第13話 013 買い物


 雨も止んだ様なので、いざ出発。


 ムラクモ達は雨の中でも引っ張りますよと言ったのだけど。

 男は、それもなんだかと思い断った。

 別段、急ぐわけでもない。

 そもそもの目的がマリーのパンツなのだから。

 ゆっくり行こうと、そう告げたのだ。


 山を降りて、草原の石畳をガタゴト進む。

 来た道を戻っているだけだが、不思議と景色も違う様に見える。

 そこに居た骸骨がマリーに変わっただけなのにだった。


 時折、魔物も出たが蜂達の新しいスキルのお陰で発見が早い。

 隠れていてもピット気管の熱探知で一発で見付けられる。

 場所がわかれば一匹づつムラクモのカエルの舌で引き寄せてボコれば良いだけ。

 まあ、弱い魔物しか居ないだから楽勝も当然か。

 むしろスキルを取り出す作業がウザイ。


 そうか。

 変わったのは魔物に出会うように成ったからだ。

 骸骨が魔物を避けてくれていたのが無くなったから、エンカウントが増えた。

 その都度、幌車から降りての戦闘だから……景色も違って見えてもおかしくはないのだ。

 答えがわかれば不思議も無くなった。


 男は幌車から見える景色を眺めるのを辞めて、ポケット探る。

 そこにはスキルの飴玉が入っていた。

 「魔物のスキルも結構、貯まったな」

 マリーに聞こえるように、男もソレなりに仕事をしているぞとそんな顔で。


 「先に言っとくけど、ソレ売れないわよ」

 マリーは男に答える。

 

 「何でだ? スキルって売り買い出来るって聞いたぞ」

 骸骨にだけど。


 「そうね……でも魔物のスキルは擬人にしか使えないのは知っているでしょう?」

 

 「ああ、範囲が有るとは聞いた」

 人、亜人、獣人、擬人……と分けられた、分類の事だ。

 

 「擬人って人里に居る時はホボホボ奴隷なのよ」


 「喋れ無いからだろう?」

 それも聞いたし知っている。


 「そんなのがお金を持っていると思う?」


 「いや主人が使役している擬人の為に……」


 「貴方の持っている様な低レベルな魔物のスキルをワザワザ買い与えると思う? そんなのよっぽどの好事家かマニアか……変態よ」


 「ピット気管とかは便利だし珍しいんじゃ……」


 「そんなのスライムを捕獲すれば出てくるわよ」


 「スライム!」

 溶けて無くなるからスキル召喚はやったことが無いが……でも毒のスキルが自然と出てきた。

 ……自然ととスキル召喚は違うのか?

 実際……蜂達に渡した毒のスキルは、いまいち意味がわからなかったのだが。

 唸り始めた男。

 ポケットからスキルの飴玉を出して、床にバラバラと転がした。

 「ゴミか?」


 「ゴミね」

 マリーはそれを見もせずに一言で。


 「いや、しかしスキル召喚なんて使える奴は……そんなに居ないだろう」

 それは確かネクロマンサーの固有スキルだ。

 そしてネクロマンサーはこの異世界でもそんなに多くは無い筈だ……なにせ勇者と分類されるジョブなのだから。

 マリーに言わせれば魂の勇者か?

 って事は、スキルの飴玉にも希少価値ってのは有る筈だ。

 どうにもマリーに抵抗したい男はそう答えを出した。


 だがマリーは落ち着き払ってさらりと答える。

 「スキル召喚はそうでしょうけど……でもね世間にはスキルスチールってのが在るのよ」


 「スチール?」

 幌車の後方に座ってシグレと話していたコツメが振り向いた。

 口元にはパン屑が散らばっていた。

 また食っていたようだ。

 「私持ってる、ソレ」

 シグレを相手に退屈凌ぎをしていたのだろう処に、自分の持っているスキルの話が出て来たので、こちらにも混ざって来たのだろう。

 チョロチョロと暇な奴だ。


 マリーはそのコツメに。

 「それの進化番よ。倒した相手のスキルを掠め取るのそれ用の特殊な瓶の中にね」


 ほうほうと頷いて聞いて居るコツメ。


 「コツメもそのうちに出来る様に成るわよ」

 マリーのその台詞で男は大きくガッカリとした。

 コツメでも出来る様に成るのなら……今現在でも相当の人数がそれを出来る筈だ。

 詰まりは……スキルの飴玉の価値は魔物の強さに比例するという事だ。

 誰でも倒せる魔物のスキルは、やっぱり何処にでも有るようなモノでごみ。 


 男は溜め息を着いて、その場に倒れ込む。

 ふて寝だった。

 もう反論も思い付かないからだ。



 

