第3話 003 旅立ち


 墓場を後にし。

 森の中へ。

 月明かりの届かない、深く黒い森の奥へと進んで行く。


 先頭は骸骨だが、肉体が無い骨だけの体だと藪こぎの必要は無いらしい。

 草木の枝や葉が体を打ち付けても気にも止めていない様だった。


 しかし男は違う。

 骸骨の体から跳ねた枝が頬や腕を叩くと、それは痛みを伴う。

 そして、見えない所から叩かれる驚きと恐怖。

 それらは男が生きていると言う証でも有るのだが……そんな証は要らない。

 未だ男の頭は混乱しているが、それでも自分が生きているとの確証はもう既に有る。

 今更それを痛みや驚きで肉体に刻む必要も理由も無いのだ。

 生き埋めで死にかけて……掘り返されて助かった。

 それだけで十分だった。


 

 骸骨の後ろを着いて進んで、暫く経った。

 男がチラリと視線を左腕に落とした……時計の針は深夜0時を回っている。

 その時間がこの世界の時間とが正確にリンクしているとは思えない男だったが。回りと空の景色とではそこに差異は無さそうにも思う。

 その正確さは別にしてだ。

 時計も夜だし。

 今のこの世界も夜だったのだから。


 

 男がこの世界と考える理由は簡単だった。

 殺し損ねた獣人に目の前を歩く骸骨。

 そして、城に……王の言葉。

 スキルと言うのもそうだ。

 男が元居た世界には全てが合致しないモノだった。

 やすい知識しか持たない男にはここは異世界? としか思えない。

 納得できる答えがそれだったのだが……それ以前に何故にその異世界に? は、出せる答えは何一つ無かった。

 わからないモノは仕方無い。

 男の出来る事は答えの先送り。

 わかる誰かに聞くしかない。

 それを教えてくれる……かもしれない者の所へと骸骨は向かっているとも言っていたので、結論はその時だと決めた。

 ……異世界、それを素直に受け入れたその理由迄は考える余裕は無かった男だった。

 先先へと進む骸骨を見失うわけにはいかなかったからだ。

 ここで骸骨とはぐれるのはどうにも得策とは言い難い。

 右も左も……北も南も。

 価値観すらもわからない世界だ。

 はぐれれば折角拾われた命が終わってしまう危機感も有る。

 獣人を殺せと言った骸骨。

 男を能無しだと、殺せと言った国の王。

 この世界の価値観でわかるのはそれくらいだ……命の重さは息を吐くように軽いのだろう。


 軽い足取りの骸骨の背中を追い掛ける男。

 骨だけなのだから実際の体重も軽い様だ。

 その骸骨に遅れる事無く着いて行けているのは……さっきのスキルのおかげか?

 疲れも感じるし息も上がるが……それでももう無理だ。

 歩けないとは成らない。

 筋肉が悲鳴を上げて、足が縺れるという事もない。

 右足が出れば左足が続く。

 それが交互に延々と可能だと思われる。

 歩く事に関して深く考えた事も無い男でも、確かに凄いスキルだとはわかった。


 

 暫くすると。

 進む先から水の音が聞こえて来た。

 川だ。


 「この辺りかな?」

 骸骨が立ち止まり、辺りを伺う。

 

