俺と人懐っこいJKのゆったり1.5人暮らし~幽霊と食べる飯はうまい~

佐城 明

プロローグ

第1話 出会い

 自分は、酷く平凡な男だ。

 そして、平凡な人生というものに、面白みを見いだせない人間でもある。


 学生の頃からそうだった。

 そこそこに、必要なことがこなせる。


 そして、必要以上にはやらないし、やれない。

 特筆すべき才能をも持たず、特別な情熱も持てず。


 勉学も、部活動も、人間関係も、恋愛ですら。


 そのような人間は、社会に出てからも変わらない。

 それどころか悪化の一途を辿るだけだった。





 今日も、仕事を終えて家に帰る。

 毎日毎日の繰り返しを、当たり前のようにこなす日々。


 最近、酷くそれに「疲れ」を感じるようになった。

 別に、特別にブラックな会社で働いているとか、そういう訳ではない。


 そこそこの仕事に就いて、そこそこの業務量をこなしている程度だ。

 給料は、やはりそれなり。


 しかし、独り身の生活にはなんら困ることはない程度は稼いでいる。

 貯蓄も、投資も、どこまでいっても。そこそこ、それなり。


 学生時代からの友人や、会社の同僚を見渡せば。自分は実に普通で。

 そして、歳をとればとるほど、「普通」の得難さは理解できる。


 つまり自分が割かし恵まれていることは、自覚している。

 だが、そんなことは関係が無かった。


 つまらない。生きている意味がわからない。


 こんな悩みは、人類がこの地球に誕生してから幾億幾兆、いやそれよりもっと。

 繰り返し、天にも神にも問いかけられた言葉だろう。


 そんなところまで自分は平凡で、普通。

 普通に、俺は自らの人生に。あるいはこの世界に、「絶望」しているのだ。


 絶望が言い過ぎなら、失望でもかまわない。


 今日も、帰りの電車を待つホームに立つ。

 そこには、無表情の人間がお互いに無関心に立つか歩くかしていて。

 自分も彼らと同じような顔で、電車に乗り込む。


 窓に映る、当然のように平平凡凡な自分の顔を眺めつつ。

 つまらなそうな顔をしてるなぁと、他人事のように思う。


 そう、失望だ。

 電車のレールの如く、この先の自分の行く末など決まっている。


 今の毎日を順調にこなした先には。体が衰え、老いと病気と孤独に彩られた人生が、手ぐすねを引いて待ち構えていて。

 もしレールを外れるようなことがあれば。それは事故か事件か、まぁろくでもないような理由でしかなく。

 幸せの貯金など。家族全員が壮健で、誰一人欠けることなく揃っていた子供の頃に使い果たしてしまった。


 まだ三十にもなっていないのに、と他人はよく言うが。

 まだ三十にもなっていないのに、こんなに疲れて飽きれているからなんだと。心の中でよく思う。





 そんな風に、どうしようもないことを考えているうちに。

 気が付けば今日も自宅に着いていた。


 何かをする気にもなれず、適当に買い置きの食料を消費して。

 後は、スマホをいじって寝るまでの時間を潰す。


 SNSを見ると、自分の同級生が結婚をしただの子供ができただのと写真をあげていて、それを見るたびに思う。

 自分もそうするべきなのだろうか? と。


 けれど、さして悩むまでもなく結論はでる。

 無理だ。

 俺に、そんなことをする熱量はすでに無いに等しい。


 恋愛、結婚、ましてや子育てなんて。夢の世界のできごとにすら感じる。


 夢は、寝てる間に見る程度が関の山だ。

 折角明日は休みで、よく寝れるのだからと。

 スマホを適当に放り出して、俺はベッドに体を投げ出した。








 俺は、夕方一歩手前くらいの時間に、一人で自転車を漕いでいた。

 今日は休日で、しばらく家でだらだらとしていたのだが。


 どうせ、食料を買いには出かけなければならない。

 なのでいつもの様に、ついでに軽いストレス解消をするつもりだった。


 それは、本当に軽くというやつで、なんだか馬鹿にされそうで内容は他人に話したことはない。


 食料を買いに行く前に、近場にあるゲームセンターに足を運ぶ。


 そう、俺のストレス解消とはゲームセンターに行くことだ。

 それも、今時まったく流行らないプライズゲームの一つ。射的で景品を落とすゲームをやることだった。


 勿論、他のプライズゲームも遊ぶのだが、一番好きなのが射的。

 的を撃ちぬいて、景品を手に入れる時の感触が快感なのだ。


 まぁ、趣味とも呼べない、本当に些細なストレス解消の遊びである。



 あまり射的の筐体が置いてあるゲームセンターは多くないので、このゲームセンターは自分にとっては貴重な場所だ。

 この時間帯は、学生の放課後の時間に被るらしく、学生服の若者が多い。


