シュレディンガーのネクロマンサー

喜右衛門

第1話 001 召喚


 薄暗く狭い。

 窓も無く石で囲われた部屋。

 唯一の明かりは、床から立ち上る光の戦で描かれた……魔方陣。

 

 その魔方陣の真ん中には、片膝を付いた男が一人で居た。

 その男は、出入口であろう分厚い木製の扉を守る様に立つ槍を携えた兵士に静に顔を向けた。


 男と目が合ったその兵士。

 顎を落とし、驚愕の表情を造り、声に成らない叫びを上げて……左手で支えていた槍を構えようとしたのか?

 握り直そうとしたのか?

 そのどちらでもなく……ただ単に慌てたのか?

 それを取り落とした。


 静な部屋に石の床を叩く音が響く。

 それを兵士が動く合図としたかの様に、突然と我に返った兵士は部屋を飛び出して走っていった。

 慌てたのだろう、部屋の扉は開け放ったままでだ。


 その時にはもう、魔方陣は消えていた。

 開け放たれた扉の向こうから漏れる光が唯一の明かりだ。

 それは石の壁に掛けられた松明の火。

 それが床に残されて転がった槍の金属の穂先を鈍く光らせる。

 そして、その穂先は男を指し示していた。


 「やり?」

 首を少しだけ捻る男。

 「ここは何処だ?」

 石の床。

 石の壁。

 石の天井。

 唯一の出入口の向こうには、石の壁の廊下。

 首を巡らして確認をするが、やはり首が横に曲がる。


 薄暗い中で目を凝らして、今度は自分自身を確認する男。

 パーカー。

 ダウンベスト。

 ジーパン。

 コンバースのハイカット。

 次にポケットを探り。

 財布に車の鍵。

 煙草とライター。

 袖を捲って……腕時計。

 時間は夕方の6時半過ぎ……。

 ……。

 

 「夢?」

 ハッと驚いた様に目を見開いた。

 「今は運転中だ」

 そう叫んで、自身の頬を叩く。

 「車の中だ!」

 だが、スグにポケットの中の鍵を思い出す。

 車の鍵も有った……運転中ならポケットに鍵は無い。

 

 混乱している。

 意識はさっきまで運転していたと成っている。

 だが……ここは何処だ?

 やはり夢か?

 その場をウロウロと歩き始めた男。

 

 「夢だとしても……」

 もう一度、頬を叩く。

 「痛みも感じる……」

 もう一度、辺りを見渡す。

 「目に入るモノも……リアルだ」


 わけがわからず途方にくれているその時。

 先程の兵士だろう者と、数人の兵士が部屋にドカドカとなだれ込み……困惑している男を取り囲んだ。

 男の目の前に立った、兵士は槍先を突き付けて。

 横に回った兵士は、男の両腕を担ぎ上げた。

 そして、部屋の外……廊下へと強引に引き摺り出される。

 

 無抵抗にされるがままの男。

 あまりにわけがわからない事で混乱して居たのだ。

 この場所も……。

 このクラシカルなヨーロッパの兵士の格好をした者達も……。

 そして……今の状況。

 ……何もかもが男の理解出来る能力を越えていた。


 頭は思考を停止していたが。

 体とその触れる感覚はリアルだった。

 例えば。

 腕に触れた兵士達の息遣いが感じられる。

 生暖かく……リアルだ。

 石を蹴って響く足音も……リアルだ。

 そして、引き摺られるとはいっても自身の足でも歩いている。

 それらが少しずつ……だが確実にリアル感を押し上げていった。


 「俺は……死んだのか?」

 それでも納得のいかない男は自嘲気味に呟いた。

 抗う事の出来なそうなリアル感。

 しかし、それがどうしても飲み込めないのだ。

 だが、死はもっと認められないと呟きが続く。

 「フッ……まさかな」

 その答えには笑みを無理矢理に作って捨てる事にした。

 思考停止と現実逃避。

 男が首を捻るその解のヒントでも得られる迄の……思考の先送りだった。

 

 


 男が連れて来られたのは、やたらに広くやたらに天井の高い部屋。

 ここにも窓は見えない。

 入り口は分厚く大きな両開きの扉をくぐったそこの中央に引き立てられて、一人で立たされる。

 男の正面には、一段高い位置に座るとてもわかりやすい格好をした……王様。

 痩せて居て背の低いチビな……萎びたオヤジにも見えるが。

 その格好が成りと地位いを現している。

 ひときわに派手な王冠を頭に掲げていたのだった。

 

 そして、両脇に立つのは家臣か?