 男はその骸骨を見て。

 もう目的地か? と、考えたのだが。

 男も辺りを見渡して、それらしいものは見付けられない。

 まだ木々に覆われた森の中だ。

 建物ではなくて人物? とも思い……もう一度気配を探る。

 それでも聞こえてくるのは、川の流れる水の音だけだ。

 草木が風に揺れて擦れる音と虫が動き鳴く音を除けばだが。

 水の音もそれと同類だとすれば……他は静で無音でしかない。

 何も無い。

 骸骨と男だけの静な森の中だった。


 「おお、見付けた」

 骸骨は男を見ずに、背中から手だけで制し。

 「ここで、暫く待て」

 そう告げて、一人で先に進む。


 待てと言われて素直に立ち止まった男は、もう一度辺りを伺う。

 しかし、やはりか何も見付けられなかった。


 骸骨が木々の間に消えて……数分。

 男を呼ぶ声がする。


 その声を便りに進むと。

 川が見えた。

 森がいきなり切れて小さな崖に成っている。

 そこを降りると、切り立つ岩肌に挟まれた河原に、ドブの様な水溜まりが在った。

 川とは水が繋がっていないらしい。

 増水か何かで溢れた川の水がそこに取り残されたのだろう感じだ。

 そして、その水は腐っていた。

 よくわからない虫が湧き、嫌な臭いを放っている。


 その水溜まりの横、綺麗な水の方の川を指差した骸骨。

 綺麗とは言っても、こちらの方も水は澱んではいた。

 それでも辛うじて底が見える程には透明度も有る。

 極端に浅い様だが。

 そして、その指した先には数匹の虫が浮いていた。

 見える水中には蜂の巣らしきモノも沈んでいる。


 「死喰い蜂じゃ……これでも一応は魔物じゃぞ」

 

 男にはそれは足長蜂にしか見えない。

 サイズも形もそのままだった。


 「ここで先程の失敗したアンデッド召喚をやって見せよ」


 骸骨が指す死んだ足長蜂をアンデッドにか?

 出来るのだろうか?

 人は無理だったが……それはサイズのせい?

 それともランクやレベルの様なモノでも有るのだろうか?

 しかし……この小さなサイズの足長蜂なら、なんとなくだが出来そうな気もする。

 

 男は頷いて。

 言われるがままにアンデッド召喚の呪文を唱えた。

 「○×△□……」

 水面に波紋の様に広がる光る魔方陣。

 ソコから数匹の蜂が光を纏いながらに動き出した。


 「おお! いきなり七匹もか!」

 骸骨はそれを見て素直に感嘆の声を口にする。

 「なかなかやりおるの、貴様は」


 合計で七匹の蜂。

 光を纏わない蜂の死骸も有るのだが……その選別の基準はわからない。

 複数有る蜂の死骸から七匹だけが動き出して、男の回りを飛び始めたのだ。

 見た目は蜂に集られる男だが……慌てる様子も払う様子もない。

 それは、アンデッドに成った蜂からは服従の意志が感じられたからだ。

 男は蜂を完全に使役出来ていた。


 「さて、まずは……コレが貴様の兵だ」

 骸骨は蜂を指し。


 「コレが? 兵士?」

 男は骸骨を見た。

 「ただの蜂だろう? 虫だ!」

 確かに蜂に刺されれば痛いだろう……けど。

 死に至らしめる程のものか?

 確かに二度目に刺されるとアナフィラシキーショックを起こす事も有る。

 それは時には死に至る事も有るとは知っているが……それでも絶対では無い。

 兵士と考えれば、それでは貧弱過ぎないか?

 

 「まずはじゃ」

 しかし骸骨は首を振り。

 男の考えを否定した。

 「これで攻撃の手段が出来たのじゃぞ……素直に喜べ」

 



 蜂を従えた男は、骸骨の後を着いてまた森を歩いていた。

 空が白み始めた頃。

 二人は森を抜けた。

 そこは春を感じさせる平原が広がっていた。

 

 「ここらで良いだろう」

 平原を見渡して骸骨が男に話し掛ける。

 「狩りでもしようかの」

 そして、何やら呪文を唱える。


 「狩り? モンスターハント?」

 男は首を傾げて。

 辺りを見回す。

 「モンスターどころか……獣一匹も居ないぞ」

 頷いて。

 「だいたいが、墓場からのここまでの道程でこの蜂以外には何も遭遇していないではないか」


 「それはそうじゃろう」

 何を当たり前の事を言いたげな骸骨。

 「ワシのスキル ”畏怖堂々” のおかげじゃ」


 「スキル?」

 威風堂々では無くて畏怖堂々か?

 もう一度辺りを伺い。

 「成る程……道理で」

 魔物とエンカウントしないわけだ。

 そんなスキルなのだろう。

 「てっきり町の近所にはあまり居ないものだと思っていた」

 そうは言ったがその実、男は魔物がこの世界に居るとは思っても居なかった。

 元の世界では無いのは……たぶんそうなのだろうとは考えたが。

 そこに魔物がとは出てこない。

 男でなくても、他の誰かでもそれは同じ事だろう。

 まあしかし……納得はした。

 

 「いや……それもある」

 しかし骸骨は男の意見にも頷いた。

 「城を中心にして魔法の結界が張られておる。それはレベルに比例して強い魔物程に近寄り難く成るモノでの……なので、低レベルの弱い魔物は普通に入り込めるのじゃが。それをワシのスキルで封じていたのじゃ」

 

 「成る程……今は普通にエンカウントとするのだな」

 先程の呟いていた呪文はそのスキルの解除か?

