第77話 077 マリーは黄色いリボン


 目の前のオバサンの校長先生が、ズレてもいない眼鏡を、揃えた指先で位置を正してマリーを見る。


 それに少し、威圧感を感じたマリー。


 その校長先生は、痩せた体に黒いロングスカートを履き、白いレース付きのシャツを着ている。

 マリーの着ている制服にも似ているのだが、ヒラヒラのエプロンは無い。

 そして、胸元はリボンではなくスカーフだ、黒いソレをブローチでネクタイの様にして巻いていた。

 頭は纏めてお団子にして乗っかっている。


 ここは……スイスなのかしらと、車椅子の少女を探したが、居る筈もない。


 「サイズは……良さそうね」

 そんな校長先生が頷いた。


 「私は、学校なんて……」

 マリーは声を出すのにちょっぴり勇気がいった。


 「あなたのお名前は?」

 しかし、マリーの勇気は無視される。


 「錬金術師のマリー…………です」

 ボソボソと。


 「マリー、お年は?」


 歳? 

 この世界に来て、もう何百年とたってる……正直、自分の歳はわからない。

 死んでいた間は、引かなきゃ駄目なのかしら?

 あれ? 今も死んでいるのだから……死ぬ前?

 でも、意識は水晶玉の中で有ったから……それは足すのかな?


 「わからないのかしらね」

 校長先生は大きな溜め息を吐いて。

 「見た感じでは10才くらいに見えるわね」


 この体の年齢で良かったのか!


 「戦争が終わる迄は、この学校で預かる事に為りました。あなたは、今日からここの生徒です。一年生として勉強に励みなさい」


 一方的だ!


 「ちょっと待って、私は捕まってここに連れて来られたの……それが、なんで入学?」


 「知っています。この学校も、村ごと占領されてしまったの、だけど、子供達は勉強をする権利が有ります。だから、ここから出られないあなたは、ここで生活しながら勉強をするのです」


 「ソレって……強制? 義務じゃ無いわよね?」


 「権利です。その与えられた権利はあなたのモノです。だからここで勉強するのです」


 今さら、学校?……嫌だぁ。


 露骨にそんな顔をしてしまったのか、校長先生が続けて。

 「敵国で在る私達に対してのエルフ族の優しさです。感謝して、受け入れなさい」


 有無を言わさないこの感じ、先生って人達は何処へ行っても変わらないのね。

 と、押し黙ってしまったマリー。


 そんなマリーを見て。

 「実際は、優しさと言う寄りは、エルフの特性のおかげなのだけれど……全エルフが繋がっていると言う事は、エルフの母親も含まれるのよ。母親と言うモノは自身の子供が一番だけど、よその子も……子供であれば大事なのよ、それは種族も関係無くね」


 私の母親はそうでは無かったけど……。

 世間では、そうなのかも知れない。

 私自身、良い想いでは無かったけどね。


 そのマリーの反応を敏感に察知したのか、少し話題をずらして続けた。

 「それにここは魔法学校なのよ。魔法は元を正せば古代エルフのモノなのだから、ここではエルフについても勉強するのです、そのせいも有るのでしょう」

 

 私の事を孤児かなんかと勘違いしたのね……多分だけど。

 少しだけど、優しさが見えた気がした。



 さて、黄色いリボンを受け取ったマリー。

 一年生の教室に途中参加する。

 

 授業中なので、自己紹介もそこそこに指定された机に座る。

 目の前には段積みされた、色んな教科書の束。

 黒板には、何やら初歩の魔方陣がチョークで書かれている。


 なにこの授業……と、首を捻る。

 ソレを見てか、隣の娘が教科書の表紙を見せて、ここよと教えてくれた。


 マリーはぎこちないお辞儀を返して、その教科書を開く。


 最初の魔法言語、古代エルフ文字のあいうえお。

 ……。

 バカにしないでよ!

 そんなの知ってわよ!

 錬金術師だって魔方陣くらい描くのよ!