 俺は、学生が今時のゲームで盛り上がっているエリアを避けて、奥のほうにあるプライズコーナーに進んだ。


 普段、まず耳に入ってこないような騒音が鼓膜を叩く。そんな中。

 俺は、コルクを売る自動販売機に小銭を入れて、いくつかの弾を手に入れた。


 それを、筐体に備え付けられた銃の先端に詰めて、レバーを引いて撃つ準備は完了。そのまま、景品の乗ったパネルに狙いをつける。

 別に、その景品が特別欲しいわけではない。打ち抜くことそのものに意味があるのだから。


 パネルを一枚、二枚と撃ちぬいていき、全てを倒し終えると景品が落ちてくる。

 それを回収し、次の弾を補充して、また同じことを繰り返す。

 小銭が切れたら、両替機まで行って小銭を作って。もう一度。


 何個か景品を重ねておく程度になったら、帰る。

 俺のストレス解消なんていうのは、こんなものだ。




 今日も三つ程景品を重ねたので、いつものように終わりにするかなと思ったその時。

 いつもとは、違うことが起きた。


「すんませーん。ちょっといいっすかぁ?」


 急に、話しかけられたのだ。

 しかも、学生服の女子。俗にいうJKに。


 その女子は、いかにも今時の女子高生! という空気を全身に纏っていて。

 薄い茶色に染めた髪といい、歳のわりに濃い目の化粧といい、ギャルというやつなのだろう。

 あまり自分の関わったことのない人種である。

 というか、この歳になると女子高生との関わり自体がまずないが。


 しかし、話しかけられたからには、無視するわけにもいかないので。


「えっと、何かな?」


 俺は、なるべくにこやかに見えるように答えた。


「これ、おっさんが落としたんじゃないかなーって思って」


 そういって彼女が俺に差し出してきたのは、定期入れだった。

 たしかに、間違いなく俺の持ち物だ。

 どうやら、財布と一緒にいれていて、財布を出した時に落としたらしい。


 しかし、「おっさん」と呼ばれるのは地味にショックだ。

 まぁ、彼女からしたら事実だろうから、訂正する気もないのだが。


「あっ、俺のだ。すまない、わざわざ拾ってくれたのか」

「いや、別に謝んなくても。お礼ならわかるけど」


 彼女に言われて、確かにと思い直した。


「あー、そうだな、すまん。じゃなくて、ありがとう」

「どーいたしまして~」


 彼女は、軽く笑いながら答える。

 なるほど、随分良い子のようだ。まぁ、口は良いとは言えないが。

 正直、今時のギャルのことを誤解していたかもしれない。

 謝ると二つの意味で怒られそうなので、心のなかでごめんと言っておく。


「しかし、よく俺が落としたって解ったな」

「んー。たまたま落とすところ見てたからね」


 見ていた? だとしたら、拾ってから俺に話しかけるまでに多少間があっただろうと思うのだが。

 何故だろう。俺が話しかけにくそうな男なので躊躇したとかだろうか。

 もしそうなら、またもや地味にショックな話だ。


 が、しかし。


「すぐ持っていこうかなーって思ったんだけど。なんか、集中してたみたいだったし。邪魔しちゃ悪いかなって思って待ってた」


 彼女の言葉で、ショックをうけるどころか、更に彼女が良い子であることが判明した。

 なんという、俺が射的に夢中だったから気を使ってくれたとは。

 今時の子ってこんなにいい子なのか。

 いや、この子が特別なのかもしれないけれど。


「それは、気を使ってもらって……。えっと、折角だからなんかお礼をしないと。あー、この景品とかいる? 欲しければ全部あげるけど」


 って、この景品は自分にとって特に要らないものだ。

 お礼に要らないものをあげるというのは、いかがなものか?

 と、思ったのだが。


 彼女は俺の予想に反してにこやかな笑顔を見せた。


「えっ、マジでっ? 大したことしてないのに、本当にいいのっ?」


 あれ? 思ったより反応が良い。


「いやー。他のはともかく、このぬいぐるみは可愛いなぁって思ったんだよね~。でも私、景品取る系のゲーム苦手だからさー。うんっ、ありがと!」


 そう言って彼女は、「奇妙なくまっぽいナニカ」のぬいぐるみを手にとった。

 なんと、逆にお礼を言われてしまうとは。

 何となく、顔が暑く感じる。


 他人に、こんな風にお礼を言われるなんて、いつ以来だろうか。


「あっ、いけねっ。私友達待たせてるんだ。違うゲームしててって。だからもう行くねー。バイバイッ」


「あ、あぁ。ありがとう」


 そう言って。

 彼女は手を振って去っていく。



 これが、俺と彼女の、初めての出会いだった。


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