 

 「そうじゃ」

 大きく頷く骸骨。


 「で?」


 「で……とは?」

 

 「こんな所にただ突っ立って居てエンカウントを待つのか?」

 男はその骸骨に尋ねる。


 「そんな爺の暇潰しの釣りの様な事はせん」

 骸骨は男を指差して。

 「貴様と……貴様の兵の出番じゃ」

 蜂を指差した。


 男は蜂を見る。

 整然と隊列を組んで斜め後ろを飛んでいた蜂達。

 それを見ながら男は首を傾げた。

 蜂に何が出来る?


 そんな男に骸骨は。

 「命じてみよ」

 そう告げた。


 男は眉をしかめて。

 それでも骸骨の言う通りに蜂達の正面に立つ。

 男が面を合わせると蜂達に一斉に緊張が走る……気がする。

 その飛んでいる姿が敬礼を返している様にも見えてきた。

 どんな仕事が出来るのかはわからないが、それでも口に出してみる。

 「モンスターを探して来い」

 しかし、蜂達は動かない。

 少しだが隊列を乱す素振りを見せただけ。

 これでは駄目なのだろうか?

 男が考え始めた時。

 不意に頭の中に言葉が浮かぶ。

 「命じる……索敵」

 呪文とかでは無い。

 ただの言い方?

 何かの作法でも有るのだろうか?

 だが、それに蜂達は答えた。

 ブン! と一鳴き? 羽音? で、返事を返して七匹全員が四散した。


 

 程無くして。

 チョッとオドロオドロシイ感じのアラームと言うかサイレン? が辺りに響く。

 

 男は骸骨を見た。

 だが、骸骨は何事も無くにその場に立っている。


 このサイレンが聞こえているのは男だけの様だ。

 蜂が持つ能力?

 それともネクロマンサーの能力なのかも知れない。

 

 「こっちだ」

 辺りに響く音は方向も示していた。

 聞こえ方では無くて……何と無くに感じたのだ。

 「行こう」

 男は初めて 骸骨を後ろに歩き出した。


 骸骨もそれに頷いて返す。

 「うむ……貴様の戦いを見せて貰おう」

 そして男の後ろに続く。




 すぐ側の草村の中だった。

 そのゼリー状のうごめく物体が居た。

 魔物?

 見覚え……と言うか。

 イメージ覚えが有るソレ。


 『スライム一ぴきを発見』

 その魔物の上で臨戦態勢の一匹の蜂を目視した時。

 男の頭に直接に声が届く。

 これは蜂の声?

 実際に蜂が声を上げたわけでは無いとわかって少し驚かされたが……これはサイレント同じ種類のモノなのだろうと納得する。

 

 『攻撃の許可を求む』

 蜂の羽音が鋭く成った。


 「待て! 全隊集合! のち隊列を組め」

 四方から順次駆け付ける蜂達。


 その数を数えて七匹を確認した男は。

 「威力攻撃開始! 目標はスライム一匹!」 


 『とつげきぃ! 我につづけぇ』

 見付けたヤツだろうか? 

 隊長気分で叫びを上げていた。


 ブーン。

 ブーン。

 ブブブブーン。

 蜂達はスライムにたかり始めた。


 スライムもまた、それに応戦している。

 が……ノロい。

 ぶよぶよとうごめくだけでその反撃の全てが空振りしていた。 

 

 その間の蜂達の攻撃は確実にダメージを与えている様だったが。

 それでも決め手に欠けると判断したのだろう。

 隊長役の蜂が新しい指示を出す。

 『全機に告げる……コレより特効攻撃を開始する』


 その他の蜂達がざわめき立った。


 『トラ・トラ・トラ』

 それを合図に蜂達全員が空中高く静止して尻の針を突き出す。


 『とっかぁん』

 スライムに向かって一斉に急降下を始めた蜂達。

 次々に針を刺しては離脱を繰り返しての攻撃を数回。

 

 遂にはスライムも力尽きた。

 その場に溶けて液体と成って消える。


 『敵モンスターの撃沈を確認……われ奇襲に成功せり……これより帰投する』

 

 おいおい。

 真珠湾か?

