第26話 今だけ

「いやー、マジで北海道連れってくれるとはな~。しかも泊まりがけとか、ゆう君そのうち本当にあたしに貢いじゃうんじゃねぇの?」

「いや、お前の親父さんにお金預かってるけどな」

「……ま?」

「うん」


 泊まりがけの旅行に無許可で連れ出すわけにはいかないし、ということで連絡したらお金を渡されたのだ――汐穂ちゃん経由で。

 汐穂ちゃんに渡したのは例の再婚相手(予定)さんだろう。


 ただちょっと金額が多すぎる。適当に使ったら後で返さないとな。


「そっか~。うー、そのうちバイトとかして返さないとかなぁやっぱ」

「そういうとこ真面目なあたりはなんだかんだお前らしいけど、それより勉強してほしいって感じだったぞ。学校は別にいいとしても」

「え、え~っと。ほら、あれだ、ゆう君にも色々返さないとだし?」

「いらんよ。俺としては佐倉が体に気をつけてくれりゃそれでいい」


 大人になると分るが、人生において健康は洒落にならないくらいに大切なのだ。


「あたしの周りが皆あたしに甘い~。……ま、いっか。甘えとこ」


 そのシンプルな思考回路は正直ちょっと羨ましい。


「つーかお前、ちょっと見ない間に焼けたな」

「そぉ?」


 佐倉と汐穂ちゃんの夏休み中に北海道旅行に行くために、俺と楓も都合上仕事を頑張っていたわけなのだが。

 その間は佐倉に会う余裕もあんまりなかったので、一週間ほど姿を見ていなかったのだ。


 そんで今日会ったら、肌が小麦色になっていた。


「あー、汐穂っちとプール行ったりしてたし? だからだろーなぁ」

「そうなのか? でも、汐穂ちゃんは別に日に焼けてはなかった気がするが」


 その汐穂ちゃんは、現在楓の部屋に突入中。

 俺が車で迎えに回っているのだが、楓が部屋から出てこないのである。寝坊かな。


 つまり、現在俺らは楓の住んでるアパートの駐車場で待機中なのだ。


「汐穂っちはー、超日焼け止め塗ってたし、あんま泳がないで日陰にいたしなぁ。あたしはずっと流れるプールで流されてたんだけどー」

「一人で? ずっと?」

「ずーっと、一人で」


 た、楽しいのだろうか? それ。


「したら~、ナンパとかされちってさぁ」

「……ナンパ」

「そ。ずっと一人だねぇ? 遊ばない? とか。うるせぇよってな」


 まぁ、流れるプールを何周も一人回り続ける佐倉を見たら、声の一つもかけたくなるのは分らんでもない。


 分らんでもないが。


「あー、大丈夫だったのか?」

「はぁ? なにが?」

「だから、その、ナンパのその後が」


 佐倉は、何言ってんだこいつ? といった表情で首を捻った後。


「あー! なに、あたしがそれでほいほい乗っちゃったかどうか気にしてんの? んなわけねーじゃん。汐穂っちもいんのに」

「そりゃそうか。すまん」


 もうちょっと複雑な心配をしていたのだが、説明してもしょうがないので黙っておこう。


「謝ることはねーと思うけど。あ、もしかしてちょっと嫉妬とかしちゃったわけ? やっぱあたしのことなんだかんだ狙ってんの?」


 狙って。う~ん。

「佐倉を恋におとして記憶を戻す」云々は、今は努力目標くらいの緩いノリでいいんじゃね? という結論になったわけだが。


 それとは別問題として。


「狙うっていうか……まぁ、改めて佐倉のことは一から考えたいと思ってはいるよ。以前どうだったかは置いといてな。だから、それで佐倉が嫌な思いをするようだったら遠慮なく言ってくれ。俺はその距離感を守れるように気をつけるからさ」


 俺の発言を聞いた佐倉は、ぽかーんとした顔になった。

 なんだその表情。


「いや、一からとか言われても意味分らんって。意味分らんけど、とりま遠慮とか距離感とかは別に考えることなくね? ほれ」

「ちょ、暑いって」


 暑いし、お互い薄着なんだから、密着されるとこう……。


「距離感このくらいはおっけ! ってことでいーじゃんよ。これ以上はどうせゆう君の方が無理だろー?」

「無理かは分らんだろ。っていうか物理的な距離の話しじゃなくてだなぁ」


 今だって一応色々意識してないこともないのだ。

 微妙な立場ゆえ表に出さないだけで。


「いや、分るし。ゆう君、草食系男子ってやつだろ絶対。安全アルパカ系」

「あ、あるぱか?」

「アルパカはー、草食で、おとなしくて、臆病で、ハーレム体質なんよ。たまに唾はいてきたりすっけどな」

「へぇ――って、ハーレムだ?」

「そうそう。確かアルパカは一頭の雄に何頭も雌がつくんだわ。ほら、ゆう君も女の子にかこまれて旅行とかするじゃん?」


 するじゃん、じゃねぇよ。成り行き上だよ。人聞き悪いよ。


「だったら安全じゃないだろう」

「ん? あ~、ハーレム状態でも何もしないんじゃアルパカ以下か。絶食系男子だぜゆう君」

「ほっとけッ。しかし、動物詳しいな佐倉」

「え? そういやなんかするっと出てきたなー? なんでだろ」


 あぁ、凪音は動物系のTV番組とか見るの好きだったしなぁ。

 やはり記憶が戻ってきているということなのだろうか――。

 

