第20話 いいっすね!
沖縄から帰って来た俺は、速やかに普段の生活に復帰した。
もっと疲れを引きずったりするかと思ったのだが、意外にもそれなりに元気なものである。
「……思ったより楽しかったからなぁ。ストレスが減ったのかな」
などと思わず呟く。
いつもなら、佐倉の突っ込みか揶揄いの一つでも入りそうなもんだが。
今日は入らない。
何故なら、佐倉は今日は家で留守番なのだ。
したがって、俺は久しぶりに一人で職場の休憩所に座っている。
何故、佐倉が留守番をしているのか――。
「あー! 佐藤さん、お土産ありがとうございましたっ」
「おぉ、小山さん。今日も元気だな」
俺の思考を遮って、小山が話しかけてきた。
そう、一応職場の人達にも土産を買ってきたのだ。
ちんすこうとかな。
「しっかし、佐藤さんが沖縄に行くとか意外っすねー。もっとインドア派かと思ってましたよ」
自然に俺の隣に座りながら話しかけてくる小山。
「あー。まぁな。小山さんの言う通り普段はインドア派なんだけどさ。ちょっと今年は気分がノッたつーか。そんな感じでなぁ」
「へ~? ……ねぇ佐藤さん、もしかして彼女できました?」
「は?」
思わず、広げかけた自作の弁当から視線が小山に移る。
「なんでそんな事を思うんだ?」
俺の問いに小山が目を細めつつ答えた。
「だってー。なんていうか、その。最近色々雰囲気が変わったですもん。あ、いい意味でですよ?」
「雰囲気が、変わった……」
俺の?
自覚はない。
ないが、そんなことがあったのなら。
その原因なんて一つしか思いあたらない。
「さとうさーん?」
「え? あ、あぁ。雰囲気ね。気のせいじゃないか? 彼女なんてできてないしな」
「そーなんっすか? ふ~ん」
「なんだよ?」
小山が、こちらを窺う様に聞いてくる。
「佐藤さんは、実は女の人に興味がないとかだったりします?」
「はい?」
なんだそりゃ。
「いや、そんな事はないが。それこそなんでそう思うんだ?」
「いやー、なんつーか。佐藤さんって、彼女いたことあるのかなぁって思いまして。こう、女子に興味なさげに見えるんっすよ」
まぁ、間違ってはいないか。
正確には、女子だけじゃなくて他人に興味が持てない。
が、正しいのだろうが。
「んー、いたよ彼女。若い頃のことだし、なーんもなかったけどなぁ。一応、付き合ってはいた」
「そーなんすか。それは佐藤さんの妄想の中の出来事と違いますか?」
「違うよ!」
大体、そういう小山さんはどうなんだ?
と聞こうとしてやめた。
だって、セクハラとか言われたら嫌だし。
「なるほど。まぁでも今は一人なんっすね」
特になんでもない事のようにサラっといってくる小山。
その通りではあるが、人によっては多分イラッときちゃうぞその言葉。
まぁ、俺はこないけど。
特に他人に興味がないから、独り身にもそこまで劣等感もないのだ。
それに……。
ま、今は独り身とは思えない程賑やかに暮らしているしなぁ。
「あ。その辺はどうでもいいとして。小山さんに土産あるんだよ」
「へ? もういただいたっすよ。ちんすこー」
「いや、それとは別に。はい」
そう言って、小山の前に袋を差し出した。
中身は佐倉の選んだ沖縄産のアクセサリーが入っている。
実は、佐倉の分を買った後に、また違う店で佐倉が思い出したように小山の分を買えと言い出したのだ。
俺は、そんなものプレゼントしても色々な意味で小山が迷惑に思うだけじゃないか。
と思ったし、佐倉にもそう言ったのだが。
『黙って買いなさい。そして黙って渡しなさい。あっちにミャクがないなら勝手に売るなり捨てるなりするわっ。でも多少でもミャクがあるならプレゼント喜ばない女なんていねーのよ!』
などと言い返されたのだった。
要は、彼女を作る手伝いをする! というやつの一環らしい。
よくわからんが、まぁ佐倉がそう言うのだし。
佐倉の言う通りなら、別に迷惑にもならないそうだからプレゼントしておくのがよかろう。
正直に言って。俺自身が小山に対してどうこうとは思っていない。
けど、最近になって思うのだが。
小山っていい奴なんだよな。基本的に。
恋愛云々は置いておくとしても、友達になら……。
「あ、あの。いいんっすか? 私だけもらっちゃって。私だけっすよね?」
「そうだな。小山さんだけだけど。なんつーか。普段世話になってるお礼的なものだと思ってくれ」
実際には、アクセサリーを渡したのは佐倉と小山で二人だろうけどな。
なんか、二股しているみたいでちょっとだけ罪悪感。
……あれ? 二股じゃないよね?
