第7話 ペット自慢は鉄板

「じゃぁ、会社行ってくるけど」


 出掛け支度を終えた俺が、扉の前で振り返りそう言うと。


「はいは~い。いてっらー」


 佐倉はこちらに振り向かず、テレビを観ながら手だけをこちらに向けて振ってきた。

 一応、佐倉が退屈しないように、テレビもパソコンも付けっぱなしだ。

 パソコンの方では、テレビとは違う番組を動画で流しっぱなしにしてある。

 佐倉の趣味にあう動画が流れ続けるとは限らないが、その場合は少し我慢してもらうほかない。

 何しろ、彼女はチャンネルを変えることすらできないのだから。


 何かあったら、連絡しろよ。と、言いかけて。口をつぐむ。


「いってきます」


 それだけを告げて、外へと出た。

 彼女に、俺に連絡する手段なんてありはしない。


 外の眩しい日差しに目を細めながら、一度だけ溜息を吐き出す。


 あぁ、この世界のままならないことよ。








 会社についた俺は、いつもの様に機械的に、淡々と職務をこなしていた。

 しかし、どうも落ち着かない。

 家にいる佐倉のことが、頭をちらつくのだ。


 別に、彼女は何もトラブルは起こさないだろうとは思う。

 何も触れないし、恐らく誰にも見えない。

 けれど、幽霊という存在自体が余りにも未知のモノなので、目を離すのがなんとなく不安だった。




「佐藤さん、なんか今日はそわそわしてません?」


 休憩中、今日も小山に声をかけられる。

 そして、落ち着かないでいたのもばれている。


「あー、ちょっと気になることがあっただけだから。気にしないでくれ」


 俺が何でもないことのようにあっさりと言っても。


「え~、気になることってなんっすか? 私が気になるんすけど」


 やっぱり、食いつくのか。

 なんとなく、そんな気はしていたけどさ。

 俺に聞きながら、隣に小山は座ってくる。

 んー、どうしよう。あんまり邪険にするのもなぁ。

 今後の職場の人間関係の事も考えると、無難な対応をしておきたいのだが。


「いや、その、なんだ。ペット飼い始めてな。家でどうにかなっていないか心配なんだよ。うん」


 とはいえ、この返しはちょっと問題あったかなぁ。

 ペット扱いは流石に佐倉にも酷いし、それに……。


「えぇ~! 何飼い始めたんすかっ? 犬ですか? 猫ですか? あ、ハムスターとか?」


 余計食いつかれるに決まってるし。


「あー。秘密だ」


 強いて言えば、猫っぽいかもしれんが。


「なんでっすかぁー!」


 思わずといった様子で立ち上がって聞いてくる小山に、片手を振りながら話す。


「小山さん、写真見せろとか言ってきそうだから」

「言いますよそりゃー。ペット自慢は鉄板じゃないっすか。それとも、可愛すぎて他人に見せたくないとかです?」

「あぁ、うんそれで」

「うっわ、今絶対適当だったじゃないっすかっ」


 そんな調子で、小山とのやりとりを今日も適当に終えた俺は。

 可愛すぎて他人に見せたくない佐倉さんのことを考えつつ、その後の今日の仕事を終えていったのだった。








 結局、今日一日ずっと何処となく落ち着かないままに職場で過ごした俺は、自宅の扉の前まで帰ってきた。


 なんとなく、一度深呼吸をしてから、扉を開く。

 靴を脱いで、部屋の中に上がって歩いて行き。


 テレビのあるリビングの扉を開くと、そこには朝見たままのテレビに向かって座る佐倉の姿がある。


 ――いや違う、朝の佐倉じゃない。


 なんだろう、明確には言えないが。

 横から少し見える目が、また光を失っている様に感じる。


「佐倉、ただいま」


 理由不明の軽い焦燥感を感じつつ、佐倉に声をかけた。


「……え? あ、おかえり」


 俺に気が付いて振り向いた佐倉は、きちんと朝見たままの佐倉だ。

 ほっと息を吐く。


「あぁ、ただいま」

「ん。お疲れ~」


 なんだろう……。

 佐倉をこの目で見て、安心したこともあるし。

 単純に、「ただいま」だとか「おかえり」だとか。そんなやり取りをしたのが久しぶりだったこともあるのだろうか。


 心がほんの少し、軽くなった様な気がした。


 とは言え、ただいまやおかえりを言い合うよりも。いっそのこと。


