第12話 012 冒険者デビュー


 『雨が降りそうですね』

 シグレが幌車を押しながら。


 『まだ大丈夫だろう?』

 ムラクモは幌車を引きながらに天を仰ぎ見る。


 そんな二人の会話を幌車の中で聞いていた男。

 カエルだからわかるのだろうか?

 なんか胡散臭いとか考えていた。


 

 さて、村までの道中。

 イロイロと寄り道させられる事に為る。

 

 マリーが造るという回復薬の材料の草探し。

 調合の際に魔素粒子を取り出す為の触媒に為るという、石ころ探し。

 その魔素粒子を手っ取り早く集める為の魔物の死骸。

 ミッションはその三つ。

 依頼者はマリー。

 これが冒険者デビューってヤツだ……たぶん。

 男は半信半疑で小首を傾げる。


 

 まずは一つ目の草探し。

 マリーの病院に繋がる洞窟を出てすぐの森の中に幌車を停めた。

 草の特徴を聞いて、全員での探索開始。

 木の影の少し薄暗い所に生えているそうだ。


 ムラクモとシグレは二人仲良くゲコゲコと話ながらに、近場で草を摘んではマリーに見せに行き。

 そして首を振られるを繰り返しいる。


 コツメはと言うと……。

 退屈そうにそこいらの草木を刀で凪ぎ払いながらにプラプラと歩いているだけ。

 探す気は全く無い様だ。


 男は蜂達を展開する。

 「命じる……特殊任務だ付近を捜索せよ」

 

 『任務! 了解です』

 隊長の復唱から。

 『これより探索任務を開始する』

 副隊長達の指示。

 『全隊員に告げる! 順次出撃を開始せよ』

 ……これは……誰だ?

 隊長でも副隊長でも無さそうだが……新しい役職でも増えたのか?

 まあいいやと適当に流した男。

 その蜂達はマリーの着ているパーカーのフードから這い出して飛び立って行った。


 「ギャー」

 これはマリーの叫びだ。

 「何時からそこに居たのよ!」

 首を縮込め蜂達が飛び立つの耐えていた。


 男はそんなマリーに。

 「最初からそこに居たよ」

 何を今更とそんな顔で。

 「そこが蜂達の定位置だし休憩場所だ」

 まさか気付いて居なかったのか?

 「それにマリーの護衛も兼ねている」

 これは……後付けだが。


 「まあ……良いわ」

 首を固めたままで目だけで男を見るマリー。

 「蜂達も仲間なのだし……」

 そうは言っても縮こまるのは止められないらしい。

 見えない所でモゾモゾと遣られれば確かに気持ち悪いか……男は既にそれには慣れていたが。

 初見のマリーにはまだ無理そうだ。


 『目標発見』

 その蜂達だが仕事は早い。

 男は早速取りに行く。

 流石に蜂に採取は無理だ……サイズ的に。

 