 お前ら零戦か?

 男は若干に呆れ顔を見せていたが……それでも蜂達が戦果を上げたのもまた事実。

 相手は所詮はスライムだが……まあ初陣にしてはそんなものかと多少の事には目を瞑る事にした男だった。


 意気揚々と帰って来た蜂達は、また男の斜め後方で待機を始める。


 「ふむ! 見事じゃ」

 大きく何度も頷いて。

 「それがネクロマンサーの戦い方じゃ」


 男の溜め息を一つと。

 「つまりは……他力本願てヤツか」

 と、頭を掻いた。


 「何を言うか、貴様は司令官としての役割を果たし、自身の兵を導いての勝利じゃ。これは貴様の功績でも有るのだぞ」


 「ただの戦争ゴッコにしか見えなかったが?」

 男の正直な気持ちだ。


 「それはつまりは、貴様の能力がスライムでは役不足で有ったとそう言う事じゃ」


 「そうなのか?」

 実際に男は何もしていない。

 ただ蜂達が勝手に戦って勝っただけ……それも成りきりゴッコでだ。

 腑に落ちない感じが男を支配する。


 「納得しておらん顔じゃの? まあ良いでは無いか、実際に勝ち。そして報酬も手に入れたのじゃから」

 骸骨は溶けたスライムを指差した。


 そこには米粒くらいのサイズの光る珠が浮いていた。

 スキルか?


 それに手を伸ばそうとした男を骸骨が止めた。

 「それは今回、頑張った兵士に褒美として渡してやれ」 


 褒美……報奨か。

 実際に戦った蜂達の当然の権利か。

 男は蜂達を見る。

 

 一匹の蜂がブンと、ひと飛び前に出る。

 

 隊長?

 最初にスライムを見付けたヤツなのだろう。

 それに頷いてやる男。


 蜂は嬉しそうに飛び回り。

 スキルを取った。

 

 そして、男の前に戻り自分の針を見せる。

 なんだか嬉しそうにしていると感じる男だった。


 その針先だが、ほんの少しの変化が見れた……気がする。

 紫っぽい色に? 成っている?

 男に見せに来たのだから、その針に関するスキルなのだろうとは推測出来るが。

 少しは強く成ったのだろうか?

 男には良くわからないモノだった。



 

 その後は暫くスライム狩りを続けた。

 って言うか……スライムにしか出会わん。

 

 そして、先程のスライムのスキルなのだが。

 蜂達の全員に行き渡った後の余りを一つ貰ってみた男。

 それは毒のスキルだった。

 

 あれ? 蜂って元々に毒を持って無かったっけ?

 それが強化されたのだろうか?

 それとも毒の種類が変わったのだろうか?

 良くわからんと首を捻る男。

 

 そして、もう一つわからない事が有る。

 攻撃が回復に変わる男が毒のスキルを持ったとして……それはどう作用するのだろうか?

 毒がジワジワと体を蝕む、その反対は自動回復?

 それも良くわからんと首を捻る。

 試そうにも今の男の回りにはアンデッドしか居ないので、それは出来ない。

 そのうちに何処かで……かな?

 いや、人に試して死なれては困るか。

 敵に成りそうな人間に試しても……もし回復ならそれは別の意味で面倒臭い事にもなりそうだ。

 試すにも中々に難しいモノがある。

 唸った男だった。


 

 と、突然にサイレンが鳴り響く。

 『警戒警報! 左舷後方に敵影発見!」


 「左舷……って」

 まあ……良い。

 「状況を確認せよ」


 『ハリヌートリアを一ぴき確認……命令されたし』

 見付けたのは隊長では無かった様だ。

 すぐに隊長も連絡をくれる。

 『敵……いまだコチラを視認せず。奇襲攻撃可能なり……命令こう』


 スライム以外の初めての魔物か。

 警戒すべきだろうか?

 いや、まだ城に近いので強さも知れている筈だ。

 それにこんな処でマゴ着いて居ては……この先もたかが知れる!

