんだろう? そんなスグに居なく為る様なヤツにはやれんなぁ」


 「クッ……」

 悩み始めたコツメ。


 その姿が可笑しくて、イタズラ心に目の前にスキルの飴玉を並べてやった。

 男のポケットに有ったヤツをほぼ全部。

 勿論……魔物用のは除いてだ。


 そのスキルに目が張り付くコツメ。

 「わかった……暫くは、一緒に居てやる」

 そう言い終わるか終わらないうちに、全部をひっ掴み自分の口に紙の包みのままに放り込んだ。


 「あ!」

 男の小さな叫び。


 『あ!』

 『あ!』

 カエル達の驚き。


 ブーン!

 蜂達の羽音。


 「お!」

 最後は骸骨の声だった。

 

 「もう全部飲み込んじゃったよ~」

 パカリと口を開いて見せて。

 「アタシのモノ~」

 

 

 

 良く朝。

 スッカリ機嫌の良く為ったコツメはパンに噛り着いていた。

 それでもミカンを食わないのは……どうやら柑橘系が苦手な様だ。

 獣人だからだろうか?


 さてそんなコツメなのだが……一応は仲間で良いのだろう。

 裏切る気は満々なのだろうが、今は旅の途中だし、暫くは街には行かない予定だ。

 詰まりは奴隷印の解除もまだ暫く先に為る。

 それが有る限りは逃げ出す事も不可能だ。

 その暫くの間、仕事をしても貰えればそれでも良いと考える男。

 報酬は先払いで渡した刀とスキルだ。


 

