第30話 030 保険ギルド


 男から保険ギルドの話を聞いた会長は目を輝かせて言った。

 「素晴らしい! 今すぐにでも1つお願いしたい」


 「何か、保険を掛けたいモノが在るのか?」

 男はそんな会長の圧を受けて尋ねる。

 突拍子も無い事を言われるんじゃ無いかと身構えたのだ。

 このギルドの保険では出来る事も出来ない事も取り敢えずは受ける形に為る……ただそれを誰かが受けなければ何時までも保険としては成立はしないのだが。

 最初の保険から受ける者が居ないと為れば……それは今後の保険ギルドへの悪影響は否めなくなる。

 男は祈る気持ちで会長の次の言葉を待った。


 「はい、職人ギルドの在るドワーフ村まで買い付けに行きたいのですが」

 そして頷いて話はじめた会長は続けて。

 「ドワーフ村までの道中、どうしても危険なダンジョンを通らねば行けません、しかも徒歩に成ります」

 渋い顔で。

 「そんなわけでマトモな仕入れが出来ていないのです。が、保険が保証してくれるので有れば是非にお願いしたい所です」


 お? コレは。

 男の顔が微妙に綻ぶ。


 「あのダンジョンのおかげで」

 その会長の話を主が受けて続けた。

 「私も職人ギルドの会長と話が出来ずに困っておりました。会えないので、その運営もままなりません」

 大きな溜め息を一つ。

 「開店休業状態で……」


 「成る程、その保険2つ共に俺が受けよう」

 男は心の中で叫ぶ……ラッキー。

 「買付のリストを作ってくれ」

 商人ギルドの会長に、出来るだけ平静に言う。

 「職人ギルドの会長を連れて来れば良いのだろ、ツイでに出来る」

 ルイ家の主に頷いてやる。

 楽勝だ、もう既にダンジョンは攻略済みだと男はほくそ笑む。


 「有り難うございます」

 先にルイ家の主が決断した。

 「金貨10枚でお願いしたい」


 「失敗すれば金貨100枚の保証で良いな?」

 男のそれに頷く主。

 

 「では、商人ギルドとして、私共は金貨100枚でお願いしたい」

 会長は前のめりに男に告げる。


 「大きく出たな」

 保証は1000枚か! それを払う事には成らんが。


 「そんなお金が有るのなら、さっさと家賃を払いなさいよ」

 マリーが小声で会長を睨んだ。


 「ソレは」

 目を伏して口ごもる会長。

 「コレは商人ギルドとしての依頼でして……」


 「わかっているわよ」

 チッ。


 「買付の代金は先払いでお願いしたいのだが」

 男は会長を見て。

 「ソレで良いか?」

 内心はマリーに、要らん事も言うなと独りごちる。

 折角の楽勝の仕事を不意にするなと言いたい。


 「はい、直ぐにでも用意致します」

 そんな男の心を読み切れない会長は、男の問いに間髪入れずに答えた。

 何故か焦っている様にも見える勢いだった。


 「で、職人ギルドの会長は誰だ?」

 ギルドマスターのルイ家の主に男が尋ねる。

 会長との話は決まりとして、さっさと次に流したいとの思いで話を変える。

 「村長か?」


 「イエ、村長の兄の方です」


 「私のお爺ちゃん……」

 男の後ろからジュリアの声だった。


 「アンタ居たの?」

 それに驚いたマリーが叫ぶ。


 男もビックリ。

 いつの間に。

 「しかし、あの色ボケの呑んだくれの爺さんが、職人ギルドの会長とは」

 その時点でギルドの運営もまま成らんと思うのだが。


 「あの性格ですが、仕事に関しては中々に遣り手です」

 主が答える。


 「人望も無さそうだが?」

 ソレでも?


 「その部分は、弟の村長が引き受けてくれますので」


 人望が無いのは認めた!

