第32話 032 クレジットカード

 

 マリーはここ暫くは商人ギルドに詰めっきりだ。

 銀行と保険とが旨く噛み合って大忙しのようだった。

 その2つ、特に魔法のクレジットカードは急速に広まっている、皆も重い貨幣に辟易して居たのだろう。

 それに泥棒対策としても使える様だ。


 昨晩の事。

 男にカードを渡して来たマリー。

 そのカードには金貨110枚と記されている。

 この間の報酬をそのまま銀行に預けたのだろう。

 

 「そのカードを持って、私に金貨1枚と銀貨1枚をあげると言ってみて」


 「わかった」

 いや、良くわかってない男だがそれでも言われる通りにしてみた。

 「金貨1枚と銀貨1枚をやる」


 それに頷いたマリーが男のカードに自分の持つ銀貨10枚と書かれたカードを当てた。

 キーンと音がする。


 「金額を見て」

 

 言われて見てみると、金貨108枚、銀貨99枚と文字が変化している。

 「お? 数字が……」


 「見て」

 と、マリーは自分のカードを見せる。

 見ると、金貨1枚、銀貨11枚とコチラも変化している。


 「お互いが納得して声に出せば、お金が移動するのよ」


 「脅して言わせられれば、どうなる?」


 「言わせた方のカードが止まるわ」

 カードをヒラヒラと振りながら。

 「再開には銀行の中で、魔法の六法全書で裁判よ」


 「詐欺は?」


 「同じ事よ。お互いの心の奥まで確認するから、非合法な事は絶対に無理」


 「クレジット機能も有ると聞いたが?」

 詰まりは借金だろ?


 「借りたお金には金利が付くし踏み倒せば……」

 とニヤリと笑う


 「差し押さえの赤い札か?」

 成る程良く出来てる。


 「後は……偽造か……」


 「ソレも無理よ。コレを造るレシピは誰にもわからないわ。元の世界の知識を混ぜてあるから」


 「成る程完璧だ」

 と頷く男。


 「国もコレには税金を掛け難い筈よ。税金なんて掛ければ、皆はコレを使わなくなる、そうなればモノの売り買いも減り景気も下がる、それは消費税の税収にも直結することよ」

 ニヤリと笑ったマリー。

 「ここまで普及した、この便利なモノをもう手放したくは無いだろうから民衆の反発も怖いだろうし……コレに税金は勇気が要るでしょうから」

 もう一度カードに視線を落として。

 「ツイでに保険にも同じ効果が在るでしょうね」

 

 「どちらも無税なのか」


 「景気を考えれば、国としても損は無いでしょ」


 「さて……そんなに上手く行くか?」


 「そうなったら、アンタが王に成って無税にしてよ」


 そんな感じの事だった。

 冒険者ギルドも商人ギルドもツイでに職人ギルドもすっかり立て直せた。

 その3つがギルドの中核なのだから、その他ももう大丈夫だろう。


 保険の請負人も金の有る貴族達がこぞって受けてくれている様だし。

 貴族ってのは得てしてギャンブル好きだしな。

 ソレを考えても、ヤハリ税金は掛けられないか。


 などと煙草ふかしながら考えていると、フローラルな香りが漂ってきた。

 見るとローブにくるまった男が玄関を開けてコチラに来る。


 「今日の夜だそうだ……場所は冒険者ギルド横のレストラン」

 そう伝えるとそのまま去っていく。

 フローラルな香りを漂わせたままに。


 ナニ、カッコ付けてんだ。ハードボイルド気取りか?

 半分腐ったフニャフニャなのに。

 男は煙草の煙でフローラルな香りを上書きしてやった。




 さて、その日の晩。

 男は独りでレストランのど真ん中の席に着く。

 背中には頭目が、やはり背中を向けて座ていた。


 店は大繁盛だ、男以外は全員ゾンビなのだが。

 成る程この状況なら、真ん中の席が聞かれたく無い話に最適だ。

 ソコに1人の男が入ってきた。

 ローブのフードを目深に被り辺りを気にしながらコチラに来る。

 怪しすぎだ、逆に目立っている。


 そして、ローブの男が頭目の前に座った。

 そのタイミングで、男の席に注文をした覚えの無い料理が運ばれて来た。コレが合図なのだろう。

 このウエイターもゾンビだ。

 今来たローブが相手のようだ……つまりは国の役人かその遣いかだ。


 しかし、旨そうなステーキだ。

 出された料理を見て男は唾を飲む。

 フォークとナイフを取り、一口。


 「すまんが水をくれ」

 そのローブの男が、去り際のウエイターに声を掛けた。

 

 「久しぶりに街に来たが」

 切り出したのは頭目。

 「えらく賑わっているな」

 先ずは雑談からか。


 「ああ、銀行ってのが出来てな。皆、金が出来たと騒いでいるのさ」

 銀の板、カードをテーブルに投げて。

 「コレが金なんだと」


 「俺も持ってる」

 頭目も懐からチラリと見せた。

 「便利で良いじゃないか」


 「管理が商人ギルドと言うのがな」

 

 「気に入らないか?」


 「フン!」

 想像はつく、苦虫の後の鼻息だ。

 国主体でないのが気に入らないのだろう。


 ウエイターが水を置いて立ち去る。


 「で、本題は?」


 「ああ」

 と、ローブの男は水を一口含み。

 「あの娘なんだがどうにか成らんのか?」

 と溜め息交じりに言う。


 頭目は目を細め。

 「どうにか? とは……」


 「どうにもキナ臭い、あんな事をしておいてなにも言ってこない」

 ローブの男は首を左右に振り。

 「いや、態度が変わらなさすぎる」


 ソフィーを助けたと思っている、その国の事か?


 「うまい手口だな」

 頭目も頷いて。

 「現にこうして、不安に成っている」


 「……」

 考えるローブの男。

 「ヤハリ、今動くのは得策ではないか」


 「そう、思うがな」


 ローブの男の顔を見てやろうと、男はナイフを立てた。

 昔に見た映画のように刃先を鏡がわりに映してやろうとそんな魂胆だ。

 だが肉の油で写らない……しまった、食うんじゃ無かった。


 「もう一度、上を説得してみよう」

 溜め息を吐いたローブの男。

 「この続きはまた今度だ」

 と、立ち上がり店を出る。


 男はそのローブの男に蜂を一匹放って、後を着けさせた。

 

 そして男は目の前の冷めた肉を頬張る。


 「随分と焦っているようだな」

 食いながらに、背中越しに声を掛ける。


 「ああ、怯えているのだろ……戦争の恐怖だな」


 「その戦争は本当に起きるのか?」


 「さあな、少なくともこの国から攻める事はしないだろうが。攻め込めれる確率は……高いかもしれん」


 「勝てるのか?」


 「どこの国が攻めてきても勇者がいるが……この国には居ないしな……」


 「勝てないのか……」


 「アンタが出ればどうだ?」


 「ハン」

 とナイフをテーブルに叩きつけた男。

 「俺はこの国に捨てられたんだぜ……出るとしても、この国が負けた後だ!」


 「出る気は有るんだ」


 「俺と俺のまわりの奴等が危ない時にはな」


 「その中に俺達盗賊は入っているのか?」

 頭目が聞く。


 「どうだろうな……その時に考える」


 「まあいい」

 頭目はそれを聞いて、席を立ち。

 「出る時には知らせてくれ」

 と店を出ていった。


 ハードボイルドなヤツだ。

 弟と違って板に付いてやがる。


 冷めた肉を食い終わる頃には、店には男1人になっていた。

 男も店を出る。

 お勘定はカードでだ。

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