第93話 093 工兵連隊の敗北


 男の話は聞き入れて貰えた様だ。

 元ペルーシャの防衛隊長が、その話に頷いたからだ。


 その元ペルーシャの隊長は、ここでは全部隊を率いるベルガモ防衛隊大隊長に成っていた。

 階級も大佐と成っている、大出世だ。

 

 このテントの中には他に少将が居る様なので、二番目か?

 因みに我らの隊長は少尉の様だった。

 一応はエリートらしい。

 しかし、改めて階級と言うモノを見せられると、大臣は大将?

 王は軍人なのかがわからないので、王が大将なら、中将?

 自衛隊なら幕僚長?

 どちらにしたって、上過ぎて良くわからん。

 実際には男の奴隷だ……それでいい。


 その大佐、ここでは二番目なのだが、発言力も少将と同じくらいに有るようだ。

 捕虜収容所からの一連の戦績がそのままに乗っかっての大出世。

 飛び級何段かもわからない程に。

 なので、その少将自体も何時か自分が抜かれるかも知れないと考えての事だろう。

 もしかすると、自分の上司になるかもと為れば、やはり強くは出れないと、言う所か。

 それに、実戦経験が余計に発言に力を貸している様だった。


 なので、塹壕は掘ると決まった。

 だが、そこで頭を抱え出す上級士官達。

 塹壕の事など頭に無かったのか、その準備をしていないと言う。

 なんともな話だ。

 適当に集められた傭兵部隊を急遽、何も指示も無くに任されたのだろう。

 皆で大佐を見ているだけ。

 そして、その大佐は男を見た。

 

 言い出したのは男、仕方の無い事だと諦めて。

 「塹壕を掘る工兵を手配致しましょうか?」

 と、提案した。


 それを聞いた大佐は少将を見る。


 見られた少将、懐に手を突っ込みカードを出した。

 「国の金で解決出来るか?」

 そのカード、相当な金額に成っている。

 戦争に託つけて金を刷りまくったのだろう。


 思わず男は眉を細めた。

 戦争に負ければただの数字になるだけ。

 勝てば、敵国からの補償で賄える。

 だが、引き分けならインフレは確実だろう、それもハイパーが付くやつだ。

 不味いぞ、この戦争に勝ち目は無いと思うのに。

 負けるわけにはいかないので、引き分けにと、思っていたのだが……。

 それもどうにも不味そうだ。

 八方塞がりに為りつつ有る。

 

 しかし、今はその対処も出来ない。

 唯一出来る立場に居る大臣はペルーシャに向かっている。


 出来ないモノは仕方無いと棚上げにして、目の前の少将には適当な大金を吹っ掛けてやった。

 どうせ、相場も無いだろうし。

 有ってもわからない、男も少将もそれ以外も。


 

 金を受け取って、いったんマリー達の所へ戻る。

 何故か大佐も着いてきた。

 衛生兵の隊長、少尉はいつの間にかに消えていた。

 大方、男に対する態度の出方がわからんと逃げたのだろう。

 男に階級が有るとするならば、二等兵か?

 衛生兵なのだから一等兵かも知れないが、今のこの状況には則していないのは確かだ。

 わけがわからんのだろう。

 大佐を引き連れた二等兵なんて、誰も理解出来る筈もない。


 「トラックを呼んでくれ」

 そう、マリーに告げる。


 頷いたマリー、チラリと大佐を見て何処かへ歩いていった。

 通信をしている所を見られたく無いと考えたのだろう。


 その大佐、その場の皆の顔を見渡している。


 「あの男は、大臣と一緒に行きましたが」

 頭目を探していると察しを付けて。


 頷いた大佐。

 明らかにガッカリしている。

 大方、その戦闘能力に期待でもしていたのだろう。

 残念だが、今回は居ない。

 頭目は冒険者ではないので居る筈もない。

 あれは盗賊だ。



 その頭目は、まだ竜の棲みかの大トンネルにも到達していない。

 頭目と盗賊達と大臣はバスに乗っているのだが。

 補給部隊は馬車なのでその速度に合わせなければいけなかった。

 都合、どうしたって移動速度は落ちてしまう。

 骸骨は既にプレーシャに到達しそうなのにと、頭目はイライラをフローラルにぶつけていた。

 フローラルもまたノロノロ運転にイライラさせている。

 肉が剥げると心配に為るほどにだった。

 



