第42話 042 ネズミ


男達は走った。

幼女は男が肩に担いで。

皆は、ネズミを蹴散らしながら。


あの時、ネズミと目が合ったその瞬間から、続々と集まり初め、今は、地下街はネズミで溢れている。

ネズミのゾンビ軍団も呼んだのだが、その数よりもはるかに多い。


 「迂闊だった」

 盗賊軍団もロリスもピーちゃんでさえ置いてきた。

 

 「今はそんな事よりも走るのよ!」

 叫ぶマリー。


 「地上を目指せ」

 そして、頭目も叫ぶ。


 だが、ソレは無理な様だ。

 上へと続く通路が完全に塞がれている。

 ここを突破するには、真正面から戦うしかない。

 しかし、一匹づつ倒していてはとてもじゃないが埒があきそうにない。


 「アンタのお得意の火は?」

 マリーが近付くネズミをスリコギ棒で叩きながら。


 「ここじゃ駄目だ! スプリンクラーが作動してしまう」


 「そんなの濡れるダケじゃない」

 マリーは渋い顔を見せる。

 「まだ春よ、今日なんて寒い位なのに……濡れるのは嫌」


 「寒い? ソレだ! ネズミは寒さに弱い!」

 男は皆に指示を出した。

 「中央管理室を探せ! この規模なら絶対に有る筈だ!」


 「そんなの、何処に有るのよ」

 マリーの反論。


 「とにかく、走り回れ!」


 全員でその場から逆走。


 楽しげなおもちゃ屋の角を曲がり。

 えらくキツそうな輸入酒の置いてある酒屋を通り過ぎた。

 その酒屋の隣にはチーズなんかも置いてあるその独特の匂い、これを投げれば少し位の時間稼ぎには……成らんな、ネズミにチーズなんて安直過ぎる。

 本屋の角を越えて。……いつも買っていたマンガ雑誌が見える、大人で子供の工藤探偵の表紙。

 このマンガってこんなに古くからやっていたのか!

 その隣の雑誌の表紙は無茶苦茶なお巡りさん、コレは最近に終わったが、ヤハリ古いのか!

 その奥にソレっぽい感じの扉が見えたと思った男は。

 大きな両開きの扉を指して叫んだ。

 「ソコに入れ」


 飛び込んだソコは。

 狭い通路のバックヤードな感じだ。

 両脇には、いろんな段ボールが山積みに成っている。

 幸い、ネズミは少ない。

 ソレを蹴散らして、尚も進む。

 そのドン付き、扉の横に。

 目的のソレは有った。

 そして、飛び込む。


 そこは守衛室も兼ねているようだ。

 ドン付きの扉に並んで小窓が見える。

 その向こう側は、コンクリート剥き出しの少し広い空間の様だ。

 ソレを確認するよりも今は探すモノが有る。

 目線を巡らし。

 奥、壁際に幾つかのスイッチが有った。

 まず、目に入った排気ファンのスイッチを切る。


 「早くして」

 急かすマリー。

 「ネズミが来る」

 

 今、通り抜けた所を灰色の絨毯にしながらネズミが迫っていた。


 男は目の前のスイッチ群から、クーラー……空調……エアコン、ソレらしいスイッチを探す。


 「有った!」

 マリーが叫ぶ。

 全然、別の場所、入り口のスグ脇に有った様だ。

 男はソコに飛び付き、冷房を目一杯下げる。

 

 ダクトから肌でわかる程の冷たい空気が出てくる。

 

 「全然、駄目じゃん」

 マリーが叫んだ。


 ネズミの勢いが止まらない。

 この部屋では、早計に袋のネズミだ。

 もう用の無い、管理室を飛び出し。ドン付きの扉を開ける。

 ソコは小窓から見えたそのままの搬入ガレージ兼、倉庫の様だ、本来は搬入路ダケなのだろうが広めのスペースを利用して、テナントの一時預かりの為の倉庫としても使っているのだろう。

 が、そんな事はどうでも良い。

 ここは、とてもマズイ場所の様だ、ネズミの巣窟、モンスターハウス状態。

 その奥に曲がったスロープも見えるが、とてもじゃないがここは無理そうだ。

 このスロープ、コツメが以前に火の珠を撃ち込んだその場所だ。壁に焦げ跡が見える。


 「こっちだ」


 頭目の呼び声に振り向くと、荷物の山と壁際のその奥に、もう一つ扉が見える。さっきの寄りも小さい、客では無い人用の通路の様だ。

 ソコに走って飛び込んだ。

 と言うよりも、ネズミ達に追い込まれた感じだ。


 細い短い通路の先は、さっきの酒屋。


 そして、完全に囲まれた。

 今来た通路も、先に通った酒屋の前もネズミだらけだ。


 「もう、全然駄目じゃん」

 二度目のマリーの罵声。

 側に有った酒瓶を適当に投げ付けている。


 肌寒くは成ってきたが、犇めき合っているネズミ達にはまだ、温度が高いのか? 冷えきるのにもう暫く掛かるのか?