 王の左右に一人づつの……二人。

 そこから少し離れて、両壁際に数人づつ。

 丸い水晶の様な物を持つ者も居た。

 

 その中で、最初に口を開いたのは王だった。

 「この者がそうなのか?」

 ジロリと、ただ呆然と立ち尽くすだけの男に目を向ける。

 チビで貧相な体と顔立ちだが、人相は鋭い。

 着せられている服や、回りの者の威を借りるだけでは無くて自身も王としての自覚か……思い込みが有るのだろう。

 放つ圧は本物だった。


 「はい、間違い御座いません」

 王の右に立つ家臣が告げる。

 「そこなる兵士が光る魔方陣の中に、この者が突然に姿を現すのをその目で見たと申しております」

 男が振り返ると、先程の槍の兵士だろう者がスグ後ろに……片膝で控えて居た。

 家臣が指したのはこの兵士か。


 「勇者の卵らしきモノもこの者の中に確認出来ます」

 左の家臣が、一番近くに居た水晶の玉を持つローブの男に頷きながらに答える。

 その卵とやらを確認したのはそのローブらしい。

 いつの間に……そう訝しむ間も無く王は大きな声を上げた。

 「おおそうか!」

 玉座から身を乗り出す様にして。

 「して、なんの勇者だ? 剣か? 槍か?」

 回りの反応を探りつつ。

 「弓か?」

 続けた声音は一段低く聞こえた。


 しかし、王のその問いに答える者は居ない。

 謁見の間を沈黙が支配する。

 ……。

 「魔法か? ……その類いか?」

 露骨に気落ちした声に為る王。

 ……。

 だが、それでもまだ沈黙が続いた。

 ……。

 いきり立った王は。

 「ええい! 誰か答えよ!」

 王の目の前……謁見の間の真ん中に呆然と立ち尽くす男を指差して。

 「この者はいったい何の勇者なのだ?!」

 勢い余った王は、玉座から滑り落ちそうに為った。

 それを素早く右の家臣が手を差し伸べて支える。

 そして、その状態のまま椅子に座り直す事もせずに左の家臣を睨み付けた。


 王に睨まれた家臣。

 一度、下に目を伏せてからその視線をローブの男に走らせる。

 目が合ったのを確認したのか、顎でそくした。


 そくされた方の男は、躊躇を踏みしめて一歩を踏み出した。

 「恐れながら申し上げます」

 息を大きく吸い込み同時に唾をも飲み込む、そして続ける。

 「皆目……見当も付きません」

 絞り出した言葉がそれだった。


 王を含めた壇上の三人が揃って睨んだ。


 慌てたローブの男の声が早口で裏返る。

 「私共の知る限りの武器、もしくは攻撃手段のいずれとも……その素質は見られません」


 「回復か? それとも支援の勇者か?」

 王は明らかにわかる失望を隠さずに呟いた。


 「回復はほんの少しの素質しか無いようです」

 王から一番遠いローブが一歩前に出て。

 こちらは女性の様だ。

 ローブで顔は隠れて見えないが声は女性を表していた。

 

 「支援魔法も同じ様な感じかと……」

 その女性の隣。

 こちらは男だ。


 「どちらも勇者と呼べる程の素質では無いかと……」

 最初の水晶を持つ、王に一番近いローブの男。

 

 「それでも……勇者の素質は有るのだろう?」

 苛立ちを隠さない王。


 「……らしきモノの卵です」

 ローブが首を振りつつ。

 「史実に無い……未知の何かか……」

 呻くように続けて。

 「魔王の卵か……」

 自身の絞り出した声に首を振りつつ一歩を下がり、元の列の並びに戻った。

 もう、これ以上は答えられないとの意思表示なのだろう。


 「魔王か……」

 項垂れつつ玉座から立ち上がり。

 右の家臣に一言、二言。

 そして玉座の後ろへ回り込み、その奥の部屋へ消えようとした王。


 

 それまでは、自身の状況が全く見えず。

 ただただ突っ立って、見ているだけしか出来なかった男。

 

 だが、目の前の王の発した言葉。

 ”魔王”

 それが、男に向けられた言葉で、その意味はとてもマズイ事に繋がる。

 そう直感した男は、玉座の後ろに消え行く王に対して、自身の今の状況と身の潔白を主張しようとして一歩を踏み出した。

 その瞬間。

 突然に感じた、背中の鈍痛。

 痛みに耐えかねて、床に崩れ落ちる。

 次に後頭部を強打された。

 男は、呻く間も無くに崩れ落ち、そのまま意識を失った。

 






 男がその意識を取り戻した時。

 開いた眼には真っ暗な闇。

 手で触れる四方は、木の板で囲まれた細長く狭い場所。

 身動きの出来ない状況だった。


 男は理解した。

 息苦しいその場所は……棺桶の中。

 足りていない酸素は……生き埋めだ。

 

