第57話 057 国境越え
プレシャーに戻った男達は、学生達と別れて町を出る準備を始めた。
その学生達の中には教師も数人、混じって居たので後の事はそのまま任せる事にした。
彼らには今回の事件は大臣一行が策を練り、奴隷狩りの連中を仲間割れさせて解決したのだと、言い含めた。
なんだか荒唐無稽な話だが、実際に彼等は見ていたわけでもない。
救出劇は事件全体のオマケでしかないのだが、そんな事を当事者に話した所で意味も無いし、彼等には助かったと言う事実が有ればそれで良い。
そう……信じるか信じないかは彼ら次第だ。
例え信じなくても、真相を知る方法は限り無くゼロに近いだろう。
そのうちに、時間が嘘を真実に変えてくれる筈だ。
そして、男達にはこの先の行動の辻褄合わせの方が大事だった。
国のトップ3の大臣暗殺計画と言う一大事件が、ただの奴隷狩りの成敗に成り下がったのだ。
ありふれたでは無いだろうが、新聞なら一面がセイゼイで号外には成らない。
新聞屋のレイモンドには10日後に2面で出せと指示は出してある。
1枚新聞だから単純に2番記事か。
詰まりは10日後には黒幕が計画の失敗を知る事に為る。
その頃にはもう既に、隣国ヴェネトに居るだろう。
そこから新たな計画を建てた所で準備も出来ずに終わる事に為る筈だ。
黒幕が自国の城に居るのならばだが。
さてタウリエルなのだが、今回の迷子は母方の祖母の住むヴェネトに行こうとしたのだそうだ。
森林監視官が迷子に為るなどと、上司にキツく怒られて、とても優秀だった元森林監視官の祖母の所で修行をし直して来いとまで言われて追い出されたのだそうだ。
その話を聞いた男。
だがタウリエルよ……歩き始めた先は反対側だぞ。言葉にはしなかったが、冷たい視線は隠し切れなかったと思う。
マリーは露骨に可哀想なヤツを見る目だし。
コツメは大笑い。
ジュリアまで口許を押さえている。
そしてロイドは、一緒に行きましょうとタウリエルを馬車に放り込んだ。
ココからは、予備の馬車での別行動だ。
影武者の為の馬車なのだから、何事も無くてもここで別れる手筈が、本物の大臣を乗せる事に成っただけ。
そこに、迷子が一匹だ。
その馬車を見送って。
男は頭目に尋ねた。
「先遣隊だと言う事は、いずれは王も行くのだろう?」
「もう一人の大臣は同各だし行く意味も無いからな」
頷いた頭目
「その上は……王しか居ない」
「大臣でさえ、この顛末だ……エライ事に成りそうだな」
「王が動くのなら、少人数は有り得ない。それは大規模な軍隊の行列だ……今回のような事には成らんだろう」
その時は、また出番なのだろうと考え込む頭目。
「だが、それ事態が大事か……」
うん、大変だねと他人事の男。
そして男達も出発する。
馬車を追い抜かないようにゆっくりと後ろをトラックで進む。
暫く後に河が現れた、川幅はそれほどでもないが水量は多そうに見える。
森の中の河、熱帯では無いがアマゾンを連想させた。通販の方では無いよと、蛇足が浮かぶ。
そこに橋が掛けられて居る勿論それも木製だ。
馬車は通れる筈なのだが……トラックは? バスは? その重みに耐えられるだろうか?