 空いた口が閉じられないマリーを見て。

 若い女の先生が。

 「マリーさんは途中からに成るからわからないかも知れないけど、徐々に追い付きましょうね」

 と、ニコニコと優しく。

 その先生も校長先生と同じ服を着ていた、スカーフは黄色だったけども。

 この学校は、先生も制服の様だ。


 そんな先生に。

 「ソレって、何の魔方陣ですか?」

 と、黒板を差し聞いたマリー。


 「これは、魔素を集める為の魔方陣よ。全ての魔法の基礎に成るの……難しいわよね、後で、補習をしましょうね」


 優しいが、明らかにバカにされたと感じたマリー、ツカツカと黒板に行って魔方陣を描く。


 マリーが描いた魔方陣の方がシンプルで簡単だった。


 「あら、可愛い魔方陣ですね」

 やはりバカにされてる。


 「先生、あなたの描いた魔方陣を起動させてみて」


 「そうですね、実際にやってみましょう」

 と、呪文を唱える。


 プスプスと、蚊取り線香レベルの煙が上がる、細い魔素の筋。

 おお、っと小さな声が教室の何処かからか漏れ聞こえてきた。


 マリーも呪文を唱えた。

 その瞬間、ドバドバと巻き上がる魔素の煙。


 目を剥いた女教師。

 大歓声を上げた生徒達。


 その生徒達に向き直り。

 マリーはバンと黒板を叩いて。

 「基礎魔方陣は日々進化しているのよ! そんな時代を感じさせる魔方陣なんか……懐古趣味の観賞用よ!」

 ふん! と、大の字になり、胸を突き出し海老反ったマリー。



 マリーは一人、自室に居た。

 ルームメイトはまだ誰も帰って来ていない。

 いや、それどころか全てのクラスがまだ授業中だ。

 なのに……マリーはここに居る。


 最初の授業……つい爆発してしまった。

 なんだか、少しずつ溜まったモノを吐き出す。

 毎日出さないといけないモノを3日も4日も溜め込んでしまって、ソレを出した。

 頭の先を押さえ付けられて居たのが、外れた。

 そんな感覚で、とても気持ちよかった……のだけど。

 そのせいで、いきなり問題児にされてしまった……。

 本当の事を言っただけなのに。

 バカにされたのが許せなくて、出来る所を見せただけなのに。

 

 コツメじゃ無いけど……大人の女の人って大嫌い。

 大人の男の人は大丈夫なのに、女の人は嫌。

 あの、上から目線が堪らなく嫌なの。


 元の世界で、初めて病院に出勤した時の婦長さんも威圧的だったし。

 看護学校の先生達もそう。

 人の事なんて見もしないで、自分の想いをぶつけるだけのあの感じ。

 それが通らない時は、泣けば言いと思っているのがまた嫌い。

 舐めてるんじゃ無いわよ!


 もう嫌。

 こんな所、さっさと逃げ出してやるわ。

 脱走よ!

 仁王立ちで、拳を握って上を向くマリー。

 

 部屋の窓から外を見る。

 三階だった。


 無理ね……。

 

 扉を開けて、外を覗いて見る。

 誰も居ない、静かな廊下。


 ソッと自室を抜け出し、廊下を隠れながら進む。

 

 たまに聞こえる話し声の度に、小さく成り影に隠れてやり過ごす。

 私、コツメよりも忍者の才能が有るんじゃない? と、ムフフと笑う。


 建物を出て、木の影を渡り、ベンチをつたい、学校を囲む背の高い塀に迄到達出来たのだけど……その壁はとてもじゃ無いけど越えられそうに無い。


 今度は、その塀に沿って歩く。

 ダンジョンとか迷路を歩く時の基本よ、壁から手を離さなければ何時かは出口にたどり着ける。

 入り口は出口に、絶対に繋がって居るのよ。


 その壁には、途中から触れたのだが、その部分は見落としている様だ。

 まあ、学校を囲っている塀なのだから、出口には着くだろう。

 敷地の中の別の何かを囲っているなんて、そんな珍しい事にはならない筈だ。

 

 「なかなか、広い学校ね」

 右手を常に壁に。

 「それに、見た様な景色ばかりだし、どれくらいに進んだのかもわからないわね」

 さっきも有った、ベンチを見ながら。

 そのベンチに二人の女の子がやって来て座る。


 とっさに草影に隠れて様子を伺うマリー。

 その二人はジェニファーとエマだった。


 仲良しなのね。

 二人の笑い声が聞こえた。


 そこから、ソッと離れて壁の道を進むマリー。

 まだ、手は離していない。



 10分程の歩くと、またベンチが見えた。

 ソコにも二人の少女が話ながらに笑っている。

 ……。

 ジェニファーとエマだった。


 壁の右手を見たマリー。

 壁を思いっきり蹴っ飛ばした。

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