 「なにコレ」

 男は蜂の見付けた草を得意気に差し出すも……。

 「痺れ草じゃない」

 マリーはフンと鼻息一つでやり直しと命じた。

 それでも痺れ草はリュックにしまってはいる。

 一応は貰っておく事にしたらしい。


 男は再度、蜂達に命じる。


 『目標発見!』


 「毒草ね……コレも一応は貰っとくわ」


 『目標発見!?』


 「幻覚キノコ」

 首を振ったマリー。

 「もう……草でもないし」


 「それでもいいんじゃないの?」

 遊び飽きた……いや最初から飽きていた? コツメが帰って来て一言。

 身体中に草まみれだ。


 そのコツメを指差して叫んだマリー。

 「あ! それ」

 コツメの体に張り付いた草を摘まんで。

 「コレよ、これ」


 男はどうにも腑に落ちない顔でコツメに尋ねる。

 「何処に有った?」


 「さあ……たぶんあの辺じゃない?」

 すぐ側の草むらを指した。


 簡単に終わった。



 次は石ころ探し。

 今居る場所から少し山を登った所に川が在り、その川原に落ちているのだそうだ。

 その川が洞窟の滝に続いていると、マリーのそんな説明。


 「周囲を警戒しつつの移動を開始せよ」

 男は蜂達に新たに命じて歩き出す。

 ここから先の山の道は狭く幌車では通れないらしいので徒歩と成る。


 蜂達を散開させてムラクモを先頭にして進む。

 コツメは懲りたのかシグレに続く三番目だ。

 その後ろを男とマリーが揃って続く。


 結構な距離を歩いた。

 マリーは遅れがちに為る。

 男はスキルのおかげで問題なく歩けている。

 擬人のカエルと獣人のコツメはそもそもが違うのだろう、コレも問題ない。

 しかし、十才程の体のマリーにはキツかろうと男は全員に声を掛ける。

 「少し休もうか?」


 「え! こんな所で?」

 と、わざとらしく驚いて見せるコツメ。


 男はマリーを指差して。

 「少し休もうか!」

 

 湿度が高いせいも有るのだろうが汗だくだ。

 息を切らしたマリーがへたり込む。


 「ヘタレ」

 それを見たコツメはボソリと。


 「うるさい、この脳筋馬鹿」

 マリーも応酬。

 が、すぐにコツメを指差して。

 「……あ! 後ろ」

 と、息を飲む。


 『敵襲』

 そしてサイレンの音。


 マリーが指差した先にはデカイ蛇が鎌首をもたげてコチラを見ていた。

 その足元には……蛇に足は無いが、下には無数の小さい蛇。

 小さいとは言っても男の見慣れた蛇よりも数段にデカイ。

 アマゾンか何処かの大蛇サイズだ。

 つまりは親の蛇は規格外にデカかった。

 これが異世界サイズなのだろうか?

 洞窟でのムカデやらナメクジやらもデカかったが、デカイが異世界では標準?


 「各隊、適時応戦しろ」

 男が叫ぶ。

 それに一番に反応したのはヤハリ蜂。

 高さを維持して毒針を飛ばす攻撃。

 それを確実に蛇に当てていた。


 ムラクモ達は……。

 二人してその場でスクんで居る。

 「蛇とカエルか!」

 これは相性が悪すぎる。

 「コツメ! 前に出ろ」

 男はそう叫んで、固まったムラクモ達を後方に引き摺った。


 頷いたコツメは刀で子蛇の中で舞う。

 両断とまではいかないが確実にダメージは与えていた。

 しかし、デカイ親蛇には効いていない様だ。

 明らかに苦戦している。


 それを見ていてかマリーが男の背後でしゃがみ込み、地面に魔方陣を描き出した。

 何かをするようだ。

 

 「コツメ! 魔物を一匹捕まえてコッチに来て」

 魔方陣を描き上げたマリーが叫ぶ。


 「死にかけでもいい?」


 「構わないわ」


 その返事と共に、小さい方の蛇の尻尾を掴んで走り戻るコツメ。

 

 男はそれに合わせるように。

 「蜂部隊! 時間を稼げ」

 