 そんなこんなで村に到着。

 相も変わらず平和そうでノンビリとした所だ。

 まあ、行きも3日で帰りも3日。

 合わせてほぼ一週間ぶりの村だ。

 見るからにスローな時間の流れる村に変化なんか有る筈もない短い時間でしかないので当たり前っちゃあ当たり前。

 

 

 そして、村長の店に直行。

 今回は家では無くて店の方だ。

 だが、ここでチョッとした変化を見付けた。

 店番に居たのは肉付きの良過ぎるオバサンだった。

 

 「あら珍しい、旅の人?」

 ニコニコといかにも話好きそうなオバサンが店の奥から出てきた。


 「ああそうだ」 

 と、男は頷いて。

 「ここは買い取りもしてくれるのか?」


 「物にも依りますけどしていますよ」

 愛想よく。

 「あ! でも弱い魔物のスキルなんてのは駄目よ」

 笑いながら。

 「そんなの持って来る人も居ないけどもね」

 冗談の積もりらしい。


 男も愛想笑いで返して……ポケットの中で握り締めていたモノを放した。


 そしてもう一人、頷いていたマリーがズイっと前に出る。

 「そんなんじゃ無くて……この回復薬十個を買い取って欲しいの」

 そう告げて背中のリュックを下ろして薬を取り出して、オバサンに見せた。


 「良いわよそれ、オバサンに良く見せてくれる?」

 マリーが子供の成りだからだろう。オバサンの一人称もオバサンだった。

 そしてそれを手に取りシゲシゲと見ながら何やら呪文。

 鑑定とかそんなモノなのだろうか?


 「うんこれは良いものね。質も良いし新鮮だわ」

 マリーに頷いたオバサンは薬を指して。

 「一個、銀貨1枚ね」

 そしてマリーの差し出す薬を確かめる様に数えて。

 「全部合わせて銀貨10枚よ」


 価値がわからん……。

 小首を傾げた男。

 薬の価値もわからないが……銀貨の価値もサッパリだ。

 

 「それで良いわ御願い」

 マリーは薬と銀貨を交換した。

 その上でオバサンに声を掛けるマリー。

 今度はオバサンに近付いて耳元で小声で。

 「で……パンツが欲しいのだけど。有る?」


 微妙な頷きで返したオバサンは。

 「待ってなさい」

 そうマリーに告げて店の奥でゴソゴソと。


 男は何もやる事が無いと、改めて店内を見渡した。

 いろんなモノが置いてある。

 鍋とかの調理用具。

 鎌や鍬とかの農具。

 剣とか盾も有る……むろん防具も。

 モノはどうだかわからないけど。

 でも……ムラクモ達が持っている物よりは良いものだとは思うが。

 所詮は魔物の持っていた装備品だ。

 それでも問題なく使えて居るようなので、暫くはそのままかな?

 武器が変わって扱いが変わればミスも出るかも知れない。

 本人達の技量……成長具合を見てからだな。

 男は店の武器とカエル達の持つ武器を比べる様に見ていた。


 と、オバサンが戻ってくる。

 「御免なさい……今はこれしかないわ」

 オバサンも一応は気を使ってか小声で、マリーの前にパンツを差し出す。

 それは、少しばかりセクシー過ぎるパンツだった。


 男は見る気も聞く気も無かったが、近くに居るのだそのどちらも自然と耳に目に入ってしまう。

 

 オバサンは申し訳なさそうにマリーに謝りながら。

 「値段も高めで……銀貨10枚……どおする?」

 

 その値段でか。

 それともパンツを見てか。

 「う~ん」

 と、唸り出すマリー。


 オバサンも押し売りはする積もりも無い様だ。

 「モノは良いんだけどねぇ」

 と、ポツリと呟く。

 その話ぶりでもわかるが……長らく在庫として有った物なのだろう。

 端的に言えば……売れ残り。


 でも考えた末にマリーは手を上げる。

 「いいわ! 買った!」

 背に腹は変えられないとでも思ったのだろうか?