 男は決断を下した。

 「トラ・トラ・トラ……威力攻撃を開始せよ」


 『命令を確認……敵、ハリヌートリアが一ぴき。先制攻撃を開始する』


 ブーン。

 ブブーン。

 一子乱れぬ編隊飛行からの針での攻撃。

 『我……奇襲に成功せり……敵、被害甚大なり』


 どこら辺が被害甚大なのかはわからないが、蜂にはハリヌートリアがそう見えるらしい。

 

 『全隊に告げる! これより各自、通常攻撃に移行せよ』

 

 しかし、今回は苦戦しているようだ。

 スライムよりも動きが早い上に、背中から針を跳ばしてくる。

 奇襲以外では普通に接近も難しい様だ。


 『敵……機銃弾幕確認……これより低空にて進行して一撃離脱を敢行する……我に続け! 突撃!』


 一列編隊で草村の上をスレスレで滑空して飛び。

 ハリヌートリアの跳ばす針の射線からもギリギリだった。


 一匹。

 二匹。

 三匹と攻撃に成功して無事に離脱。

 が、それに続く四匹目が草先に弾かれて若干に高度を上げた処で狙い撃ちされた。

 針に撃ち抜かれた蜂は力無く、勢いのままに斜め前方に流れ落ちて行く。

 五匹目……六匹目は接近には成功したが、攻撃体制に移行したその一瞬の隙を突かれて……撃墜された。

 だが、敵も弱ってきて居た。

 蜂の毒が回り始めたのか、跳ばす針に勢いが無くなってきた。

 

 少し遅れて七匹目がハリヌートリアの尻に一撃。

 それがトドメと成った。

 グッタリと成り動きを止めたハリヌートリアはその後には為す術も無くに蜂達に刺され続ける。

 そして、時間は掛かったが完全にこと切れた。


 『敵……撃沈を確認……作戦終了……当隊、被害甚大なり……これより帰投する』

 息も絶え絶えの隊長の報告だった。


 「七匹が……四匹か。今回は苦戦したのう」

 男の後ろに並ぶ蜂達を見る骸骨。

 「じゃが勝ちは勝ちじゃ」

 そう言って頷いた。


 「ただ見ているだけは……気楽で良いな」

 男はジロリと骸骨の腰に下げた錆びた剣を睨む。


 「ふむ……我に戦えと? 確かに我にとっては一撃じゃが、それでは貴様らの成長には成らんぞ? 我は貴様に使役しているわけでも眷族でも奴隷でも無い。ただの付き添いの様なモノ」


 「経験値とか……そんなものか?」

 それの共有には何かの理由が必要なのだろうか。

 使役。

 眷族。

 奴隷。

 パーティーを組むとは何やらニュアンスが違う気がする。


 「ちなにみ、我を使役するのはまだまだ時間が掛かるじゃろう……ずっと先の先じゃ」


 「レベルが足りないってヤツか」

 顎を押さえた男は呟いた。

 そして、また一つの疑問が浮かぶ。

 目の前の骸骨はどうして動いている?

 男はこの骸骨を動かす呪文は唱えては居ない、それ以前にレベルが足りないと言う。

 なら……誰がこの骸骨に呪文を掛けた?

 「俺以外にもネクロマンサーが居るのか?」

 殆んど声には成っていない程に小さな呟きだ。


 「なんだ?」

 骸骨が反応を示したが、男の呟きは聞き取れなかったようだ。


 「いや……」

 骸骨の背後に居る誰かを……それを聞いて答えてくれるのだろうか?

 それ以前に骸骨は何者だ?

 神でも死神でも無さそうだ……が。

 「骸骨は……名前は?」


 「なぜそれを聞く?」

 訝しむ顔を造った骸骨。


 「いや……呼び難いし……」

 骸骨の本当の主人の事が知りたい。

 だがそれを焦って尋ねても答えてはくれないだろうとは感じていた。

 なので適当に誤魔化す。

 聞くのでは無くて……聞き出す為にだ。


 「ワシか?」

 考え込んだ骸骨。

 「貴様は……ヨハン・ゲオルクと言うのじゃろう?」

 男をそう呼んだ骸骨は、笑いながら。

 「貴様がヨハン・ゲオルク・ファウストならワシはメフィストフェレスと名乗っておこうかの」


 「ゲーテ?」

 意図はわからないが本当の事は言う積もりは無いようだ。

 「俺の名はヨハンでは無いのだが?」

 それになんだヨハンとは、男は完全に日本人なのだがと首を傾げる。

 誰かと間違えているのだろうか?

