第65話 065 骸骨……再び


 マリーのダンジョンに続く洞窟の前にトラックを停めて中に入る。

 

 ただ骸骨を迎えに行くだけなので、男はマリーと二人だけで行こうとしたのだが、ジュリアが着いてきた。

 錬金術師の工房が気に成った様だ。


 洞窟の中をくぐり抜け。

 隠し扉を開けて。

 滝を横目に病院の中へ。

 

 その水力魔交換型の滝の説明をマリーに受けたジュリアが感嘆の声を上げていた。


 見た目はただの洞窟内の滝なのだが。

 まあ、それだけでも景色としては凄いものかと男も思う。


 病院の中の景色もそのままで何も変わらない。

 白衣を着たゴーレム達が行き交い。

 看護婦姿のスケルトン達とすれ違う。

 ジュリアはそれらに一々反応していたが、コツメとは違い大騒ぎ迄はいかない様だ。

 スケルトンは、サルギンの骸骨を見慣れているし、ゴーレムはゼクス達と友達だからだろう。


 しかし、マリーの工房に入ったとたんに一変した。

 ホムンクルスの入った試験管を撫で回し、そこに繋がる管をたどり、その先の装置を見いる。

 そんなジュリアにマリーが一々説明をしている。

 自分の仕事が理解してもらえるのが嬉しいのだろう。


 そんな二人を横目に、部屋の隅に眠る骸骨の前に立つ男。

 崩れて散らばった骨の小山と、その下に埋もれた錆びた剣。

 それを眼下に見ながら、さてと……と、呪文を唱えた。

 光る魔方陣。

 バラバラの骨が踊るように動き集まり形を成す。



 「久しいな」

 足元の錆びた剣を拾いながらに骸骨が口を開いた。

 「随分と成長したものじゃな」

 落ち着いた声だ。

 

 「そうか? 実感はあまり無いが」


 「骸骨を召喚出来る位には成ったのだろう」

 ニヤリと返す。

 「で、王に成れたか?」


 「イヤ、まだだ」


 「そうか……まだか」


 「あんたのカタキはそのうちに……だな」


 「カタキ?」

 小首を傾げる骸骨。


 「カタキをとって欲しくて、王に成れと言ったのではないのか?」


 「なんじゃそれわ」

 笑う骸骨。

 「別に今の王家に恨みなぞ無いわ。確かにワシは負けたが、国は滅びてはおらん」

 高笑い。


 「では、なぜ?」


 「そんなもん決まっておろうが……国を強くする為じゃ」

 男を指差して。

 「ネクロマンサーが王なら最強じゃろう。エルフどもやパピルサグ人やミュルミドーン人に一泡吹かせたいではないか」

 肩を竦めて。

 「奴ら、鬱陶しいからの」


 「今は、そのエルフと戦争中だ」


 「また、ちょっかいを掛けてきおったか」

 驚いた骸骨は笑い。

 「懲りん奴らじゃ」

 

 「で、ロマーニャに援軍を頼み行く所だ」


 「はあ? パピルサグ人にか?」

 信じられんと言う顔をしたいのだろうが、今一うまくない。

 「臆病で気位ばかり高い奴らにか?」


 「仕方がない」

 男は骸骨に薄らく笑い。

 「今のロンバルディアではヴェネトには勝てん」


 「なんとも……」

 大きなため息を吐いた骸骨。

 「情けない」

 

 「それが今の現実だ」


 「早く王に成れ」

 骸骨は男を見て。

 

 取り敢えずに適当に笑って返した男。

 そして帰る為に……二人を呼ぼうと振り向いたら、そこにジュリアが居た。


 じいっと、骸骨を見ている……イヤ、腰のモノを、か?


 「この者は?」

 そのジュリアを指差した骸骨。


 「ドワーフの娘よ」

 マリーがそのジュリアの後ろから。

 「カエサルの子孫」


 「カエサルのか!」

 ジュリアをマジマジと見た骸骨。

 「それは、似んで良かったのう」


 知り合いなのか……やはり、なのだろうが。


 そのジュリアがぼそりと。

 「エクスカリパー」

 と、錆びた剣を見詰めていた。


 エクスカリパー? エクスカリバーじゃなくて?

 だが、その言葉で大方の予想が付いた……またヨウイチの作なのだろう。

 聞かなかった振りを決め込んだ男。

 面倒臭い。


 「錆びてる……」

 と、手を伸ばすジュリア。

 「今、研いて上げます」


 しかし、その手を払い除ける骸骨。

 「やめい」

 錆びた腰の剣に手を当てて。

 「折角に良い具合に錆びておるのに、それを研ぐなど……この錆び、結構苦労したのじゃぞ」


 それは、わざとか!