 パンツ無しではキツいと……。


 「そう? ホントにこれで良いの?」

 そう言ってマリーにパンツを手渡すオバサン。


 渡されたパンツをニンマリと見ていたマリー。

 実はそのセクシーパンツを気に入っていたようだ。

 引っ掛かっていたのは値段の方か?


 そして、手を差し出して。

 「銀貨11枚よ」

 マリーにそう告げたオバサン。


 驚いたマリー。

 「え! さっき銀貨10枚って言ったのに!」


 「え?」

 オバサンも驚いていた。


 男はそのやり取りにボソリと正解を教えてやる。

 「消費税ってヤツだ」


 「そうなのよ……消費税が付くのよ……モノを買うと」

 オバサンも首を横に振っている。

 売り手のオバサンもその税金には納得できないものが有るようだ。


 そして叫んだマリー。

 「何よそれ!」


 男は宥める様に。

 「寝ている間に税制が変わったんだろう?」


 「キイー! 誰よ! 変えたのは王様? 何様よ!」

 マリーはジタンダを踏み出した。


 まあ……わかる気もすると男。

 税金は何時の世も腹が立つモノなんだ。

 世界が変わってもそれは同じだと、ポンとマリーの肩に手を置いた。


 そのマリー。

 「無理! 買えないわ!」

 と、オバサンの手にパンツを返す。

 銀貨10枚しか持ってないのだから、それも仕方ない事だった。


 そんな騒ぎを聞き付けたのか。

 店の奥から声が掛かる。

 「おや? いつぞやの冒険者さん」

 出てきたのは村長だった。


 男は村長にお辞儀をする。

 声を掛けられたからではなくて……。

 マリーが店で騒がしくしたからだ。


 しかし村長は別段、それを気にした風でも無くニコニコとしていた。

 その村長にオバサンが声を掛ける。

 「あら、知り合い?」


 「ほら、この間の御嬢様の恩人ですよ」

 村長は男を指差して、妙に丁寧な言葉遣いでだった。

 

 ん?

 村長はオバサンに頭が上がらないのか?

 成る程……二人は夫婦か。

 出た答えはそれ。

 たぶん間違いでは無いだろうと思う男。


 「へえ~人は見掛けに依らないものね?」


 オバサンに失礼な関心の仕方をされた男。

 チビッ子ゴーレム以来の二度目の事で、そうですかと流したのだった。

 そう見えるものは仕方ないのだから。


 「ははは」

 と、オバサンの一言に苦笑いの村長。

 しかし、それは礼儀作法とかでは無くて……小心者だからだと男には見るかれていた。

 それは村長もわかっていたようで、早々に話を変える。

 「時に冒険者さん。この間の御嬢様の御父上様から御礼を預かっております」

 そう言った村長は、一度奥に戻り。

 戻って来た時には手には革製の巾着袋を持っていた。

 それを男に差し出す。

 「金貨10枚です。これは御礼のほんの一部だそうです」

 次に丸めた羊皮紙を差し出して。

 「是非に王都の御屋敷にと、その時に改めての御礼がしたいとの事で」

 そう言いながらに手渡された羊皮紙には何やら書いてある。

 招待状?

 そんな類いの物なのだろう。

 屋敷に行くだけでそんな物が必要なのだから、やはりあのうるさい小娘は相当に良いとこの御嬢様だと改めて理解した。

 まあ、本人も王家がどうのこうのと言っていたのだし驚く事でも無いのか。


 「わかったそのうちに伺うよ」

 男は村長に頷いてやり。

 「これで良いか?」

 と、尋ねる。


 村長も頷いて返して。

 「はい、言付かりました」

 

 これで村長の仕事は終わりだ。

 実際に男が屋敷に行くかどうかは関係が無い。

 どうせ冒険者だと思われているのなら、何処かで野垂れ死ぬ可能性も有るのだろうし。

 その貴族の御父上とやらが、御礼を一部しか出さなかったのもそれ込みの目論見なのだろう。

 だから行く行かないは男の自由でも有るわけだ。


 しかし、思いがけずに大金を手に入れた男。

 金貨10枚はたぶん大金だ。

 それが大金だとわかる理由は簡単。

 アワアワとしているマリーを見たからだ。

 

 「マリー……パンツ買うか?」

 男は金貨を1枚を取り出してそう尋ねた。


 顔を真っ赤にしたマリー。

 「要らないわよ! 何よそれ! 何でよ!」

 ブツブツと文句を垂れ始める。


 いきなり自分よりも稼いだからか?