 何処へ行っても、何をやってもブレ無い爺だ。


 「で、ナニ?」

 マリーが遠巻きにコソッと立ってるジュリアに尋ねる。


 「……」

 モジモジ……グズグズ……。


 「ナ、ニ?」

 マリーは片耳に手を当てて、語気荒く聞き返した。


 「お客様です……」

 ……。


 「誰?」

 怪訝な顔に為るマリー。

 引っ越して間なしの今ので、訪ねてくる友人等いない筈なのだが?

 と、そんな顔だ。


 「フローラルさんです」

 ジュリアはボソリと伝える。


 「?」

 マリーは少し考えて。

 「ああ、アイツね」

 ポンと手を叩き。

 「待たせておきなさい」


 フローラルな香りの腐ったゾンビは、いつの間にかにフローラルさんに成ったらしい。


 「はい~……」

 用事は終わったとそそくさと消えようとするジュリアをマリーが呼び止めた。


 「あんたん家にまた行くから着いて来なさいよ!」

 そして、そんなジュリアの背中に投げ掛けた。


 「はい~……」

 ビクッと肩を振るわせ返事を返し、一度も振り返らずに小走りに出て行ったジュリア。


 「話の邪魔をしたわね」

 そしてマリーは手で即し。

 「続けて」

 と、邪魔したわねとテーブルの方に顔を向ける。


 「今のは、カエサル殿のお孫さん?」

 主が男に聞いた。


 「わけ有って、預かっている」

 男は頷いてそれに答える。

 決して奴隷にしたとは言わない。

 言いたくないと思っていた。

 あんな大人しそうな小娘を無理矢理に奴隷にしたなんて外聞が悪すぎる。


 「ほう」

 頷く主。

 「と、言う事はもう既にドワーフ村へは行かれた事がある、と」


 「ああ、行って、帰って来た」


 そう頷いた俺に、会長が残念そうな顔をチラリと見せた。

 大方、途中で俺が死ねば保証金と奴隷解放で一石二鳥と考えて居たのだろう。

 丸わかりだ。

 小狡い事を考える。

 成る程それで焦っていたのかとも理解出来た男だった。

 欲を掻くから……逆にのまれるんだ。

 ギャンブルなんてそんなモノだ。


 「魔法の証文を頼む」

 男は会長の気が変わらない内にと、マリーに声をかけたのだが。


 「ソレは、私が」

 と、リリーが前に出た。


 「出来るのか?」

 男は驚いて尋ねる。


 「彼女は里の錬金術師なのです」

 それにはロイドが代わりに答えた。


 この場で盗賊団とは言えないから、里と表現したのか。

 キレる男は普段の会話からも確実な言葉選びをするのだろうと感心する男。


 そして、そこに主や会長が深く食い込まない様にと、男は話の筋を整える。

 「しかし、錬金術師って結構居るのだな?」

 里が何処か等とは説明をすればボロが出る切っ掛けに成るかも知れないからだ。


 「そうですね」

 リリーは頷き。

 「能力はピンきりですが、メジャーな職業の1つです」

 ニコリと微笑んで。

 「御先祖様にエリーと言う名の錬金術師がいまして、私はその覚醒遺伝で産まれた時からスキルを持っています」

 そして、あまり主張のしない胸を張った。

 「御先祖のエリーは、あの有名な錬金術師マリー様の弟子でした」


 「ほうソレは、凄い事です」

 驚いて感心する主。


 「爆弾錬金術師のマリーの弟子」

 ビックリ顔の会長。


 男は、横のマリーを指差して。

 「ココにその本人が居るぞ」


 「?」

 な顔のその場の全員。


 「大錬金術師マリーなのだから、長生きしたり若返ったりは簡単みたいだぞ」

 また、適当な事を言ってみた。


 「爆弾錬金術師ってのが気になるけど」

 そしてその本人も頷き。

 「私がそのマリーよ」

 リリーに向かって。

 「エリーは確かに弟子の1人ね」

 

 「本物!」

 声を揃えて、男以外の大合唱。


 「マリー様! 是非に私も弟子にしてください」

 リリー驚きの事実を即座に受け入れて。

 そして即座に決断して見せた。

 マリーに頭を下げて頼み込むリリー。


 「良いわよ、でも先に魔法の証文を造って見せて」

 マリーは軽く頷いてから。

 羊皮紙と、ペンを主に要求した。

 リリーに渡す様にとだった。

 