 蜂達は安全な上空からの攻撃を中止して、直接攻撃に移行した。

 主に大きい方の蛇にたかり始める。


 そして後方。

 「コツメ、刀を魔方陣の中にかざして」

 まずはコツメに指示を出すマリー。

 次に男に向いて。

 「貴方はこの魔物から魔素を取り出して」

 魔方陣の真ん中、コツメの刀の下に置かれた死にかけの子蛇を指差した。


 「どうやって?」

 いきなりそれをやれと言われても、どうすれば良いのかがわからない男は困惑気味に尋ねる。

 そもそもがマリーが何をやっているのかすらもわかっていないのだから。


 しかしマリーは説明をせずに、手順だけを伝えた。

 「スキルを出す時と同じ事をやって、頭の中でスキルの部分を魔素に変えて念じるのよ……相手がまだ死んでいないからそれで魔素が出せるから」

 早口での指示。


 「わかった」

 男も兎に角答えた。

 そして子蛇に手をかざす。

 なるほど確かに、呪文が頭に浮かんでくる。

 死んでいない相手にスキルを抜こうとすれば自然とそうなる様だ。

 逆に言えば、死んでいなければスキルは抜けないって事でも有る。

 歩いているだけの誰かを狙っての弱体化攻撃とかは不可能って事だ。

 男はそんな事を考えても居なかったが、男の可能性の一つが潰れたワケだ。

 そして、この魔素を抜くとは言わば相手の生命力を抜くのだが……それも死にかけで魔方陣の力を借りなければ出来ない事だともわかった。

 それは、どうあってもネクロマンサーの男にはマトモな攻撃は出来ないって事だ。

 

 男が念じると。

 子蛇から細い紐状の光が上ってきた。

 それは刀を通り越して真上にまで来た時、マリーが毒の草と痺れ草と幻覚キノコを抱えてその光の紐状に成った魔素に触れさせて……呪文。

 魔方陣が光を放ち。

 同時にマリーの持つ材料が圧縮されたようにして消えて液体に成り、それが空中に浮かび少しづつ刀に伝い滴り落ちる。

 

 「それで斬ってみて」

 デカイ方の蛇を指差し。

 「毒の刀よ」


 コツメはその魔法の掛けられた刀をかざして、おおおおっと声をあげる。

 「妖刀コテツ!」

 そしてニマリと笑って走り出す。

 シュタタタタタッ。

 「忍法! 毒斬り!」

 叫びを上げて斬り着けた。

 「フフン」

 最後のはどうよ私って感じの自己陶酔か?

 

 しかしその斬られた大蛇は鎌首をコツメに向けて口先からチロチロと二股に別れた下を出し入れしながらに目線を向けた。

 確かに斬った筈のコツメ。

 「アア~ん……全然効いていないじゃん」

 蛇に睨まれて走り逃げる。

 

 「大丈夫よ毒が回れば倒れるわ」

 マリーはリュックから丸いモノを取り出して投げた。

 「みんな逃げて爆発するわよ」

 が……それは、逃げる必要も無い程に明後日の方向に飛んで行った。

 しかも、爆発もせずに煙が辺り一面に広がるだけ。


 コツメの罵声。

 「ナニよ! 下手くそ~」

 投げるのが下手?

 それとも爆発しなかったから錬金が下手?

 コツメのそれは……たぶん両方の意味だ。

 

 いや、しかし。

 これはコレでラッキーだ。

 「煙に紛れて逃げるぞ」

 男はマリーを抱えて走り出した。


 『旦那……申し訳ない』

 ムラクモ達は煙で視界を塞がれた事で動ける様に成っていたからだ。

 蛇に睨まれて動けないのでは無くて、カエルの方が蛇を見て動けなく為るだけなのだ。

 『アッシ等種族はどうにも蛇は苦手でして』


 「気にするな誰だって苦手くらいは有るさ」

 

 『面目無い』


 だが、蛇には目眩ましは効かなかった。

 それは男もわかっている。

 蛇にはピット気管が在りそれは熱探知で辺りを探るモノだ。

 詰まりは煙で視界が塞がろうとも蛇にはコチラの位地がわかるって事だ。

 それを知っていて逃げるぞと叫んだのは、それでカエル達が動ける様に成ると考えたからだった。

 もちろん確証が有ったわけでは無い。

 ギャンブルかと聞かれればそうだと答えるしかないが。

 そもそも煙が視界を遮る事、それ事態が男の予想外なのだ。

 無理矢理にその状況を利用するしか無かったのだが……結果はカエル達は動ける様に成っていたので正解なのだった。


 そして、蛇の方はその動きが鈍い。

 これはコツメの毒が回り始めたからだろう。

 そちらは全くの予想外だった。


 「コツメ! 適当に火を着けろ」


 「火事に為るよ?」


 『大丈夫よコツメちゃんじきに雨が降るわ』

 シグレの予言。

 ほんとかよー。

 