 確かに最近の佐倉を見ていると、凪音の雰囲気にちょっとづつ近づいてきているような気もしないでもないが……。


「すみませーん!」


 あ、やっと出て来たか。楓の奴。


「イチャついてるところ邪魔しちゃったっすかね! もうちょっと待ちます?」

「あほか! 飛行機に遅れるだろうがっ」


 汐穂ちゃんは、楓の隣でそっとため息をついていた。






 飛行機の機内。

 飛び立ってすぐに佐倉や楓は寝てしまった。

 どんだけ眠いんだお前ら。


 汐穂ちゃんは窓の外の景色をじ~っと静かに見続けているようだ。

 なんか、子供っぽい面を垣間見ることができてちょっと安心したような気もするな。


「汐穂は飛行機乗るの初めてだもんねぇ」

(そうなんだな)


 実は、凪音も朝からずっといたのだ。

 それでもお互い黙っていたのは、凪音が。


『佐倉と一緒に居る間は、私のことはいないものと思ってなさい。一から考えるならそっちのが佐倉に集中できるっしょ。あ、でも佐倉がいない時は私とも話してね? せっかく一緒に北海道へ行けるんだし!』


 と、事前に言っていたからだ。

 俺の視界になるべく入らないように努力もしていたようだった。


 現在は佐倉が寝ているから、いない判定らしい。


「しっかし、こんなに焼けちゃって。こいつ、ちゃんとお肌の対策とかしてるんでしょうねぇ?」


 凪音が佐倉のほっぺを突きながらぼやく。

 無論、触れてないけど。


(汐穂ちゃんが一緒だったんだし、最低限はしてるだろ)

「それもそっか」


 汐穂ちゃんの信頼度がやばい。

 姉の信頼度が低いだけかもしれないが。


「それにしても、さっきの佐倉との会話でさ。一からお前のこと考えたいんだ、とかきめ顔で言ってたけど」

(いや別にきめてねぇし)

「じゃぁどや顔で言ってたけど。別に本人に言うことなくない? ああいうのは黙ってやったらいいじゃないのよ」


 どやってもいねぇし。


 黙って、か。

 そりゃそうなのかもしれないけど。


(なんつーか、すぐには整理がつかないというかなぁ。でも、自分自身の覚悟を深める意味でも本人には言っておこうかと)

「あいつのことを考えるのに覚悟とかいらないっしょ。てきとーでいいのよ、てきとーで」

(一応お前本人のことなんだが……)


 いやまぁ「佐倉は佐倉」として考えるって話しになったんだけれども。


「私だからこそでしょ。佐倉のこと一から考えてとは言ったけど、そんな深刻に捉えるようなノリじゃなくてさぁ。なんつーかこう、現状を楽しみなさいよ。どーせ佐倉が私とまたくっついて記憶戻ったら、今みたいな反応はなくなるんだから」

(楽しめって、そんなノリでいいのかねぇ)

「いいんじゃないの? 私がいいって言ってんだし。佐倉だって楽しくないならわざわざ一緒にはいないでしょ」


 そう、なのかな。

 だったらいいけれど。


 しかし。


(今だけ、か)

「そうよ? こうやって、幽霊の私とまた飛行機乗って旅行できんのも今だけ~」

(それは、素で嬉しい)

「へへ~、でしょ? 私も!」


 くっ……可愛い。


 なんとなく気恥ずかしくなって、凪音の笑顔から視線を逸らす。

 すると、横で暢気に寝こけている佐倉が目に入った。


 ――今だけ。


 改めて考えれば、凪音の言うとおり。

 佐倉のことを「佐倉」として見ていられるのも、わずかな間だけのことなのだろう。


 佐倉を佐倉として、か。


(……ま、そりゃ可愛いよなぁ)

「お?」


 あ。

 思わず考えが漏れた。


「おぉぉ? 可愛いって佐倉が? 私が? どっちも? どっちもなん? ねぇねぇ? ちょっと意識するだけで可愛いとかちょろっ。あんた私のことほんと好きよね?」


 あーもう、うるせっ。

 ちくしょう、こういう時は口で喋る以上に気をつけないと漏れやすいこの伝達方法は厄介だな!


 結局、佐倉の目が覚めるまでずっと凪音に揶揄われ続けるはめになった。

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