第100話 100 小康状態の戦場


 冷たい雨は降り続け、今は本降りに為っている。

 風が無いのが救いだが、降水量は結構上がって居る筈だ。


 塹壕の中は泥の川と化して、ソコにへばり付く兵士達は泥人形の様相だ。

 水抜は丘の斜面を利用して後ろへ流す様には為ってはいるが、それでも溜まる所も有る。

 男達は濡れて凍えながらも敵兵に銃を向けていた。


 しかし、敵兵の勢いも雨で削がれたのか進撃のスピードが極端に落ちている。

 このままであれば、全てを狙い撃てるのでは無いだろうか。

 敵の将が間抜けならばだが。


 男は銃弾が飛び交う戦場をつぶさに観察して居るのだが。

 敵も攻撃の手を緩める気は無いように思う程に撃ってくる。


 だが、やはり後退を始めた様だ。

 逃げる様にでは無く、攻撃をしつつジリジリと下がっていく。

 この戦闘の主導権は攻撃側が握っているので、下がられると辛いモノが有るのだが。

 かと言って、こちらから飛び出す訳にもいかない。

 そして、いつ来るかわからない敵に対して気を抜く事も出来ずにこの場に張り付いて居なければいけない。

 奴等としては、こちらの防衛軍が攻めて来ないのはわかっているのでユックリと休養を取れるのだろうが……。

 

 持久戦はやはり、相当に不利だ。

 こちらの補給が望めない事も知り尽くして居るのだろう。

 もう、王都にはまともに動ける兵士は親衛隊だけの筈だ。

 その辺の情報はエルフと同盟? それとも共闘か? している様なので、情報はエルフからもたらされるだろう。

 王都にはまだエルフも隠れて居るのだろうから。


 しかし、敵もしっかりと押し引きが出来る、そんな軍の様だ。

 補給部隊を隠している段階で、男もイヤな予感はしていたのだが。

 

 ジュリアが呟く。

 「もう、ライフルでも届きません」

 

 ソコに横並びで留まる様だ。

 今、見えているのは全軍の一部なのだろう、後退して威圧だけを掛ける積もりなのはわかっては居るが。

 だが、どうしたものか……。

 雨でカラスも爆弾も使えない。


 このまま緊張を続けるのも限界が有る。

 やはり、半分に分けて休ませるべきか?


 同じ事を考えていたのか、大佐が男の所にやって来た。

 「敵の出方がわからない」


 「十中八九、攻めて来ないと思う」

 男は大佐の方は見ずに答えた。

 「雨が止むまでか……明日の朝迄かはわからないが……ただ、俺達に休みはくれないだろう、散発的に攻撃はしてくると思う」


 「どうしたものか」

 大佐も悩んでいるようだ。


 「思いきって、半分を待機にして、休ませるべきだと思うが」

 男の方が先に決断出来た様だ。


 唸る、大佐。

 「半分か……?」


 「残った半分も、塹壕に留まるだけで監視兵を交代でやらせるべきだ」


 「半分の半分では駄目か?」


 詰まりは六時間塹壕にいて、十八時間を休養に当てると言う事か。


 「駄目では無いと思うが、敵が来た時の対処が少し遅れる覚悟は必要だと思うぞ」

 

 さっき迄の勢いを考えれば、それだけで一気に詰め寄られる筈だ。

 詰まりは、押し戻した様に見える前線も、結果的には動いて居ない事になる。

 それでも良いのならばだ。


 「イヤ、やはり休養を取らせよう」

 しかし大佐も決断した様だ。


 「わかった、だが気を抜く事は無いようにだけは注意しておけよ」

 男はそう言って頷いた。



 そして、男達は先に休養に入る事に為った。

 

 トラックに戻った男達は全員が泥にまみれている。

 そのままでは辛すぎるので風呂に入りたいのだが、ここには無い。

 仕方ないので、濡れタオルで体を拭いて、すぐに横に為る。

 みぞれがトラックの天井を激しく叩くのだが、その音を子守唄代わりにして寝ることにした。

 


 目が覚めると、翌日に為っていた。

 しかし、雨は降り続いている。

 時折、銃声が聞こえるのは、敵の陽動だろう。

 被害が最小限で済むように気を付けながらに、たまに前後してくる。

 その銃声の度に軍全体に緊張が走る、体は休めても気は休まる暇は無い様だ。


 「次の交代はお昼頃よ、もう少し寝てれば?」

 マリーが男の方を見ずに言う。

 

