第36話 036 まずい事


 冒険者ギルドの中は未だに騒然と成っていた。

 イヤ、一段と激しく成っている様だ、皆が殺気立ち始めている。

 そんな中、男はロイドを探して保険ギルドに入って行った。


 看板が新しく成っている、銀製のかなり大きな板に枠飾りと保険ギルドの文字だ。

 偉く立派だと感心する男。


 受付のリリーに男はロイドを尋ねる。

 そのリリー、マリーを見て怪訝そうな顔をしながらもロイドを呼んだ。

 ボロボロのマリーが気に成った様子だ。

 程なく、奥の部屋からスーツ姿のロイド登場。

 何だろう……癪に触るこの気分。


 「お疲れ様です」

 ロイドはチラリとマリーを見て。

 「ダンジョン攻略、相当に厳しかった様ですね……ご無事で何よりです」

 

 コレは、違うのだが……とは言わないでおこう。

 男は普通に頷く。

 「ここはまだまだ騒がしいな」

 話を切り替えて。


 「はい、何処からも情報が来ないので苛立って居るようです。その内にですが、それとなくあのダンジョンからは魔物が溢れ出す事は無いと、噂を流しておきます」

 ロイドは小さく肩を竦めて。

 「ソレで、騒動も収まるでしょう」


 「そうだな、脅威の無いダンジョンに、懸賞が掛かる筈も無いしな」

 良い考えだ……なんか悔しい。

 カラス達とネズミ達に脅させて、噂にすると言う男の案よりスマートだ。

 イヤ、ここは会わせ技で……と言う事に。


 「あのー」

 リリーの声だ。

 「このカラスさんは?」


 見るとゾンビカラスのボスがカウンターに立ち、リリーに色目を使っている。

 わかる気がすると、男はマリーを見てコツメとジュリアを思い浮かべる。

 美人だし可愛いし、何より普通の女の娘だ。

 ゾンビで盗賊なのは目をつぶればだが。


 「ソイツとコイツ」

 男はカウンターのカラスと足元のネズミを順に指し。

 「ダンジョンのモンスターだったヤツだ」

 

 そのカラスが。

 『盗賊ギルドの頭目からのメッセージだ』

 カーと一鳴きして男の方を向く。

 『今夜、例の店で会う……だそうだ』

 国の役人とか……。

 考え込んだ男。

 今度は何の用だ?


 「ほう」

 そんなカラスを見てロイド。

 「頭目の弟の仕事が無くなった様ですね」

 少しだけ笑い。

 「この店にも是非に一匹欲しいものです」

 カラスに対して肩を竦めて見せたロイド。

 「おっと一匹は失礼でしたか?」


 微笑み、頷くカラス。

 『今、呼んでやった……じきに来るだろう』


 「有り難うございます」

 カラスに頭を下げたロイド。

 ソレも絵に成る。


 「でも今のままじゃ」

 マリーが切り出した。

 「まずいわね」


 生命保険か。

 ソフィーもそうだが……そちらもだ。


 「そうですね」

 それにはロイドも頷く。

 「今回は凌げましたが、根本が変わらないとダンジョンが出来る度に慌てる事に成りますね……しかし、今更に条件を変えるのは……もっとまずいでしょう」


 「ウーン」

 唸るマリー。


 『その、まずい事が起こった様だ』


 全員でカラスを見る。


 『今、呼んだヤツがその新しいダンジョンを発見したらしい』


 「何処だ?」


 『例の森の中だ……規模は小さい……俺達のダンジョンの半分以下だ』


 「なぜ、ソレが発見出来た?」

 その森はこことダンジョンの反対側だろうに。


 『呼んだのは末の弟なのだ……頭は悪く無いのだが、その……方向音痴で』


 「カラスなのに?」

 ソレ駄目じゃん。


 『カラスだって、方向音痴の1人くらいは居るさ』

 頭に汗が見える気がするぞ。


 『ん? 頭目からの連絡だ』

 カーと鳴く。

 『今夜は中止だそうだ、次の依頼が来たと、だそうだ』

 良いタイミングで誤魔化せたと、そんな顔だ。


 「またですか……」

 一旦失礼しますと、出て行くロイド。

 冒険者ギルドの中で情報を集めるのだろう。


 「そのダンジョンなのだが、カラス達で様子を確認してきてくれ」


 『もう既に向かわせている、ネズミと一緒にだ』

 

 コイツも仕事が速い。

 ロイドと同種の匂いがする、人型だったらイケメンに違いない。


 『館の方も準備出来たそうだ……何時でも出られると言う事だ』


 そっちも手配してたのか!?


 「今すぐ、ここにトラックを寄越してと、伝えて」

 マリーはそんなカラスに告げる。

 「スグに出発よ」


 「まだ、ロイドが出たっきりだぞ、待たないのか?」


 「連続でダンジョン召喚よ、今なら時と空間の魔王もヨボヨボの爺さんの筈」

 ニヤリと笑ったマリー。

 「捕まえるにしても、闘うにしても、コレはチャンスよ」


 成る程、あの殺人鬼勇者がターゲットか!


