第6話 幽霊少女の追憶1

 ふと気が付けば、そこはゲーセンの中だった。

 煩い音が滝の様に流れ続けて、私の思考が纏まるのを妨害する。


 なのに、耳が痛いという感覚がない。

 なんだろう、この違和感は。


 そもそも何故私はここにいるのだろう?

 何時から……?

 どうして……?


 当たり前のことが、当たり前の様には解からない。

 ひどく頭? 心? がふわふわしている。


「わたし……は、だれ?」


 思わず声が出たけれど、その声が空気を震わせたという実感が湧かない。

 ゲーセンに溢れる音にかき消されたから?

 それとも、私はここにいるのに、私が「ここ」と交わっていないから?


 こちらに歩いてくる学生服の女の子を見つけた。

 知らない子だ。

 でも、何故だか縋る様に手が伸びた。


「あの……わたし……」


 手を伸ばして、声を出して、その子に話しかけて。

 そうしたら、その子は、まるで私に気が付かないままにこっちに向かって歩いてきて。


 そのまま、私をすり抜けた。


「――え?」


 何? 今の。

 何で私を人間がすり抜けるの。

 何で私はこんな所にいるの?


 何で? 


 何故? 


 どうして?


 冷や汗の様なものが噴き出る感覚に襲われる。

 襲われるのに、汗が実際に肌を濡らす感覚がない。


 感覚? あれ? 感覚ってなんだ?

 感覚ってどういうのだっけ?



 私は、ゲーセンに沢山置いてある景品ゲーム。その中のアームで景品をつかみ取るゲームに近づいた。

 そして、それに、触れた。

 触れて、更に力を込めて。


 そうしたら、その手はあっさりと透明な囲いを突き抜けて、私は景品が入っている筐体の中に入ってしまった。


「――――!!!」


 声にならない、悲鳴が出た。







 それから、しばらく私は半狂乱になって、周りの人に誰彼構わず話しかけた。

 でも、だーれも私に気が付かない。

 思わず引っ叩いてやろうと、手を振りぬいても、それはなんの感触も残さず。

 当然、相手もそよ風一つ感じていないようだった。


 そこで、やっと私は気が付いた。


「私、幽霊になっちゃったんだ……」


 そんな事をしているうちに、段々と私の頭ははっきりとしてきたみたい。

 そうだ。私は佐倉凪音だ。

 なんで忘れてたんだろ。

 って、明白か。幽霊だもんね。

 きっと、そういうことなんだろうね。


「うっわ、マジかよぉ……」


 思わず、その場にへたり込む。

 なんでよー、なんでなのよ~。

 私まだ若いのに。まだ高校生なのに。


「いや、歳とか関係ない、か。てか、なんでゲーセン?」


 そうだ、なんでゲーセンにいるんだろう?

 ここで私の身に何かあったのなら、もっと解かりやすく事件になっているはず。

 でも、いつも通りの店内だし。


「別に、ここに思い入れとかないんだけどなー?」


 このゲーセンは、確かに学校の帰りによく寄る場所ではある。

 けど、滅茶苦茶思い入れがあるわけじゃない。

 何か特別な思い出とか、変わったことも……。

 そういや、射的ずっとしてる変わったおっさんとかはいたけど。


「はぁー、まぁいいや。取りあえず出よ」


 私は、何はともあれここを出ようと、出口に向かって歩き出す。

 しかし、出口に近づいていくと、何故か気が遠のくのを感じた。

 そして、全身から鳥肌が立った。


「な、に……これ? 怖い?」


 そうだ、私は今、怖がっている。

 ここを、出るのが怖い?


 違う、違うな。

 ここを出て、何処に行こうとしていた?


 当然、足が無意識に向かう場所なんて決まってる。

 家だ。

 もしくは、今は制服を着ているし学校か。


 家、学校。

 そこに、今から行く?

 今の、私が?


