第22話 022 コカトリスな鶏


 蜘蛛達がゴキブリを追い払ってくれたのだが。

 マリーとコツメとジュリアはトラックの中で丸まって座り込み……動こうとはしない。

 時折。

 肩を竦めては背中をブルルと小刻みに震わしている。


 戦闘での興奮が覚めた今。

 生理的嫌悪感に襲われているのだろう。

 暫くはソッとしといてやろうと思う男だった。


 

 男はソッとトラックから降りた。

 せっかくなのでゴキブリのスキルもをと考えたのだ。

 適当に転がる死骸……形が残っている様なヤツを選んで魔法を掛けた。


 嫌悪。

 醜悪。

 夜更かし。

 悪食。

 加速。

 蛍火。


 数だけは立派だが。

 ……字面から見ても、ロクなのが無い。

 

 それでも蜘蛛達には悪食と夜更かしと加速と蛍火を。

 蜂達とゴーレム達には加速と蛍火を。

 それぞれに与えた。

 男がそれらを選んだ基準は……適当、だった。

 醜悪と嫌悪以外は……まあ、有っても良いかと考えたのだ。

 蜘蛛の攻撃には補食というものも有るので悪食は有った方が良いと思うし。

 夜更かしは良くわからんが……夜行性の魔物に対処も出来るのだろうと考えての事だ。

 ゾンビの時点で夜型なのでは?

 とも思ったが……マリーを見ていると夜はちゃんと寝ている様だしだった。


 さてシルバが早速に試している様だ。

 『スキル! 加速!』

 そう叫んでいるのだが……何も起こらない。


 フムと見ていたゼクスは、今度は歩きながらに。

 『加速』

 と呟いたら……ほんの一瞬、消えて少し前に跳ぶ様に現れてそのまま歩く。

 テクテク……フッ……テクテク……そんな感じだ。

 レベルが上がればもう少し跳躍距離が延びるのだろうか?


 『蛍火』

 これは蜂の隊長だった。

 皆の代表として一人、前に出てのデモンストレーション?

 叫ぶと同時に。

 腹というか……尻というか……尻尾というか……な、部分がボヤッと光る。

 それを皆が見ながら拍手していた。

 蜂達がパチパチと。


 それを見ながら思う男。

 ゴキブリってのはこんなのも持っていたのか……。

 何の役に立つんだ?

 

 いや……そう言えばと首を捻った男。

 元の世界のゴキブリも夜中に見付けると黒光りして光って見える……もしかしてアレもこのスキルだったのか?

 コレか?


 なんてな。


 アレ?

 「そう言えば……ムラクモ達が居ないな」

 男はスキルの加速をやろうとして、キョロキョロと辺りを探すのだが見付からない。

 「何処かへ遊びに行ったのか? まああの二人ならそう危険は無いのだろうが」

 仕方が無いのでスキルは幾つか飴玉に変えてポケットにしまう。


 そしてゴキブリのスキルの処理を終えたのでと……改めてゴーレム達に向き直り。

 「さて君達」

 ゴーレム達と蜘蛛達と蜂達に。

 「仕事だ」

 そう告げて、最初の出入り口に成った……鶏から逃げ出したビルを指差した。


 それに全員が頷く。


 ゴーレム達はビルの壁を壊し始めて。

 蜘蛛達はその瓦礫を蜘蛛の糸で繋いでスロープを造る。

 蜂達は辺りを警戒しているモノと、腹を光らせて誘導しているモノとに別れて動き回り始めた。

 もちろんゴーレム達には最後の壁は残す様にと指示は出してある。

 アノ巨大な鶏がその向こうに居るのはわかっているからだ。


 その作業を眺めていた男はその鶏をどうしたものかと考えていた。

 やはり……夜中にコッソリと壁を抜けるのが一番なのだろうと思われる。

 鳥なのだから夜は目が見えない筈なのだし。

 しかしソレだと今後のドワーフの里との往き来が難しくなる。

 なんとか倒すべきなのだろうか?

 「今の自分達でヤツを倒せるのか?」

 独りごちたのだが。

 イヤイヤ……そんな無謀な冒険は避けるべきだろう。

 直ぐ様自分を否定した。



 男はいったん、トラックに戻り。

 荷室で車座の三人にそれを告げる。

 「夜まで待ってコッソリとダンジョンを抜けようと思う。だから今のうちにシッカリと寝ていてくれ」


 その言葉に三人は一斉に男を見た。


 「アンタ! ナニ言っているの!」

 マリーが血相を変えた叫び。

 「夜は駄目よ」

 そして体をブルブルと震わせて。

 「夜はアイツ等の時間なのよ!」


 その他の二名も首がもげても構わないと、そんな勢いで頷いてマリーに同意する。

 