 噴き出す汗よりも先にパニックに為った男は叫びを上げる。

 意味の成さない叫びと絶叫。

 少ない酸素を喘ぐ様に肺に送り込み。

 叫び続けて足掻く。

 だが、何処からも救いも……返答すら無い。

 そして、次第に意識が遠くなる。

 それでも叫び続けたが……。

 最後は、プツリと世界が終わった。






 その、埋められた男の真上。

 満月の月明かりに照らされた地表には、スコップを担いだ人に似た二人が居た。

 

 「最近、忙し過ぎる……もう夜中だってのにまだ仕事をさせるのか?」

 地面に刺したスコップにもたれ掛かりながら。

 男の様な……。

 女の様な……。

 犬の様な……。

 猫の様な……そんな獣人が愚痴をたれていた。


 「死人が多いからな……」

 返答を返したコチラも同じ種類の獣人。

 少し離れた場所を、黙々と掘っていた。


 「隣の国にもとうとう勇者が現れたって噂だし……」

 穴を掘る獣人に目をやり……その返答を待つ。


 しかし、何も返ってこないと肩を竦めて……夜空に浮かぶ、大きな月を仰ぎ見た。

 「綺麗な満月だな……」

 溜め息を吐いて。

 そして、もう一度話を戻す様に。

 「北も南も、とうに勇者様が居て……もうこの国だけだぜ、居ないのは」


 「ああ……囲まれちまったな……」

 今度は返答を返したもう一人の獣人、その声音はぼそりとだったが。

 穴を掘る手も休める事もなく片手間な答え。


 「戦争に為るのかね?」


 「為るんじゃあ無いのか……たぶん」


 「戦争かぁ……また忙しく成るのかね?」


 「ああ、だから今のうちに予備の墓穴も掘っとかねぇとな……」


 「いったい幾つ予備が居るんだか」


 「……」


 「……」


 「おい! いい加減サボって無いでお前も掘れよ!」

 語気が強くなる真面目に穴を掘り続けていた方の獣人。


 「……」

 怒鳴られた方の獣人は。

 大きく息を吐き出して。

 おもむろに、もたれ掛かっていたスコップを担ぎ上げて。

 堀かけの穴を睨み付けた。

 「ヘイヘイ……掘るよ」

 かったるそうな返事を吐きながら。

 大袈裟に振りかぶったスコップを地面に突き刺す。


 カツン! と、音がする。


 「なんだ? 宝箱でも掘り当てちまったか?」

 軽い笑いと共に。


 「違うだろう……こんな所にそんなモン在るか……良く見ろ」

 

 見ろと言われて、見てみる獣人。

 掘り出したのは……しゃれこうべ。

 頭蓋骨。

 頭の骨だった。

 別段、驚くモノでもない……ここは墓地なのだから。


 「っちっ……先客が居やがった」

 吐き捨てて。

 スコップの先でコツコツと叩く。


 と、その骨の目玉が光った。


 「ん?」

 目を凝らす不真面目な方の獣人。 

 「なんだ?」


 「どうした?」

 真面目な方の獣人は、鼻息を飛ばして。

 「今度はなんだ!」

 

 「いや……今、光ったんだ……目玉が……」


 「いい加減にしろよ! 骸骨に目玉なんか在るもんか!」


 「ホントだって……光ったんだ」


 「おおかた月明かりでも反射したんだろう!」

 語気荒く。

 「さっさと埋め戻せ!」


 「おいおい、久々の地上なのに……埋め戻さんでも良いだろう」

 

 「ああ、うるさい! そんなに仕事が嫌ならもう帰れ! 後は俺がやる!」

 怒鳴り声に成った真面目な方の獣人。


 「いや……今のは俺じゃあ無い……骸骨が喋った」

 震える声の不真面目な獣人。


 「大概にしろよ!」

 スコップを不真面目な獣人に突き立てた真面目な方の獣人は。

 「骨が光ったり、喋ったりするわけが無いだろう!」

 

 その怒鳴りが終わらないうちに、二人の目の前に……。

 土塊を巻き上げて骸骨が立ち上がった。


 軽口を叩いていた不真面目な方の獣人は、腰を抜かしてヘタリ込む。

 それでも動き出した骸骨に、少しでも応戦しようとスコップを振り回す。

 が。

 骸骨はそれをいとも簡単に奪い取り。

 ヘタリ込んで居た獣人に振り下ろす。

 ガスリと一撃。

 

 真面目な方の獣人は、それを見て一目散に逃げ出した。

 

 月明かりの墓場に悲鳴がこだまする。

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