 「わかった!」

 コツメはそれを信じた。

 「火遁の術!」

 叫びは大きいが、やる事はしゃがんで適当な落ち葉や枯れ枝に火を着けて回るだけ。

 それを数回繰り返す。


 暫く後。

 逃げる背後に複数の火柱が立ち上っていた。

 そして蛇共ももう追っては来ない。

 逃げ切った様だった。


 そのまま火事から距離をとる。

 「ここいらで一息入れよう」

 男はフウっと息を吐き出して。

 肩に担いでいたマリーを降ろす。


 「火事は? 巻き込まれない?」

 心配そうなコツメはソワソワと火の廻を眺めている。


 「風上だから大丈夫だろう」

 男は一応はそれを意識して逃げていたのだ。

 風は山上から下に吹き下ろしていた。


 「ところでマリー」

 男に抱えられていただけなのに肩で息をしているマリーは、地面にへたり込んでいた。

 「魔素粒子を取り出すっていう石ころはいらないんじゃないか?」

 今さっきの錬金術には石は使って無かったようだし。


 「石は、正確には魔素を魔素粒子に変える為のモノ」

 息を喘ぐ様に貪りつつ上目遣いに男を見たマリー。


 「触媒って言ったっけ?」


 「そうね実際はちょっと違うのだけど」

 深呼吸。

 「魔素ってとても早くに変化しやすいのよ……まあ、消えて無くなる、霧散する、特に大地に吸収される、そんな感じですぐに消えるの。それを固定化する為の触媒。石その物は消えて無くなるんだけどね」


 「ん?」

 首を捻った男。

 「それって……触媒か? おかしくないか?」


 「鋭いわね……その通り。触媒ってのは本来は変化しない物。その変化しないって性質を魔素の変化しやすいって性質とを、魔法で入れ替えるのよ……その為の石」

 少し落ち着いたのかマリーの言葉数も増える。


 「なんだよ、その言葉遊びみたいなのは」

 男は半笑いで。


 「ソレが錬金術よ」

 そんなものなのだから仕方無いじゃないとそんな顔をしたマリー。


 「じゃあさっきのは? 妖刀何とか?」

 男はコツメを指差した。


 「妖刀コテツ!」

 コツメが刀を抜いて天高くにかざした。


 それをチラリと見たマリー。

 「今はただのコテツよ……もう毒も魔法も消えているわ」


 「え~……ウソー」」

 あからさまにガッカリとしたコツメは刀を鞘に納める。


 「それを定着化させる為にも石よ」

 マリーは肩を竦めて。

 「まあ、刀の場合は鍛治師も必要だけどね」

 すっかり息の整ったマリーが立ち上がり。

手のひらを上に向けて。

 「さて先を急ぎましょう。本当に降ってきそうよ」

 と空を仰ぎ見た。


 男も上を向く。

 確かに濃い色の雲が分厚く成ってきていた。



 目的の川原に着いた頃には、ポツポツと雨粒が落ちてきた。

 そして、その川原の真ん中にはやたらとデカイカエルが居た。

 トラックなみの大きさのウシガエル? ポイのが三匹もだ。


 男はムラクモに尋ねる。

 「あれは……同族とか? なんかか? ではないよな?」

 

 『旦那……あれは魔物です。あっし等とは縁もゆかりも有りません』

 両手を広げて、あんなのと一緒にされちゃぁって感じの顔のムラクモ。

 

 「でも……強そうね」

 気楽なコツメが珍しく怖じ気着いた?


 でもそれもわかる気がする。

 さっきの蛇もヤッパリ強かったし。

 こいつもその蛇の近くに居て生きて居られるのだから強いに違いない。

 「余所を探そうか?」


 「待って……足下のお尻の方を見て」

 マリーが指を差す。

 「触媒の水晶よ」

 そこには光る透明な石が転がっていた。


 「あれか……」

 男は唸る。


 「邪魔ね」

 チィッと舌打ちのマリー。


 『どうしやす?』

 ムラクモも躊躇している。

 

 「でも……よく見るとなんか眠そうにしてない?」

 と、コツメ。

 「後ろに回って……こう、そうっと取れないかな?」

 手振りを入れて説明。


 「危ないんじゃ無いか?」

 男はそのコツメの提案には頷けなかった。


 「大丈夫よきっと……今なら」

 いや、やはりコツメは気楽なやつだ。


 「倒せれば早いんだがな……」

 しかし男はそのコツメの提案の代案が思い付かない。

 何かもっと……良い方法が無いものか?

