幽霊のいた春と追憶の日々

第39話 佐倉凪音の独白

 あ……。


 いっけない。意識とんでた。


 走馬燈っていうのかな? 見ちゃったよ。

 ん? でも走馬燈って、死ぬ瞬間にみるんじゃなかったっけ。

 私、幽霊なんだけどなぁ。


 幽霊も、消える寸前までくると見るんだねぇ。走馬燈。


 優人と、私が出会ってからの。

 思い出の日々。

 重ねた心。

 その、


 それが、鮮やかに。

 鮮明に。

 駆け巡った。


「う~ん、こりゃ。そろそろ完全に消えちゃうかなぁ~」


 優人に、私の言葉が届かなくなってからどれくらい経ったかな。


 冬は終わって、多分暖かくなって。


 季節は、春。


 別れには、最適な季節がやってきていた。








 優人に声も届けられなくなったけど、私はそれでも優人の傍に憑いている。

 まさに背後霊……いや、ここは守護霊ってことにしておこう。


 ただまぁ、最近は。意識が保っていられる時間も随分と短くなってしまった。


 今なんて、かなり時間がぶっとんだ気がする。

 一体、いつから意識が無かったのだろう?

 まぁお陰で、今までの優人との記憶が一気見できた気分で。ラッキーとも思うけど。


「ふぁああ~。おはよう、凪音」


 ん? あぁ今って朝なんだ。

 言われてみれば、朝な気がする。

 なんだか、周りの世界から入ってくる情報すら曖昧になっちゃったなぁ。


 でも、ま。


「おはよ、優人」


 優人の事は、ちゃんとわかる。




 そういえば、さっきの走馬燈の中に。お別れの時のシーンが無かったなぁ。

 まぁ、比較的新しい記憶だからかな?


 お別れっつっても。私はこうして優人の傍にいるんだけどね。


 でも、ちゃーんと役に立ったでしょ? 優人。

 私のポルターガイスト!

 いやぁ、こっそり練習してたかいがあったってもんよ。


 本当は、ありがとうとか、幸せだったよとか、幸せにねとか。もっともっと書きたかったんだけどね~。

 流石に無理だったわぁ。


 でも、ま。上出来でしょ。「ダイスキ」って伝えられたんだから。

 それが、全てでしょ?


 そんでさぁ~。

 馬鹿っぽいとか言ってはいたけど、こっそりしちゃった。

 寝てる優人に、勝手にキスを一発。

 

 まぁ、なんの感触もなかったけれど。


 一応、これでファーストキスは。ね?

 


「さてと、凪音。花見いくぞー。そういう話してたし。それに何しろ、お前佐倉だもんな。桜見るの好きそうだもんな」

「人の名字をおやじみてーなギャグにすんな!」


 思わず突っ込む。

 勿論聞こえないけど。


 しっかし、ちょいちょい優人は私に話しかけるけど。

 これ、知らない人が見たら完全に頭の可哀想な人に見える光景だよね。


 いや……それは元々だったわ。


「ったくー。私のこと好きなのはいいけどさぁ。ほどほどにしときなよ?」


 私は心配だよ。


 亡霊に憑りつかれるのも、ほどほどに。

 アナタはアナタの道を行ってね。


 ……まぁ、嬉しいは嬉しいんだけどね!