「いやっ!!」


 気が付けば叫んでいた。

 怖い、やだ。

 凄く怖い。

 絶対に、嫌だ……。



 そして、ふと周りを見渡したらまたゲーセンの奥の方だった。


「は、はは。あはははっ」


 乾いた、笑いが出た。

 なんてこと。


「私、こっから出ることもできないのかー。あ~あぁ」


 こう言うの、なんて言うんだっけ?


「うん。あれだ。詰んだこれ」


 涙声だった。

 ふざけた話だ。幽霊の癖に、涙は出るなんて。







「もっしも~っし。聞こえますか~? 私現役JKだったんですけどー。ここで脱いじゃいますよー? 必見っすよー?」


 あれから、何度も、何度も。

 何度も何度も何度も何度も。


 誰にでも、声をかけて。

 殴りかかってみたり、タックルしてみたり、踊ってみたり。


 でも誰も私のことを気づかない。


 段々、何かをする気力すら私の中から失われていった。



 ただ、ぼーっと立つだけになった私は。

 いつまでこうしてればいいんだろ?

 って。

 それだけで頭がいっぱいになってきた。


 そうしたら、なんだか、とっぷりと胸の奥のほうが穴が開いたみたいな感覚がして。

 その小さな穴が広がっていく様な、深くなっていく様な感触がして。

 そこから、じわりじわりと、黒い? 暗い? ――ナニカが、ナニカガ。




 あれ……? おっさん?


 私の視界に、知っている顔が映った。


 二回だけ、話したことがある。

 見かけたことはもっとある。

 いつも一人で射的をやってるおっさんだ。

 おっさんと言う程の年齢でもないのかもしれないけれど。

 なんか、最初におっさんって呼んじゃったからおっさんだ。


 おっさんが、こっちを見て固まっている気がする。

 みてる?

 私を?


 そんな、馬鹿な。


 おっさんが、一歩足を踏み出す。

 それを見て、思わず身がすくんだ。

 え? なんですくむ?


 あ、そっか。

 この人にまで、私を空気の様に素通りされたら。

 きっと、私は……。


 でも、おっさんは、私の前で立ち止まる。

 私の目と視線をしっかりと合わせる。

 そして。


「よぉ。久しぶり」


 声を、かけられた。




 あ……。

 やばい、泣く。


「……私が、見えるの?」


 話しかけようと意識する前に言葉が勝手に口を出た。

 彼は、その言葉に強く頷く。


「見える。声も聞こえる」


 その人の、強い言葉を聞いたら、いつの間にか。

 胸の穴が塞がっている様な気がした。


「君が、幽霊みたいになっているのも、わかる」


 おっさんが、慣れないことがまるわかりな、人を気遣う様な声を出す。

 それを聞いたら、私の目から涙が溢れた。


 なんだか、今は、幽霊でも涙を流せることに感謝したい気分になった。



 ってだめじゃん! 化粧落ちちゃうじゃん! おっさんに見られたらどうすんだっ。




 どうやら、化粧は落ちてないらしい。一安心。

 おっさんに、事情を説明した。

 説明って言っても、私もよく解かってないんだけど。


 おっさんと会話をしていると、おっさんが周りをきょろきょろ見渡して慌てだした。


 あぁそっか、そうだよね。

 今のおっさんは、一人で会話してる変な人に見えるんだ。

 私が、他の誰にも見えないから……。


 まぁ見るよな、そんな人いたら。

 そして撮る奴もいるだろうし、挙句にネットに上げる奴だっているかも。

 ご愁傷さまー。っていうのは他人事過ぎるかな。

 私のせいだし。


 でもおっさんは。


「それは、まじで勘弁だな」


 って、軽く言うだけだった。







 それから、おっさんが動画で拡散されないように、ゲーセンから移動することになった。

 なったんだけど……。

 やっぱ、出れそうにない。


 でも、ふと思った。

 おっさんと一緒ならどうだろ? こう、憑りつく感じで。

 なんか、いけそうな気がする。


「あのさ、ちょっと手を繋いでもらってもいい? そしたら出れるかもしれない」

「手をって、俺と?」

「おっさん以外に誰がいるん?」


 何を言ってるんだこのおっさんは。

 今の私と手を繋げるのなんておっさんしかいないだろうに。


「じゃぁ、はい」


 おっさんが、手を差し出してくる。

 すり抜けませんようにっ。そう思いながら手を伸ばす。

 って、なんでおっさんもちょっと怖がってるわけ?

