第69話 069 骸骨の囮


 男達は早々に町を出た。

 日が沈む前だが、それでもだ。

 この町は気が滅入る、長居はしたくない……それが理由だ。


 道中、トラックの中で。

 「国が目を向けなければ……ああ成る」

 ルイ王が呟いた。


 大臣は黙って下を向いた。


 「次の町は……どうじゃろうな」

 骸骨はそんな大臣をチラリと見て。



 その次の町、ローディを目指しトラックは日の暮れた荒野を走る。

 月の出ない夜の道をヘッドライトの灯りだけで進む。

 王都に続く縦の道路はそれなりに綺麗だったのだが、この町と隣町を繋ぐ横の道路は荒れ果ていた。

 トラックの走るロードノイズは甲高く車内に響き、時折段差でタイヤを跳ね上げる。

 その度にウトウトし始めたマリーとコツメが目を覚ました。

 タウリエルと頭目と大臣は、車酔いで今にも吐きそうだ。


 「何処かに停めて、夜営しようか……」

 男は見兼ねて、ムラクモに車を停めさせた。


 道端に火を起こし、その焚き火でジュリアがコーヒーをいれてくれた。

 ジュリアは気が利くし優しいのだが……だがなあ。

 自分のコーヒーに瓶から液体を注いでいたのを男は見ていた。

 たぶん……酒だ。


 男とルイ王が火を挟んで座り、それをすする。

 と、ルイ王を見ると、やはり幻影で変化していても骸骨だ……ダバダバと顎の下から溢していた。

 勿体ない、中々に旨いのに。


 その後ろでは、酔った三人が黄金色の液体を口から撒き散らかしていた。ゲロゲロ。


 コツメとマリーとそれ以外は寝たようだ、誰も降りてはこない。

 ジュリアも大あくびをしながら、車に戻っていった。

 その寝相は見るまい。


 「この国の現状……知っていたのだろう」

 男は骸骨を見る。

 「この次のローディも、その次に提案したクレモナも……」

 焚き火に薪を足し。

 「問題が有るのだろうな」


 「さあ、行ってみないとわからんのう」

 焚き火の陽炎に揺られて、チラチラと幻影のルイ王から骸骨が見え隠れする。

 

 「そう言えば、王都の兵士達も国の言う事を聞かなく成っていたな」

 男は呟く様に。

 「エリートの衛兵でさえ……平気で国を裏切っていた」


 「王の独裁国家とか言っていたが」

 骸骨は笑い。

 「その王も裸の王か?」

 背後で踞る大臣をチラリと見て。

 「ヤツも大変じゃのう」


 「この戦争……勝たない方がいいかもな」

 それは男の感想だった。


 「勝てると思っていたのか?」

 骸骨は笑ったままで。


 そこへ大臣と頭目が近付いて来た。

 二人して両手を上げて、ゆっくりと歩いてくる。


 「どうしたんだ? 妙な格好で」

 と、男が声を掛けた時。

 その二人の首元が焚き火の火の光でキラリと光る。

 その光、剣先だった。

 

 頭目の後ろの陰に隠れた男が声を出す。

 「武器を置け……ゆっくりとだ」


 男は、武器をはなから持っていない……仕方がないのでそのままに両手を上げた。

 

 ルイ王はそんな男を見て……笑いながらに錆びた剣を見える位置に置いて両手を上げた。


 「お前達は何者だ?」

 頭目の陰に隠れた男。

 「王国兵士か?」


 「ただの旅のモノじゃ」

 ルイ王が答える。

 「ロマーニャに行きたくてな」


 「ロマーニャ? 成る程コイツらか」

 影の中の男が頷いた様に見えた。


 「盗賊か?」

 思わず聞いた男。


 「違うじゃろう」

 骸骨はそれを正す。

 「それにしては礼儀正しい……闇討ちなのに、何者かなど聞かずにブスリが盗賊の作法じゃろう」

 小さく頷き。

 「で、わし等に何の様じゃ?」


 「お前には用はない」

 そう言うと、影の中の男が頭目をこちらに押してよこし。

 「大臣は貰っていく」


 それを聞いた頭目が、小声で。

 「大臣……ご無事で何よりです。さあ、逃げましょう」

 と、骸骨の手をとった。


 頷いた骸骨。

 今は、大臣に成っていた。


 『サルギン王……大臣に変化を掛けてくれんか?』

 骸骨の念話だ。

 頭目の意図を、その一瞬で察知したようだ。

 

 「おい! 違うぞ」

 影の中の男が叫ぶ。

 「そいつの方だ」

 と、骸骨が化けた大臣を指す。


 本物の大臣を捕まえていた男の声が狼狽えた。

 「なぜ? 大臣を捕まえた筈なのに」

 と、自分の捕まえた者を確認して。

 「誰だ! お前は」

 その大臣、今は腐っていないフローラルに成っていた。


 「どうやったら、そんな間抜け面を間違えるんだ!」

 闇の中で罵声が聞こえる。

 