「なぁ、佐倉。佐倉は俺に憑いてこれるんだよな?」

「え? まぁね。それがなに?」

「じゃぁ、仕事の時も俺に憑いてこないか? 他の人には見えないわけだし」

「はぁ? なんで?」


 なんで? とはっきり聞かれると答えに窮するのだが。


「えっと、佐倉が家に一人だと、なんか良くない気がするんだよ。それに俺が気になって仕事が手につかないつーか」


 本当は、仕事が手につかないほどじゃない。けれど、落ち着かないのは本当だ。

 俺の言葉を聞いた佐倉は、ちょっと驚いた様子でこちらを見る。


「え、っと。そこまで、私のこと心配してくれてんの?」

「あー。その、まぁな。何しろ可愛すぎて他人に見せたくないくらいだしなぁ」

「は、はぁ!? 何それっ?」


 顔を赤くして混乱している佐倉に、俺は職場での小山とのやりとりを話した。

 すると。


「なんっで私がペット扱いなわけっ! 舐めんなこらぁっ」


 凄い怒られた。いや、当然だけどさ。

 胸倉を掴む勢いで怒っているが、当然掴めてはいない。


「いや、誤魔化す為に言っただけだって。本気でそう思ってるわけじゃないよ」


 流石にペットみたいには思っていない。

 じゃぁどう思っているんだと聞かれても困るけど。


「じゃぁ、どう思ってるわけ?」


 困るんだけどなぁ~。


「同居人、かなぁ」

「ふ~ん。同居人ね。まぁ、それでいいか」


 佐倉も、取りあえずそれで納得した様だった。

 他に言い様もないしなぁ。 


「でさぁ。憑いていくにしても、会話とかどうするの?」

「それなんだよなぁ。佐倉が話すのは他の人に聞こえないからいいとして、俺から佐倉に話す時がなぁ」


 流石に、職場で謎の一人会話を披露するわけにはいかん。

 円滑な人間関係もクソもなくなるどころか、すぐさま病院行きを勧められることうけあいだ。


「じゃぁさ、ゲーセンから出た時みたいに私が本気で憑りついてみよっか。そのつもりで憑りつけば、なんか変わるかもしんないし」


 あー、あの手を繋いだ時か。

 確かに、実際にそれで場所が移動できたりしたのだから、可能性はあるか。


「よし、じゃぁやってみよう」


 また、手を差し出す。

 佐倉が、そこにそっと手を重ねる。


「優人。それで口に出さずになんか私に喋ってみて」


 口に出さずに喋るって、難しいな。


(えっと、聞こえるかー? こんな感じか?)


「聞こえる! そんな感じそんな感じっ」


 ゲーセンから出た時の様に、佐倉が嬉しそうにはしゃぐ。


(これで、喋れるな。 あれ? もしもーし)


 これってもしかして。


「体が接触してないと、会話が伝わらないのか?」

「え?」


 先ほどは、佐倉がはしゃぐ拍子に手をはなしちまったからな。

 その後、何回か試すとやはり、体の何処かが接触していないと考えている事が伝わらない様だった。


「ま、でもこれでなんとかなるな」

「でもさー、会社なんて行ってもしょうがなくない? 優人だって、仕事してるだけっしょ?」

「そうだけどさ。毎日じゃなくてもいいから、一緒にいる時間が多い方がいいかなぁと思ってな」


 帰って来てすぐの佐倉を見て思った。

 なんとなく、彼女を長い間一人で放置するべきではない気がする。


「ふ~ん。優人がそんなに私と一緒に居たいんじゃ仕方ないねっ。暇な時は一緒にいてあげる。これで寂しくないじゃん優人」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら俺にそう言う佐倉。


「あー。うん。そーゆーことでいいや」


 俺がいかにも適当な返事をすると、今度は不満気な顔にさっと変わった。

 佐倉は、表情がころころとよく変わる。


「なによその雑な返事。もっと感謝しなさいよ~」


 まぁ、実は感謝は割としている。

 だって、仕事とか、人間関係とか。

 それらに気を揉まずに会話をするのは、久々なのだ。


 それが、ほんの少し。楽しい。


「あぁ、感謝してるって。ありがとなー」

「だから雑なんだってー!」


 こうして、佐倉は俺により憑りつくことになったのだった。

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