 

 と、考えているとそのウシガエルと目が合った男。

 少しの間そのままの姿勢で耐える。

 動けば襲ってきそうな気がしたのだ。


 「やっぱり後ろから……」

 コツメがそれしか無いと説得しようとして男の顔を覗き込んだ。

 「ん? どうして動かないの?」

 固まった男が不思議に見えたのだろう。


 「後ろだ」

 男は指一本も動かずにソッと呟いた。


 男に言われたコツメは、ナニがと振り返った。

 

 その瞬間。

 ウシガエルの口からシューっと舌が飛んで来てコツメを巻き込んで捕まえた。

 キャッと悲鳴だけを残して口の中にと引き込んだ。

 カエルがハエを捕まえる様なモノでコツメを食ったのだ。


 あ! 小さく叫んだ男は。

 「コツメを助けろ!」

 

 蜂部隊が飛び掛かる。

 しかし、そのうちの一匹が別のウシガエルに、これまたシューっと舌で食われた。

 モグモグと顎の下を動かしている。


 「蜂も食われた!」

 男は慌ててウシガエルを指差した。


 「コレを投げて」

 マリーがさっきの煙玉……本来は爆弾を男に差し出す。


 マリーがそれを男に渡したのは正解だ。

 男には投擲スキルが有る。

 コツメと食ったヤツと蜂を食ったヤツの丁度、真ん中に投げ込んだ。


 ドカン! と、閃光と轟音!

 今度のはちゃんと爆発した。


 しかしウシガエルには多少の傷を着ける程の威力しか無い様だ。

 平然としていた。


 だが、ウシガエルの口の中のコツメはビックリしたようだ。

 ボフンと音と共に強烈な臭い。

 その余りの臭さに堪えかねたウシガエルがペッとコツメを吐き出して、逃げ出した。

 なぜだか蜂を食った一匹を残してだった。


 とにかくだ。

 「全員でかかれ!」

 この一匹だけが残った理由はわからないが、好都合ではある。

 コツメの様に吐き出してくれるなら逃げても良いが。

 蜂を食われた状態で逃げられれば追いかけなければいけなくなる。

 それはとても面倒で危険な事だった。

 ウシガエルは三匹で集まって居たのだから、単独行動の魔物では無い筈だ。

 さりとて連携は出来ていなかったので集団行動でもない。

 と為れば、ここに居た三匹は適当にあつまっていた。

 それは他にも適当にウシガエルが居る可能性が有ると言うことだ。

 適当に逃げたウシガエルが適当にそこらに居るウシガエルと適当に合流でもされれば……ウシガエルの攻撃は適当かも知れないが、コチラは大量のウシガエルとマトモに戦わなくては成らなくなる。

 食われた蜂が一匹……人質なのだからだ。


 男が命じた攻撃にカエル達はもちろんマリーも加わろうと走り出していた。

 手にはすりこぎ棒……錬金術師の武器はそれなのか?

 それともたまたま持ったモノがそれだったのか?

 男には理解しがたいが、そんな事はどうでも良い。

 マリーが行っても危ないだけだと、その腕を掴んで止める。

 「止めとけ」


 止められたマリーはウシガエルを指差して。

 「大丈夫よ、見て」


 男は言われるままにウシガエルを……よく見ると、毒か何かで完全に痺れて動けなく成っている様だった。

 成る程それで逃げ遅れたのか。

 これは口に入れた蜂の攻撃? 口の中で針を刺しまくったのだろう。

 その証拠にウシガエルの口から蜂が這い出してきた。

 勝ち誇った顔でウシガエルの薄い唇の隙間から身体をネジル様にしてだ。

 あの無意味に感じた匍匐前進の訓練には意味が有ったのだ。

 遊びでは無かったのが凄いと感心してしまう男だった。

 

