第3話 幽霊

「佐藤さん、なんか良いこととかありました?」


 小山に急に話しかけられて、その質問に妙にどきっとした。

 別に、やましいことをしたわけではないのだが。


 また休憩中に小山に絡まれている最中なのだ。

 彼女は人見知りしないタイプの人間だが、どうも年齢もそう離れていない俺は特別絡みやすいようである。


「いや、別にこれといっては。そういう顔してたかな俺」


 ギャルJKに二回も話しかけられたんだよー。

 などと言う気は勿論ない。

 それに、もう一回があるとも思えないし。


 しかし、そこまで喜んでいるつもりはなかったのだが。

 やはり小山は人のことをよく見ているのだな。


「いやー、別に顔は変わらないっすけど。なんか、雰囲気がいつもより柔らかい気がしないでもなくもないかなーって」

「なんだそりゃ。そんな曖昧なことでよく声かけてきたなぁ」

「えー、別にいいじゃないっすかぁ。会話のネタなんてそんなもんすよぉ」


 別に文句があるわけではない。

 ただ、俺ならやらないし、できない行為だなぁと思っただけである。

 小山は、俺にとっては苦手なタイプだが、同時に尊敬すべき部分も多々あるようだ。


「ま、確かにそうかもな。しかし、小山は毎日元気だなぁ……」

「なんすかそれー。私だって日々色々悩んだりしてるんですからねっ」


 そりゃそうか。

 俺だけが悩んでいる等とは無論思わないが。

 目の前の後輩が日々何かに頭を悩ませているというのは、考えたことがなかった。

 我ながら想像力に欠けるなと思うが、そもそも他人に無関心なのは自分の悪癖の様なものだ。

 今更簡単に改善したりはしない。

 しない、けれど。


「そっか。じゃぁ、本当に困ったら一応聞くから。そん時は話にきなよ。飲み物奢るくらいはするからさ」


 そう言うと、小山はキョトンとした顔になった。


「佐藤さんもそんなこと言うんすねぇ。っていうか奢るの飲み物だけとかせこっ」


 我ながら、珍しいことを言った気がする。

 っていうかせこいとは失礼な。


「わかったよ、そん時は飯でもなんでも奢ってやるよ」

「そう、それでこそ先輩っすよ!」


 まったく。ちゃっかりした後輩だ。

 まぁ、こういう会話もたまには悪くないのかなぁと。

 少しだけ思った。

 明日には忘れているかも知れないけれど。







 それから、仕事を何日か耐えて休日を迎えると、なんだかんだ俺はゲームセンターに足しげく通っていた。

 なにしろ他にするべきことがあるわけではないのだ。

 いや、本当は何かあるのかもしれないが。別に面倒なことはしたくもないし、考えたくもないというだけな気もするけれど。


 例のギャルの子は、当然だが毎回いたりはしない。

 一度見かけたことがあったが、友達といたし、俺から話しかけるような関係ではあるまいと思ってスルーした。

 向こうも俺に気づきはしたようだったが、軽く目線を送ってきただけで特に話しかけてはこなかったし。


 特にそれについて落胆はしない。

 当たり前だと思うし、偶発的に親切にしてもらったり、多少助言などして自分も親切にできたのが嬉しかっただけなのだから。

 まぁ、あの程度の助言を親切と言っていいのかは微妙だが。




 それでも俺は結局、今日も同じ様な時間帯にゲームセンターに向かっていた。

 最近は、休日ごとに行くので、プライズの景品が溜まっていく一方だ。

 ネットのオークションサイトとかで売ればいいのだろうか。

 なんか、そういう事をすることすら面倒に感じてしまうが。

 誰か貰ってくれる人がいるほうが、よっぽど面倒がない。


 そんなことを考えつつ、ゲームセンターに向かう道を自転車で走る。

 最近は、梅雨のせいで傘をさして歩いていくことも多かったのだが、それはそれでいい運動かなと思っていた。

 最近は普段から運動不足なのだから。


 しかし、気が付けばあっという間に梅雨前線はどこぞに行ってしまい、雨が降ることも少なくなった。

 普段、漫然と生きているせいか季節の移り変わりに疎くなったものだ。

 こうやって休日に定期的に外に出かけているから、かろうじて気が付いた。


 初夏の、匂いがする。


 そうか、もうすぐ夏がやってくるのか。




 ゲームセンターに入店した俺は、いつもの様に射的の筐体を一番にチェックに向かった。


 そして、ふと、足が止まる。


 あの子が、いた。


 たった一人、ただ立ち尽くすその姿が、目に飛び込んできて。


 いつもとても騒がしい、ゲームの音たちが、耳から遠ざかっていくのを感じる。


 なんだ、これは。

 なんの違和感だ。


 ひどく動悸が強くなっていくのを感じる。

 立ちくらみの一歩手前のような感覚を覚える。


 思わず、頭に片手をあてた。

 その時だった。


 一人の学生が、彼女のほうに歩いてきて。

 そのまま、

 まるで、なにも気が付かないまま、通り過ぎていく学生。


 それを見た瞬間、俺の頭に直観的に一つの単語が浮かんだ。


「ゆう、れい……」

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