第20話 020 売られたジュリア


 「ドナドナドーナ売られていくよー♪」

 コツメが歌っていた。

 その前ではジュリアが滝の様な涙を流している。


 マリーはというと……証文の数字を見てニンマリ。

 ジュリアに結構な値段が着いた様だ。

 それでも残金がタップリと残っていると村長に告げていた。

 そのうちに回収に来るから用意しておく様にとだった。


 

 そして、今はジュリアス・カエサルの墓に向かっている。

 里の裏手の崖の上だ。

 それはマリーの最後の用事だという事でだった。

 金以外での用事とは……まあ知り合いの墓参りなのだろう。

 昔は仲間として冒険をしていた様だから……その時の挨拶?


 それをジュリアが案内している。

 泣きながらだから……一向に進まないのだが。


 「コツメ……その歌はもういい加減に止めないか?」

 もう何度目かの男の注意。


 「だって」

 プッと笑ったコツメ。

 その指はジュリアの額を指して。

 「赤い札」

 笑いだした。


 笑われたジュリアは……ダァーっと流れる涙の音を大きくしていた。


 「いい加減に諦めたら?」

 そんなジュリアに素っ気なく言葉を投げるマリー。


 ダァパー。


 「鬱陶しいわね」

 ジュリアを睨むマリー。

 「で、ドッチにするかは決めたの?」


 そのドッチとは……。

 ジュリアの所有権を男にするかマリーにするかだ。

 それをジュリア本人に決めさてやるとマリーが告げたのだった。

 詰まりは男の奴隷かマリーの奴隷かだ。


 「そりゃ……泣くよな」

 しかし、額に張り付いた差し押さえの札を剥がすには、それしか選択肢が無いという事なので決めるしか無い。


 コツメがジュリアを苛めているのは、その選択肢に自分が入っていない事が気に入らないらしい。

 だがそれも当たり前の事だ。

 ジュリアはマリーの借金のカタで……そのマリーの主は男と成っている。

 なのでそこにコツメは入ってこないのは道理だ。


 因みにだがセオドアを含めた新人のゴーレム達……中身の無い鎧も含めて男の配下と成っていた。

 その内の二人……土塊ゴーレムは元はマリーの支配下だったのだが、魔核? 人工魂を取り除いて新しく男が召喚したのでそうなったらしい。

 が、それは男にはどうでも良い事だった。

 実際問題、ドッチでも良いのだ。

 マリーも男の配下なのだから同じ事だ。

 ゴーレムだし……。


 しかし……ジュリアとなると話が違ってくる。

 亜人のドワーフとはいうものの……見た目はチッチャイ女の子だ。

 「やはり……どうにか解放は出来ないのだろうか?」

 どうにも可哀想だ……と、思う男。


 「無理ね」

 にべもなくに言い放つマリー。

 「差し押さえの札をブラ下げっぱなしで一生を過ごさせる積もりならそれでも構わないけど」


 「イヤそれは……」

 もっと可哀想だ!

 「俺では無くてマリーの奴隷にするならどうするんだ?」

 こちらの選択肢ならと男は考えたのだ。

 解放出来るかもしれないと。

 男の奴隷だと一生どころか死んでも奴隷のままだからだ。


 「何処かの街に行って、奴隷印を打って貰う事に成るわね」

 マリーは男にそう説明する。


 「それだと普通に解除……解放出来るんだろう?」

 男の考えたのはそこの部分だ。


 「すぐに解放は出来るけど……それを証文がどう判断するかはわからないわ」

 マリーは懐にしまって有る証文を指して。


 「証文が判断するのか?」

 驚いた男。

 それが本当なら凄すぎだろう?

 どうなっているのだ?

