第66話 066 惨劇


 マリーのダンジョンの森を抜け。

 平原に出て、走るトラック。


 気絶したタウリエルはトラックの引っ張るトレーラーに移し、コツメと共に隔離することにした。

 見張り役は、シグレを筆頭にゴーレム三人。

 一々、騒がれては堪らん。

 骸骨はこれが面倒臭い。


 しかし、もっと面倒臭いものが目の前に近付いてきた。

 ダンジョンだ。

 しかも新しい。

 

 トラックのガラス越しにそれを見て。

 「これは……やはり……」

 言い淀む男に。


 「時と空間の勇者ね」

 言い切るマリー。

 「調べる必要が有りそうね」


 「迂回は出来ないのですか?」

 大臣も覗き見る。


 「勇者が絡んで居るのよ」

 マリーは大臣に向き直り。

 「何処の国の勇者かは、わからないけど」


 「成る程」

 考え込む大臣。

 「我が国の領土にダンジョンを創ったとなると……」

 そして頷いた。

 「その意志があると、言う事ですか」


 「そうね」

 マリーも合わせて頷き。

 「目的はわからないけど、直近で三つ目よ。前の二つは、あなたが依頼を出したでしょ」


 「あれも、ですか……」


 「攻略するかしないかは別にしても、調査はすべきだと思うけど」


 「まあ、サクッと終わらせよう」

 チラリと骸骨を見た頭目が。

 「こちらには闘将ルイ王が居るのだし、直ぐに終わるだろう」


 その骸骨。

 「どうも、ワシを期待しとるようじゃが」

 骸骨は胸を張り。

 「ワシは今、レベル1じゃぞ」

 そして偉そうに言い切った。

 「この剣も振るえんかもしれん」

 と、腰の剣を叩く。


 「え!」

 「なぜ?」

 男と頭目はほぼ同時に声を上げる。


 「そりゃのう」

 男を指差し。

 「さっき、召喚されたばかりだしのう」

 骸骨は自分の頭蓋を指でコツコツと叩いて。

 「今は、以前の記憶だけじゃ」

 

 「…………」

 声を詰まらせ、あからさまにガッカリした頭目。

 伝説の闘将の戦う姿を見てみたかったのだろう。


 「まあ、大丈夫でしょ」

 その頭目の肩に手を伸ばすマリー。

 「今の私達なら何とかなるわよ」


 


 さて、そのダンジョンの縁に立つ男達。

 

 ダンジョンは平原に丸く切り取られた地面の下にある。

 サイズは大きくない、こちらから反対側の崖が見える。

 大きな高層ビルも無い、大通りから一歩入った裏路地の町のようだ。

 ただ、降りられそうな所も無い。

 セオドアに糸で梯子でも作って貰おうか、と、考えていると。


 マリーが。

 「嫌なモノを見付けてしまったわ」

 と、呻くようにしてダンジョンの中を指差した。

 

 男がその指の先を追うと……。

 小学校らしきモノが見える。

 それを見付けた男も、なんとも言えない気分にさせられた。

 想像したくは無いが……想像できてしまう顛末。

 この間のダンジョンの様に、時間を間違えていてくれる事を祈ろう。

 

 

 セオドアが梯子を作っている間に男はカラスを飛ばす。

 返ってきた答えは、目に着く処に動くモノは無い、だった。

 ただ、一段開けた場所に魔物が倒れているとの事。

 その教えられた場所は学校の校庭だった。


 唸る男はボソリと。

 「それは、誰かが倒したのだろうな」


 「多分……ヤツね」

 マリーのその答えに男も頷く。


 「で、ワシはどうすれば良い?」

 と、トレーラーを指差しながらの骸骨。

 コツメとタウリエルはまだ中に居る。


 うーんと、考え込んだ男の代わりに。

 「二班に別れましょう」

 とマリー。

 「骸骨はロイスとサルギン達とカラスにネズミね」

 順番に指差していくマリー。

 「私達は、真っ直ぐに魔物の所へ向かうから、辺りの探索をお願い。生きている者が居ても、不用意に近付かないでね」

 

