第92話 092 ベルガモ防衛部隊


 街を出て……半日程、北に歩るけば隊列が止まった。

 いや、ここまでも何度も止まって居るので、ここが目的地なのか、休憩なのか、それともただの渋滞なのかはわからない。

 そして、今居るここも、トラックならすぐの距離だ。

 

 そのトラックはと言うと。

 ベルガモの町の外に停めたままにしている。

 その管理はカエル達に任せて。

 人間ばかりの軍隊に擬人のカエルは居ずらいだろうと、そうしたのだが。


 カエル達は最後まで一緒に行くと言ってくれていた、それがとても嬉しかったのだが……だが。


 やはり、今の隊列を見るに擬人は目立ち過ぎる様だ。

 ほんの数名だが、擬人は居るには居るが……明らかに扱いが違う。

 差別は当たり前で、憂さ晴らしのオモチャの様にも扱われている。

 ここに居る擬人は誰かの持ち物の筈なのに、その持ち主は何を考えているんだ!

 そう、叫びたく為るのだが。

 この世界の奴隷の扱いなんてこんなものよ、とマリーに諭されて男は我慢はしていた……。

 しかし、元の世界であっても……奴隷はこんなものかとも思ったりもする。

 いやまだ、マシな方かも知れない……町を見るに、ここの世界の方が奴隷も人の中に溶け込んで居る様にも思う。

 今の今まで、気にもしなかったぐらいだから、見た目が全く違うのに目立つ事もなく、違和感も感じて居なかった。

 今、目の前で見えているモノは、戦争の生き死にを肌で感じて無意識に弱者である擬人に当たってしまっているのだと思いたい。

 それだと、無事に帰れば……元の生活、たぶんイジメられない生活に戻れると思うから……無事で有れば。


 その中に、うちのカエル達を連れてくれば、その扱いに我慢なんて出来ないだろうから、結果的には正解なのだと思う男だった。

 

 それに、ピーちゃんと土竜もトラックで留守番だから、その世話も兼ねてとの配慮だ……。

 その二匹も同じ理由で連れて来なかった。

 しかし、あまりにも違いすぎるその姿なら大丈夫だったのかも知れない。 

 馬の扱いは、其なりに大切にされていたからだ。

 誰かの財産として見られているのか?

 それとも、有益な働きが想像出来るからかはわからないが。

 そして、その理由と同じなのか? ゼクスとシルバも何もされていない。

 アルマは見た目通りなので、中に人が入って居ると疑わないのだろう。

 覗けば空っぽなのだが、敢えて覗く者も居ない。


 

 と、そこへ隊長が通りかかった。

 擬人をイジメた者を叱り付けている。

 

 例え寄せ集めの傭兵で有っても、ロンバルディア軍としてここに居るのなら、最低限の規律とロンバルディアの誇りを傷付ける様な行いをするなと。

 そして、付け加える。

 お前達の行いを見ていた他の者が、いざ激戦に成った時に、自身の命を危険に晒してまで貴様達を助けようと考えると思うか? と。


 確かにそうだ。

 俺なら、擬人だけを助ける。


 それを吐き捨てて、こちらに歩いて来て、そのまま隊長は男達の前に立った。

 その前に、衛生兵達が並ぶ。男達ももちろん。

 どうやら、ここで到着の様だ。


 「ここにテントを張る、その作業自体は工作兵がやるが、各々で仕事が出来る様にはしていてくれ」


 お互いに顔を見合わせる。

 薬師は調合に個室の小さなテントが必要だと要求。

 回復魔法師は患者を寝かせる為の大きなテントとベッドが必要だと言い個室のテントは自分で休憩用として張ると。

 男は、大テントが有るならそこで仕事をするので、男も個室テントは要らないと、告げる。

 

 それよりも、気に為る事がある。

 一般の戦闘兵も含めて、普通にテントだけを張っている。


 「塹壕は掘らないので?」

 男は思わず聞いてみた。


 「ウム、後方部隊だしな」

 必要無いと考えたのか?

 そもそも塹壕の必要性を理解していないのか? ここの全員が戦争には初陣と為るのだから、わかっていない?