 自分でやったのか!


 「今の若いもんわ」

 首を振りつつ項垂れて見せた骸骨。

 「詫び錆びもわからんか!」


 いやいや、その錆は間違ってる。

 骸骨よ勘違いだ。




 その骸骨を連れて四人で外で待つトラックへと帰った。


 洞窟を出たとたんに骸骨の額に氷手裏剣が刺さった。

 投げられた先を見れば、コツメが息粗くその目が座っていた。


 そんなコツメをカエル達がトレーラーの中に押し込む。


 当の骸骨は、額の氷を抜き。

 「穴があいてしまったではないか」

 と、摩りながら。

 

 その骸骨を見た大臣。

 「この方がルイ王!」

 

 「そうじゃが……御主は?」


 「これは失礼しました」

 と、大臣は膝を着く。

 「私は、現ロンバルディアにて大臣を務めさせて頂いております……マルクス・ブルータスと申します」


 おお、そんな名だったのか!


 「是非にルイ王のお力をお貸し願いたい」

 力強く骸骨を見上げた大臣。

 「この国を救いたいのです」


 「それは良いのだが……もうワシは王では無いのだがな」

 出来る事も知れているとでも言いたげだ。


 「是非に伝説の闘将のその力を見てみたい」

 頭目が少し離れた場所に立ち、呟いた。


 闘将なのか……。

 そう言えば、強かったな。

 だが、それも今回は必要無いだろう、それよりも交渉能力の方だな。

 そこは未知数だ。

 ただ、有無を言わさぬ強引さは、確かにあったと思う男だった。


 「何時まで立ち話してるの?」

 マリーがトラックに手を掛けながら。

 「行くわよ!」


 


 「凄いのう、これわ」

 骸骨がトラックの中で感嘆の声。


 「俺達の世界の乗り物だ」

 男はそんな骸骨に胸を張って見せて。

 「ゴーレム化して動く様にしたのだ」

 フフン、と。


 そして、ムラクモが勿体ぶる様にゆっくりと走らせる。

 トラックを誉められたのが自分の事の様に嬉しいのだろう。

 誇らしげにハンドルを握っていた。


 日が少し傾き始めた。

 木漏れ日も柔らかくなっている。


 その、ゆっくり走るトラックの車窓から、森の木々が見える。

 その一際大きな木の影に、もたれて眠る苔むしたゴーレムが見えた。

 一人なのに決して寂しげではない。

 ゴーレムの表情はわからないのだが、楽しげにも見える。

 だが、もう……相当の年月をここで過ごしたのだろう。

 自然の一部として溶け込んでいた。


 「なんじゃ」

 骸骨が男の隣に来て。

 「汚いのう……苔だらけじゃ」


 思わず振り向いてしまう男。

 あんた……今さっきに、詫び錆びとかぬかして無かったか?






 男達はそのまま南下した。

 当初は国境の街クレモナに直行して直ぐにロマーニャに入るつもりにしていたのだが。

 骸骨がそれでは駄目だと、ルートを……パヴィア……ローディ……クレモナ……で、ロマーニャを提案してきた。

 長らく国交が無かったのなら先ずは情報を集めよ、との事。

 それぞれの街は全てが国境に面している、ただ暮らし振りを見るだけでも価値は有るとだった。

 大臣も頭目も一にも無く頷いた。

 「そうしましょう」

 「流石、闘将ルイ王」


 いやいや、急ぐ旅では無かったのか?

 戦争が始まっているのだぞ。

 と、突っ込んでも良かったが……男もこの国の行く末をそんなに気にしているわけじゃない。

 せっかく作った銀行と保険と新聞が残れば勝ち負け等はどうでも良い。


 等と考えていると、急にトラックが停止した。

 嫌な予感がする。

 停止のしかたが、緩やかに優しくだ。

 これは、次に来る言葉は……。


 「旦那、迷子です」


 やっぱり!

 タウリエルか!


 泣きながらに乗り込んできたタウリエル。


 なぜ北に向かったのに、南に居る!

 そんな事を聞いても仕方ないのだろうが、それでも眉が寄る男。

 そして、その答えは、誰に聞いてもタウリエルだからとしか帰ってこない筈だともわかっていた。


 「俺達は、ロマーニャに行く積もりだが良いのか?」


 「ロマーニャなら、そのまま迂回して北上すればいいんじゃない?」

 マリーが言う。

 

 成る程、ロマーニャもヴェネトに面している。

 ここから北に戻るよりも近いかも知れない。


 「そうします」

 ズビズビ……。


 「この娘も知り合いか?」

 骸骨が前に出てきた。

 「使役はされとらんようじゃが」


 その骸骨を見たタウリエル。

 その一目で。

 脆くも意識を失った。

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