 男はいつもの肩掛けカバンを持ち歩かないとと、突っ込みたい思いもあったが。

 それに対する返事は予想が付く。

 黄色い色がお洒落じゃない……だ。


 主から材料を受け取ったリリー。

 すらすらと文字を書く。

 「始まりは、前金を受け取ってからで良いですね?」


 頷く一同。


 「完了はどうしましょう?」


 「私の依頼は」

 主の方。

 「ドワーフ村からドワーフ村への往復で目的地をココの屋敷でお願いしたい」


 「私の方は」

 会長。

 「商人ギルドの敷地内で商品の確認後と、言う事でお願いします」


 リリーは素早く、その2枚を書き上げ各々に渡し、場所を指差して署名を即す。

 次に署名された羊皮紙の一番下に、ロイドが確認したと署名をした。

 その間にリリーが床に魔方陣を描き上げ、依頼者と仲介者の署名の入った羊皮紙の証文を順に魔法を掛ける。

 淡く光ってコピーの様なモノが出来た。

 そのコピーの方、魔法の証文をロイドに、原本を依頼者にと渡す。

 男は魔法の証文の作り方は初めて見たが、えらく簡単に出来たものだと少し不安にも成る。

 

 それを確かめる意味でも男はマリーに視線を送る。

 と、マリーもしっかりと頷いている。

 リリーの証文はマリー的にも合格の様だ。


 「出発は、何時になさいますか?」

 ロイドの質問に。


 「俺は、何時でも構わない」

 と、男は会長を見る。

 主の方の用件はその序に合わせたいので敢えて聞かないのだ。


 「では、明日の朝にお金を保険ギルドでお渡しします」

 会長だ。

 「ソレでよろしいですか?」


 その問いに、皆で頷いた。



 さて男とマリーが屋敷に戻るとローブのフードを被ったフローラルが待っていた。

 相当に退屈したのだろう、立ったままで寝ていた。

 鼻チョウチン付きでだった。

 器用な奴だ。


 「おい!」

 と、肩を叩いて起こす男。


 パチンと、鼻チョウチンが割れて強烈な匂いを放つ。

 外側は消臭剤のおかげでフローラルだが、その中身は腐ったゾンビそのままなのかやたらに臭い。

 「ああ、やっと帰って来た」


 「何のようだ?」

 男は鼻を積まんで。

 「何か在ったのか?」


 「いや、大した事じゃない」

 フローラルは手を顔の前で振り。

 「兄貴からの伝言だ」

 男の方に向いて。

 「上の者からの呼び出しが有った、日取りは後程に連絡する」

 肩を軽く竦めさせて。

 「だってさ」


 「成る程」

 男は眉を少ししかめて、そして頷いた。

 「わかった、と伝えといてくれ」


 「じゃ」

 手を振り。

 「帰る」

 と、フローラルは出て行った。


 男はソレを見送り。

 「この世界、電話が無いから不便だ」


 「確かに」

 マリーも頷いて。

 「今度、研究してみようかしら」


 「作れるのか?」


 「さー」

 そんなのやってみないとわからないわと、言いたげに両手を広げて首を傾げたマリーだった。


 「ウワ!」

 そこにコツメが帰って来た、隣の屋敷に遊びに行っていたのだろう。

 「ナニ? この匂い、臭い……」


 君の屁も臭いがな……。

 