「いったん降りて、歩いて渡るか?」
男はどうにも不安だと首を傾げつつ。
「何でよ?」
マリーが異議を唱える。
「いや、少しでも軽く」
と、男は橋を指差す。
「大丈夫よ!」
言い切ったマリー。
「魔法が掛けられているから、壊れはしないわ」
そのマリーの答にジュリアが捕捉した。
「釘と金具にミスリル銀が使われていて、そこから魔力の供給を受けているので半永久的に壊れません……強度的にもサルギンの里の石の橋と同程度です、あそこが通れたのなら、ここも通れます」
「そう言う事」
マリーが男の目の前で指を揺らして。
「増水とか、洪水とか、魔物とかが暴れるかも知れないのよ」
フンと鼻息。
「簡単に壊れる様なモノでは意味無いわ」
偉そうにしているが、詳しく教えてくれたのはジュリアだぞ。
それに、造ったのは国だ。百歩譲って偉そうにして良いのは、男達の中では大臣だけだ。
等とは男は言わない。
何故か気分良くしている二人に水を差しても仕方無い。
と、車窓を開けて、河を覗いた。
泥水だ……。
透明度の欠片もない。
流れも緩やかで……いや、違うな、遅くてどんよりしている。
その河を見ながら。
煙草を一服。
このまま何事も無くと、考えたのがいけなかった。
水面にポコリと頭が現れた。
泥を塗りたくった人の頭部。
それが静に近付いて来る。
ゆっくりと確実に……。
この河の上流にカーツ大佐でも居るのかと思わせてくれる絵だった。
男は溜め息と共に……その泥の頭に吸い殻を指で弾き飛ばして当てた。
ゆっくりと此方を向く……泥の頭。
男と目が合った。
そのとたん、波紋を残さずに水面下に沈んだ。
ここはアマゾンでは無く、ベトナムの方だった様だ。
「海賊……ではないな、河だから水賊か、が居るのか?」
それは男の、ただの独り言の積もりだった。
「居るぞ」
それに頭目が答えた。
「特に橋を渡るときが危ない」
「詰まりは……今か?」
と、水面から数人が飛び出し。
橋の上に飛び乗る。
その跳躍力は恐ろしい程の身体能力を現している。
そして、馬車に向かって武器をかざして叫ぼうと、口を開いたその瞬間に眉間に矢が刺さる。
数人の水賊達が瞬殺されて、河に落ち……流されて行く。
撃ったのはタウリエルだった。
トラックの窓から半身で弓を構えている。
「やるね」
思わず手を叩く男。
マリーもその速業に驚いていた。
「十分な手練れです」
ジュリアは驚かない。
「名手と言える程です」
気付いていたと言わんばかりに。
「迷子癖がなければ」
男は思わず噴き出してしまう。
「凄い奴なのにな」
「ホント」
マリーも笑い。
「残念な娘」
そして橋を渡りきった男達。
それは国境を越えたのだと直ぐに理解出来た。
道が舗装されていない。
茶色い土が剥き出しの砂利道だ。
先頭を走る馬車の土埃が酷い。
「雨でも降らんかな?」
『もうすぐ降りそうですよ』
シグレの天気予報だ。
『旦那、何処かで停まって雨宿りをしましょうか?』
次に、ムラクモの提案。
「車の中だから濡れないだろうし、大丈夫だろう」
そして雨……。
土砂降りとまではいかないのだが。
ムラクモが雨宿りを提案した理由は嫌と言う程に理解出来た。
道がぬかるんで、直ぐにハマリ込むのだ。
その度に降りて、引いては押してを繰り返す。
それは、馬車だけでは無くトラックもバスもだ。
空転するタイヤに弾かれた泥を被り、汗と雨でグチャグチャに為る。
それが半日程に続いた。
その場での雨宿りは危険だとムラクモが言うのだ。
雨が酷くなるとこの道は河に為ると……。
実際にその通りに成った。
少し高い丘に何とか逃げ延びた時には水が溢れていた。
ムラクモはこう成る事を……あの泥の河と道の形とで予測したのだろうが、もう二度と水と雨に関してはカエルの意見に異議は唱えまいと心に誓った。
大袈裟でなく……しんどい、疲れた。
そして三日後に首都ヴェネトに辿り着いた。
と、いっても、街の様子は無い。
ただの森だった。
タウリエルに話を聞くに。
ヴェローナと言う国は、国全体が首都ヴェネトであり、村ヴェネトなのだそうだ。
それはエルフの性質上の事でらしい。
群れず、頼らず、個人が最重要。
なので、各々が干渉しない様にバラけて暮らす。
しかし、それでどうして大国に成れたのかがわからない。
大国と言われるには、軍事もだが経済も大きくないと、そうは成らないだろう。
その事を聞くと。
長老と呼ばれる人達が凄いとしか知らないと言う。
なんとも頼りに成らない奴だ。
そんなタウリエルとも別れて、その長老王の所を目指す。
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