 そして、今のうちがコレほどシックリくる事は無いと、全員で痺れて動かないウシガエルをボコった。

 ボコりまくった。


 完全勝利である。




 魔方陣を地面に描いているマリー。

 その中央には水晶の触媒。

 錬金をここでやるようだ。

 材料も揃っているし。

 問題は無いのだろう。

 いやデカ過ぎるウシガエルを素材にするならここでやった方が楽なのか……。


 男はそのウシガエルに近付いた。

 素材として使われる前にスキルを取り出しておこうとしていたのだ。

 念じて……出てきたウシガエルのスキル。

 それは、ムラクモに渡した。

 カエルのスキルはやっぱりカエルの方が相性も良いだろうと考えたのだ。

 しかしそれは正解だった。

 ウシガエルのスキルは ”カエルの舌” さっきの舌を飛ばすあれの事だと思う。

 魔物のスキルはどうにも理解が出来ない。

 それはネクロマンサーでも無理の様だ。

 体の構造の違いでか、それともそもそもが違うのか。

 人であるネクロマンサーには合わな過ぎるのだろう。


 『有り難う御座います。旦那』

 ムラクモは男に頭を下げてスキルを取り込んだ。

 戦闘系のスキルはムラクモに集中して渡して居るのは……男の配慮だった。

 ムラクモとシグレはツガイの様だ……って事は雄のムラクモが旦那でシグレが嫁だ。

 なら嫁よりも前に出るのが旦那の役目だろうし……それはムラクモのプライドも同時に守れるだろうからだ。だからムラクモの方が強くなくてはいけない。

 まあ、男女平等の観点から考えればナンセンスな話だが……どうにもムラクモ達を見ていると、昭和とか……それ以前の江戸時代の日本人の様な意識に成る。

 成りでそう見えるのか、それとも態度なのかはわからないが。

 そう見えるのだから、それに則した方が平和だろうと考えたのだ。

 実際に二人はそれに文句も言わないのだし。

 それでもあくまでも優先という形で、複数の同じスキルが有るなら分け与える積もりでは有る。

 もちろん雌のシグレにより合いそうなスキルならそれはシグレに渡す積もりだ。

 今回は倒したのが一匹なのでムラクモだけ……の事なのだ。

 

 「で、どんなスキルだ?」

 男にわからないなら、それを得た本人に聞けば良い事。


 『はい……やってみます』

 口では説明が難しいのか? ムラクモは実際に見せてくれるそうだ。

 そして構える。

 上半身を一旦後ろに反らして勢いを着けて前に出すと、同時にシューっと舌を飛ばした。

 そして、適当に川原で遊んでいたコツメを捕まえて目の前まで引っ張ってくる。

 一瞬の出来事だ。

 あのウシガエルがやった事と同じ。

 ウシガエルはコツメを食ったが、ムラクモはその一歩手前で解放した……そんな感じか。


 「ナニすんのよ~」

 コツメが抗議する。

 突然の事で驚いたのだろう。


 「お! 屁は垂れるなよ」

 男は鼻を摘まみながらにも腰が引けていた。


 「しないわよ」

 顔を真っ赤にしたコツメ。

 一応は屁は恥ずかしい事と思っているらしい。

 そこは女の子だ。

 「私をなんだと思っているの?」

 両手を振り上げて。


 その質問には。

 「『コツメカワウソの獣人』」

 マリーを除いた全員で声を合わせて答えた。

 

 コツメはウッと声を詰まらせてからの一言。

 「正解……」

 


 そして雨は本降りに成った。

 今までポツポツパラパラでよくぞ我慢したと思える程に辺りは薄暗く成っていたのだが……流石に天上も我慢の限界だったようだ。

 いきなりのザーザーのどしゃ降り。


 「ああぁ、せっかく描いた魔方陣が……」

 雨水に流されて消えていくそれを見てマリーが頭を抱えた。


 「幌車に戻ってやり直しだな」

 男はこればかりは仕方無いだろうと上を指差して。

 「ムラクモ……ウシガエルの脚を一本切り取ってくれ」

 そしてマリーを見て。

 「それで足りるか?」

 と、尋ねる。


 マリーが頷いたのを確認した男の。

 「じゃあ帰るか」

 その一言で、全員が帰路にたつ。


 

