第25話 025 ギルド


 「失礼致しました、当人の末娘を探して降りましたのですが、どうにも見付かりませんでいたもので」

館の主人が頭を下げて。

 「お待たせ致しまして、申し訳ない」


 「アラ、何処かに遊びに行ったのかしら」

 優雅にお茶をすすりながら。

 その受け皿が胸に支えられている様にも見えるお嬢様。


 「別に良いわよ」

 マリーもお茶をすする。

 「その子に会いに来たわけじゃ無いから」


 「はははは」

 苦笑いの館の主人。

 「では、約束の御礼です」

 と、金貨10枚をテーブルの上に置き、差し出して来た。


 『少ないわね』

 マリーの念話だっだ。


 「ン?」

 と、マリを見る男。


 『慌てないでよ、ナイショ話に使ってるのよ……バレるじゃない』


 「あ……う……」


 『心で念じて、スキルのオムニリンガルよ』


 小さく頷き、オムニリンガルを心の中で唱えた。

 そして。

 『出来たか?』

 成る程……こういう使い方も有るのか。と、感心する男。


 『そのお金、断りなさい』

 そんな男は無視して続けるマリー。


 『何故?』

 勿体無いとも思いつつだった。


 『チぃ、鈍いわね……いいわ、私に合わせなさい』


 マリーには何か考えがあるのか?

 『わかった』

 顔には出さないが心の中で頷く男。


 「このお茶、安物ね」

 マリーはそれをすすりながら。

 涼しい顔で。


 「でも、美味しいわよ」

 おっとり、優雅なお嬢様もお茶をすする。


 「そうね」

 もう一口飲んだマリー。

 「良いお茶はもっと美味しいけどね」


 「おい、失礼じゃないか?」

 男はマリーを見る。流石にちょっとと、声が出た。


 苦笑いの館の主人。

 マリーはその見た目通りに子供に見えているのだろう。

 それでも大人びた言動に不思議な感覚に成っているに違いない。


 「本当の事よ」

 マリーは男を見ずに、部屋の回りを見て。

 「あまり羽振りの良いようにも見えないわ」

 調度品を品定めしていた様だ。

 「名の通った有名貴族様のわりには使用人も居ないみたいだし」


 「お嬢さんは、小さいのに良く見ておいでになる」

 館の主人の苦笑いはそのままで。

 「おっしゃる通りの没落貴族です」

 と、頷いた。


 「アラ、潔い」

 マリーはわざとらしく目を丸くして。

 「このお金で、もっと良いお茶を買いなさい、来客用にね」

 と、テーブルの上の金貨をそのまま館の主人の前に押す。


 「イヤイヤ、コレは娘を救って頂いた御礼ですから」

 と、館の主人も押し戻す。


 『駆け引きの始まりね』

 マリーの念話だ。


 『何の?』


 『この館の主人は金貨10枚で事を終わらせようとしているのよ』


 『それでいいんじゃ無いのか? 十分な大金だろう? 突き返したら1円にも成らない』


 『お金は入らないけど、恩は売れるわ……私達には有名貴族のコネが手に入るのよ……金貨10枚じゃソレは買えないわ』


 『アクドイ』


 『聞こえたわよ』

 念話での語気は荒いが、その顔はニコニコとしているマリーだ。


 「じゃ、少し聞いていい?」

 カップを置いて。

 「何故、そうなったの? 貴族なのだから、領地は?」


 「私共に領地は元々に御座いません」

 観念したのか話始めた館の主人。

 「ギルド運営の権利だけです」


 「何故? 貴族なのに?」


 「ソレは、私共が元国王の子孫だからです……国王の時の領地の全てが、今の国王の先祖にメシ取られたのです」

 肩を少しだけ竦めた館の主人は笑った。

 「ソレでも、命ばかりか貴族として生かされました」


 「確かに、破れた王の末路は処刑ね」


 「たいへん有難い恩情でした」

 頷いて。

 「お陰で、私も娘共も今ココに居られます」


 「利用されたダケでしょ」

 大きく息を吐いたマリーだ。

 「国王の首のすげ替えにね」


 また苦笑いの館の主人。


 『どう言う事だ?』


 『クーデターにしろ戦争にしろ、国を奪ったと為れば国民は荒れるわ……でも、元王から王位を継承したと為れば、ソレは祝い事よ……新しい王の誕生なのだから』


 『成る程、だから殺さなかったのか、新しい特別な貴族として残した』


 「しかし、ギルドなんて時代遅れもいいトコじゃない」


 『そうなのか?』


 『ギルドはいわば同職の利権を守る為の組合よ、大きく成れば声だかに権利を主張するわよ』


 『権利とは?』


 『金よ! 商業ギルドも職人ギルドも、冒険者ギルドだってそう、安定した仕事をして報酬を得る為に在るのよ……報酬は詰まりはお金よ』


 『成る程、しかし仕事をして報酬を得るのは当然じゃないか?』


 『仕事をした方はね、でも運営側は? ギルド運営にだってお金は掛かるのよ、経費ね……それに税金もよ、大きく動くお金に税金を掛けない国なんて無いのよ』


 「全くもって、その通りです」

 うつむき加減んで首を横に振った館の主人。

 「報酬を払う度に赤字です」


 結局は押し付けられたのか。

 男は少し考えて。

 「新たにギルドは作れるのか?」


 「ソレは可能です」

 頷き、男の問いに答えた館の主人。


 『この世界に、保険てあるか?』

 男はマリーに館の主人に気付かれない様に笑顔のままで、念話で尋ねる。

 