「世話? なんかしましたかねぇ? 私はまた、例の告白の口封じ代かと思ったっすよ」
「ちげーよっ。でも言うなよ!」
「わかってますって」
けらけらと笑う小山。
くそう、まだ覚えてやがったか。
あ、そうだ。
「そうそう。それで思い出したけどさ。喫茶店、今度一緒に行かないか? あの店以外がいいなぁ。色々な意味で」
「……へ?」
あれ? 確か、以前にもそんな話はしていたはずだ。
まぁ、俺も社交辞令くらいにしか考えていなかったけど。
でも、今回は俺から誘うようにと佐倉から強く言われているのだ。
「えと、私と佐藤さんでです?」
「あー、無理そうならいいんだ。ちょっと言ってみただけだから」
誘いはした、けど断られた。なら佐倉も文句は言うまい。多分。
「い、いえ。いいっすよ。ちょっと佐藤さんからお誘いを受けるということが予想外だったもので」
ま、そりゃそうかもな。
俺だって予想外の展開ではあるのだから。
でもまぁ。
「小山とは話慣れているし、たまには職場の外で話すのもいいんじゃないかと思ってな。いや、ちゃんと奢るぞ?」
そう。
小山と話すのは、職場においては面倒事の一種と捉えてはいた。
けれど、彼女の性格自体は嫌いじゃない。
気安い感じも、明るい感じも。
それでいて気を使ってくれていることも。
……なんだか、誰かさんにちょっと似ている。
そう考えると、佐倉の言う。
「私で慣れろ」だの「小山ちゃんがおすすめ!」とかの言葉は的を得ていたのだろうか?
いやまぁ。
どっちにしろ、それで実際に恋愛云々なんて事に俺がなれるとは思わないけど。
「いいっすね! あ、別に奢りがじゃないっすよ? 外でお話いいっすねー。これで手加減抜きでお話できるっすよ~」
朗らかに笑いながら小山はそう言った。
手加減……?
いつも、手加減してアレだったのか?
やばい、ちょっと早まったかもしれんぞ俺。
「じゃー次の休みでいいっすかね!」
「あ、あぁ。詳しい時間はそっちで決めてくれ」
「そっすかっ。じゃー後で連絡するんで、なんか連絡先教えてください」
「あー、えっと、じゃぁこれで」
小山にスマホを提示する。
「おっけーっす! んじゃー、後で連絡しますねっ」
あっという間に、連絡先が交換されてしまった。
職場の人間の連絡先なんて、一部の上司以外は知らんかったのに。
「店は私が調べた店行きます?」
「そうしてくれると助かるかな」
ポンポンと話が進んでいく。
今まで、のらりくらりとした会話ばかりを小山とはしてきたが。
なんか、こうなってくるとすでにその時が懐かしく感じるくらいだった。
職場からの帰りの道中。
佐倉の事が気にかかる。
今日、佐倉が留守番である理由は、佐倉自身が実験をすると言い出したからだ。
彼女曰く。
『今回の旅行でさー。私と優人は離れていても、私の声が届く事が判明したじゃない? 多分、段々憑りつく度合いが強くなってんじゃないって思うわけ。そこでー』
佐倉がびしりと俺を指さす。
『明日は優人一人で職場行ってみて! 私が一人でどれだけ自由に動けるのか。声がどこまで届くのか。色々と実験つーわけっ』
などということだった。
職場へ向かう途中に声は試したのだが、やはりそれなりに離れると声は届かなくなる。
後は、佐倉一人でどれくらい動けるのかだろうが。
自宅に戻り、部屋へと入る。
そこに、佐倉はいた。
「あ、おかえりー。んっとねー。少しは家からも出れたよー。つってもやっぱ優人いないと広い範囲はうごけーねーわぁ」
振り返って、そう言った。
「……えっと」
「ん? どしたの?」
「あぁ、いや。ただいま」
な、なんだ?
佐倉は、いつも通りだ。
以前の様に、目が死んでいる様な事にはなっていない。
つまり、俺に憑りつく度合いが強くなったからか、或いは幽霊として熟練度が高まったせいなのか。それにより、俺から離れていてもある程度大丈夫になったということなのだろうか?
しかし……。
なぜか。帰って来て佐倉を見ているとどこかに違和感を感じた。
もう、その違和感も消えてしまって。
どこに感じたのかもわからなかったけれど。
気のせいだったのだろうか……?
まぁ最近はずっと一緒だったから、ちょっと離れるとそう言う事もあるのかな?
「で、小山ちゃんにプレゼント渡せたの?」
「あぁ、渡したよ」
「誘うのは?」
「そっちもやった」
俺が問いに答えると、佐倉は何度か満足そうに頷いた。
「よろしい! そろそろ本格的に攻めていかないとねっ」
「攻めるってお前なぁ……」
「じゃぁ、その日までに服買いにいくよ。私が選んだげるからそのつもりで」
「えぇっ。態々服まで買うのか?」
「あったりまえっしょー。優人のもってるもっさい服でデートなんかできるわけねーじゃん」
もっさい……。
まぁ、確かに大量に服を売っている某メーカーで適当に買ってるだけだけどさ。
「ちゃーんと私が彼女できるまで面倒みてあげるって。心配すんなっ?」
別に心配はしていないが。期待もしていない。
つーか。そもそも頼んでない。
けどまぁ。
佐倉が楽しそうにしてるしなぁ……。
「わーったよ。頼むな」
「まっかせなさい!」
佐倉は、そう笑顔で請け負った。
楽しそうな満面の笑みに見える。
なのに。
また、ほんの少し。
違和感がチラついた様な気がしていた。
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