 

 「魔法の証文は大昔から有るのだけど、良く出来ているのよ……羊皮紙に残る魔力を頼りにシンプルな魂を込める……塗り込む感じかしら」

 理屈はそんな感じと肩を竦めたマリー。

 「昔は錬金術師の小遣い稼ぎに良く造ったモノだわ」

 

 「錬金術師って行政書士みたいな仕事もするなか?」

 それにも驚いた男。


 「そうねそれも仕事のうちよ」

 

 「じゃあ奴隷印も?」


 「それは奴隷省の仕事よ。生きた本物の魂を縛るのだから、人工の疑似魂を扱う錬金術師とは全く違うのよ」


 「省? 商?」


 「省よ……国の管轄」

 ハーっと息を吐いたマリー。

 「国に認められた司祭とか……宗教のね。それが国の機関に出向して奴隷を管理するの。奴隷商はその下の末端の出先機関ね」


 「専売公社みたいなものか……」

 

 「そうね……奴隷を扱うとどうしても犯罪に結び付き易いから、その防止も兼ねてって……表向きはね」


 「ん? というと……本音は?」


 「そんなの決まりきってるじゃないの! 税金!」

 いきなり声を荒げたマリー。

 「お金よ!」

 最後の台詞には思念を滲ませていた気がした。


 「あれ? 生きた魂を扱うって?」

 男はそこに改めて驚いた。

 「司祭って……俺と同じ?」


 「そんなわけないじゃ無い」

 マリーは男を指差して。

 貴方はネクロマンサー。司祭とは真逆の存在よ……まあ遣れる事は近い様にも見えるけどその力の差は歴然よ」


 「でも考えてみれば錬金術師も近いんじゃあないか? ゴーレムを造ったりだし……」


 「ん? 馬鹿にしてる?」

 男を睨み付けるマリー。

 「錬金術師に本物の魂は扱えないわ」

 

 「赤い水晶の」

 ゴーレムの中に入っていたモノだ。


 「あれは疑似魂……ただ似せて造っただけの人工の魂よ」

 大きく息を吐いたマリー。

 「だから成長もしないし……レベルも上がらないわ」


 「え? そうなの?」

 男は、コツメと遊んでいるゴーレム達を見た。


 「あのモノ達はチャンと成長するわよ。貴方が本物の魂を入れたから」


 ふーんと頷きながらにゴーレム達を見る男。

 無邪気にコツメと遊ぶゴーレム達四人だった。


 その横ではシグレと何かを話しているムラクモ。

 手にはキセルを支えている。


 そしてポツンと体育座りで黄昏ているジュリア。

 そのジュリアを指した男。

 「どうするんだろうな?」


 「さあ……本人次第ね」

 マリーもドッチでも良いとそんな感じか。


 そのジュリアに、またコツメが近付き。

 二人して話始めた。


 また苛めか?

 と、心配した男だったが、今度はそうでも無いらしい。

 ジュリアはコツメの話を聞きながらに頷いていた。

 そして、コツメが男を指差した。

 何やら男の話らしい事がわかる。


 そして男と目が合ったジュリアが立ち上がる。

 そのままユックリと変なリズムで男の方へと歩き出した。

 額の札も有ってか男にはその姿がキョンシーの様にも見えたのだが……流石に笑えないとそれは堪える。


 そして、男の前に立ったジュリアは……震えながらも頭を下げた。


 それを見てマリー。

 「あんた……それで良いの?」

 男の隣に立ってジュリアに念を押す。


 「……ハァィ……」

 ジュリアの返事も震えていた。


 「チャンと理解して考えた?」

 もう一度聞いたマリー。


 「……ハイ……」

 そしてやっぱり頷いたジュリア。


 「だってさ」

 マリーは男に向かって、手でジュリアを指す仕草をした。


 「良いのか?」

 それでも躊躇う男。


 「本人が決めた事なのだから、その決断に報いてやりなさいよ」

 マリーが男を即する。

  

 「本当にいいんだな? やり直しは効かないぞ?」

 男はジュリアの目を見ながら。


 男との視線は外したが、それには頷くジュリア。

 

 「わかった」

 そう告げて……呪文を唱える男。

 

