第105話 105 城が燃えた日


 その頃、王都では。

 民衆の避難が始まり掛けていた。

 レイモンド達は出遅れた様だ。

 

 ルイ家姉の方、テレーズが忘れ物をしたと家に取りに戻ったのだ。

 何を忘れたのかは、わからないがとても真剣な顔で懇願してきた。

 きっと……大事なモノなのだろう……多分。

 

 そして、待ち合わせの場所、噴水広場でその他の全員がイライラし始めていた。

 目の前を大荷物を持った人々が西の方へと流れていく。


 ソコに突然、馬車が現れた。

 王家の使う立派な奴だ。

 それが、逃げる民衆を押し退けて西に走り去る。

 

 「まさか、あれに王は乗って居ないよな?」

 レイモンドもそれは無いだろうと、ルイ家の主人に聞いてみる。


 「ハハハ……それは無いでしょう」

 主人が、笑って返す。


 そうだよな、と、頷いたレイモンド。

 流石に骸骨の子孫だ、この状況でも笑って返すだけの豪胆さを持っている。


 その時、テレーズが帰って来た。

 その手には、枯れた百合の花。

 百合子が母から貰ったゾンビ押し花だ。

  

 ソレを受け取った百合子が、顔をほころばせてお辞儀をする。

 「有り難う、お姉さん」


 それに、にっこりと微笑んで返した。

 そして、父親に向き直り、一言。

 「今の馬車、王様が乗ってらっしいましたね、王様も逃げるのかしら」


 「! まさか!」

 父親が悲鳴に近い声で。


 「いえ、先程……中が覗かれました時に見ましたよ、確かに王様でした……その向かいには大臣様もお乗りでした」

 大きく頷いたテレーズ。


 「逃げたのか!」

 レイモンドが叫ぶ。

 

 その叫びに呼応するかの様に爆音が響いた。

 北と南に黒煙が上がる。

 門が破壊された様だ。

 その音と同時に銃声も響き始めた。

 レイモンドがカラスを呼び出し、その詳細を確認する。

 

 どうも、土竜を使った様だ。

 門の真下迄、掘り進みソコに魔法爆薬を仕掛けて床事に破壊したのだ。

 暫く、待った理由はそれだったのだろう。

 地下を掘っていたのだ。


 そして、敵兵が乗り込んで来た。

 迎撃する親衛隊。

 だが、兵力が少なすぎる。

 しかも、それと同時に街はパニックに成っている。

 民衆が、一斉に西門に向かい、走り出した。

 

 レイモンド達も、はぐれない様に気を付けながらに西門に向かう。

 その最中に、カラスでロイドに連絡を入れた。

 「王が逃げた!」

  


 悲鳴と共に走って逃げ惑う人達。

 走れない年寄りや子供はそのまま突き飛ばして逃げる者も居る。

 レイモンド自身も、背中を押され、小突かれもした。

 百合子を庇うのに必死だ。

 ルイ家の主も子供達を庇いながらに進んでいる。

 それは、商業ギルドの会長も一緒だ。

 ゾンビ盗賊達のお陰で、押し倒される事まではいかないが、それでも叩かれ蹴られている。


 背後で爆発が起きた。

 爆弾が投げ込まれて居るようだ。

 銃声は近くまで来ている。

 振り向いても、人波と悲鳴で確認は出来ないが、敵兵がすぐソコまで来ているのがわかる。

 危険が迫っていた。

 焦りが募るが……先に進めない。

 もう既に道はパンク寸前の大渋滞に為っている。

 悲鳴と罵声と銃声と爆発音……そのすべてが混ざり恐怖の形を造り出していた。



 ロイドは王都の西の街道で待っていた。

 先に受けた連絡で王の馬車を確認する為にだ。

 レイモンド達には自力で脱出をしてもらおう。

 いざ荒事に為ってもルイ家の執事役のアランがなんとかしてくれるだろう。

 実際、あの男は強い。

 頭目が弟をモノにしてもらおうと預けるくらいだ。

 ……それでも、どうにも為らなかったが。

 いや……あの木偶の坊をあそこまでにしたのだから、たいした者なのか。


 等と考えて、フィアット・パンダ4x4のハンドルに凭れながらに煙草を吹かしていたロイド。

 その、前方から数人が歩いて来る。

 大荷物を抱えた家族らしき者達、避難民なのだろう。

 行き先は、ヴァレーゼか? この先の街はソレしかない。

 道路を外れるわけにも行かないだろうから真っ直ぐに歩くしかないだろう。

 道を外れれば、魔物避けの結界からも外れる事に為る。

 だが、徒歩だと相当に遠いだろうにと、その家族を眺めていた。

 

