第38話 楽しかったぁ~
「あー! しまったぁー!」
「な、なんだ?」
朝、凪音に起こされて。
急に思い出したように凪音のやつが叫ぶので驚きで更に目が覚めた。
天体観測から帰ってきてから、数日。
凪音の声は、まだ聞こえる。
でも、電波状態の悪い時の電話の声を聴いているような。
少しばかり、遠くで聞こえるような声になりつつはあるけれど。
聞こえてきた声の調子から、なんとなく凪音が頭を抱えているのを幻視した。
「いやー、こないだの天体観測からさぁ。恋人のするようなアレとかコレとかって後は何がやりたいかなー? とかちょっと考えてたんだけどね?」
「あ、あぁ。そういう趣旨だったなそういえば」
天体観測は、「恋人がやりそうな事」というお題からでてきたものだ。
結果としては、まぁ中々ロマンあったんじゃないの? とは思っている。
何しろ、随分恥ずかしいこと口にしたしな。
「それで思いついたというか、思い出したというのか……。私達、キスしてないじゃん!」
「……はい?」
きす?
「キスだよ! きーすっ! 口づけっ。あ~。お約束というか、鉄板なのに。ちょー忘れてた。体が無いもんだから、すっかりそういう意識が薄れてたわ……」
「あー。キスね。いやでも、体無いんだからどっちみち無理だろ」
どのタイミングでやろうと思ってもできなかっただろうに。
「そうだけどさー。まだ体が見えている時だったら、形だけでもするフリってできたじゃん?」
「まぁ、重ねることはできたかもな。感触はないにしても」
「そーいうこと。ちぇー。ファーストキスもせずに消えるとは……。不覚!」
お前……。人に散々、童貞だ非モテだと言っておきながら。ファーストキスすら……。
い、いや。いいんだけど。
「あー。凪音から俺は見えるんなら、してみるか? 俺は全く見えないけど」
「え~? やだよー。私だけ見えててキスするのは、ちょっと間抜けじゃん。馬鹿っぽい」
馬鹿っぽいのは今更じゃね?
と思ったが。
言うときっと怒るので言わないでおく。
ていうかそもそも……。
「俺と凪音の関係は、言葉だけでも成り立つってことでいいじゃん。それよか、俺の告白を先延ばしにしてるほうをなんとかしたらどうなんだ?」
こちらのほうこそ、恋人っぽい云々というなら。とてもクリティカルな行為に思うのだが?
「まぁねー。でもさー、ここまで引っ張るとさ。もうちょい引っ張りたいじゃん!」
「これ以上かよ! なんかチキンレースみたいになってないかそれ」
結局、言う前に消えるのが落ちだぞおい。
「あのね。私の姿も、声も。何も優人に届かなくなってもね。それでも私はすぐには消えて無くなったりしないと思うの。どれくらいの期間かわからないけれど、優人の傍に憑いてると思う」
一方的に、凪音が俺の傍で。俺を見ている。
それは正に、幽霊と生きた人間の関係そのもので。
確かに、この先そういう時間は発生するのかもしれなかった。
「だからさー。そうなってから言ってみて。いるのかいないのかわからない、私に向かって。私が本当の意味で消えて無くなる、その時に」
なんだそりゃ。
回答のないテストをやらされるような気分だぞ。
「なんでそんな難しそうな真似をせにゃならんのだ……」
「その状況で、もしも私が幸運にも優人の告白を聞くことができたら。最高にハッピーな気分で消えられそうじゃん?」
えー……? そんな理由?