 「ベルガモ防衛戦を引くのなら、それは必要だと思いますが」


 「そんな、戦闘も無いと思うが」


 「少数の溢れた敵でも、塹壕が有れば安全に戦えると思いますが」


 「まるで、経験が有るような口振りだな」

 男を見て……少し、いぶかしんだ隊長。


 「つい先日まで、捕虜収容所に居ましたので……」


 それを聞いた隊長が目を剥いた。

 「大臣が指揮をした、捕虜解放と魔法学校村の解放の時にもいたのか?」


 「居ました」

 男は、素直に頷いた。

 しかし、魔法学校の村の名前がそのままだったとは、そちらの方に男も驚いた。

 魔法学校村って。


 「嘘を着いてもわかるぞ」

 男を睨み付けてくる。

 「こちらにも、その時のものが居る」


 「私達の事を覚えて居てくれれば良いのですが、大勢居ましたので」

 

 隊長が男をジッと見て。

 「着いてこい」

 そう言って踵を返して歩き出した。 

 男は、一人でそれに着いて行く。


 

 隊列の先頭迄行けば、ソコには既にテントが幾つか張られている。

 その中の一つに入る隊長、その後に続く男。


 中に入る為り、声を上げる隊長。

 「失礼します……この者が、先日の捕虜収容所に居たと、申すもので連れてきました」


 その場の数人がこちらを向いた。

 その中に、男も見覚えの有る顔がある。

 プレーシャ警備隊長だった者だ、捕虜収容所のリーダーでもあった。

 そして、その元警備隊長は男を覚えていてくれた。


 「大臣の補佐官のお付きの方?」


 男の立場はそう成っているらしい。

 「あの時は、世話に為った」

 頭を下げた男。

 ここでは、上官と下級兵士だ。

 

 「いや、世話に為ったのはこちらの方です」

 男の側に寄り、そして頭を下げる上官。

 「しかし、何故この様な場所に?」


 「私は、大臣に雇われただけの冒険者ですので」


 「補佐官殿に……では無く、大臣に直接?」

 少し、首を捻る元警備隊長。


 「補佐官は私の仲間で、部下です」


 それに驚いた様子の警備隊長。

 「確かに、対等に話して居られた……大臣とも」


 「大臣とは雇用関係は有りましたが、私はコンサルタントの様なものでアドバイザーです……ですので、その場その場の状況で役割が変わるのです」

 また、適当な事を言ってしまった男。


 「あのご老人は?」


 「あの物は戦争のプロです、ですのであの時は先頭に立ちました」

 頷き。

 「今も、大臣の命にてプレーシャで孤立している正規兵の救出作戦の指揮をとっている筈です」


 「おお、あの方が居るのであれば、プレーシャも大丈夫だ」

 大きく頷く警備隊長。

 

 しかし、その後ろの……男の顔を知らない者が口を挟む。

 「戦争のプロだと? 大袈裟な……今まで一度も戦争等無かったのにプロも糞も有るわけがない」


 それに、警備隊長が振り返り。

 「いや、確かにプロだった。見事な作戦と、行動……あれは、経験が無ければ出来るとも思えない」


 男も口を挟む。

 「この国では戦争は有りませんでしたが、他国では当たり前の様に有るものです」


 その場の全員が黙り混む。

 ジッと、男を見ていた隊長が。

 「貴方も、ですか?」


 「私は、小競り合い程度です」

 また、嘘をつく。

 そんな経験など有る筈もない。


 「戦争自体は経験が無いと……」


 「はい、ですから私が大臣に雇われたのです。あの時は、戦争をしに行くわけでは無かったので……ただ、その危険は有ると判断した私が、プロで有る者を一名加えたのです」


 「戦争の経験は無いが、理解はしている……そんな口振りに聞こえるのだが……それで間違いは無いのか?」


 それには答えず。

 「ここにベルガモ防衛ラインを引くので有れば、塹壕を掘るべきです」

 そう答えた男。


 「ここまで、攻めてくると?」

 

 「それは、わかりませんが……いざその時には有効に働くでしょう」


 「もう一人の大臣の方が突撃して行ったのだ、そちらの方が最前線に為るのにか?」


 「大臣の部隊は優秀でしょう」

 男は大きく頷いて。

 「だが、それ故に戦線の維持は考えずに突破を試みる筈です。その証が、この防衛部隊だと思われます……後方に最終防衛ラインが有るからと安心して突撃を仕掛ける、そんな積もりだと思われます」

 少し溜めを入れた男。

 「詰まりは、溢れた敵兵は我々に任せると……」


 皆が、顔を見合わせた。

 「それでは、ここも戦場に為るのか?」

 その顔には不安が隠し切れていなかった。

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