 男はマリーには肩を竦めて見せて。

 「じゃあ……カエルのハッピは有るか?」



 

 店を出た後。

 幌車を引くムラクモはハッピ姿にフンドシを締めて、そこにキセルを一本刺していた。

 とても嬉しいそうにしている。

 幌車を押すシグレは、朱色の着物と化粧ポーチの中身を少し買ってやった。

 スキル飴玉の包み紙の御礼でも有る。

 こちらもやはり嬉しそうだった。


 マリーには……パンツは要らないと言うので魔法使いのローブを買って、無理矢理に渡してやった。

 たまたま見付けた子供用だ。

 赤色の頭巾の着いた可愛らしいデザインだった。

 だがそれはあまり気に入らないのかその上から白衣を重ねて着込んでいる。

 後は肩掛け鞄もだ。

 何でも入る魔法印が打ってある魔法の鞄で、それを使えるスキル持ちだと結構な量が入るのだそうだ。

 マリーに聞けば、使えると言うのでそれも買ってやった。

 ただ、これも色が気に食わないと文句を垂れていたのだが……。

 黄色い色で小さくて可愛らしいのに。

 まあ、それでも錬金術師はイロイロと荷物も増えそうなので必要な物でも有るのだろう。

 渋々は隠さないがチャンと肩から提げている。

 

 男はとうとう念願のタバコを手に入れた。

 紙巻きのフィルター付きでは無いが、それに似た細身の葉巻だ。

 早速に味見を兼ねて一服。

 少し辛みは有るが旨いタバコだった。

 

 「ねえ……私のは? なんで私だけ無いの?」

 さっきからずっと男に言い続けているコツメだ。

 「蜂達にも有って何でよ~」

 蜂を指差す。


 その蜂達は買ってやったジャムの瓶に、美味しそうにたかっていた。

 やはり嬉しそうだ。

 

 それを見て男も満足げに頷く。

 そしてコツメには。

 「お前にはスキルを沢山遣ったろう? それで我慢しとけ」

 バランス的にはそんなもんだろうと考えたのだ。


 だがコツメは納得していない。

 「え~そんなのやだ~ズルい」

 村長の店から出てずっとその調子だった。


 「ああうるさい」

 あまりのしつこさに男も折れて。

 巾着袋から銀貨10枚を出して。くれてやる。

 「今度、それで好きな物を自分で買え」



 やっと静かに為った幌車の中で男は。

 「さて……目的地なんだが」

 どうした物かと考えていた。

 いや王都の屋敷に呼ばれては居るのだが……マリーのパンツは買えていない。

 詰まりはマリーは王都行きは嫌がるだろうと思ったのだ。

 やはり無理矢理にでもパンツを買ってやるべきだったと後悔した男だった。


 そのマリーは。

 「このままドワーフの里に行きましょう」

 男の言葉に被せ気味に言い放つ。

 「王都……城下町は絶対に嫌よ」


 「だからパンツを買ってやると言ったのに」


 「うるさい! いらないわよあんなの!」

 プリプリと怒り出す。

 怒っている理由は……まあ、イロイロなのだろう。


 「はいはい、じゃあドワーフの里ね」

 宥める様な口調の男は続けて。

 「その次に城下町に行こうか」

 

 『で、そのドワーフの里とわ?』

 幌車を引いているムラクモが尋ねた。

 マリーの怒りがヒートアップしない絶妙なタイミングと気遣いだった。


 「アッチよ」

 幌車の先頭に出て、指を指すマリー。

 怒っている事は隠さないが、それを誰かに向ける事は止めた様だ。


 それを見て、流石にムラクモ良い仕事をしたもんだと感心しきりの男だった。

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