 しかし、その時間は無さそうだ。

 押し寄せるネズミ。


 今は、コツメも一緒に成って酒瓶を投げている。

 辺りはすっかり酒臭い。

 その匂いのせいか、若干に時間は稼げているようだがヤハリ、ソレも焼け石に水。


 !

 「火だ」

 男はコツメに叫んだ。

 「酒に火を着けろ」

 

 頷いたコツメ、火の珠を酒に濡れた床に放つ。

 

 青白い炎が床一面にナメる様に上がった。

 

 程無くして、けたたましく鳴り響く非常ベル。


 同時にスプリンクラーの滝の様なシャワー。


 そして、それらに驚いたコツメの屁。

 ボフン! 

 「いやーん」


 強烈な臭いが地下街を蹂躙した。

 男の背中の幼女は一瞬で気絶。


 男とコツメは、鼻を摘まんで何とか耐えた、涙は止まらないが意識は留めた。

 マリーと頭目は。

 「臭い!」

 と叫んでいるが、大丈夫な様だ、ゾンビだからか?


 が、状況が大きく変化した。

 ネズミ共が一気に逃げていく、潮が引く様に……ソレこそ一目散に、だ。


 『地下からネズミが一斉に出てきたそうだ』

 カラスがそう告げてくる。


 「カラス達に襲わせろ」

 地上に出れば、カラスの方が捕食者だ。


 『わかった!』


 そして、男達も濡れ鼠で地上を目指す。



 障害物の無い地上はカラス達の独壇場だった。

 次々と急降下して、仕留めていく。

 そのネズミも、もう地下には入りたがらない。

 同じ天敵でも、カラスよりもイタチの方が怖い様だ。


 「アンタの屁」

 コツメを笑いながら。

 「凄いわね! 初めて役に立ったじゃない、その屁」

 大袈裟に鼻を摘まむマリー。


 「もうイヤ!」

 顔を真っ赤にしたコツメ。

 「もう絶対に屁はイヤ!」

 

 「忍法、放屁の術?」

 更に笑うマリー。


 「そんなの無いわよ!」

 キイー。

 「もう二度と屁はコカ無い、絶対よ、私の人生に屁は要らない!」

 ウキー。

 

 「でも」

 笑い。

 「凄かったわよね、ジュリアもそう思うでしょ?」

 と、辺りを見渡したマリー。

 「あれ? ジュリアは?」


 あ、そう言えば居ない。

 男も辺りを探す。

 「まだ、地下か?」

 

 「アンタの屁で気絶した?」

 大笑いのマリー。


 「イヤ、ネズミに喰われてなければ良いんだが」

 マリーは放っておいて踵を返した男。

 地下に戻り、探しに行く。


 その地下は、もうネズミ一匹居ない。

 非常ベルもスプリンクラーも止まり、とても静かな場所に成っていた。

 屁の残り香は凄まじいが、何とか我慢出来るレベルだと歩き出す男。


 そして、件のジュリアは酒屋に居た。

 酒瓶を抱えて、気絶している。

 一応は無事な様だが。

 と、男が抱き起こしたらば……やたらに酒臭い。

 ネズミの恐怖に堪えかねて酒に逃げた様だ。

 口元、胸元に溢した跡が有る。

 ヤハリ、あのジジイの血族だ、と、少し呆れてしまった男だった。

 そのジュリアを叩き起こし、歩けない様なので背負ったのだが、その背中で側に有った一本の酒瓶を掴むジュリア。

 まだ、呑む気だ。


 「でも、どうしてネズミが逃げ出したのかしら」

 首を傾げたマリーが呟く。

 「確かに屁は臭かったけど……全員で逃げ出す程?」


 「ソレは、な」

 と、男にはその理由がわかった。

 「あの時、スプリンクラーを作動させて、水で一気に体温を下げる事が出来ればと、考えたのだけど。コツメの屁の威力の方が先だった様だな」

 と、コツメを見る。

 「確か、ネズミは視力が弱い反面、臭いに敏感だったはず。特に天敵となるその臭いには敏感に反応する。そして、コツメはコツメカワウソの獣人、つまりはイタチ科だ!」

 

 「成る程」

 ポンと手を打つその場の皆。

 「ネズミにそんな習性が有ったのね」

 

 「ヨーロッパの一部では、イタチの糞をネズミ避けにしていた所も有ったらしい」


 ソレを聞いたマリー、ニターっと笑い。

 「コツメ」

 指差し。

 「ウンコしなさい」


 「イヤーよ!」

 首をブンブンと振ったコツメはそれを拒否した。

 「絶対に嫌よ!」



 しかし、後日。

 コツメはウンコをあちこちに置く事に成ったのは仕方が無い事。

 ネズミは至る所に隠れていて、ソレを全て駆除等はどだい無理な事。

 詰まりは、ネズミ避けのウンコは仕方無い事。

 コツメの羞恥心もプライドも……どうでも良い事。

 マリーにとっては笑い事。

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