第82話 082 戦場


 斜面を降りてトンネルの前にまで来た男は、思わず息をのむ。

 エルフ兵士達の死体で足の踏む場も無い。

 一方的な……戦闘とも呼べない、ただの殲滅、もしくは虐殺か?

 そう思わせる。

 その理由は……ソコにはエルフの死体しか無いからだ。

 

 しかし、その戦闘はまだ続いていた。

 トンネルの中から戦争の音が聞こえてくる。

 斬られた叫び。

 エルフの声なのだろう。

 そして、金属音もその音に混じる。

 それは、ようやくだがエルフ兵士達も反撃に出たのだろうと、想像させる音。

 

 男は辺りを警戒して、トンネルの中に入った。

 ゆっくりと、足場を確認するように進む。

 やはり、エルフと言えど……死体は踏みたくない。


 ここ数日で、見慣れた筈の場所なのだが、転がるエルフ達がその景色を一変させていた。

 しかし、良く良く見れば、かろうじて生きている者も居る様だ。

 いや、結構な数で居る。

 ジッと見ていると、ゆっくりと微かに蠢いている。


 「トドメを刺さないのは……恩情か?」


 「違うわよ」

 背後にマリーが着いて来ていた。

 「負け戦と、その恐怖を全てのエルフに見せる為よ」


 骸骨の指示で……か。

 自分達の作戦を、逆に利用されての惨劇を……エルフの繋がる意識でライブ中継って事か。

 死にゆく自分も含めての……。

 何処までも、えげつない事をするのか……。


 「ソレが戦争よ」

 その男の考えを読んだような答え。

 「でも、エルフ達だって、大陸間弾道魔法を使おうとしていたのよ。標的は、多分……王都でしょうね。非戦闘員、一般市民も巻き込んでの無差別殺人になるわね」


 「大陸間弾道魔法?」

 なぜ、ソレをマリーが知っている?


 「私の捕らえられて居た所の魔法学校にソレが有ったからよ」


 地面に蠢くエルフ共を見下た男。

 それは兵士達だ……死を覚悟もしていたであろう者。

 自身の死を逃れる為に相手を殺す事を決めた者。

 しかしそれは、その逆もあり得ると、理解していた筈。


 だが、王都には女も子供も居るのに……そこに大陸間弾道魔法?

 ……。

 「成る程、勝たなければいけないようだ」


 「そうね、百合子もソフィーもテレーズも死なせたく無いわ」


 そこへ声が掛けられた。

 「二人とも、危ないですよ」

 見れば、シグレがその場に姿を現した。見た目はテレーズだが、それは話をする為に化けているのはわかっている。

 「声がするからと、来てみれば……ここはまだ戦場ですよ」


 「ああ……わかっている」

 頷いて返す男。


 「ご主人様に死なれては、困るのです」

 と、シグレは男を護衛するように張り付いて来た。


 「所で、土竜はどうした?」


 「もう少し先で倒れています」


 「ちゃんとトドメは刺した?」

 マリーが確認する。


 「はい、確実に死んでいます」


 「俺をそこまで連れていってくれ」


 「……わかりました」

 と、前を警戒しながらに進むシグレ。


 すぐに土竜の所にたどり着けた。

 その辺りはエルフの死体だけでは無く、盗賊ゾンビも数人が倒れている。

 流石にゾンビでもダメージが蓄積されれば倒される。

 しかし、その体の傷を見るに、相当に切り刻まれたのだろう、エルフ達の死体とは明らかに違っていた。

 もう一度、死者召喚をすれば復活するのだろうが……マリーがソレを阻む様に間に立っている。

 

 駄目だと言うのだから、仕方がない。

 しかし、一度死んでいるゾンビなのだからPTSDには、成り様もないと思うのだが。

 元の世界では看護婦だったと言うマリーが男を心配しての事なのだろうから、やはり従う事にする。


 男は諦めて、土竜の側に寄り。

 魔法陣。

 すぐに、光と共にむくりと起き上がる。

 

 「早速だけど、エルフ兵達を蹴散らして来てくれない?」

 たった今召喚されたゾンビ土竜にそう告げるマリー。


 それに、頷いてトンネルを這うように進み始めた。


 「あまり、ムチャはしなくても良いぞ」

 そのゾンビ土竜の背中に、男は声を掛ける。

 ゾンビに成りたてのホヤホヤなのだから、レベルは最初からだろうしだ。

 