 アイツ等とはゴキブリか……。

 「いや……しかし」

 二度と見たくないという気持ちなのだろう。

 それはわかるが……。

 「あの鶏がなぁ」


 「あんなの倒せば良いのよ!」

 語気荒く吠えるように、マリーは言い切った。


 「勝てるのか?」

 男のその問いに答える積もりは無いとばかりに立ち上がった三人。

 その勢いのままに外に飛び出して行った。


 男は慌てて後を追った。


マリーの指示が飛ぶ。

 「コツメは偵察、鶏を確認してきて。ジュリアは蜘蛛達と相談して鶏を押さえ込める網を蜘蛛の糸で造って。私は……強力な毒を造るわ」

 二人を交互に見たマリー。

 「みんな! いい?」


 それにコツメとジュリアは頷いた。

 そしてそれぞれに走り出す。


 男は独り置いてけぼり……。




 男はボーッと中断した造りかけのスロープを見ていた。

 改めて見るとゴーレム達は中々に凄い事をしている。

 鉄筋コンクリートのビルの壁を道具も無いのに素手で壊しているのだ。

 力が重機なみだ。

 その上に疲れも知らないので、延々と砕いた瓦礫を運び続ける事が出来る。

 早さは無い代わりに休まないのだ。

 成る程……コレだけの力が有れば巨大鶏も押さえ込めるかもしれん。

 だからマリーは網を……なのか。

 

 そんな事を考えていると。

 バイクの音が遠くから聞こえて来た。

 男はどうして? と、そちらを見る。

 すると交差点からこちらに向かって走ってくるハーレーが見えた。

 運転しているのはシグレだ!

 革ジャンにハーレー。

 何処からかBGMが聞こえてくる気がした。

 ダダダだっだー♪ ダダダだーだー♪ たーーたた♪ ターター♪


 「ロックだ」

 思わず呟いた男。


 「ヘビメタでしょう?」

 いつの間にかに隣に居たマリー。

 「鋲付きの革ジャンにあの化粧」


 確かに……と思った男は、直ぐに慌てる。

 「あ! いや、何故に運転できる? シグレに動かせる?」

 マリーを見ながらハーレーを指差した。


 「知らないわよ」

 マリーは鼻を鳴らして。

 「アンタが何かしたんでしょう?」


 何か?

 「あ! バイクにゴーレム召喚の魔法を掛けた」

 男は目を見開き。

 「アレか?」

 頷いた男は、試しにトラックにも呪文を掛けてみた。

 「マリー。運転してみてくれ」


 「出来ないわよ。免許も無いし無理」

 マリーは地面にしゃがみこみ魔方陣を描きながらの適当な返事。


 『旦那! 旦那! アッシが運転してもいいですかい?』

 シグレの後ろ、バイクを追いかけて居たムラクモが手を上げた。


 「それは後でね」

 マリーは立ち上がる。

 そしてソレを合図にか全員が集まってきた。


 「鶏は、すぐ目の前で寝てた」

 コツメの報告。


 「その上の両崖を利用してクモの巣を張ったわ」

 ジュリアが普通に喋っていた。

 「繋がった崖の部分を壊せば真下に落とせる」

 普段のオドオドした態度を吹き飛ばす程に……夜のゴキブリは嫌か……。


 「私もコンビニから取ってきた殺虫剤で毒を造った」

 マリーは濁った茶色い液体の入った瓶をかざす。

 「ジュリア、これで皆の武器に毒を定着化させて頂戴」

 と、その瓶をジュリアに渡した。

 

 それを受け取ったジュリアは直ぐ様に作業を開始した。

 コツメの刀、カエル達の槍にゴーレム達の剣とランスを順番に素早く処理していく。

 その作業は魔方陣を描き、魔法の炉を出現させて、毒の薬と合わせて焼き上げる。

 そんな感じだった。

 

 「準備は良いわよね」

マリーはジュリアからそれぞれの武器を返して貰った事を確認する様に見渡しながらに皆の顔を確認した


 「待って」

 男は、ポケットからスキルの飴玉を出して、ムラクモとシグレに渡す。


 『旦那……コレは?』


 「加速だ、ほんの少しの間早く動ける、そんな感じのスキルだ」

 さっきのゼクスを見ればそうだが……それが今すぐに役に立つ程のモノでは無い。

 でも、鍛えておくに越した事は無い。

 もしかすると凄く優秀なスキルに化けるかもしれないのだし。


 『有り難う御座います、頂いておきます』

 二人して口に放り込む。


 男はそれに頷いて。

 「ヨシ! 始めよう」


 全員が頷いた。


 ジュリアはムラクモに抱えられてビルの屋上へ移動する。

 蜘蛛の糸のスキルだ。

 その大元の蜘蛛達は既に鶏の上の蜘蛛の巣で監視を兼ねて待機していた。

 残りの者は、先程迄ゴーレム達が作っていたスロープを使い建物の中へ。

 造りかけだが人が登れるくらいには成っていた。

 そして……全員で残した壁の扉の前で構える。


 お互いで目の合図。

 この薄い壁一枚の向こうには巨大鶏が居る。

 下手に声や音で警戒されては奇襲に成らない。


 皆もそれがわかっている行動だ。

 壁に張り付き……音をたてずに。

 男をジッと見ていた。


 男は頷いて。

 先ずは……ソッと扉を開ける。

 半開きの隙間から反対側の壁が無いそのすぐ前に鶏の尻尾が見えた。

 デカイ尻だ。


 最初にその扉をクグったのは蜂達だ。


 もう少し扉を開けて。

 次にゼクスとシルバが鶏に気付かれぬ様に静かに鶏の背後に進む。


 その次に入ろうとしたコツメを男は肩を掴んで止めて……シグレを送る。

 コツメは最後だ、絶対にジッとしてられない……そういう奴だ。


 そして……アルマが音を立てずにユックリと……じっくりと……そーっと入る。

 カチャン。

 