 幌車は進み。

 草原を抜けて森に入り。

 そこから人の造った道を外れて獣道。

 そこを進むと暫くで登り坂に差し掛かる。

 このまま山を登る様だ。

 道案内の骸骨の指示そのままだった。

 ここからでもまだ二日かは掛かるそうだ……人の良さげな村長の居る村からは合計3日。

 遠いのか近いのか。

 早いのか遅いのか。

 男には判断がつかない……そもそもが比べる基準が元の正解での自動車なのだから、それと異世界のカエルが引く車では違いが有りすぎる。

 なのでその部分は考えるのを放棄した男だった。

 男には、何にも急ぐ理由が無いのだからそれで問題は無い。


 「大丈夫か?」

 男はカエルに声を掛けるのだが。

 そのカエルは何事も無くに幌車を力強く引っ張り続けた。


 その間に魔物には遭遇していない。

 なのでコツメの仕事もない。

 魔物と戦うにしても、その倒した魔物を料理するにしても……肝心の魔物が居なければ話にも為らない。

 そんな暇なコツメは、幌車の後に座り……延々とカエル雌と雑談している。

 仕事の邪魔をしてやるなと何度か怒ってみたのだが、男の言う事は聞きもしなかった。 


 「さて、ソロソロかの?」

 骸骨が口を開いた。

 コツメは身体をビクリとさせたが、幌車の後を見たままで振り向きもしない。

 今は骸骨は幌車の先頭に、盗賊達の残した魔法使いのローブを着込んで座っていたのだ。

 コツメが後ろ向きでカエル雌に話続けていたのは骸骨の存在を出来るだけ無視したいからなのだろうとは想像できる。

 いい加減に慣れろとは言いたいが……それでも我慢は見えるので注意は止めておいた男だった。


 「目的の者は……この奥に居る」

 骸骨が指差す先には、木々に見え隠れする洞窟の入り口が在った。


 見た目は明らかなダンジョンに見えるそれ。

 「魔物は……無論」

 そのダンジョンを見て生唾を飲む男。

 「居るのだろうな?」

 疑問系だが……確信は有った。

 入るのが躊躇われる。


 「本来なら居らん筈じゃが」

 骸骨は唸り。

 「なのじゃが……気配は感じられる様じゃ」


 「覚悟が必要か」

 苦い顔に為る男。


 盗賊達の装備品。

 木の胴当て……剣道のそれの様な見た目、ボスの装備品だ。を、ナイフと合わせてコツメに渡した。

 そして、ナイフ使いの着ていた妙に派手な服はカエル雄にと差し出したのだが……それは思いッ切り断られた。

 見るからに防御力が無さそうだし、変だし、派手だし、格好が悪い……と、いう事らしい。

 無論、同じ理由でカエル雌にも断られた。

 そして……男も着ない。

 理由はやはり……同じだ。


 男はその代わりに薬だ。

 魔法使いが持って居た物なのだが、青い小瓶が一個に黄色い小瓶が三個。

 それが何なのかはわからなかったが、それでもどちらかは回復薬だと決め込んだのだ。

 例え毒薬でも男が投げれば回復に成るんじゃあ無いかとの予測も含めてだった。

 毒薬を投げて攻撃出来るならネクロマンサーは薬士としてなら攻撃の手段が有る事に為る。

 でも、それだとネクロマンサーは強過ぎる気もしたのだ。

 アンデッドに攻撃させて、自身も薬で攻撃。

 投げての攻撃なら弓矢とか投石でもいけるのかも知れない。

 だが……流石にそれは無いのだろうとの予測だ。

 出来るなら、もっと早くに骸骨が教えてくれていたのだろうし。

 まあ、わけのわからない物を味方に投げても良いのか……どうかだが。


 そんなこんなの出来る限りの準備をして、幌車から降りる。

 そして、男は洞窟に一歩を踏み出した。

 

 

 洞窟の中は真っ暗だった。

 そして、湿度も高い気がする。

 だが、それでも自然に出来たモノでは無いとはわかる。

 人が普通に歩けるくらいに床は平で、魔物と戦えるくらいの広さが常に有る。

 成る程……まさしくダンジョンだった。


 先頭はコツメが努めた。

 指先に炎の魔法を灯して周囲を明るくしてくれている。

 火遁の術! と、それもなんだか嬉しそうにしていた。

 レベルが低いのでその火もライターレベルなのだが……本人が遣る気に成っているならそれで良い。

 そのうちに強く成れば、盗賊の魔法使いの様に火の玉を飛ばせたりも出来るように成るのだろう。

 それも修行次第か。


 二番手は斧を携えたカエル雄が続く。

 折角の武器とスキルだと積極的に戦う姿勢を見せてくれたのだ。

 

 二番手は槍のカエル雌。


 で、次に男で。


 最後が骸骨だ。

 本来なら骸骨が先頭を行くべきなのだろうが……コツメが嫌がったのだ。

 まあ、骸骨を見る度に気絶は……それはそれで面倒なのでこの順番に成った。

 それに、先に蜂を飛ばしてこの先の最初の分岐点迄は魔物も居ないと事前にわかっていたので別段文句も無いとコツメの言う通りにしたのだ。


 

 さて……その分岐点なのだが。

 左右に別れたティー字路だった。


 男はどっちだ? と、骸骨を見る。

 骸骨は……わからんと首を振った。

 「前に来た時は……確か十字路だった筈じゃが?」

 等と惚けた事を言う。

 間の前に見えるのは正真正銘の誰が見てもティー字路の突き当たりだった。


 空っぽの脳がボケたのだろうか?

 確かに骸骨は老人の様でも有る。

 しかし、脳も無いのにアルツハイマーに成るのだろうか?

 あれは脳細胞の萎縮に依るものの筈だが?

 男は骸骨を見ながらとても失礼な事を考えていた。

 道案内が道に迷うなんて有り得ないと思ったからだ。

 それも一番に大事で危険なダンジョンでだ。

 少しばかりイライラしてもおかしくは無いだろうと思う男。


 しかしわからないと、そうハッキリと言われれば仕方無いと諦めるしかない。

 なので、左右の道を各々に蜂を飛ばして探る事にした。

 「索敵開始」


 右手はスグに何匹かの魔物が居た。

 その先はわからない、危険な事はさせない様に魔物を見付けた時点で引き帰りさせたのだ。

 左手には魔物は居ないが……どん詰まり。

 何も無いなら進むだけ無駄だと、右手を差した男。

 

 骸骨に向き直り。

 「前に出てくれるか?」

 そう打診した。


 だがそれを拒否したのはコツメだった。

 間髪入れずに。

 「ダメ! 嫌だからね」

 と、勝手に先に進むコツメ。

 「私が先頭を行く」

 そう宣言して、左に進もうとしたコツメ。

 

 「違う! 右だ」

 男はそれを修正した。

 コツメを呼び止めて。

 「コッチコッチ」

 と反対側を指差す。

 骸骨を見たくないのはわかるが、少し位は後を確認して欲しいモノだと愚痴る男。



 さて、蜂の見付けた、魔物はデカい……ナメクジだった。

 左に曲がって少し歩いた所に居た。

 ナメクジが一匹に、同じくらいにデカい……カタツムリが一匹。

 