 さっきから思ってたけど、この人って私に触るのちょっと怖がってない? 幽霊だから? だとしたらまぁしょうがないけど。


「えいっ」


 しょうがないけど、そんなことは知らん。って感じで手を繋いだ。

 なんだ、繋げるじゃん。


「できたっ」


 そして私は、外に出ることに成功した。


 思わず飛び跳ねて喜んじゃった。


 外の空気が美味しい! 幽霊なんだけどね!

 でもまぁ、気分的な問題だからいいんじゃね!


 するとどうも、おっさんが憑りつかれたことを気にしているらしい。

 やっぱ、幽霊に取りつかれると肩が重くなったり、気分が暗くなったりしちゃうのかなぁ?


「別に、嫌な気分とかではない、かな。まぁ今のところ」


 そうでもないみたい。


「そっかそっか、じゃーいいよね」


 いいよねぇ? だって、幽霊と言っても女子高生だしっ。なんらかの需要があるんじゃね?

 ないかな。まぁまともに触れないしなぁ。


「えーっとじゃぁ取りあえず、俺の部屋に行くか。そこなら人の目を気にせずに話ができるだろ」


 俺の部屋行くか? だって! 私、男の人の部屋なんて行くの初めてなんですけどっ。


「うっわ。女子高生を部屋に連れ込むとか。おっさんいい度胸してる~ぅ」

「お前なぁ……」


 おっさんが、困ったような呆れたような顔になる。

 いかんいかん、調子に乗り過ぎたかも。


「じょーだんだって。ま、今の私連れ込んだって、何にもできないしね」


 そうそう。

 何にもできない。私もこの人を警戒する必要もない。

 ま、正直生身だったとしても、このおっさんを警戒するかと言われたら多分しねーけどね。ヘタレそうだし。


 でも、そっかー。私、何もできない、のか。


「んじゃま、JKを部屋に連れ込むとしますか。生まれて初めてだよそんなことすんの」


 おっさんが冗談めかして私に言う。

 多分だけど、これって私に気を使ってるのかな?

 なんつーか、不器用そうなおっさんだなぁ。


 でも、ありがたい。よね。


「うん、よろ~」


 だから、私は笑顔で答えた。








 そんで、おっさんの部屋までやってきたわけなのだけど。


 そういや、男の人と自転車二人乗りしたのも初めてじゃね?

 なんか、自転車に乗ったっていうか、おっさんに憑りついて行った感覚の方が強くて気づかなかった。

 ま、おっさんと二人乗りしてもドキドキするシチュエーションとかじゃないし。別にいいんだけど。



「おじゃましま~す」

「あぁ、いらっしゃいませ」


 ふ~ん。男の人の一人暮らしの割には綺麗な様な……。てか何もない。生活感があんまりないな。

 あれ? つーか、一人暮らしだよね? 聞いてなかったけど。

 ま、幽霊連れ込むんだしきっとそうなんだろう。


 おっさんが椅子を引いてくれて、席に着く。

 むぅ、さり気なく紳士だなこのおっさん。おっさんの癖に。

 やっぱ大人の人だからなのかなー?


「で、ゲーセンにいた理由。家とか学校が怖い、だっけ?」


 おっさんの質問で思い出した。

 そだ、そんな話をしてたんだった。


 怖い。そう、怖い。

 考え出すと震えて、きそう。


 だから、一気に喋った。


「うん。怖い。すごく怖い。私が、もし今家に戻って。皆がとんでもなく暗くなってて、声をかけたくても、届かなくて、そんな風になるのが怖い。学校に行って、友達が同じ様になってても、怖い。逆に、私がいなくってもいつも通りで皆が笑っているのを見るのも、怖い」


 これが、私の恐怖。

 ゲーセンに無意識に閉じこもるくらいの。


 なんて言ったらいいのだろう。究極的には、疎外感? かな?