 『無いわね』

 マリーの返事は……少し考える時間の後だった。

 寝ている間の事も考えたのだろう。

 百年単位だ……変化も有るかもだと。

 それを予測し考察もしての答だ。


 無いならそれは都合がよい。

 「保険のギルドを作ってみては?」

 男は館の主人に提案をしてみた。


 「保険とは?」

 よかった。

 館の主人が聞き返すのだ。

 やはりこの世界には保険は無い。


 「ある種のギャンブルだ」

 男はそれを説明し始めた。

 「この間、娘が誘拐されたのだろう? 仮にだ、娘は近くの村まで行かなければ成らない用事が出来たとする。親であるアンタは心配するよな?」


 頷く館の主人。


 「ソコで娘に保険を掛ける……そうだな、この金貨10枚を掛け金にして俺が受けよう、娘が村まで行って用事を済ませて家に帰ってくる迄の期間だ」

 仮の話だと先に告げての具体的な例をあげていく男。

 「もし、その間に娘に何か有れば……例えば誘拐だとか事故とかが有れば、俺は貴方に金貨100枚を渡そう」

 男は主人を指差して、にニヤリと笑って見せた。

 「金貨100枚有れば、仮に身代金が金貨50枚だったとしてもソレを払えて、お釣まで残る……」

 次に自分を指して。

 「無事に何事もなく帰って来れば、俺は金貨10枚の儲けだ」

 

 館の主人の目が熱くなって来た。

 「その掛け金はどうして決めます?」

 たとえ貧乏貴族とはいっても貴族は貴族だ。

 そして貴族はギャンブル好きと相場は決まっている。

 それは世界が変わろうと変わらん筈だ。

 何せ……やることの無い暇な人種なのだからだ。

 そして目の前の貴族は領地も無いのだ、それなら本当にやることも何も無いのだろう。

 金は無いとは言っているが……それでもギルドに赤字の補填は出来だけのモノも有る。

 俺たちからしたら十分な金持ちだ。


 男は頷いて。

 「ソレは、掛けたい人間の言い値でいい」

 テーブルの上のお茶を指差して。

 「このカップに金貨10枚でも構わない、コレが明日までに割れれば金貨100枚とかな」

 そして一呼吸を入れて。

 「しかし、掛け金は必ず前払いで、魔法の証文を付ける」

 指先でカップを弾いて。

 「自分でわざと割ればソレは無効だ」


 『魔法の証文で……出来るよな?』

 ドワーフの里を思い出していた男はマリーに尋ねた。

 あの不思議な魔法の証文は、自分で判断して差し押さえの赤い札を出し入れしていた。

 そして金額もだ。

 モノの価値だけでなく人の価値……ジュリアの価値にも値段を着けていたのだ。

 そんな複雑な事を瞬時に出来るのだ。

 男の要求くらいは簡単な筈だ。


 『出来るわ』

 そのマリーの返事に、男は心の中で大きく頷いた。


 そして館の主人も大きく息を吐き……頷く。

 この貴族は、頭は悪く無い様だ。


 「冒険者ギルドにその保険金を持って行って、盗賊退治でも構わない」

 男は続ける。

 「報酬は金貨20枚で、無事に娘を戻せばプラス30枚……儲けは50枚」

 そしてテーブルの金貨を指差して。

 「逆でも良いぞ、男はこの金貨10枚から5枚を冒険者ギルドに持ち込み、娘の道中の用心棒を雇う」

 男は館の主人の顔を覗き込む様にして。

 「どうだ?」


 「ソレは、商人の買い付けでも?」

 主人も考えていた。


 「それこそが、本来だ」

 男はその問いに頷き。

 「この街の商人が、ドワーフ村まで商品の買い付けに行くとして、保険を掛ける、無事に戻れば掛け金は無くなるが、戻って来れなければ10倍だ、その買い付けに行く者は本人の必要も無い、冒険者にリストを持たせて行かせれば良い」


 「成る程、しかしリスクが……」

 自分が10倍を払う事を考えたな?


 「その保険を受ける者は、新しく創るギルドで募集を掛ければいい。例えば、金持ちの貴族とか。商人ギルドそのものでも構わない。ソレゾレが自分のリスクを考えて、受ける保険を自分で選ばせるのだ。その時の仲介料を稼ぎにすれば良い……仲介料は、掛け金の10パーセントとかな」

 一気に捲し立てた男。


 「金貨1枚の儲け……」

 今一度、考え込み。

 唸る館の主人。

 「その保険を保険ギルドで直接受けるのも……」


 「有りだ」


 「……」

 主人は考え込んで……。

 「貴方の取り分は?」

 男を見た。


 「無しで良い」

 男は笑い。

 「その代わりに、仕事を優先的に回してくれ。その、保険がらみの仕事で構わない」


 「それくらいなら……」

 眉を寄せた主人。

 「しかし、それで本当に良いので?」


 「提案は確かに俺だが……俺には、ソレを実現出来るモノが何も無い。そして、実際に動くのはアンタだ」

 男は主人を指差して。

 「どおする?」


 「アラぁ、何だか難しいお話見たいですねぇ」

 カップを置いたお嬢様は。

 「私は、お連れ様のお相手をさせて頂いても宜しいかしら」

 チラリと前室の方を見て。

 「何だか、面白そうな方達で、興味が沸きますわ」

 と、立ち上がり部屋を出て行くお嬢様。

 出て行く最後までお嬢様。


 見事に緊張を切って経つ。

 流石、お嬢様。


 「今晩は是非に当家の屋敷でお休み下さい」

 そのお嬢様の行動を合図にと、ニコニコと館の主人が言った。


 『うまく、一晩考える時間を作ったわね』

 出ていくお嬢様を目で追っていたマリーだった。


 男は素直に頷き、その提案を受ける事にした。

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