 その間に、頭目と骸骨が闇に隠れるように消えた。


 「大臣を探せ」

 「照明魔法を打ち上げろ!」

 数人の声がする。


 その声に反応して、焚き火の丁度真上辺りで魔法球体が発光を始めた。

 辺り一面を照らし出す。


 そして、男は今の状況が初めて見えた。

 黒ずくめの男達、数人にすっかり囲まれていたのだ。


 そして、大臣に化けた骸骨は直ぐに捕まり、頭目も抵抗はしない。


 『ワシはこのまま捕まるから、本物の大臣と逃げよ』

 骸骨は劣りに成るようだ。


 『この人数なら、返り討ちにも出来るのでは?』

 男は、その数人の黒ずくめを確認しながら。


 『わしなら問題無いが、大臣はまだ敵の手の中じゃ』


 『ルイ王は後で救いに行く、今は大臣を優先しよう』

 頭目も、骸骨に賛成の様だ。


 『それに、こやつ等は中々に手練れの様じゃ、手際が良い……魔法使いも隠れて居るようだしの』

 

 『わかった……トラックの中の者も、出てくるなよ』

 これまでの念話で今の状況は伝わっているだろう、そして飛び出す準備もしていただろうが、男はそれを止めさせた。

 そして、骸骨にミニマムで小さく成った蜂を一匹飛ばす。


 黒ずくめに連れて行かれる骸骨。

 抵抗もせずに大人しく、しかし威厳を醸し出しながらに渋々と。

 上手い演技だ。

 それを目で追っていると、辺りに甘い匂いが立ち込め始めた。

 スグに、頭がクラクラし始める。

 視界がぼやけ初めて……ブラックアウト。

 

 

 男は、嫌な匂いに叩き起こされた。

 目の前にはマリー。

 スグに立ち上がり辺りを確認。

 大臣は無事の様だ、ジュリアに担ぎ起こされている。

 頭目も、頭を振りながら辺りを見ている。

 

 「奴等は、何者だったんだ?」

 男は首を捻り。

 大臣が目当てなのはわかったが。


 「ロマーニャ行きを知らされて居たようだな……プレーシャの時の新手なのかもな」

 頭目はそう考えた様だった。


 「やはり、国の中に大臣を狙う者が居るのか」

 男もそれを否定する理由は見付けられない。


 「そうみたいね」

 マリーも頷いた。

 「余程、邪魔なのね」


 「アレ? そう言えばタウリエルは?」

 コツメが辺りをキョロキョロ。


 「上手いこと……逃げたんじゃ無い?」

 マリーがコツメに。


 「でも、もう帰って来ても……」

 男はそう言った後で、首を振る。


 「無理でしょ。タウリエルよ」

 マリーは笑いながらに。

 「今頃、迷子よ」


 「探さないと……」

 コツメは心配した様だが。


 マリーは肩を竦めて。

 「大丈夫よ、先に進めばそのうちに会えるわよ」


 「奴等を追わないとな」

 先とは、そう言う事だろう判断した男は思案する。

 「しかし、この暗闇ではカラスは飛べんなあ」


 「それも、大丈夫だろう」

 頭目が。

 「わざわざ、大臣だけを狙って、拐って行ったのだから、今すぐどうこうは無いだろう……明るく成るのを待とう」


 「まあ、レベルは低くても骸骨だから。既に死んでいるアンテッドだしね……ゆっくり駆け付けても大丈夫よ」

 と、アクビをしながらトラックに戻るマリー。

 「明日、明日」


 それに頷いた全員。

 男を残して、トラックに乗り込んで行った。



 翌朝、男はやはりマリーに蹴り起こされた。

 

 「何時まで寝てんのよ」

 

 のそのそ起き上がる男。

 昨晩、皆が薄情だなと焚き火の火を眺めていたら、男もすっかり寝てしまった様だ。

 俺も薄情だったようだ。


 「ローディに行くわよ」

 と、マリーに男はトラックに押し込められた。


 朝になり、男が起きる前にカラスを飛ばして、辺りを探した様だ。

 蜂の遠距離通信には距離の制限が有るが、隈無く飛んでそれを探したらば、その場所がローディだったとマリーは男に告げた。


 男達はトラックを走らせた。

 町は、スグに見えてきた。

 そんなに離れた場所でも無かったようだ。

 奴等の徒歩圏内だったのかも知れない。

 うっかり、黒ずくめ達の縄張りで夜営をしてしまったのだろう。

 焚き火の目印付きで。

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