 勘違いで救い出された?

 それならその勘違いがバレれば男はここにホッポリ出されて置き去りか?

 本物のヨハンを探しに城に戻るだろうと考えた男は、額に汗が滲む。


 「掘り返した墓穴の側の墓石にそう刻まれて居たが違ったのかの?」

 ふむ……と、考え込み出した骸骨。


 「それは俺の墓石では無い……」

 男はそんな骸骨を見て、わからなく成った。

 適当にそう思い込んでいただけか?

 それとも正解を探している? 本物のヨハンを。

 「俺は城でも……埋められてからも一度も名前を名乗った事は無い」

 

 「そうか」

 小さく何度か頷いた骸骨。

 「まあ……名前なんてどうでも良いが……ワシは貴様をヨハンと呼ぶ事にする」

 大きく笑いながらに。

 「せっかく覚えてやったのだ、また覚え直すのも面倒だしの……それにワシがメフィストフェレスと名乗った格好もつかん」

 カチカチと顎の骨を鳴らす嫌な感じの笑いだった。


 「俺は骸骨は骸骨と呼ぶぞ?」

 メフィストフェレスなんて呼べるわけがない。

 それだと悪意の塊の悪魔だ。

 俺がヨハン・ゲオルク・ファウストなら……最後はメフィストフェレスに殺される事になる。

 骸骨のその呼び名にはそんな意味も感じられた。

 

 「どちらでも好きにするが良い」

 どうでも良い話だと笑い飛ばす。


 やはり骸骨の真意は読めない。

 その骸骨の主人の存在も明かす気は無いようだ。

 いや……男が聞けないだけか?

 聞けばそれも大した事がないと答えてくれるのかもしれない。

 王に成れと言う言葉にも何か別の意味が有るのだろうか?

 そんな事まで疑ってしまう男……もうヨハンか?。

 骸骨は何者だ?

 男は自分がヨハンと言われるのはどう否定しようかとも考え始めた。



 そんな考え込む男に骸骨は軽い調子で。

 「それよりもホレ!」

 倒したハリヌートリアを指し。

 「スキルを出してやれ」

 本当にどうでも良い話様に振る舞う骸骨。

 さっさと目の前の話に振った。


 男……ヨハンと呼ばれるであろう……もこれ以上に考えてもラチが明かないとは思い始めている。

 どうにも骸骨は答える気が無いように見えるからだ。

 答えを唯一知っている骸骨が答えないのなら……それは幾ら考えてもわからない事だ。

 今の男には骸骨は必要な存在だ。

 ここで骸骨が消えれば男には未来は無くなる。

 いずれ殺されるかも知れないが……それは随分と先には成るだろう。

 なら……ここは骸骨をそれまでは利用してやろうと考えた。

 イザという時は……その時に考えれば良いのだ。

 そう自分に言い聞かせた男だった。

 

 そして、骸骨の指差したハリヌートリアの死骸に目を落とす。

 スライムとは違いハリヌートリアは溶けるわけでは無いので死体はそのままだ。

 骸骨に出すと言われて解体を考えたが……すぐに違うとわかる。

 スキルをと言ったので例の魔方陣のヤツだ。


 手早く魔方陣を走らせる男。

 スキルの光る米粒は死体から体を素通りして簡単に出てきた。

 そして、それを蜂に与える。


 スキルを与えた蜂もそれ以外の三匹も、見た目に意気消沈していた。

 勝利に浮けれたところが微塵も無い。


 男も同じ様に溜め息を着く。

 勝ったのに負けた気分だった。

 

 「死喰い蜂は濁った水辺を縄張りにしておるぞ」

 骸骨はそんな男を見てか。

 「この草原を下った先にも川が在る。そこを探してみよ」

 進む先を指し示す骸骨。


 「減った分の補充か……」

 四匹の蜂を見ながら。

 「徴兵ってヤツか」

 男はポケットを探って煙草を取り出した。

 この世界に来ての一本目の煙草だ。

 火を着けて一服する。

 やはりか……骸骨には生死の感覚が薄い気がする。

 それは相手が魔物だからだろうか?

 でもそれだと骸骨自身も同じ魔物に分類される気もするが……。

 どうにも良くわからない。


 そんな男を横目に蜂達がザワ着いていた。

 『赤紙だ』

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