第80話 080 マリーの大脱走
その日の放課後。
授業を終えて、1人で部屋に戻ったマリー。
ソッと携帯カラスを取り出して、辺りを気にしつつに小声で連絡。
「ジュリア……聞こえてる?」
「聞こえてるわ」
カラスの雛は、ジュリアに化けてマリーの掌の上。
「トンネルはどんな感じ?」
「もうすぐよ」
マリーの掌の上のジュリアが少し首を傾げる。
「うまくいけば……今夜かな?」
「そう……」
そのジュリアに頷いたマリー。
「わかったわ」
「どうしたの? 何かあった?」
無意識に声のトーンが変わったのか、ソレを感じ取ったジュリアが敏感なのか。どちらにしても今のはマリーのミスだと、顔をしかめた。
「何でも無いわ」
「……わかった……急がせる」
こう言う時はコツメの方がやり良いわね……。
ジュリアは察しが良すぎる。
でも、今ので決心が着いた。
今夜、二人に話そう。
「着いたら連絡を入れるわね」
ジュリアとの会話はそれで終わった。
手の平には、元の黒っぽい灰色のカラスの雛に戻っている。
ソレを頭に隠して、制服を脱いだ。
着替える服は、元のボロい服に白衣を被る。
そこへ、帰って来た二人。
じっとマリーを見て。
「帰るの?」
ジェニファーが。
それに頷いたマリー。
あなた達も……と、マリーが言い掛けた時に。
「気を付けてね」
と、エマが先に口を開いた。
わざと、マリーの言葉を遮るようにして。
開いた口を閉じて、ニコリと返すマリー。
「何時?」
ジェニファーの声音は少し寂しそうだ。。
「今晩かな?」
今は、夕方前、まだ時間は少しある。
もう少し二人と一緒に居て、そして寝ているうちに抜け出そう。
「そう……」
エマの声もトーンが低い。。
「私のあげた服……」
「ご免なさい、洗える暇が無かったの」
と、畳んで差し出したマリー。
それを、押し戻して。
「着ていって」
と、ニコリと笑うジェニファー。
「いいの?」
「もう、あなたの服よ」
じゃ……と、着替えたマリー。
最後に白衣を羽織るのは忘れない。
と、その時。
建物の中が急に騒がしくなった。
廊下をバタバタと、走る足音が幾つも続く。
何事? と、ジェニファーが部屋のドアを開けて、今、走って居た子を呼び止めて聞く。
「どうしたの?」
呼び止められた女の子、慌てた様子で。
「お風呂の水が急に無くなって……底が抜けた見たいに」
え? っとそんな顔をしたジェニファー。
その後ろで、うわぁ……な顔のマリー。
急いで駆け出した。
地下のお風呂で底が抜けた?
それって……。
そのお風呂場で、裸で騒いでいる女の子達を掻き分け、大浴場の湯槽の底を覗く。
大穴が開いていた。
マリーはその穴に首を突っ込み。
「ゼクスでしょ! ナニしてんのよ!」
と、叫ぶ。
のそのそと、ずぶ濡れのゼクスが顔を覗かせた。
「これじゃ、お風呂が使えないじゃない! 壊してどうすんのよ」
「良いわよ、後で直しておくから」
と、ジェニファーの声。
振り向くと、さっきまでの騒ぎが嘘のように収まっていた。
ジェニファーとエマが、みんなを納めてくれた様だ。
裸の女の子達も、全てを理解したのか、そのまま入り口でかたまり、バリケードの様にしてくれている。
ソレを一瞬のうちにやってのけた二人、一体何者? そんな疑問が浮かぶ前に。
「さぁ、早く行って」
と、ジェニファー。
頷いて返すマリー。
そして、風呂場の底に出来た大穴に飛び込んだ。
泥々に濡れた狭いトンネルの中を這って進むマリーとゼクス。
お風呂の水は何処へ流れて行ったのだろうか?
たぶん……水抜の縦穴か何かを掘って居たのだろう。
流石はゼクスだと感心したマリー。
良くお風呂の水の容量がわかったモノだ。
単純に地下水か何かを想定していただけだろうけど……それでもやはりか大したモノだ。
チャンと風呂の水はトンネルから抜けているのだから。
そのゼクスは明かりとして、身体がぼやっと光って灯して先を進んでくれていた。
その後ろを着いて……少し進んで、考えるマリー。
前に見た、塀に囲まれたあの場所は何だったのかしら?
何周も回ってしまったけど、切れ目も入り口らしきものも無かった。
何かを隠してる?
何かを守ってる?