 「うむ、わかった」

 頷いた骸骨。

 「その勇者とやらの顔もわからんしな」




 男はダンジョンの中の裏路地の様な道を蜂達を使い、警戒しながらに進む。

 道幅はそれでも車2台分はしっかりあり、左右の建物の高さも然程なので、圧迫間もない。

 

 「なんか」

 後ろから着いてくるコツメが。

 「退屈な感じ」

 興味を惹くモノが見当たらないのだろう。


 確かに何もないと頷く男。

 小さな会社にマンションかアパートが見えるだけ、それ以外はコンビニすら見当たらない。

 この辺りの何処かの裏か角にはあるのだろうが、それを探しても仕方無い。


 しかし、本当に何もない。

 車すら無い。いや、建物のガレージにはあるが道路に無いのだ、それはここを車が走る時間帯では無いという事。

 だが、深夜でも無さそうだ、そこいらの会社のシャッターが開いている。

 それが、ここが召還された時間を示している。


 嫌な予感に後ろを押されながらに、男は先を急ぐ。

 

 学校が見えてきた。

 やはりか小学校だ。

 校門から少し登り坂になり、登り切った先に大きな桜の木が見える。

 その向こうに校舎が在り、それを横目に見ながら右側が校庭の様だ……。


 「最悪だ……」

 校庭にたどり着く前に、幾つかの小さな死体。

 刀傷が前後、無差別に着いて倒れている。

 吹き出した自身の血で赤黒く塗られた子供達。

 「なんて事を……」 

 

 「この……傷は」

 息を詰まらせながらに頭目が。

 「見覚えがある……ヤツだ」


 「コツメ、ジュリア」

 マリーが二人に叫んだ。

 「後ろの建物に入っちゃ駄目よ」

 絞り出した声。

 「見るのもダメ」


 そのマリーが指した建物を見た男は呆然と立ち尽くす。

 校舎の窓という窓が赤く染め上がっていた。

 その意味を想像する事すら躊躇われる……ただ目から入る映像を脳に流すだけが精一杯。

 

 そんな惚けた男を置いて、頭目が校庭の中央に横たわる魔物に近付いて行った。

 魔物は巨大なハムスターだった。

 象の二倍程のサイズ。

 

 「死んでいる」

 頭目が。

 「駄目だ……」

 目をふせ。

 「行こう」

 言葉は切れ切れに。

 「ここを離れよう」


 だが、男は吸い寄せられる様に近付いてしまった。

 死んだハムスターの頬袋が大きく膨らんでいて……その口から……子供達の頭や手足がこぼれていたのが目に入ったのだ。


 声が出せない。

 まぶたがうごかせない。

 指先が……足先が震えて痛い。

 この場から今すぐ離れたい。

 しかし、足が出せない……歩き方を思い出す事が出来ない。


 そんな男を頭目が、学校の外に迄引き摺り出してくれた。

 死体は見慣れている筈なのに。

 男はネクロマンサーの筈なのに。

 異世界人も元の世界の人間も同じ筈なのに。

 ……。

 だ。



 「何時まで呆けて居るつもり」

 マリーの顔が目の前にあった。

 「いい加減に馴れろとは言わないけど……今は、それどころじゃ無いわよ」

 首だけを後ろに向けた姿勢で。

 「骸骨から連絡よ、剣を持った男を見付けたらしいわ」


 「ヤツか?」

 男はその言葉に怒りが沸くかと思ったが……それは無かった。

 ただ、意識を引き戻す効果はあった様だ。

 

 道端に座り込んで居た男は、立ち上がった。


 「多分だけど、そうね」

 マリーも頷いている。


 「行こう、とにかく……確認だ」

 やはりか怒りが出てこない。

 冷静……でも、無さそうだ。

 機械的に反応している、わけでもない様だ。

 しかし、今は動ける。

 ヤツの所に行こう。


 「私が先に行きます」

 ジュリアが手を上げる。

 慌ててピーちゃんも羽を上げた。

 「一応は顔を見ているので……」

 と、ピーちゃんの背に乗りながら。


 「そうね、お願いするわ」


 それに頷いて返す、ジュリアとピーちゃん。

 そして走り出した。


 

 男達も後を追う。

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