第19話 にがぁ……

 シーカヤックで沖縄の非現実的な世界観の一部とかした俺達だったが。

 それだけで終わりではない。


「んじゃー、行ってくるわ!」

「おう、気を付けてな」

「何をだよっ」


 佐倉が突っ込みをいれつつ海に飛び込む。

 まぁ、飛び込みといってもしぶき一つ立たないけどな。

 オリンピック選手も真っ青だ。


 俺は、ぷかぷかとカヤックで海に浮かびつつ、佐倉を待つ。


 しかし、あっちーなぁ……。


「ねぇっ! ねぇっ! ちょーキレイだよ!?」


 いきなり戻ってきた佐倉が叫ぶ。


「そ、そうか。よかったな」

「よかったな。じゃなくてー! も~!」


 どないせーちゅーんだ。


「わかった! 優人、飛行機でやったみたく目を瞑ってて! そんであの時と同じようにしててっ」

「いや、でも体が触れてないから無理だと」

「いいから!」


 へいへい。


「じゃー、もっかい行くからっ」


 そう言って、佐倉は海にもう一回突っ込んだ。


 俺は、佐倉に言われた通りに目を閉じる。


 ってもまぁ無理だとおも――


「!?」


 こ、これは……。

 海の、中?


 一瞬、息苦しさすら覚えた。

 そんな余りにもリアリティある感覚の中。


 そこは確かに佐倉が興奮するだけはある。


 最早、幻想的とすらいえるだろう景色。

 飛行機からみたあの空に、勝るとも劣らない。


 余りにも高い透明度の海の中に、青い光が降り注ぐ。

 その中に、魚やサンゴが賑やかに映えた。


「ねぇ。見える?」


 耳元で響くような。佐倉の声。

 視覚がいけるなら、まぁ聴覚もいけるわな。


「あぁ。見えるよ」


 とは言え。


「あれー? 届いてない?」

「ん? 聞こえてるって」


 これは。

 俺の声はやっぱり届いてないな。


 どうやら一方通行らしい。


 しばらくして、佐倉が戻ってきた。


「見えなかった?」

「いいや。見えてた。声も、届いてた」

「本当!? ねぇっ、綺麗だったっしょ!」

「あぁ。綺麗だった。本当に」


 俺は。

 景色で感動する様な情感豊かな人間ではない。

 それでもまぁ綺麗と思ったのは本当だけれど。


 でも、別に感動するまでには至らない。

 だけど今は……。


「佐倉」

「んー?」

「ありがとな。やっぱ、佐倉はいい子だ」

「はぁっ!? きゅっ急に何言ってんの! つーか子供あつかいすんなっ」


 きっと、佐倉の目を。

 佐倉の心を一度通ってきたからこそ。


 俺は、感動できたんだ。


 佐倉は。

 いつも、俺が思った以上に。凄くいい子だ。

 別に、子供扱いしているつもりではないが。


「時に、ありがとう。で、何か思い出すことない?」

「ん? 何がだ?」


 あれ? なんか佐倉の顔が怖い。


「なんで。私の水着に一言もないわけ?」


 あ。

 忘れてた。


「佐倉だって、景色に夢中で忘れてただろっ」

「忘れてねーよ! いつ言うのかと思ってまってたんだよこの童貞!」


 ゴメンネッ!

 無神経なんだわ俺っ。


「んでー? 感想は?」


 言われて。不機嫌な顔になりつつ、水面から浮かび上がった佐倉の水着姿を改めてじっくり観る。


 詳しい名称は知らないが、ビキニタイプと言えばいいのだろうか。

 中々に過激な水着に見えるが、まぁ佐倉には似合っているだろうと思う。


「あー、うん。似合ってるよ」

「――しげしげと見んな! 変態!」


 急に恥ずかしさを思い出した様なリアクションをとる佐倉。


 えぇー……。

 俺はどうしたら正解だったのだろうか。


 いや、きっと正解なんてないんだ。

 この年頃の女の子の気持ちなんて、俺には複雑怪奇な迷路みたいなもんだ。

 つか、年頃関係ないな。

 人の気持ちなんて大体よくわかんねーのに、女心なんてわかるかっ。


「はんっ。変態上等だっ。折角ひどい恥ずかしい思いして選ぶの付き合ったんだからな。しっかり見させてもらう!」

「べ、べーっつに平気だしっ。ダイエット知らずの体なめんな!」


 そういう問題だろうか?

