第50話 050 迷子のエルフ娘

 

 日も落ち掛けた、深い森が続く道。

 トラックとバスのヘッドライトが木々の合間をユックリと流れ行く。

 

 「次はプレーシャか、どんな所なんだ?」

 目の前では、ちっちゃいマリーが寄り集まって談笑している。

 禁止と言ったのに……。

 蜂もカラスもネズミも念話ではなく普通に喋れるのが嬉しいらしい。

 今まではアゴや顔の造りの問題だけだったのだろうか? まあそうか、念話では普通に喋れて居たのだ、言語そのモノは理解していた筈……つまりは発声器官のその性能的な事で無理だったと推測出来る。

 のだが……化けるは幻影だろう? なのに物理的に空気を震わしているその理屈がわからんと首を立てに振るか横に振るかと迷った男は、結局は斜めに振ってみた。

 妥協案だ。

 そして、もう一つの妥協案。

 イタズラしないなら……ややこしく無いなら少しくらいは目をつぶろうと、溜め息を吐く男だった。


 「森の中の町だ」

 頭目が教えてくれた。

 チャンと本物だ図体がデカイ。

 変化もサイズは元のサイズに依存している様だから、おのずと化ける相手が決まってくる様だ。

 自分に合わせないと、もろバレだ。

 

 「そうか」

 男はトラックの窓から外を眺めて。

 「森ばかりだな」

 この景色にも飽きてきた。


 「隣国のヴェネトも、森の都だ」

 肩をすぼめる頭目。

 「エルフの治める国だからな」


 「ほう……エルフ」

 フム、興味が出てきたと男。

 エルフと言えば誰に聞いても美人と返ってくる種族。

 元の世界の2次元情報だが……しかし、リアルエルフは是非に見てみたい。

 ……。

 あれ? ベルガモにも居たか? 居たな?

 しまった、あれが初リアルエルフだったのに、じっくり観賞し損ねた!

 あ……イヤ……ソレをしたら痴漢か……。

 でも、チョッとくらいは……。


 「鼻の下……」

 マリーの大合唱。


 


 「旦那」

 アラン事、ルイ家の執事に化けているムラクモが。

 「人が居ますぜ」

 運転しながら前方を差す。


 背中に大きな弓を抱えた、女? が道端に立ち竦んでいた。


 「ヒッチハイクとかでは無さそうね」

 マリーもそれを確認して。


 「そうだな、ゆっくり近付いてトラックを寄せてくれ」

 その男の声色に、遊びの時間は終わったと車内に緊張感が漂う。

 こんな森の奥深く、一人で居ること事態がただ事ではない。

 

 ライトが徐々にその者を浮かび上がらせた。

 やはり、女だ……それも若い。

 そして格好は……革の鎧、革のブーツ、革のマント野性味がある毛皮ではなく、シンプルで艶の有るその形から実用的なモノを感じる。

 つまり戦闘服だ。

 

 男は少し距離を置いて停められたトラックから静に降りた。

 その男の前には巨大化し透明化したセオドアが盾になる。

 そして、同じく透明化したムラクモとシグレが、女の後ろに静かに回った。

 蜂達とネズミ達はそのサイズを生かして闇に紛れて草陰に潜む。

 後の者は飛び出す準備だ。

 

 男は目の前の女……それ以外の気配を探る。

 潜んでいた蜂達からは、他には居ないと報告してきた。

 地を這い、拡がったネズミ達も、女以外は見付けられないとの事。


 この女は単独行動と見ていいようだ。


 「こんな所で何を?」

 男は警戒心を隠した声を掛けつつ、ゆっくりと近付く。


 その脇をスタスタ歩いて近付くマリー。

 「あんた警戒し過ぎよ、そんな性格だった?」


 え? あ! と、慌てた男が目線をマリーに振ると……もう既にマリーと女は話始めていた。


 しかし、確かに慎重過ぎた気がする。

 そうか、コレはサルギンをゾンビ化した影響なのか。

 サルギン達は、怖がりで臆病で警戒心が強いのだ。

 だから、イタズラで自身を隠して近付き、相手を知ろうとしたのだろう。

 あの現サルギン王の喋る形に一貫性が無かったのは、他者とのコミュニケーションに怯えていたのだ。

 成る程、納得の男だった。


 等と……一人で考えて込んでいる男を押し退けて、マリーは女をトラックに招き入れた。

 「迷ったんだって」

 すれ違い様の一言。

 そして、女はべそをかいていた。


 トラックの中から声が飛ぶ。

 「ほら、サッサと乗りなさいよ」

 マリーが男を呼んでいる。

 「あんたの待望のエルフよこの娘」


 気が付けば男一人がトラックの外に取り残された格好だ。

 皆は早々に乗り込んでいた。




 エルフ娘を拾ってゆっくりと先に進むトラック。

 

 そのエルフ娘なのだが……見た目はホボホボ人間なのだが、耳の先とすらりと伸びた手足、そして銀髪に瞳の色が金色、それがエルフの特徴なのだとか。

 そして、確かに美しい容姿をしているのだろうが、この目の前のエルフ娘は随分に残念だ。

 イヤ……見た目は良いのだよ、だが……。


 迷子のエルフ娘、タウリエルと名乗ったのだが、その本人が自身を森林監視官だと言う。

 ……森で迷ってはいけないだろう、その時点で。

 そして、何よりもこの道は一本道だ、選択選は二択しかない、進むか戻るか……つまりこの残念なエルフは同じ場所を、ただ行ったり来たりしながら少しずつ奥へと入り込んだのだ。

 これは方向音痴と言えるのか? 更に上をいっていないか?