 そのマリーは、爆弾の改良に取り掛かっていた。

 寝ずにそれをしていたのだろう、試作品が幾つも転がっている。


 「イヤ、一度野戦病院を覗いてくる」

 本来の男は、衛生兵として参加しているのだから、そちらも気になって居たのだ。


 「そうね……それなら私も行くわ」

 と、作りかけの爆弾を横に置いてマリーも立ち上がった。


 

 野戦病院のテントは酷い事に為っていた。

 先の戦闘で負傷したものが地べたに直接に寝かされている。

 爆弾自体は塹壕迄届いて居ないので、弾に当たった者と、火の魔法で火傷した者だけなのだが、その人数が多すぎる。

 不用意に身体を晒さなければ撃たれる筈も無いのに。

 敵の前に立とうとするのは冒険者の性なのだろうか?


 「ナイフは有るか?」


 「はい、あんた用に造って有るわよ」

 マリーが差し出した、数本のナイフ。

  細い、長いが数種類。


 「ありがとう」

 男はそれを受け取り、重症度の高そうな者に近付き。

 「薬師に麻酔薬を貰ってきてくれ」

 と、マリーに頼んだ。


 その間に、患者を見る。

 六発撃たれている。

 胸に三発、腕、肩に一発づつ。

 そして、目の下頬に一発。


 明らかに、助からないと捨て置かれたようだ。

 

 戻ってきたマリーに手渡された薬を傷口に掛けて、ソコにナイフを突き立てた。

 先ずは頬の弾丸を抜く。

 そして、奥の方迄ナイフを突き刺して、ユックリと抜く。

 肉が盛るまで、何度でもそれを繰り返した。

 完全に意識の無いその患者はピクリともせずに横たわったまま。

 だが、先に顔の治療をしたのは失敗だった。

 意識を取り戻し、胸の治療に取り掛かった時には痛みで大暴れをし始めた。

 薬師の麻酔もあまり効果が無いようだ。

 薬が弱いのか?

 それよりも痛みが勝つのかはわからないが。


 それでも、どうにかマリーと二人で押さえ付け、治療を終えたのだが……体力が相当に落ちて居るのだろう、その負傷兵は起き上がる事は出来ない様だ。


 それでも男は……もう、大丈夫だと次の患者に移る。


 その患者も大暴れをした。

 余りに薬が効かないので、マリーが切れて自分で麻酔薬を造り出す始末。


 残念ながら、薬師はヤブ認定されてしまった。



 次から次へと、時間を忘れて治療を続けていたらば、ジュリアが男達を呼びに来た。

 交代の時間の様だ。


 重症患者は粗方片付けたので、大きく息を吐き立ち上がれば、男達の背後にはいつの間にかに人だかりが出来ていた。


 そして拍手喝采を受ける。

 この世界では、ネクロマンサーは名医の様だ。

 そのうちに、外科医でも召還されれば医学のレベルも上がるのだろうが、なかなかそう上手くはいかないのだろう。

 今まで、居なかったのだろうし。



 そして男は雨の中、濡れネズミで塹壕にへばりつく。

 ものの数分で体温を奪われて体の震えが止まらなく為る。


 男はジュリアとコツメに。

 「敵を覗かない時はヘルメットを地面に置いて、その上に乗れ」

 と、指示を出す。

 「でないと、冷たい泥に足が埋もれて凍傷に為るぞ!最悪、足の指がもげ落ちるぞ」


 それを聞いた二人は大慌て実行した。

 マリーも同じ事をする。


 だが、マリーよ、君はゾンビなのだから大丈夫だぞ!と、それは言わないでおこう。



 時折、敵が覗く様に攻めて来る。

 こちらが撃ち始めるとすぐに下がるのだが。

 その出方が、盾を構えて全身するだけ。

 ジュリアのライフルも狙う事も出来ずに盾に阻まれる。


 先の戦闘では、盾持ちが少なかったのだが、それはスピードを優先したのだろう。

 フェイク・エルフとは言ってもやはりエルフだ自分の命は重く無いようだ。


 だが、今度は盾持ちを全面にして押して来る可能性も出てきた。

 その時のコチラの対処は爆弾か、魔法なのだろうが、その魔法使いが少ないのがバレたのかも知れない。


 どちらにしても、大量に来られれば押し込まれてしまうのは確実だ。

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