 帰り道。

 山火事はまだ少し燻っていた。

 それでも思いの外、火が消えるのが早いとも思うのだが。

 元々がこの辺りは湿度も高かったのでそれも効を奏したのだろう。

 もう完全にとはいかないが、歩いて通れなくは無い感じだ。


 その焼け後の中で小さい方の蛇の丸焼けを何匹も見付けた。

 デカイ親蛇は何処にも見当たらないので、たぶん逃げたのだろう。

 それはそれでも構わない。

 なにがなんでも倒さなければいけないと、そんな理由も無いのだから。

 攻撃されないならそれで十分なのだ。


 そして子蛇のスキルは ”ピット気管” だった。

 これは流石に説明が無くても男にもわかる。

 熱探知の赤外線スーコプの様なモノなのだろう。

 蜂達の全員分を分けてもまだ余る程の数だ。


 「ムラクモ……要るか?」

 男は声を掛けたのだが、全力で拒否された。

 蛇のスキルなんてとんでもない……だそうだ。


 コツメはそれを欲しがったが、しかし魔物のスキルは獣人では無理なので諦めさせる。

 とても悔しがっていたが、コツメは元々が夜目が効くしそれで良いとも思うのだが……なにか忍術でも思い付いたのだろうか。

 せっかくの思い付きが無駄に成ったと怒っていた。


 マリーは普通に。

 「要らないわよ、そんなの」

 の、一言だった。

 元は人でも今はアンデッドなのだし魔物のスキルも使える筈だが……不必要と言うのなら仕方がない。


 男も敢えて自分にそれをとも思わなかったので幾つかを飴玉に変えてポケットにし舞い込んだ。

 それでも一応は試してみた。

 骸骨が言っていたネクロマンサーは人であって魔物の分類でも有るとのそれを確かめる積もりでだった。

 成る程……浮かび上がったスキルの珠を触れるその瞬間の一歩手前で理解出来た。

 これは取り込めると。

 答えはそこで出たので取り込む事はしなかった。

 必要だと思えばその時に飴玉に変えたスキルを口に放り込めば良いだけだからだ。

 手に入れたスキルは飴玉にさえ変えて置けば、何時でも何処でも好きなだけ……だからだ。




 幌車に帰り着いた男達は濡れそぼったそのままに乗り込んだ。

 濡れた服は……着替えがそもそも無いのだから仕方がない。

 まあ誰かさんの様にパンツすら無い依りかは全然マシだが。

 とマリーを見ていた男に。

 「ナニよ」

 とマリーが睨み返して。

 「そんなビショビショのパンツで気持ち悪くないの?」

 そう言い放った。


 ……。

 心を読まれたのか?

 だが所詮はパンツだ。

 全身ずぶ濡れなのは同じ。

 男は骸骨が被っていた毛布を掴み。

 「体……拭くか?」


 「嫌よ……そんな汚いので」

 マリーは幌車の真ん中に座り込み、全員を端に邪魔だと避けさせた。

 そして魔方陣を床に描き始める。

 

 コツメは言われる前に食料箱の中を漁る様にしてしゃがみ込んでいた。

 腹でも減ったのだろう。

 マリーに軽口を叩く依りも空腹を満たす方が優先か。


 男も黙って魔方陣を見る。

 濡れた体はもう諦めた。

 そのうちに乾くだろう……ここで脱いで変態だとは言われたくない。

 そして目線は水晶の様な結晶に動かして。

 次にウシガエルの足を見る……巨大だ。


 魔素粒子はこの世界では、自然界の何処にでも在る魔素の結晶体らしいが、その魔素は極少量なので結晶体にまでに成らない量でしかない。

 ソレを集めるには大量の素材を集めるか? 