 私が、ここに居るのに。私の居場所は、どこにもない。


 この世界の何処にも行けない。


 それを、見せつけられる。そんな、怖さって言えばいいのかな。



「そうか。だったら、取りあえず俺の家にいるか? ゲーセンよりはましに生活できるだろうし。俺に憑りつけるなら、それで移動もできるだろうし」


 ……え?


 おっさん。なんて? 今なんて言った?


 家に居ていい? 憑りついて居てもいい?


 本当に?


「……いいの?」


 私が、居る場所をくれるの?


「あぁ、部屋三つあるから、一室使っていいよ」


 そんな軽く。

 私、幽霊なのに? 別に取り殺したりする気はないけど。

 それでも、私と居たらどうなるかわからないのに?


「私、幽霊だよ? 幽霊物件になっちゃうよ?」

「落とし物を拾ってくれるようないい子なら、幽霊でもいいさ」


 落とし、物……。

 そう。このおっさんと話したのは、それが最初だった。

 それをおっさんは覚えていたんだ。

 そんで、いい子だって思ってくれてたんだ。


 なんか、なんで私が、「あのゲーセン」で自縛ってたのか、ちょっとわかった。

 かも? 私――。


「――私ね。ゲーセンに居たのって、家も学校も行けなくて。でも知らない所にも行けなくて。 友達とよく来ていた場所だから、ここなのかなって思った。友達が、もしかしたら私を見つけてくれるんじゃないかって」


 そう、きっと、友達が向こうから来て私を見つけてくれる。

 それを、期待してた。

 でも。それだけじゃなくって。


「でもね。きっと無意識に思ってたのかもね。あそこに居れば。なんかいつも射的をしてるおっさんが、私に気が付いて、声をかけてくれるんじゃないか、って」


 だって、おっさんはいい人そうだったし。

 ぬいぐるみくれたし。

 ね。


「すまんな、本当は友達とかに見つけてもらいたかっただろうが」


 本当だよ。

 なんでおっさんが先に見つけちゃうかなぁ。

 でも、でもね。


「ほんとだよっ。でも、おっさんでもまぁ悪くないよ。ぬいぐるみくれる良いおっさんだし。ちょっと気が向いて落とし物拾っただけなのにね? 良いことはしておくもんだね」


 そう、悪くないの。

 悪い気分じゃない。

 変な縁だったけど。

 それで、おっさんが私を見つけてくれたのなら。

 それは、きっととっても悪くない。


 だから、私は笑う。

 泣きそうなあれこれは押し込めて、この新しい同居人に笑顔を見せる。


 彼も笑う。

 不器用そうな笑顔で、笑う。

 そして、私に注文を付けた。


「そうか、おっさんも捨てたもんじゃないな。けどいい加減おっさんと呼ぶのはやめてくれないか? 俺の名前は佐藤優人だよ。よくあるサトウに、優しい人と書いてユウトだ。名前負けしてるけどな」


 だって。おっさんはやっぱ嫌か。

 おっさんをおっさんと呼ぶのは、結構気に入っていたんだけどなぁ。

 微妙なお年頃なのかしら?


 ま、でもいいや。

 優人。

 うん、その名前、似合ってるもんね。多分。


「優しい優人か。私はね。夕凪の凪に音楽の音で、ナオ。えっと苗字はなんて言ったらいいか。にんべんに左のサに、倉庫の倉の部分のクラで、サクラ。佐倉凪音! よろしくね、優しい優人!」

「だから、名前負けしてるっていってるだろうがっ。連呼すんなっ」


 名前負けだってさ。

 思わず笑っちゃう。

 そんなに負けてないのにねー?


 これから、よろしくね? 優人。

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