 そんな男の側で、ムラクモとセオドアが姿を現した。

 返り血で濡れたセオドアの手に持つ細剣からは血が滴っていた。

 この辺りのエルフは皆、トドメを刺されて居るようだが、セオドアがやったのだろう。

 土竜と戦う所を見られない様にの用心の為なのだろうが……しかし。

 いや、その先はやめておこう。

 これは、戦争なのだから。


 

 そして、トンネルの先から歓声が聞こえてきた。

 明らかな歓喜の声。

 それは、男達の勝利の音だった。



 もぬけの殻に為った捕虜収容所に男達はいったん集まる。

 エルフ共は、土竜が敵に為ったのを見て完全に戦意を喪失したようだ。

 一斉に撤退を始めた。

 この収容所に残っていたエルフも含めて。

 


 「今回の作戦は、完勝だったな」

 血塗れの頭目が甲高く声を出す。


 「うむ、犠牲者も多少は出たようじゃが……それも最小限に留められたか」

 

 見れば、途中から参戦した捕虜達の人数が明らかに減っている。

 普通の人間がゾンビと同じように戦ってしまったのだろう、だがそれは無理が有る、その無理が人数が減った理由なのだろう。


 「捕虜達はここで解放だ」

 男はそう叫んだ。

 「各々は元の場所へ帰れ……帰る場所の無い者は、王都へ行け」


 しかし、捕虜達はその場を動かずに、警備隊長が代表してか一歩前に出て来た。

 「我々も、この部隊で戦います」

 決意の眼だ。


 しかし、男はそれに首を振った。

 「この部隊は急造の傭兵部隊だ、君達正規兵は其々の本来の仕事に戻れ……勝利に浮かれて、己の仕事を見失うな」


 「うむ、この部隊はすぐに解散して、新たに再編成されるじゃろう。この者の言うとおりに、今は帰れ」

 ルイ王もそう告げる。

 「そして、我等の事は黙っていよ……今回は、大臣と捕虜部隊が一致団結してエルフ共を撃退した……と言う事にしておけ」


 捕虜達は明らかに動揺を隠せないで居る。

 

 「しかし、それでは……」


 「この作戦は、我が国の兵士達の指揮高揚の為でも有る」

 隊長の言葉を遮り。

 「大臣救出が冒険者の寄せ集めの傭兵部隊では、話にもならん」

 ジッと、捕虜達を睨み。

 「これは、わしからのお願いじゃ」

 大仰に頭を下げたルイ王。

 「今回は、大臣が先頭に立ち……貴様ら捕虜を従えての反乱作戦……そう言う事にしておいてくれ」


 黙り込む、捕虜達。

 

 「そうせんと……わしの立場も、大臣の立場ものうなってしまう」


 其々の顔を見合せ、それでも渋々とだが頷いてくれた捕虜達。


 「有難い、恩に着る」

 そう言ってもう一度、頭を下げたルイ王。

 「もし、正規軍を指揮する事があれば、その時は是非に助けてくれ」


 大きく、力強く頷いた捕虜達。

 「勿論です」


 「うむ、では……さらばじゃ」

 そう言い残し……ルイ王は颯爽と去ろうとするのだが……。


 骸骨よ……何処に行く?

 トラックはまだ無いぞ、そのまま置きっぱで今ムラクモが取りに行っている最中だ。

 

 ルイ王が収容所の中を右往左往し始めた。

 

 仕方がないので、捕虜達には男が一言。

 「解散」



 捕虜達がトンネルに向かい歩き出した頃に、トラックとバスが到着した。

 やとこさに、ルイ王の散歩が終わったとトラックに乗り込む。

 それに、男達も続いた。


 「適当な事を言って、上手く言いくるめられたな」


 その男の言葉に、眼をパチクリさせたルイ王。

 「わしは、嘘はついておらんぞ」

 大臣を指差し。

 「この者の手柄にしておかんと後々面倒じゃ」


 んん?

 

 「大臣の手柄で、王の信用を取り戻させて」

 マリーが嫌な笑いで。

 「ソレを裏で操るのが、骸骨の狙いよ」


 「そういう事じゃ」

 大きく頷く骸骨。

 「助けてやった恩はしっかり返してくれる……ソレが人の上に立つ大臣の務めじゃろう」


 「その言い回しに大臣とかは関係無いように思うが?」


 「そうか?」

 笑いだしたルイ王。


 呆れ顔の、そんな男にマリーが新聞の束を渡してくれた。

 ここ数日の分を纏めてだ。

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