 春の陽気は、私には感じられないけど。

 きっと、春のうららかな。そんな日なのだろう。


 優人は、そんな中を歩いていく。


 あぁ、青空が綺麗。

 風が強く吹いて、流れていく雲が綺麗。


 優人の隣に浮いているから、本当は「綺麗だね」って。

 そう言いたいんだけど。


「空、綺麗だね?」


 いや、言っちゃうんだけど。

 まぁ、伝わらない。

 ざーんねん。


 でもね。


「今日は天気いいなぁ~。なぁ?」


 そうだよね。私が綺麗って思ったってことは。アナタにもそう見えたんだよね。

 今の私達は、そういう状態なわけだし。

 一心同体とまではいかないけどさ。


 私と優人の仲、だもんね~。




 優人がどこにどう歩いているのか。

 私にはわからない。

 遠いのか近いのかも、わからない。


 私には、もう。色々な事がわからない。


 でも、ここまで来れば。わかる。


「へ~。この公園、桜の木がこんなに植わってたんだ。優人は知ってたの?」


 あのゲーセンの、近くの公園。


 桜の花びらが、舞い散るそこに。

 優人は一人、歩いてきた。



「あー。小山と行く、っていうのは。また今度な。取りあえず、今日は凪音と二人っきりで花見だ」


 ほほぅ。

 楓ちゃんを誘うのも、ちゃんと忘れてなかったか。

 感心感心。


「私が消えたって聞いて、楓ちゃん泣いてたからなぁ~。ほんっとに楓ちゃんは素敵だねっ。ちゃんと狙っていけよ~?」


 あんな優人と相性のいい相手、なかなかいないぞっ。

 私以外では。



 公園に植わっている小さな桜並木の横を、優人は歩く。


「昔なら、花より団子どころか。団子すら興味なかったけどさ。綺麗だな。桜」

「そうだね~。綺麗! 青空とのコントラストが、とっても綺麗」


 優人の死んでるような感性も、少しはましになったじゃない。


「わたしのお陰だね」

「ま、凪音のお陰だよな」


 ……え?

 いやいや、聞こえてはいないよね。


 桜並木から、少し離れたベンチに優人は腰をおろした。

 そこから、桜をぼ~っと見てる。


 私も、その隣にそっと座わった。


 風がふくたびに、桜の花びらが舞い散る。


 儚いものは綺麗とは、よく言ったものだ。 


「俺さぁ。なんとなくだけど、凪音がまだ隣にいるって。わかるんだよ」

「え? ほんとに?」


 凄くない? 愛の力?


 どんだけ私のこと好きなの優人。


「ま、憑りつかれてるからなぁ」

「あー、そういう。確かにねぇ」


 伊達に、がっつり憑りついてやったわけじゃないってことか。


 いや、でもそれも含めて愛の力だよね?

 そういうことで、いいよねぇ。


「夏の北海道も、行きたかったなぁ」

「あ~! 確かにっ。行って、なんだかっていうジュース飲みたかったなぁ」


 どうせ、優人のすすめてくるジュースだ。

 わけのわからない味なんだろうけど。


「お前、もう消えそうだろ」

「……ありゃ、バレてら」


 流石。私のこと好きすぎるだけはある。


「だから、夏は無理だもんなぁ」

「ごめんってば。その辺はほら、楓ちゃんでも誘って行きなよ」

「あ、小山誘えばいいとかそういう問題じゃないぞ?」

「……あんた本当は聞こえてんじゃないでしょうねぇ?」


 そんなに私ってわかりやすい?


 むぅ。わかりやすいかも。


「まるまる一年は一緒に居れなかったけど。何だかんだ季節は、一年のどの季節も一緒にいたなぁ」

「そうだね。どの季節も、優人と一緒は楽しいね!」


 最初に出会った夏も。

 お互い素直になった秋も。

 恋人みたいに過ごした冬も。


 そして、今も。


「凪音と一緒に居るのは。楽しくて、幸せだった」

「うん。私も!」


 すごく、幸せ。


「ほんの少しの時間だけど。俺の人生は、意味があった。凪音のお陰でそう思える」

「アホか! そんな難しく考えてんじゃねー!」


 もっとシンプルに考えなさいよっ。


 私みたいに!



「だからさ。 俺は、凪音のことが好きだよ。大好きだ」


 あ……。


「俺は、凪音のことを愛してる。これからも、ずっと。死ぬまで。いや、死んでも」



 ――あ~ぁ。


 ちょっとだけおしい。


 もうちょっと粘れたのに。


 もうほんの少しだけ、アナタの隣に憑いていられたけれど……。


 でも。


 待ちに待った。


 逃げに逃げた。


 優人の「大好き」が聞けた。


 この人の初めての大好きは、私のものだ。

 ほんのちょっとの誤差くらいは、許してあげる。


 回答のないテストって優人は言っていたけど、うん。

 もし回答が出来たのなら、花マルをあげちゃおう。


 だって私は今。最高にハッピーでロマンチックな気分なのだからっ!


「うん! 満足っ。私も、優人のこと好き! 愛してる!!」


 それじゃぁ。


 バイバイッ!


 優人!





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