 ま、佐倉がそれでいいなら、いいんだけどさ。


 そうして、俺達は時間いっぱいまで沖縄の海を満喫した。

 まぁ、俺は佐倉の水着も満喫できたわけだが。

 一応、これも役得のようなものに入るのだろうか。








 離島でのレジャーを遊び終えた俺達は、今日はホテルではなく離島の民宿に泊まることになっていた。


「おー。これが沖縄の郷土料理ってやつね!」

(だな。色々あるが、ゴーヤチャンプルーくらいしか名前でてこねーけど)

「うーん、ゴーヤ。にがぁ……」

(結構美味いなぁゴーヤ)

「ま、まぁ。美味しっちゃ美味しい、かなぁ? でもにがぁ……」


 多分これ苦抜きしてあると思うし、そこまで苦くはないと思うけどなぁ。


 そうして夕飯を終えた俺達は、風呂に入ってすぐに寝ることにした。

 何しろ色々遊んで体力の限界なのだ。俺が。







「あー、明日で帰っちゃうのかぁ~。みじかーい!」


 既に電気も消して真っ暗な部屋の中。佐倉がそうこぼす。

 もう、寝るところだったのだが。

 どうやらまだまだ帰りたくないご様子だ。

 そんだけ楽しんでもらえたのなら、こちらとしても嬉しいものである。


「しゃーないだろ。三連休以上なんてとれないんだから」

「夏休みもないなんて、社会人ってこわ~……」


 いや、ある会社もあるよ。

 一か月とかはないにしろ、夏休み。

 でも、俺の職場はほら、うん。アレだしなぁ。


「まぁ、二連休くらいならまた取れるから。そしたらどっか連れてくよ」

「ほんと!? うっへっへ~どこがいいかなぁ~」

「一泊二日なんだから、そんなに遠くはむりだぞー?」

「へいへ~い」


 貴重な休みに、体を休めずにどっかに出かける。

 そんな発想、今までの俺なら普通しない。


 だから、これは佐倉の為であり。

 佐倉のお陰でもある。


 何だかんだ、俺も。

 楽しい。



「ん~。次かぁ。夏はまだ続くしー。 秋、とか……冬と……こ……まま……」


 ――ん? 佐倉?


「わた……ゆ……ッと……しょ……シ……」



 な、なんだ?

 暗闇の中で、佐倉がなんかぶつぶつ言っている。


 暗くて、その様子は見えない。

 見えないはずなのに。


 なんだか、佐倉の姿……いや気配? がすごく薄くなったように感じる。

 そして、何故か。背筋に冷たい感触が走った気がした。



「――イヤァ!!」

「!?」


 な、なんだっ!?


「どうしたッさくら!」

「……え?」


 え? ってお前。


「え? じゃねーよっ、何事だ?」


 思わず体を起こして、電気を付けた。


 光に照らされた佐倉は、いつも通りの佐倉だ。


 いや。


 なんだろう。少し。表情が固いか?


「あ、あははっ。ゴメンゴメン。なんか、ちょっと頭が混乱したっつーか。なんつーか。気にしないで?」

「気にするなって……。そりゃ無理だろ」


 尋常じゃなかったぞ、さっきの様子は。


「ん~。えーっと。そのー。帰りたくなくて、嫌だな! って思って」

「はぁ?」


 なんだそりゃ。

 とてもそういう雰囲気には思えなかったが……。


 しかし、佐倉に詳しく話す気は無さそうだ。


「……まぁいいが。もし、なんか困ったことがあるなら言うんだぞ?」


 宙に浮いたまま膝を抱えている佐倉は、困ったように笑いながら頷いた。


「ん。ありがと。ヘーキだって! 別に困ってないよ。優人のお陰でね」

「なら、いいんだけどさ。あー。えっと。それじゃ、おやすみ」

「うん。すみ~」


 結局、その後。

 佐倉の事が気になりつつも、疲れが出たのだろう。俺はすぐに意識を失ったのだった。







 朝、起きて。

 その時には佐倉は特になんともない様子で。


 船に乗った時も、お土産を選ぶ時も。ずっと普通だった。


 強いて言うなら、帰りの飛行機に乗る時。


「また、来たいね?」

「あぁ。そうだな。また来年きてもいいかもな」

「うん! でも、北海道も行くんでしょ?」

「あー。いつ行くかなぁ北海道は」

「へへっ。楽しみにしてる~」


 そう、会話をした時の佐倉は。

 なんとなく、俺があまり見たことのない表情をしていた気はした。


 それが、どんな感情を表していて、どんな想いを秘めているものなのか。


 俺には、見当もつかないけれど。


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