第55話 055 大臣


 「終わったか?」

 男はマリーに微笑んで見せ。

 「さて……俺の方の続きを初めようか」

 槍の兵士にも微笑んで見せた。


 「わたしを……殺せ」

 男と槍の兵士との間で膝まついて居る大臣が初めて口を開いた。

 

 「それは」

 大臣を見ながら、思わず笑いを漏らす男。

 「どっちに言った? 俺か? それとも背中の槍の兵士にか?」

 もちろんそれは男に向けた言葉だと知っていてだった。


 「どちらでも構わない」

 大臣は男を見て。

 「私は、確かにあなたを見殺しにした、指示を出したのは右大臣だが……それを止めなかった」

 そして、眼をふせる。

 「止めると言う気にも……そんな考えすら浮かばなかった」


 「だそうだ、さて……どっちがやる?」

 男は槍の兵士にそう言いながら、大仰に右手を上げた。


 目があちこちにと、泳いでいる槍の兵士。

 「待て、言う……総てを話すから」

 唾を飲み込み。

 「命ダケでは助けてくれ」

 最後は聞き取れる限界まで声がかすれていた。

 「見逃してくれ」


 「その話はもう終わったぞ」

 男は首を少し捻り。

 「元々、俺は興味の無い話だし」


 「頼む」

 槍の兵士はマリーに顔を向け直しての懇願。


 「実は、私もそんなに興味があったわけでは無いの」

 マリーは首を左右に振った。

 「それに、ここで大臣も死ぬのだから……それを知った所で意味も無いのよ」


 その答えに絶句する槍の兵士。


 「大条際の悪い」

 大臣がため息混じりに後ろをチラリと見る。

 「曲がりなりにも城詰めの兵士なのだろう」

 そう言いながら、しゃがんだ姿勢を胡座に変えて……その場に座り込んだ。


 「流石! 大臣は潔い」

 男は大臣に問う。

 「で、どっちが良い? 生き埋めか? 一思いにか?」


 「頼む見逃してくれ」

 大臣に聞いたのだが、答えたのは兵士の方。


 「それしか言えないのか?」

 男は鼻で笑って、肩を竦める。


 「私に言っているのなら、それも無意味よ」

 男の横に立つ、マリーが。

 「ここにいる全員が、ソコの男の奴隷だから」

 男を指して笑う。


 それ、笑うところか?


 「ジュリア」

 そして、マリーは頷き手で合図。

 「射っていいわよ」


 「わかった、言う、言うから…………」

 それを言い終わらないうちに、槍の兵士に矢が三本刺さった。

 呻きながら倒れ込む。


 男はジュリアを見た。

 だが、矢をつがえたままに立ち竦み、首を振る。

 「私じゃない」


 そしてまた、矢が飛んでくる。

 かなりの距離を、男を掠めて大臣に刺さった。三本。


 誰か居る。

 その場に緊張が走る。

 男はカラスとネズミを見て。

 「探せ!」


 ジュリアが大臣の前に立ち、刺さった矢を確認して反対方向に矢を放つ。

 「こっちの方角です」

 次の矢をつがえたままで。

 ……。

 「逃げた様です」


 「何故わかる」


 「撃った弓者に取って、唯一の脅威である、私に射って来ないからです」


 「複数居るのだろ?」

 男はそのジュリアの答えに首を捻った。

 「その全員が逃げたのか?」


 「いえ、狙撃者は一人です」

 つがえた矢を外してジュリアは大臣に刺さった矢に目を落とす。

 「矢の角度が揃っています」


 「一度に三本を撃ったのか」


 「はい、相当の手練れです」

 そして、大臣に刺さった矢を一本抜いて。

 「でも、この矢は……私の造ったモノ……」

 その言葉は、うまく聞き取れなかった。

 男にとってはどうでも良かった言葉だ。


 