 その家族の後ろからも人が歩いて来る。

 そして、それは徐々に増え始めていた。


 その避難民の後ろから、土煙を上げつつもうスピードで迫り来る馬車が一台。

 

 ロイドは煙草を灰皿に押し付けて。

 「来たか……」

 と、呟いた。


 いったん、車を道路から外して、その馬車をやり過ごす。

 馬車に乗っている者は確認出来なかったが、こちらを覗いて居る者が居るのは見えた。

 それが王か? それとも大臣か?

 だが、それも時期にわかる。

 すれ違い様に、ネズミを馬車に放ったのだ。

 上手く、走る馬車の屋根の上に飛び付いてくれた。

 そのうちに、中に潜り込んでくれるだろう。

 そして、カラスが一匹空から監視もしている。

 だから、ロイドは暫く待ってから、見えない距離を開けて追跡を開始した。

 

 

 王都になだれ込んで来た敵兵。

 フェイク・エルフは北から直接に城に入る。

 南からのパピルサグ人と人間の混合兵は、街を混乱に陥れての陽動の役目か?

 混合兵なのは、レジスタンスが反乱軍に為って合流したのか? それとも移民か? はたまた、傭兵なのかは判断できないところ。

 だが、それでも民間人に対しても一切の容赦無くに銃を撃ち、斬り着けている。


 逃げる為の一番最初の機会を逸したレイモンド達。

 人混みを掻き分けても、数歩も前進出来ない。

 

 アランがその手に刀を取り出した、まだ鞘に収まったままだが何時でも抜ける様に左手で腰に当てている。

 エマとケイトのルイ家のメイド達もそれぞれに武装を始めた。

 エマは杖、魔法使いだ。

 ケイトはクナイ、くノ一。

 この二人は本物で、コツメの様な成りきりではない。

 そして、強いのはレイモンドも知っていた。

 もちろん保険ギルドの受付をしている、錬金術師のリリーも、そして、国営銀行に出向しているモンテ・シアンはアイテム師なのだが、伊達に盗賊ギルドに属しているわけでは無い、いざその時にはとても頼りに為る二人だ。

 

 焦るレイモンドは其々の仲間の顔を見て自身を落ち着かせようと試みる。

 そうだ、どうしようも無くなったその時はこのメンバーなら敵兵の正面だって突破出来る。

 そう、言い聞かせながらに百合子の小さな手を握った。


 それでも、戦闘は避けたい。

 ちらりと胸の高さ程の百合子の頭を覗き見……例え敵兵であっても死をその目に見せたくは無い。


 程近い場所で悲鳴と爆発音が響いた。


 まわりの群衆がそれに反応して、また動き出す。

 押し退けて。

 踏みつけて。

 我先にと掻き分ける者達。


 街のあちこちで火の手が上がり、黒い煙を立ち上がらせた。

 そして、誰かが叫ぶ。

 その方向を見れば、城からも煙が上がっていた。


 一国の終わり……それを初めて目にしたレイモンド達。

 しかし、呆然と立ち尽くすわけにもいかない。

 今は、感傷よりも逃げる事の方が大事だ。

 生き延びて、逃げ切ってからユックリと考えれば良い、そう言い聞かせながらに前に進む道をこじ開けた。





 

 河津に逃げられた男達もトラックに乗り込み王都を目指す。

 ロイドは王の行方を追っている。

 今はレイモンド達を迎えに行くには男達しか居ない。

 それでも、ここからは道路が大きく迂回して一直線にはなっていない造りなので半日は掛かる。

 平坦な場所なのに、何故に道を曲げたのかと、理解に苦しむ。

 多分……敵兵に使わせ無い為なのだろうが、それが逆に男達からスピードを奪っている。

 草原をショートカットしたいと思うのだが。

 ロイドが乗っていた、イタリア製の小さな四駆、フィアット・パンダ4x4の様に道なき草原を真っ直ぐに走る事は可能だが速さは大きく削がれる、残念ながらこのトラックにその速さを維持するだけの性能は無い。


 だからと言って何もしないわけにはいかない。

 今出来る、その方法で一刻も早くに行かなければと、運転するムラクモに激を飛ばした。

 頷く代わりにアクセルを踏み込むムラクモ。


 トラックは猛スピードで草原の曲がりくねった道を走り抜けた。

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