第33話 033 ダンジョン転生の一報

 

 男が家に帰り付く頃にはもう夜中になっていた。

 皆、寝ているようでとても静だ。


 玄関ホール脇の椅子で一服しながら蜂の帰りを待つ事にした男。

 ソコは男の定位置になりつつ有る。

 目の前の小さなテーブルに置かれた灰皿が既に一杯に成っていた。


 ほどなく帰って来た蜂によると。

 ローブの男は、ヤハリか城に入って行ったそうだ。

 あの男、話振りから見るに中間管理職なのだろう。

 蜂達に城を探らせるか?

 いや、まだそんなリスクを背負う時期でもないか?

 しかし、ソフィーが狙われているのは事実だ。

 骸骨の子孫でもあるのだから、出きるなら守ってやりたい。

 それに新しい勇者なんか出てきたら厄介だ。たぶん。

 等と考え込んでいると、男はその場所で寝てしまった。



 その翌朝。

 男はロイドに叩き起こされた。


 「どうした、こんな朝早くに」

 椅子に座って寝ていたせいか、男の首が変に曲がって固まったままだ。


 「この近くに、新しいダンジョンが出来たそうです」


 「ほー」

 そうなんだ。

 「国がなんとかしてくれるんじゃ無いのか?」

 寝起き直ぐの男の頭は油切れの様でギシギシとしか回らない様だ。


 「国は兵を出す素振りを見せません」


 「何で?」

 男は取り敢えずと煙草を口に咥える。


 「今のこの時期に兵士を減らす事に怯えているようです」

 ロイドは、その男の唇にぶら下がる煙草に両手で火を着けながら。


 「じゃ……どうなる?」

 男は煙を吐き出して。


 「冒険者ギルドに任せるでしょう」


 「フン」


 「何人かの冒険者が死ぬ事に成るでしょうね」

 ロイドはそれでも冷静に。

 「その冒険者に払う生命保険は、まだ誰も引き受けて居ません」


 「詰まりは?」

 あれ? それって……。


 「保険ギルド持ちに成るでしょう」


 「何よ! ソレ!」

 寝起きのマリーが走り寄る。

 「何でよ!」

 寝間着のままで寝癖つきだ。


 「まずいな」

 男も唸る。


 「まずいなんてもんじゃ無いでしょ」

 マリーはジタンダを踏んで。

 「一大事よ!」

 

 「そのダンジョン攻略は誰か受けたか?」

 男は灰皿に煙草を押し付けながらにロイドに聞いた。


 「いえ、まだ依頼そのモノが冒険者ギルドに持ち込まれていません」

 ロイドは首を横に振り。

 「今なら間に合います、その依頼を押さえてしまえばいい」


 「そうね、急ぐわよ」

 とマリーも頷き、男の手を掴んで走り出す。

 服も着替えずにだった。



 

 冒険者ギルドは人で溢れていた。

 その中にチラホラと、額に赤い札を張り付けている者がいる。

 借金の返済が滞った奴なのだろう。早すぎないか?

 そして、その全員が今か今かと、依頼を待っている様だ。

 よく見ると、国の兵士も混ざっている。

 

 「なぜ、兵士が?」

 眉を寄せた男。


 「大方、借金でしょう」

 懐のカードを出して見せて。

 「クレジットが借金だと頭では理解していても、その怖さがわかっていなかったのでしょう」

 小さく頷くロイド。


 「しかし、国から給料を貰っているのだろ?」


 「今回は、国が動かないので、その報償金も出ない」

 兵士達を指し。

 「詰まりはボーナスも無しです」


 「で、ココで小遣い稼ぎか」

 成る程。


 「それに、国の仕事で死んでも保険はおりないので」


 「なぜ?」


 「免責事項です」

 ロイドは頷き。

 「そうしないと戦争が始まるとギルドは破綻です」


 「成る程……生命保険か」

 それには頷くしか無い男。

 「じゃ、国がダンジョン攻略を命じて兵士が死ねば?」


 「免責です。保険はおりません」

 ロイドは首を振り。

 「あくまでも冒険者ギルドの生命保険です。ですから冒険者ギルドからの依頼で死ねば……です」


 「じゃ、冒険者以外はクレジットが使えない?」


 「いえ、限度額は低いですが使えます。その限度額を決めるのはギルドの実績です」


 「成る程、人が集まるわけだ」

 実績稼ぎもか。

 

 と、その時フローラルな香りが漂った。

 

 「こんな所に居たのか」

 ジュリアが言うところのフローラルさんだ。

 「探したぜ」


 「どうした?」


 「国が男達に依頼を出した。ダンジョン攻略の緊急依頼だ」

 