 「情報は後で、カラスの伝言で聞けば良いのよ」

 男からカラスに視線を動かしたマリー。

 「その弟は、こっちに寄越して」


 『もう、着く頃だ』


 ソレも既にか!


 「オーケー! 行くわよ!」

 と、飛び出したマリー。




 そのダンジョンは森の中、高い崖の上に有るようだ。

 真っ直ぐに切れた崖の壁を木々の隙間から見上げつつ、盗賊達の到着を待つ。


 「コレは何処から入るの?」

 コツメがマリーに聞いている。


 壁を見ながら首を捻るマリー。

 「ちょっと、グルっと一周してきて」

 カラスに。


 『俺達には、無理だと思う』

 しかし、それには首を振るカラス。


 木々の枝が邪魔なのだろう。


 『私の出番ね』

 ネズミが手を上げた。

 そして、そのまま走り出す。

 

 待つ事、暫く。


 反対側から戻って来たネズミが。

 『丁度、ここの裏に大きな……登れそうな穴が空いていたよ、来て』

 

 皆で歩いて移動。

 木の枝が鬱陶しいが、ソレをシルバとゼクスが剣で薙ぎ払って道を作ってくれた。

 そのお陰か、スグにソコにたどり着けた。

 

 壁の一段、高い所、3階建の屋根辺りにソレは、有った。

 大きなトンネル、地下鉄だ!

 その穴から電車が二両飛び出して、地面に向かって太い木を支えにして斜めに伸びている。

 その先頭部分はグシャリと潰れ、扉が半分開いていた。

 覗くも、運転士は居ない、前硝子が粉々だから探せばきっと何処かに居るのだろうけど、それも生きては居ないだろうから無意味な事だ。

 乗客も何人かは乗っていたようだ、この地下鉄は早朝か深夜の電車だったのだろう、数人の死体が斜めに成った下に片寄って潰れている。

 しかし、良く途中で止まったものだ、多分だが運転士が転移の予兆か何かを感じ取って咄嗟にブレーキを掛けたのだろう、優秀なプロの仕事をしたその証をこの形で現していた。


 「待たせた様だな」

 頭目と盗賊団が森を掻き分け現れた。

 

 「あぁ、やっと来たか」


 「なんだ、コレは? 鉄の大蛇の様に見えるが」


 「電車と言う乗り物だ」


 「コレが乗り物?」

 頭目は不思議そうに見ている。


 「お前達にも何か乗り物を、その内に調達してやろう。何時までも徒歩では時間が掛かるだろうし」


 「あのムラクモが動かしてる……アレみたいなモノか? 是非に欲しい」

 大きく頷く頭目と盗賊団。



 「さて、ダンジョン攻略を始めよう」

 何時もの様に蜂達の索敵からだ。

 

 そして、男達も地下鉄の車両の中を伝い登る。


 「殺人鬼勇者はコノ辺りには居ない様だな」

 頭目が死体を確認しつつ。

 「皆、即死だ」

 刀傷は無いようだった。


 「奥か?」

 幾つかの車両を越えて最後の扉を叩き壊して、外へと出る。

 暗い地下鉄のトンネルをゴーレム達の蛍火で照らしてユックリと進んだ。

 

 今回はピーちゃんも連れて来ている。

 ネズミのスキルミニマムを与えて小さく成れる様に成っていたのだ。

 ソレでも大の大人以上だが、肥り過ぎた相撲取りサイズには成れたので電車の中も通り抜けられた。

 このスキルはレベルが上がればもっと小さく成れるのだろうか?


 「魔物」

 コツメが叫び、火炎弾を放つ。

 その光に照らされた魔物は、目玉のクリっとした猿。


 何時もなら蜂達が先に見付けるのに、今回は出遅れた様だ。


 「なんだか映画で見た感じね」

 マリーは暗がりで目を凝らすようにしていた。


 「その映画のモデルに成ったスローロリスって言う小型の猿だ」


 「日本猿より大きいわよ」

 

 確かに、オラウータン並だなと男も見ていた。

 「だが、見た目はスローロリスだ、手の爪に毒を持っていてその指を舐めて牙にも毒を仕込む、俺達の元の世界でもそんなヤツだ」


 「手には剣も持ってるわね」


 「二本足だな」

 頭目が剣を構えた。


 「そして、大量だ」

 その奥に光る目玉が幾つも集まって来るのが見えた。

 「ピーちゃん! セオドア!」

 男の指示と同時に石化のピヨー。


 しかし、何の変化も無い。

 これだけの数なのにだ。


 「効かない見たいね」

 マリーが呟く。


 「納豆爆弾をくれ」

 男はマリーに即した。


 マリーから手渡されたソレを男が投げる。

 が、対峙した魔物の瞳は微動だにしない。

 「これも駄目なのか?」


 「スキルなのかしら……」

 考え込むマリー。

 

 そのマリーは横目にして。

 「仕方無い、このまま肉弾戦だ」

 男は前方に腕を振って指示を出す。

 「アルマ! 前に出ろ」

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