 その頃、骸骨は。

 今、まさにプレーシャに入ろうとしていた。

 全員で人に変化して、町に近付く。

 町の回りも含めてここら辺りは制圧済みだった。

 後は、兵士達を探して南に逃がすだけ。

 マリーに言われた橋の爆破は、忘れた振りを決め込んでいた。

 隙を見てか、チャンスを待つ積もりか、骸骨はまだヴェネトに攻めいる気でいるのだろう。

 それは有り得ないと思うのだが。




 男達は、司令部の有るテントの前にトラックを横付けにしていた。

 士官達がそれを興味深く見ている。

 馬が引かない鉄の荷車。

 戦争に使えないかと考えているのだろう。

 バンバンと叩いてみたり、押して見る者も居る。

 そのうちやり過ぎたのかベコッと凹ませてしまい、それをムラクモに見咎められて睨まれ、慌てて下がる士官の中の一名。


 男は一応の説明として、これはニヒキガエルの能力で動くのだと、説明しておいた。

 もちろん嘘だが。

 

 そして、ピーちゃんと土竜を降ろす。

 この二匹はモンスターだが、ジュリアが鍛治師でモンスターテイマーでも有ると説明しておいた。

 それも、もちろん嘘だが。

 引きぎみに、遠巻きにでも話を聞いているのだから信じたのだろう。

 こんな嘘、有り得ないと思うのだが……流石は魔法の有る世界かと、逆に感心してしまった。


 

 男は驚いて何も言えなく成っている士官達をそのままに早速に作業を開始する。

 冷静に成られて突っ込まれないうちに急いでだ。


 先ずはカラス達を展開させる。

 偵察と塹壕を掘るその場所の確定の為に。


 場所は、この先の丘の上から横に伸ばす事にした。

 司令部はその手前の丘の下に移す方が良いだろう。

 敵の武器は直線に飛ぶ魔法銃だとしての話だが、影に隠れれば脅威は減る筈だ。

 普通の魔法にしても、コツメを見ている限りでは、これも直線に飛んでいたのだから、それも対処出来る。


 大陸間弾道魔法とか、弓とか爆弾は地点攻撃になるのだろうがそこまで対処のしようが無いと諦める事にする。

 敵にそれが居ない事を祈るか、それをさせるまで近付かせない事を考えよう。


 その丘に立ち土竜に指示を出す男。

 「塹壕は掘れるよな?」

 

 それに頷く土竜。

 すると、頭の中にイメージが飛んできた。

 敵に向かってジグザグに掘られた塹壕、それとルイ王の身振りと指示。


 一瞬、なんだ? と、男はたじろいだのだが、それが土竜の送る念話だとすぐに気が付いた。

 土竜の元の主はエルフなのだから、このイメージの伝達がエルフのコミュニケーションなのだろう。

 どおりで土竜が無口な筈だ。

 口を開く必要も無い程に明確にわかる。


 しかし、今回は横に掘るので、それをイメージして念話に乗せた。

 塹壕を横に伸ばし、すぐに角を付けて凸凹にそれを幾つも繋げる。

 掘った土は前側に積み上げる様にして、草原の草の高さに合わせる。

 その土は、本来なら土嚢袋に積めて積み上げたいのだが、それが無いからそのまま土を盛る様にしてイメージを送る。


 しっかり頷いた土竜。

 早速に掘り始めた。

 結構な勢いで進む。

 盛り上げた土は、ゼクス親方達が固めて壁を作る。


 暫く様子を見た後、振り返るとそこに士官達が口を開け放って立っていた。

 その前に行き。


 「テントの移動をお願いします」


 開いた口のままに士官、その全員が頷いた。


 

 その日の夕方頃迄には、あらかた形が着いた。

 横に伸びた塹壕、その後ろの影に隠れたテント。

 そのまた後ろには大テント、衛生兵が注文を付けたやつだ。

 その他のテントも移動を終えていた。

 正規軍の工兵達も其なり以上に良く動く。

 地面を均してテントを張る、重労働だ。

 だが、悲しい事に今回は土竜が凄すぎたのか、全く目立たない。

 評価もされない。

 だが、男はチャンと見ていたぞと、その評価を込めた視線を首を振りながらに外す工兵達。

 完全に敗残兵にしか見えない様相だった。



 そして、日も暮れる。

 男は司令部のテントをくぐり、夜間監視の兵を置く事を進めた。

 残念だが、夜はカラスも役に立たない。

 

 少将も大佐もすぐに動き、指示を出す。

 

 その頃には男の発言力も相当に上がってしまっていた。

 そんなに驚いたのだろう。

 男だって驚いている。

 僅か半日も経っていないのに、これ程のモノが出来るとは。

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