 光る魔方陣がジュリアを包み込む。

 それを見ていた男の視界に、後ろでニヤリと笑うコツメが見えた気がしたのだが……。





 赤い札が無くなったジュリアの案内で、目的地のジュリアス・カエサルの墓の前までやって来た一行。

 里が一望出来る一番に高い場所だった。


 手を合わせるジュリア。

 もうコツメと一緒で男の奴隷だ。

 奴隷印も同じ場所……お尻の見えない所に描いてやった。


 そして……嫌な予感を感じた男。

 「カエサルの召喚は絶対にしないからな」

 マリーにそう宣言する。

 これ以上……わけのわからない食い扶持を増やしてたまるか! だった。


 「あのスケベハゲの召喚なんか何が有っても頼まないわよ」

 しかしマリーの返答はそれ。


 「そ、そうか……」

 ホッと胸を撫で下ろす男。


 「スキルを取り出して頂戴」

 マリーは墓を指差してだった。


 「な! そんな墓荒しの様な事はできん!」

 思わず叫んだ男はジュリアを指差して。

 「人の気持ちも考えろ!」


 「そのスキルを全部……ジュリアに継承させるのよ」

 マリーは落ち着いた声で。

 「カエサルの気持ちを考えたら……自分の子孫が無理矢理に奴隷にされて魔物の出る旅に連れ出されるのよ」

 男を指差して。

 「自分のスキルが少しでも助けに成るなら本望じゃない!」

 どーーーん!


 「いや……しかし……」

 マリーの気迫に気圧される男はシドロモドロでも……それでも反抗してみせた。


 「ジュリアを奴隷にしたのはアンタよ! その責任を取りなさいよ!」

 ど、どーん!

 啖呵を切ったマリーは、ジュリアに向き直り。

 「アンタもそれでいいわよね?」


 「ぇ……ぁ……ぅ……」

 答によどむジュリア。


 「いいわよね!」

 そんなジュリアの顔を下から覗き込んで睨んだマリー。


 ジュリアは無理矢理に頷かされていた。


 「ほら、本人も良いと言ってるわよ」

 フン! と鼻を鳴らしたマリー。


 なんか無茶苦茶だな……と、固まった男だった。

 

 「ほら、早くやんなさいよ」

 男に妙な圧を掛けるマリー。

 「ほら!」


 「わかったよ」

 渋々とだが頷いた男。

 「やるよ」

 そう答えて、スキル召喚の呪文を唱えた。


 光る魔方陣から浮かび上がるスキルは、幾つも有った。

 金工、木工、石工の基本職。

 武器、防具、アクセサリーの全装備。

 ウォーク、スイム、夜目、遠目、鑑識眼、調理士、罠士、魔法のポケット……これらは冒険者のスキルか。

 加速、加力、避力、硬力、スタミナ、自動回復、増幅……戦闘系だな。

 ウワバミ、色魔、暴食、イカサマ、威圧、逃げ足……駄目なヤツだ。


 「ひぃ、ふぅ、みぃ……」

 指差して数え出すマリー。


 「全部で二十八個だな……」

 先に答えてやる男。

 「いらないヤツも有るが」


 しかしそんな話は聞かないのがマリー。

 「さあ全部を取りなさい」

 ジュリアを脅す様に急かす。


 「待て待て!」

 慌てた男はウワバミと色魔と暴食とイカサマを飴玉に変える。

 と言うか……。

 その四つを飴玉に変えるのが精一杯だった。

 それもギリギリに間に合った感じだ。


 残りは総てがジュリアに吸収される。


 威嚇と逃げ足は間に合わなかったが……しかし、これらはそんなに害も無いだろうとも思う。

 威嚇は男も持っていたのだから。


 「さ……帰るわよ」

 マリーが終わった終わったと皆に告げる。

 「今度は何処に行くの? やっぱり城下街?」


 男は頷いて。

 「そうだな……一度は城下街に行くか」

 懐から羊皮紙を出して。

 「例のお嬢様の御屋敷にも呼ばれているしな」

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