 「成る程」

 頷くロイド。

 「そう来ましたか」


 「どう言う事だ?」


 「国は兵士を動かしたく無い。保険ギルドを持つ冒険者ギルドに貸しは作りたく無い」

 ロイドは手を左右に振って。

 「そう言う事です」


 「で、受けたの?」

 ここまで黙っていたマリーだ。


 「俺達に断る権利など……はなから無い」

 フンと、鼻を鳴らし臭い息を吐くフローラル。


 ソレ頭目に、そう言えと言われたんだろ。


 「わかった俺達も行く、それまで待て」


 頷いたフローラルが去って行く。


 「私達は?」

 ロイドが聞く。


 「お前達はそのまま仕事を続けてろ」


 頷いたロイドも、その場を去った。


 「さて、攻略の準備だ」

 男は両の手の拳を握って唸る。



 ダンジョンは確かに近い所に出来ていた。

 あの、少年に出会ったその場所だ。

 サイズは小さい。

 だが、見える道路は遥か下だ、その道路の端から切り立った崖の様に壁が出来ていた。

 そして男達はその上から覗いていた。

 正確には、草原に大きな穴が空き、穴の底がダンジョンだった。

 その底から高層ビルが飛び出している。


 「高低差ね」

 マリーも覗き込みながら。


 「どうやって降りる?」

 コツメだ。

 「セオドアに1人ずつ下ろして貰う?」


 「いえ、あそこからね」

 と、マリーが崖に張り付いた高層ビルを指す。

 そのビルは飛び出した部分の壁が切れていた。


 今回は、ほぼフルメンバーにプラス盗賊達だから結構な人数になる。

 入り口となるビルを目指して、ゾロゾロと歩き出した。

 

 壁の切れたビルのフロアーは床が1メートル程段差が有ったが問題ない。

 順番に飛び降りた。


 だが、ソコに先客が居た。

 フロアー端のソファーに1人の中年親父が座っている。

 その親父が軽く挨拶をしてくる。


 「ダンジョンの攻略ですか?」

 中年親父が座ったままで。


 「そうだが……貴方は?」


 「私は」

 親父は笑い。

 「休憩中です」


 「こんな所で?」

 マリー。


 「座り心地の良い椅子でつい、尻に根が張りました」

 とニコニコしている。


 「危なく無いですか?」

 ジュリアが小さい声で。

 それでも、自分から知らない人に声を掛けたのは成長か?

 それとも、あまりに不思議な光景に思わず声が出たのだろか。


 「大丈夫のようですよ」

 親父はニコニコと。


 「危ない様なら逃げて下さいね」

 そうジュリアが声を掛け。

 

 中年親父もそれに笑顔で頷いていた。

 

 男はそれを見て話は終わったと、その一室を出る扉に向かった。


 扉は普通の室内扉。

 男達には普通だがヒヨコには小さ過ぎた様だ。

 通れない。


 「ヒヨコは置いていくか」


 皆で頷く。


 「ピーちゃん、おとなしく待っててね」

 ジュリアだ。

 ヒヨコの名前はピーちゃんに成っていたようだ。

 

 それに答えてピィーと鳴く、ピーちゃん。


 そんなピーちゃんを置いて男達は扉をくぐった。


 その背中に。

 「お気を着けて」

 と、中年の親父が声を掛けてきた。

 それには適当に手だけで返事を返す男だった。

 誰だかわからない親父にそこまで愛想良くする必要も無いとばかりにだ。


 

 ビルの廊下を歩き。

 見付けた階段を降りる。


 「あの男変ね」

 マリーが考え込んでいる。


 「確かに変なおっさんだった」

 男も頷く。


 「なんだろう」

 マリーがウーンと唸る。

 「何か引っ掛かるのよね」


 「しっかり前見とけよ、足を踏み外すぞ」

 今はダンジョンの魔物に集中しないと、ここの魔物がどんなヤツなのかもわからないのにと男はマリーに注意を即す。


 そして、1Fロビーからビルを出た男達。


 そこは男には馴染みの有る、何処かで見たような景色だ。

 が、見たく無い景色も有った、死体がゴロゴロと転がっている。

 男の元の世界の服を着ているので……転送者なのだろう。


 「この死体」

 一番に近いそれをマリーが調べて。

 「変よ、剣で斬られている」


 「剣を使う魔物か?」

 男は少し考えて。

 「それとも、カマキリみたいなヤツか?」


 「にしても、変よ」

 マリーは死体の切り口を指差して。

 「前から斬られている、魔物なら逃げようとして後ろからでしょ」


 「フン、誰か他にも先客か?」

 頭目も死体を調べ始めた。

 「躊躇無く斬っているな、先客ならソイツは殺人に慣れているヤツだ」


 「殺人鬼? 詰まりは人か?」

 二人の意見を考えるに。

 少なくとも危険を感じさせる存在では無いという事だろう。


 「目的はわからんが、切り口を見る限り身長は俺と変わらんな」

 頭目は目線を辺りに這わせる様にして。

 「人……だな」


 「厄介だな、殺人鬼に魔物か?」

 男の目が細まる。


 「その殺人鬼はもう居ないだろう、気にしなくて良さそうだ」


 「なぜ?」


 頭目が指を差す。

 その先に、明らかに何者かに喰われた死体が有った。


 「ここの魔物は警戒心が強いらしい。俺達に無闇に姿を見せない、なのにあそこの死体は喰われている」

 

 「詰まりは……殺した後、ソイツはここを離れたわけか」


 「ああ、だが魔物は確実に居る」


 その一言に、男達は警戒しながら回りを見渡した。

 道路に車、高層ビル、その1階のカフェ、ファッションビルも見える、高架の上の道路と線路か? 地下鉄の入り口も見える、探せばコンビニも有るだろう。


 迷路の様だ。

 コレは、厄介な場所かもしれない。

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