「お前なぁ……。そんなもん。なんなら凪音の声が聞こえなくなったら、毎秒言ってやろうか?」
「ばっか。それじゃありがたみもロマンもないでしょ! ギリギリを狙っていきなさい。優人の勘の良さを確かめてあげるっ。愛の試練ってやつよ!」
凪音は滅茶苦茶言うなぁ、相も変わらず。
「へぃへぃ。わーったよ。ったく。人為的に愛の試練を発生させやがって。マッチポンプじゃねーか」
「世の中そうそう都合よくホイホイとロマンチックなことなんて起きないんだから、ちゃんと狙っていかないとねー」
とんだロマンチックだぜ。
ま、俺達らしーと言えば。
とても俺達らしい話ではあるかも、な。
今朝は、凪音が阿呆なマッチポンプを要求してくるのを聞いていて、ちょっと家を出るのが遅れたが。
それでも遅刻せずに、職場には辿りつけた。
「おーっす。おはよー。小山」
「おはよーっす。凪音ちゃんもおはよー」
「おっはよー!」
「おはよー。だって」
もう、恒例になった。他の人が聞いたらきっと混乱する挨拶。
一応、他の人に聞こえないように小声で喋っているけど。
「あ、優人さん。また今度の休み前に遊びに行ってもいいっすか?」
「別にいいけど、また泊まる気か?」
「いえいえ。今回は大丈夫ですって!」
「楓ちゃん、いつもそう言って寝ちゃうけどねぇ~」
本当だよ。
そもそも毎回ちゃんとお泊りセットもってくるじゃねーかお前。
……ゲーム機と一緒に。
「ま、いいけどさ」
「やたっ。じゃーまた後でっす!」
「ばいばーい! 楓ちゃん」
「ばいばい楓ちゃんだと」
「ばいばいっ凪音ちゃんっ」
ったく。
こんなに小山と仲良くなるとは、最近まで全く思ってなかったのになぁ。
ほんと、凪音さまさまだわ。
昼飯は、最近はずっと自分で弁当を作っていたので。
何だかんだ割と美味く作れるようになってしまった。
休憩時間に昼飯を食っていると、最近は小山とおかず交換したりする。
女子高生かな?
とか思う。
「むぅ……。やばいっすね……。このままじゃ、優人さんに料理の腕が抜かれかねないっす。私も練習しないと」
「あははっ。優人は地味に器用だからねぇ~」
地味は余計だと言いたいが、実際別に凄く器用なわけじゃないので言い返せない。
「私も、一度くらい優人に手料理つくってみたかったなぁ」
凪音の料理ねぇ。
「できるのか、料理?」
「あ、馬鹿にしてー! 私はねー。全然したことない」
だと思った。
「できるんっすか?」
「できないって」
「でも、専属料理人が頑張ってるからいいっすよね」
微笑ましいモノをみる視線がうっとおしい!
でもま、頑張るかいはあるけどさ。
こいつは、大抵喜んでくれるからね。
「おつかれさまっした~!」
「おぅ、お疲れ。またな」
「またねー楓ちゃん」
「またねー楓ちゃんだって」
「またねー凪音ちゃん!」
今日も仕事を終えて、家路につく。
「あ、優人。ちょっとお願いがあるんだけど?」
(ん? なんだー?)
人が沢山いる駅のホーム。
以前は、この中に一人ぽつんと立っているのが。
たまらなく不快で、イライラして、嫌だった。
今は、それぞれの人間の表情をみて。それらの人の人生を想像する余裕すらある。
「ゲーセン、寄ってかない?」
(……ゲーセン? それって)
「うん。ゲーセン」
まぁ、一つしかないよな。
この言い方で行くようなゲームセンターなんて。
(はいよ)
「れっつごー!」
幽霊の凪音を拾って以来。
初めて訪れる。
凪音との出会いの場所。
ゲームセンターの店内に入ると、途轍もなく喧しい雑音が鼓膜を叩く。
「うっひゃ~! なんか、すっごい久々な気がする!」
(……あぁ。俺もだ)
そんな中でも、凪音の遠くから聞こえる様なその声は。
しっかりと俺に届く。
「ねぇねぇ。射的、やろ?」
(勿論。ここに来たからにはやるよ)
金を崩して、コルクの弾をいくつか買って。
そいつを銃に詰める。
俺が、標的に銃を構えているのを。
凪音は後ろからじっと見ている気がした。
(どれがほしい?)
「ん~。どれでもいい」
(あぃよ)
何発か、繰り返しコルクの弾で標的を撃ちぬいて。
一つの景品を獲得した。
「へへ~。この風景も、久々に見たね」
(見てて楽しいのか? こんなん)
おっさんが、ただゲーセンで射的しているだけだぞ。
「割と楽しいんだよねー。おっ。当たった! とか。あっ、取れた! とか。こっちもテンション上がるし。それに……」
(それに?)