 そして男は、大臣の側に立ち見下ろして息絶えるのを見ていた。

 完全に事切れるのを見て取って、呪文を唱える。

 むくりと起き上がる大臣。


 「マリー、防腐剤をくれてやれ」

 その言葉と、ほぼ同時に馬車が燃え尽き崩れ落ちた。

 中にはまだ四人の従者が居たのだが……馬車が燃え落ちるまで出てこないのなら、もう既に殺されて居たのだろう。

 と。槍の兵士を見る。

 その兵士も完全に死んでいた。

 そして……男は大臣以外はゾンビにする積もりもないと目もくれない。

 使役して黒幕を聞けば良いのだろうけど……こんなクズはどうせ蜥蜴の尻尾の先っぽだ。

 聞きたい相手の名前すら出てこないだろうから。

 それに……クズがウツルのも嫌だ。

 ゾンビ召喚は相手の意識が流れ込んで、それに影響を受けるのが最大の欠点だ。

 男には……槍の兵士にそんなリスクを負う程の価値は見出だせなかったのだ。




 そして、暫く。

 ネズミの報告では、やはり狙撃者は見つけられなかったと言うことだ。

 だが、妙な扉を見付けたと言ってきた。

 洞窟の入り口を隠す様に草木でカモフラジュされていると。


 「それは、塹壕だな」

 大臣がマリーに貰った薬を飲みながら。

 「この辺りには、幾つか在る……モノにもよるが大きいモノは地下トンネルで繋がっている」


 「穴型塹壕か」

 男は口元に手をやり。

 「物騒だな」

 そして、大臣の方に視線をやり。

 「溝型も、やはり在るのだろ?」


 「勿論ある」

 大臣が男を見て眉を寄せる。

 「詳しいな」


 別に詳しくは無い、塹壕なんて掘った事もない。

 ただ、知っているだけだ。

 それにこの異世界……魔法が飛んできて、弓も有る、爆弾もだ……普通に考えれば塹壕戦が基本に為る筈だ。

 戦争だと聞かされれば、まずはそれが頭によぎるだろう。

 「トレンチナイフは?」


 眼を剥いた大臣が。

 「詳しいじゃないか」

 

 それがわかるなら、俺達の世界の塹壕戦と変わり無いか。

 多分、過去の戦争経験者がその知恵を持ち込んだのだろう。

 マリーが俺と30年程の差なのに、この異世界では数百年の差に成っている。

 昭和の初めの人間が過去に居たって不思議じゃ無い。

 いや……もっと、古いかも知れない。


 「あんた、ホントに年下?」

 マリーがいぶかしむ。

 「そんなの、私でも知らないわよ、ナニ? トレンチナイフって」

 子供の成りをしたマリーが男を指差して。

 「もしかして、自衛隊とか?」

 

 「狭い塹壕の中での白兵戦用のナイフだ」

 因みにだが自衛隊の経験は無い。

 総ては、映画と小説の知識だ。

 だから、間違っている可能性も有る。


 「その塹壕なのだが」

 カラスが。

 「その中にローブの男が入って行った様だ……見付けたのとは、違う穴だが」


 「成る程、ソコに隠れて居たのか」

 ロイドが、それを自身で見付けられ無かったからか、若干に悔しそうにした。


 「どおする?」

 頭目が男に聞く。

 放置しても問題無いとの判断だろう。


 「一応は……売られた喧嘩だしな」

 しかし男は笑って答えた。

 「覗きにでも行くか?」

 その答に頭目もロイドもニヤリと笑って返す。


 

 移動中。

 「何故、私を助けた?」

 大臣が男に聞く。


 「助けたわけじゃない」

 男は肩を竦め。

 「ちゃんと、見殺しにした、今はあんたはゾンビだろう?」

 方眉を上げて。

 「あんたも男を見殺しにした……詰まりは、どちらも罪は一緒で……同罪の相殺だ」

 大臣を指差した。

 「そして、あんたには利用価値が有りそうだしな」


 「利用価値か……」

 苦笑いの大臣。

 「詰まりは、私にそのまま大臣で居ろと言う事か」


 返事の変わりに、笑ってやった。


 「まあ、良いだろう……今はお前が主人だ」

 大臣は大きく息を吐き出して。

 「しかし、惜しい事をしたな」


 「何がだ?」


 「イヤ、王だ……」

 男を見ながら。

 「ネクロマンサーだとわかっていれば、殺そうとはしなかっただろう」

 首を振る。

 「それに気付けないとは……やはり愚かだ」


 「ネクロマンサーなんて忌み嫌われるモノじゃ無いのか?」


 「それはそうだが……実際は、強い。ゾンビ兵士が造れるのだぞ、最強だ。戦争に怯える必要も無い」

 一呼吸置いて大臣は続けた。

 「それにだ……嫌われ者だろうが、そんなものは関係無い……勇者とは詰まりは兵器なのだから」


 「それはそうか」

 男もそれには頷いた。

 「戦争の為に召喚されたのだから、やっぱり兵器か」


 「その最強の兵器を、みすみす投げ棄てたのだ、戦争に成っても勝てる筈もない」

 

 「で、成りそうなのか?」


 「わからん」

 首を振りつつ肩を竦めた大臣。

 「それを避ける為の私で、この旅なのだが」


 「まあ、その旅……続けて貰おう」

 男はロイドを指差して。

 「従者の代わりは、このロイドが務める……人が代わった所で、気付かれんだろ?」


 「ふん、従者の顔なぞ誰も見ていない」

 頷いた大臣。


 男もロイドも頷き返した。

 もう影武者は終わりだ。

 ここからは本物が直接だ。

 それもゾンビだし男の監督下なのだから……誰も文句は言わんだろう。

 



 そして、塹壕穴の前。

 草木の茂る森の中に、地面に寝かせた扉が有った。

 下に洞窟? トンネル? が有るのだろう。

 男は静かにそれを開ける。

 やはり、斜めに伸びた人口の洞窟だ。


 まずは、ネズミの偵察だ。

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