 男がそれを確認したと同時にコツメが走り出した。

 男はスキルの夜目を持っている。

 盗賊から奪ったスキルだ。

 コツメもほぼ同時に見えた様なので、コツメもそれを持っているのかも知れない。


 が、今はそんな事を考えている処じゃあ無い。

 勝手に独り飛び出して行ったコツメのせいで作戦も糞も無くなったのだ。


 「みんな! コツメを独りにするな! 行け!」

 そう叫ぶしかない男。


 『行くよ!お前さん』

 『おうよ!』

 カエル達が走る。

 

 『全軍突撃!』

 蜂達もそれに続いた。


 男とその場に残った骸骨は。

 「ワシも行った方が良いじゃろうの?」

 と、剣を抜いて一歩を踏み出す。


 それを。

 「骸骨は来んな!」

 と、叫んで制しするコツメ。


 来るなと言われて立ち止まる骸骨は……男を見る。

 男も骸骨を見た。


 「ワシは……待機、かの?」


 「その様だな……」


 二人して肩を竦めるしかない。


 そして、コツメに目をやれば。

 もう既に先頭の大ナメクジに斬りかかって居た。

 敵のど真ん中で戦闘中にコツメに気絶されでもしたら面倒臭い。

 ……いや、それでも骸骨が何とかしてくれるか?

 

 ン? と、骸骨を見る男。

 そもそも骸骨ってどれくらいに強いのだ?

 未だに戦っているの一度も見た事が無いぞ?

 盗賊のボスを気絶させたが……それもヘロヘロで逃げ出そうとしたその時の一撃だけだ。

 殆ど不意を着いた感じだった。

 あれは戦闘とは言わないだろう。

 男の目線は骸骨に止まっていた。

 

 「いやーん……コイツら伐れない」

 コツメが何やら叫んでいる。


 なので男もそちらを向いた。

 コツメの斬りかかった刀は、ナメクジの粘液の様なモノで滑っている。

 他の者も同様。

 手斧も槍も蜂の針もだ。


 「魔法は?」

 思わず叫んだ男は……スグに自分に呆れた顔をした。

 魔法はコツメにしか使えない。

 その威力はさっきのライターレベルだ。

 たも似たり寄ったりで、雷は静電気レベルだし。

 氷は触った物を少しだけ凍らせられるだけ……しかも液体限定ときている。


 「駄目~、どれも効かない」

 一応は試してみた様だ。

 ナメクジの胴体に所々にコツメの手形の形の凍った後が有る。


 それを見て男は声を上げた。

 あッ! 

 閃いた! そんな声音だ。


 「凍った場所を突いてみろ」

 粘液が滑るなら凍って固めれば……斬れなくても突けるのでは無いかと考えたのだ。

 氷も滑るがそれ程の固さも無いだろうから、突けば割れて粘液を剥がしてくれる筈。

 

 半信半疑なそんな返事で答えたコツメは。

 「? わかった」

 刀の差し方の間違いを教えたのが良かったのか。

 コツメは男の指示には、取り敢えずは素直に聞く事にしていた様だ。

 

 刀を水平にして自分の氷の手形の真ん中を着いた。

 パキッと音がしてブスリと刀が刺さる。

 

 途端に大ナメクジが暴れだした。

 効いている様だ。


 「コツメ! 魔物に触りまくれ! 氷遁の術だ!」


 「わかった」

 と、魔物の回りをスルスルと走り。

 カッコイイを意識した感じでの。

 「氷遁の術!」

 と、叫んで手形を着けていった。


 「凍った所に毒針だ!」

 男は蜂に命じて。

 「最後に斧と槍でトドメだ!」




 「見事じゃったのうー、見惚れてしまったわい」

 魔物からスキルを抜くその横で、仕切りに感心する骸骨。


 大ナメクジはコツメの氷の手形を頼りに滅多刺し。

 大カタツムリの方はただ殻が硬いだけで、カエル雄の格闘スキルで投げ飛ばし、転がった所を開いた殻の口を槍で突いて終わった。

 デカいだけで鈍くて弱い奴だった。

 

 その上スキルも酷い。

 [引き籠り]……殻に綴じ込もりながらの現実逃避。って、なんだそれ。


 大ナメクジの方は [粘液防御] だそうだ。

 粘液による攻撃回避。

 それはカエル雄に渡す。

 カエルも粘液を出せる筈だし、それがあれば盾役もこなせそうだ。

 有効なのは実際に戦ってわかっている。


 また少し強くなったとほくそ笑む男だった。

 男……自身は全くなのだが……。

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