 それとも元々大量に持って生まれる生物……人でも、人以外の人外でも、動物でも、魔物でも良いらしい。

 そこで、気を付けないといけない事が、魔素は直ぐに土に還ろうとする性質を持っているので手早く、新鮮なうちに処理をするなり何なりとしなければ駄目のだとか。

 生き物が死んで土に還る、のそれは魔素が土に溶けるから起こる事なんだと。

 そんな理由で魔素を大地から取り出しても、溶ける方が多くて駄目なのだそうだ。

 と言うのを……そんなの地面から取れば良いじゃないの……の、俺の一言に馬鹿に教える様な感じで永遠とマリーに説明された。


 「ところで、その魔方陣は何で手描き?」

 前の時も描いてたしと男は首を捻った。


 キッと男をひと睨みしたマリー。

 「嫌味? 念じて浮き上がらせる事が出来るのは勇者と魔物だけよ」


 「え? コツメは何も無しに魔法を使ってるけどあれは違うモノなのか?」

 また驚く男。


 「私? 魔方陣ならお腹に描いてるよ」

 パンを咥えたコツメが服を剥ぎ腹を出す。

 ヘソの上に三つの小さい、ソレらしい魔方陣が並んでいる。

 

 「いつの間に……」

 コツメのヘソの辺りに顔を近付けた男。

 「成る程……これか」



 「スキル貰って、試してみたら」

 コツメは近付いた男の顔を両手で軽く押すようにどけて。

 「頭に浮かんだのを描いた」

 男の顔の前にボボッと、指先から炎を出した。


 目の前で炎を出された男はそれを見て。

 「お? ちょっと強く成ってる」

 チョッとした、バーナーくらいの炎に成長していたのだった。


 「でしょ」

 誉めれて照れて笑うコツメ。


 「そんなのイチイチ描かなくても、火の魔法くらいならアクセサリーで、魔方陣の代用は出来るわよ」

 マリーが魔方陣を描きながらにボソリと。


 「そうなの?」

 男の方を見て。

 「じゃー今度、買ってもらおー」


 「幌車の中に転がってたわよ、イヤリングと腕輪と指輪」

 マリー魔方陣を描いている手と反対の手でその方向を指差す。


 あの盗賊の魔法使いの装備か?

 確かにあの魔法使いも魔方陣は描いては居なかったと思い出す男。


 「ウソ!」

 そして慌ててゴミの山に駆け寄り漁り出すコツメ。



 そんなこんなとしていると魔方陣を描き上げたマリーは呪文を唱え出す。

 魔方陣の光に用意した材料が飲まれる様に消えて、後には回復薬の入った瓶が10個残った。


 「あれ? 今回わ手伝わなくて良かったのか?」

 男はコツメの刀の時を思い出して聞いた。


 「触媒の水晶が有れば、私一人でも出来るわよ」

 そんなことよりも、と。

 「疲れたから寝る」

 フラフラのマリー。


 その時、探していたアクセサリーを見付けたコツメが。

 「回復薬って確か……初歩だよね?」

 マリーに向けて。


 「仕方ないでしょ! レベルが1に戻ってるんだから!」

 コツメに向けて声を荒げるマリー。


 「何で? 凄い錬金術師なんでしょ?」

 口元に手を当て、笑いを堪える様な仕草をマリーに見せ付けるコツメ。


 「元の私はそうだけど」

 苦虫を噛み潰した様うな顔で。

 「この体は経験値が全く無いのよ! ずっと培養器の中で育ったのだから……」


 「フーン……最初からやり直し? たーいへん」

 コツメはわざとらしく驚いた顔を作って。


 「知識は有るわよレシピはしっかり全部、覚えてるわ……だからレベルさえ上げればそんなのすぐよ」

 マリーの声は心なしか小さく成っていた。


 「今は」

 プププ。

 「使えないんでしょ」

 コツメは腹を抱えて笑い出した。


 「うるさい!」

 そのまま、幌車の端っこへと行って転がったマリー。

 「寝る!」

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