……。
その場で、止まったマリー。
「ゼクス……寄り道出来る?」
と、上を指した。
風呂場からの角度を考えると、この真上がその塀の中になる筈。
小さなシャベルを持ったゼクスが頷いた。
すぐに真上を堀始める。
結構なスピードで掘って進む。
流石に、こう言うのが得意なゼクスだと感心仕切りのマリー。
暫く後、自身の明かりを消して、マリーの肩を叩いたゼクス。
穴が開いた様だ。
夕陽の明かりが穴の中に射し込んで来る。
ソッと顔を出し、覗いたマリー。
目の前には塀が見えた。
内? 外? どっちと振り向くと……二本の足。
……。
そーっと、上を向く。
眼鏡を掛けた怖そうな顔が覗いて居た。
そして、目が会った二人。
その相手は校長先生だった。
あ! っと口を開こうとしたマリーに。
素早く、自身の口に指を当てて、シーっと小声で、そのジェスチャーでマリーを黙らせた校長先生。
頷いたマリー。
怒られなかったのが不思議だった。
そのマリーを隠す様にして立ち、誰かに話始める校長先生。
それは、マリーに聞かせるための様にも思えた。
「何度もお聞きになりますが、その魔法陣は壊れています……修復方法もわかりません」
その話し相手をソッと覗いて見るマリー。
相手は、エルフだった。
良く見れば、辺りに数人のエルフ兵士が歩き回っている。
「どこも、壊れている様には見えんのだがな……」
1人のエルフ兵、見た感じでは最年長に見える、詰まりは隊長とかか?
エルフの特性を考えるに、年齢がそのまま階級になるだろう。
「でも、動きません」
校長先生。
「発動できんのか……」
「あなたの国にも同じモノが有るのでは?」
「それも、動かんのだ……」
「例え修復出来たとしても、実験も出来ませんよ」
「うむ……確かに、ここで大爆発されても……厄介なモノだな、この大陸間弾道魔法と言うモノは」
!!
こんなモノを隠していたの!
それで、エルフは真っ先にここを占領したのね!
壊れているのは幸いだけど、でも何時かはそれも修復出来るかもしれない。
ソレをしようとしているのは、使うため?
そうね……使わせない為なら修復する必要も無いのだし。
ただ壊せば良い……2度と使えないくらいに。
「あの辺りが怪しいのですけれど」
と、校長先生が反対の端の方を指差した。
それに答える様にエルフもそちらを向く。
その間に、校長先生は側に転がっていた桶を取り、マリーの穴に逆さにして被せて、自身が座る。
疲れたので、椅子代わりだと言う様に。
そして、それはもう行きなさいと言う先生の合図だと受け取ったマリーは穴に潜り直して、先へと進んだ。
でも、壊れた魔法陣……古い魔法の魔方陣。
この学校は、その古い魔方陣を大事にしていた筈。
校長先生も言っていた。
古い魔方陣からは基礎が学べると……。
そんな学校が、古い魔方陣の修復が出来ないなんて……有るのかしら。
もしかして、わざと壊してる?
実は、今も使える?
想像だけれども、背筋が凍る様に寒気が走る。
でも、校長先生に任しておけば……。
この学校に任しておけば……。
きっと、ムチャな事には成らないわよね……。
どうにかこうにか自分を納得させて、先へと進むマリーだった。
そして、ゼクスが止まり。
上を指差した。
ぽっかり空いた天井の穴から外の明かりが漏れている。
そーっと、首を出すマリー。
起伏の有る草原の谷間だった。
村の外なのだろうと、辺りに誰も居ないのを確認して、穴から這い出す。
そして、ゼクスも這い出してきた。
頭の携帯カラスを取り出し。
「出れたわよ」
マリーは極力小さな声で。
「どっちにいけばいいの?」
「ちょっと待って」
ジュリアの声。
「今、その辺に……エルフ兵が居るわ」
上を見たマリー。
カラスが一羽、飛んで居るのが確認できた。
空から確認している様だ。
「夕暮れ時でカラスも見にくいみたいだけど……誘導するから、少しだけ待って」
「待てない……みたい」
マリーがうめく。
「何で?」
「今、そのエルフ兵と目が会った!」
と、走り出すマリー。
ゼクスも一緒に走り出す。
丘の上のエルフ兵も走り出す。
「あ! 続々と集まってくる」
ジュリアが叫び出した。
「早く逃げて!」
エルフ兵の居る丘の反対側の丘のてっぺんに登ったマリーにも見えた、複数人のエルフ兵がコチラに向かって走ってくる。
そして、次の丘まで逃げ登ったマリー達の目の前には有刺鉄線の巻かれた柵が立ちはだかった。
ぐるりと村を囲っているのだろう。
ソレが幾十も重なっている。
振り向けば、走り寄るエルフ兵達。
逃げ道の無くなったマリーとゼクス。
迫り来るエルフ兵から目が離せなくなり、その場に固まった。
「ぴーーーーよーーーー」
そのマリー達の頭上を飛び越えてきたピーちゃん!
すぐにマリー達を咥えて、次々に自身の背中に乗せて、脱兎のごとくに走り出す。
丘の稜線に沿って真っ直ぐに。
「柵が有るーーーー」
必死にその背にしがみつくマリーが叫ぶと。
ピーちゃんは、丘の斜面を利用して、カタパルトのごとくに大ジャンプで有刺鉄線の柵を飛び越えた。
次々と、ハードルを越えるように。
斜面からのジャンプ。
飛べない筈の鶏のヒヨコが空を跳んだ!
背中にはマリーとゼクスを乗せて。
そして、その度にマリーの叫びがこだまする。
「ぎーーーーやーーーーー」
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