 ソレを見ていたコツメがイライラし始めた。

 中身の無い金属の鎧だ……動けばソレなりに音がする。

 それを極力静かにと為れば……その動作も極端に遅くなる。

 それは道理だ。

 その事はコツメもわかっている筈。

 だからかイライラしながらも我慢を見せていた。

 

 扉から半分まで出たアルマ。

 次の一歩をユックリと出す。

 カチャン。

 また一歩。

 カチャン。

 

 ジリジリとした時間。

 身を乗り出すコツメ。


 カチャン。

 まだアルマの脚が扉に残っている。

 刀に手を掛け……放すを小刻みに繰り返すコツメ。


 カチャン。


 ……。

 

 ドンガラガッシャン!

 アルマを突き飛ばしてコツメが走り出していた。

 そのまま、合図も待たずに斬り込んだのだ。


 「あ! アノ馬鹿」

 その叫びも結構デカイぞ!

 マリーも焦れて居たのか?


 「攻撃開始だ! ヤレ」

 男が遅れて合図を出す前に、既に鶏は起き上がりコチラを向こうと動き出していた。


 コツメの造った突然の出来事に皆は右往左往。


 そんななか。

 「毒を……」

 と、言い掛けたマリーが固まった。

 石化だ。

 

 男はマリーを扉の陰、部屋の外に引き戻し。

 鶏の視線を外して石化を解除。


 少し落ち着いたのか……たんに諦めたのか。

 皆はソレゾレに攻撃し始めた。

 シグレの槍。

 シルバの大剣。

 その前に立ち、盾を構えるゼクス。

 アルマは……コケた拍子に外れた頭を探していた。

 『頭……頭……』


 「セオドア! 巨大化だ」

 1人、扉をクグり損ねてオロオロしているセオドアを男が掴み、ゼクスと巨大鶏の間に投げ込む。


 切れて壁の無い部屋に入ろうと首を突っ込んでいた鶏を下から膨らんだセオドアが天井に挟んで押さえ込んだ。

 セオドア自体も部屋に挟まれて……詰まってか? 

 身動き出来ない格好だが。

 それで良い。

 

 「そのまま押さえ付けろ」

 男は叫んだ。


 シグレがそのセオドアをヨジ登り、天井とセオドアの隙間から見える鶏の頭を槍で突く。


 「セオドア! 糸は出せるか?」


 『出せる、手は外に出ている』

 声は出せない状態だからか? 返事は念話だ。


 「糸を鶏に絡ませろ」


 『わかった』

 セオドアの返事を遮ったのはシルバだ。


 大剣を振り回しながら鶏の外に出た体の動きを探っていたようだ。

 『あ! イヤ、その必要は無いみたいだ。外から、巨大化した蜘蛛達が糸を絡めてる』


 突然にスポッと鶏の首が消えた。

 暴れた鶏が外へ抜けたようだ。

 今はセオドアだけが、部屋に詰まっている状態。


 「セオドア! 元に戻れ」

 このままでは意味が無いと叫ぶ男。

 それ以前に邪魔でも有ったのだ。


 セオドアが小さく戻ると、途端に開ける視界。

 鶏は体の半分ほどを蜘蛛の巣で絡め取られて、その蜘蛛達に押さえ込まれていた。


 男は扉から飛び出し、もう一度セオドアを掴み鶏の腹に目掛けて投げ付ける。

 「腹に掴まれ」


蜘蛛達を見て。

 「そのままセオドアごと糸を巻き付けろ」


 鶏と蜘蛛がゴロゴロと転がり、その度に糸が巻かれて絡まる。

 完全にセオドアが見えなくなった頃を見計らって。

 「セオドア! 巨大化しろ!」

 男は叫んだ。


 『! わかった!』

 蜘蛛の糸に巻き付かれて鶏の腹で見えなく為っていたセオドアが、また巨大化をする。

 糸の隙間からセオドアの身体がはみ出して……それでも巨大化を続けるセオドア。

 そして鶏を押さえボンレスハム状態に成った。

 完全に身動き出来く為った、鶏とセオドア。

 巨大化で腹を押された鶏は呼吸も出来ない状態。

 熊の縫いぐるみは元々に呼吸はしないので、コレで詰みだ。

 

 後は……ユックリと窒息を待つ事にする。

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