凪音の姿は、見えない。
姿が見えなくなってから、急速に。顔も詳細には思い出せなくなっていく気がする。
多分、本当に「目」で見ているわけでは、なかったからなのだろう。
声だって、聞こえなくなったのなら。
どんな声だったのか。果たして俺は覚えていられるのか。
「やっぱ、出会った時はこの姿見てたからさ。これを覚えておいたほうが。なんか安心するんだ」
(――そっか。んじゃー、よく見とけ)
今日は、ちょっとだけ散財して。
何個も何個も、持ちきれないほどの景品を取った。
凪音は、その間ずっと黙って俺を見ていて。
帰るときになって、「そんな沢山取って、置く場所とかどうすんの?」とか言いやがった。
……まじでどうしよう。
大量の荷物に苦戦しながらも自宅に戻ってきて。
晩飯を作る。
凪音は、いつもの様にテレビを観ながら待っていた。
見えないけど、わかる。
「できたぞー」
「おっ、シチューだっ」
「まだ寒いからなぁ」
二人で、晩飯を食べて。
「は~。優人も料理の腕を上げたねーほんと」
「お陰様でな~」
まだ寒いから、炬燵でまったりする。
「ん~。今日も何事もなく、いい日だったねぇ」
「そうだなぁ。そろそろ冬も終わっていくし。春になったら花見とかもしてーなぁ」
「おぉ! それいいっ。楓ちゃんも一緒に……あ、いや。お酒とか飲んじゃうとすぐ寝ちゃうかなぁ、楓ちゃん」
「だろうな。ま、そん時はおぶって帰るかー」
「えー? それってこう。感触をさー、楽しみたいとかさー。そういう……」
「んなわけあるかっ!」
「ははっ。ま、多分楓ちゃんは土下座して頼めば胸くらい揉ませてくれるって」
「するかっ、そんなこと」
「私の以外は揉みたくないって?」
「そういう意味でもねーし! 揉みたいわけでもねーよ!」
「またまた~」
馬鹿な会話を、ダラダラ続けて。
「まー、暖かくなってからの話だな」
「そだねー。んじゃ、そろそろ寝る?」
「そうするかー」
寝る準備を済ませて。
二人でベッドに入る。
「あー。楽しかったぁ~」
「そうだなぁ」
暗闇の中で。
聞こえてくる凪音の声。
きっと満面の笑みで笑っているのだろうなぁ。
そう思った。
「今日も幸せだった? 優人」
「ん。勿論。凪音は?」
「へへ~。幸せだったねぇ」
「そっか」
「そだね」
なら、いい。
「じゃーおやすみ、凪音」
「うん、おやすみ。優人」
暗闇の中で、目を閉じる刹那。
凪音の、嬉しそうな顔を。
幻視した気がした。
朝日が、差し込む光で目が覚める。
「……あぁ、そうか」
凪音は言っていたもんな。
『もしも、私の声で起きない朝がきたら。それがその時だから』
――そう。俺に言っていた。
凪音は、俺の届かない場所に。
俺に、届けることのできない場所に。
行ってしまった。
「でも、そこにいるんだろ?」
答えは、返ってこない。
「はぁ~……。おぃ、やっぱこの状態で、ギリギリ見極めて告白するって。相当きついぞおい」
答えは、返ってこない。
「あー、取りあえず。おはよ。 しかし、てことは。凪音の最後に俺に伝えた言葉は。おやすみ、かよ。あんまり劇的な感じではねーなぁ」
答えは、返ってこない。
返ってこないけど、何故だかふと。
窓が気になった。
ベッドから起き上がって、薄めのカーテンを開ける。
すっかり結露して、白くなった窓。
「……あぁ、なるほど。やるなお前」
言ってたもんなぁ。練習してるって。
まさかこの時のためかよ。
流石。JK幽霊の考えることは、洒落てやがる。
結露した窓に、指でなぞったような。不細工な文字。
『ダイスキ』
これが、正真正銘。
俺の、大好きな幽霊が伝えた。
最後の言葉。
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