 「さっきまで、フローラルが居たのよ」

 マリーが面倒臭そうにと告げる。


 「何で?」

 嫌な顔に成るコツメ。


 「伝言を持って来たんだ」

 コツメはフローラルの事をあまり好きでは無いらしい……わかる気もするが。

 女の子は基本的に腐った男は嫌うものだ……それは性格の比喩なのだが。

 フローラルの場合はリアルに腐って居るから余計にだろうなと、よくわからない感想を持った男は出来るだけアッサリと答えてやった。

 一応はフローラルも男の使役している仲間なのだから、仲間うちでの好き嫌いは良くないと思ったのだ。


 「ソレは、フローラルじゃ無きゃ駄目なの?」

 しかしコツメは重ねて聞いた。


 少しだけ考えた男の答えは。

 「いや、誰でも良いと思う」

 だった。


 「じゃ、何でよー」

 吐き捨てるコツメ。


 「たぶん」

 そして男は鼻を鳴らして。

 「頭目の嫌がらせ……だろ?」

 結論としてしれしか思い付かない。


 「ブー」

 コツメは屁ではなく、口を尖らせるのだった。

 



 翌朝、保険ギルドの在る冒険者ギルドに赴いた。

 男とマリーの二人でだ。

 

 その建物は城の入り口の前の噴水広場のメイン通り側の角に在った。

 そしてその向かい、通りを挟んだ角が商人ギルドの建物だ。

 角と角の対角線上に互いに睨み合う様にも見えるそれ。

 別段、仲が悪いとは聞いていないが、それでもはっきりと別れて互いに主張している感じはする。

 

 男はその冒険者ギルドの方の、歴史を感じさせる建物に入り窓口へと向かう。

 入ってスグのロビーは閑散としていた、まるで活気が無い。

 冒険者風もチラホラと居たが、皆一様に暗い顔だ。

 理由はすぐにわかった。

 チラッと見掛けた冒険依頼の掲示板に依頼が無いのだ、仕事が無ければ金にはなら無い、殆んどが日雇い労働者の様な生活をしている冒険者にとっては、コレは辛いだろう。

 ただ腕っぷしダケの冒険者には潰しも効かないだろうし。

 俺ツエ~では食ってはいけない。

 旨く保険ギルドが軌道に乗れば良いが……。

 このままでは確かに経費倒れは目に見えている。

 

 ロビーの奥、正面には幾つも受付が並んでいる……冒険者ギルドの受付なのだが、1つを残して総てが閉まっていた。

 そんな中、保険ギルドの受付が見付からない。

 男はキョロキョロと辺りを探していると、後ろから声を掛けられた。


 「コチラです」

 見ると、黒い背広姿のロイドが居た。

 その指す方、左の奥まった所に扉のそのノブに小さな看板が掛かっている。

 

 「看板、もう少し考えた方が良いわよ」

 マリーのその言葉に男も同意見だった。


 「はい、既に発注しております」

 ム、このイケメン仕事が早い。

 昨日今日なのに。


 扉を潜ると少し小さな部屋。

 奥に窓口が1つ、手前に机と椅子が一組と、その奥にまた扉。

 その奥の部屋に通された。ソコも机と椅子ダケの簡素な造りだ。

 その椅子の1つに既に会長が座っていた。

 そして目の前のテーブルには、皮の巾着袋が大小2つ置かれている。


 俺達もその向かいに座った。

 

 「では、契約です」

 ロイドが魔法の証文と皮袋を俺に渡し、別に皿の上に置かれた手数料を自身で受け取った。

 「買い付けリストはコチラです」

 ソレも俺に差し出す。

 魔法のリストだった。


 金貨100枚の袋と金貨500枚の袋……。

 重すぎる。

 「銀行でもあれば良いのだが……」

 男は思わず口が出た。


 その何気ない言葉にスグに反応した商人ギルドの会長。

 「銀行とは?」

 前のめりに男を見る。


 金に絡む事なら儲けもと、敏感に感じ取った様だ。


 「金を預り、そのやり取りを代行してくれるシステムだ」

 男は身振り手振りで説明を始める。

 「ただ、預かる事もある」

 この世界に無いモノを説明するのは手間が掛かる。

 「その預かった金で投資をしたり、貸して金利で儲けたりだ」


 「その話」

 しかし会長は真剣な眼差しで。

 「詳しくお聞かせ願いませんか?」


 やはり、儲けの言葉に反応した。


 あと一人モット反応した者がいた、マリーだった。

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