 と、念願のエルフ娘をジックリ観賞は果たせたのだが。

 その俺の目線はさぞ冷ややかなものだっただろうと、男は思う。


 「俺達も、プレーシャに向かっている途中だから、一緒に行こう」

 男はボソリと絵娘のタウリエルに告げた。


 「ありがとう御座います」

 涙と鼻水を撒き散らしながらのエルフ娘。


 ……やっぱり、残念だ。

 この異世界と言う所は……残念な娘が多すぎる気がする。


 その残念エルフ娘に、うちの残念ドワーフ娘が話し掛けていた。

 残念を突き抜けたコツメはマリーと談笑。

 マリーの持つ辞書には残念と言う文字は塗り潰されている事だろう。


 そうそう、骸骨であるサルギン達はゼクスに化けている。

 マリーの指示らしい、エルフ娘を驚かさない為にとマリーが命じたのだ。

 ゴーレムのゼクスなら何人居ても不思議には見えないだろうからだとの理由だ。

 その辺りのマリーは優秀なのだが……。

 ……やはり、パンツか……。


 

 「旦那」

 ムラクモの呼ぶ声。

 見れば道を大木が倒れて塞いでいた。

 ゴーレム達に頼めばそれくらいは容易に退けてはくれるだろうが。

 その、大木の脇に焚き火の後が有る。

 誰かがここで、休んだのだろう。

 それを借りる事にした男達。

 

 「ここで夜営する事にしよう」

 停まったトラックから降りる男は、思いっきり伸びをする。

 人数が増えてトラックが窮屈に感じていたのだ。

 「木を退けるのは明日でも良いだろう」

 そして、日もすっかり落ちていた。

 夜にゴソゴソと作業は嫌だと思ったのだ。




 ジュリアの作る飯は特別とまではいかないが普通に旨いと男はガッツいて居た。

 その横でマリーとコツメは飯を食べながら、倒れた大木を見て何かをヒソヒソと話している。

 ジュリアは早々に食べ終わり、満腹に成った腹を擦りながらに。

 「その弓」

 と、タウリエルに声を掛けていた。

 

 やっと本題を口に出来た様だと男はそれを見ていた。

 ずっと何かを話し掛けて居たのだが、何時までもたわいのない話。

 しかし、それが気に成ってしょうがないのは男でも見て取れていた。

 でなければ、ジュリアから積極的に話し掛けるなんて……あり得ない。

 

 「見せて貰えませんか?」

 そうタウリエルに尋ねて手を差し出しているジュリア。

 

 そして、それに快く頷いて弓を渡したタウリエル。


 ジュリアは手渡された弓を丹念に見る。

 頷き、そして引いてみる。

 「矢は?」


 「もう、無いのです」

 と、タウリエルは空の矢筒を見せた。

 「使い切ってしまいました」


 じゃあ、と頷いたジュリアはソコいらの枯れ枝を拾い集めて、ソレを砕き、ピーちゃんの羽を一掴みムシり、魔方陣を展開して一束の矢を造って、空の矢筒に放り込んだ。

 そして……その一本を構えて引き絞り……狙い、放つ。

 少し離れた木にカンと音を立てて刺さった。


 ソレを見たマリーは頷いた。

 「いい加減に、出てきなさい」

 そして、森の闇に叫ぶ。

 「寝込みを襲う積もりだったのだろうけど、バレバレよ」


 頭目もゾンビ達も立ち上がり剣を抜く。


 その方向……矢の刺さった木の後ろから黒いローブを深く被った男が出てきた。

 「なぜわかった」


 「倒れた木の根元、切った後が有るじゃない」

 マリーは倒れた大木の端を指差して。

 「それに、このエルフがここを通った時には無かったのよ」

 タウリエルを指差した。


 「そうなのか?」

 男も、そんなマリーに聞いてしまった。


 「いくら何でも、こんなのが有ったら道に迷わないわよ」

 マリーは少し呆れ顔を男に見せて。


 成る程。と男。

 そして、横を見ればフローラルも手を打っていた。

 良かった俺だけじゃ無い。

 それ以外は全員、気が付いて居たみたいだが……兎に角俺だけじゃ無かった。


 「そうか、これは油断したな」

 と、笑う黒いローブの男。

 「しかし、お前達も油断したのではないか?」

 声に笑い声が交ざる……嫌な感じの声音だ。

 「その人数なら勝てると思ったか?」

 と、手を上げた。

 その合図に木々の裏……草影から次々と男達が出てくる。

 屈強そうな者が次々と、続々と……。

 「人数はこちらの半分だな」

 と、高笑いのローブの男。

 

 奴ら盗賊……は、ここに居るか。

 「モグリの盗賊か?」

 男は視線はローブの男のままに頭目に尋ねた。


 「イヤ、違うな」

 頭目が応えた。

 「奴隷狩りだろう」


 「なぜ?」

 それがわかる。


 「盗賊なら有無を言わさず襲い掛かって来るさ……こうやって、姿を現したのだから生け捕りにしたいのだろう」

 頭目はマリーやコツメを指差して。

 「少なくとも、女子供ダケでもな」


 「そうね」

 頷いたマリーが男を見て。

 「あんた、コイツ等をゾンビにしちゃ駄目よ」

 ローブの男を指す。

 「胸の所を見てみなさい」


 男はそれを確認する事もなくに見えていた……なにやら光るモノを首から下げている。


 「全員が同じモノを着けているでしょ」

 マリーは目を細めて、嫌な顔を造り。

 「録でもない組織か、宗教か何かね」


 「宗教の方だな」

 頭目も頷いた。

 「奴隷狩りをする時点で、神官が居る事を表している」

 

 「成る程、奴隷印ね」

 マリー。


 「邪教ってヤツだな」

 頭目。

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