幽霊のいる生活とほのぼのな日常
第5話 おやすみー
俺はひょんなことから、JKのギャルと同居することになってしまった。
聞く人が聞けば相当羨ましがられる状況だろう。
が、彼女はJKといっても、幽霊なのだが。
「えっと、その、取りあえずどうしようか?」
JKといっても幽霊なのだが、幽霊といってもギャルなのだ。
そして俺は、JKと円滑に暮らす方法などわからないし、ギャルとコミュニケーションを上手く取る方法なんて現役学生時代から放棄してきた案件だ。
つまり、彼女と何を話せばいいのか今まさに困っている。
「どうって言われてもな~。私って別にお腹減ったりしないし、別にこれといってしなきゃなんない事とかないしぃ。別にどうもしなくていいじゃね?」
言われてみればそうだな。
幽霊って、要するに見えない人からしたら、居ても居なくても変化のない存在だ。
だから、彼女、佐倉さんが生活、と言っていいものかは解りかねるが。それに必要なものなど基本的には無いという事になる。
まぁ、部屋くらいはあったほうが、例え幽霊だって生活しやすいとは思うのだけれど。
実際、椅子に座って足をぶらぶらさせている佐倉さんは。ゲームセンターで所在なさげに立ち尽くしていた時よりは、気楽そうに見える。
そういえば靴はどうしたんだろう、外では履いていたのにいつの間にか消えてなくなっていた。
「それもそうか。じゃぁ、佐倉さんがもし必要な物とか欲しい物ができたら言ってくれ。なるべく対処するからさ」
俺の言葉に、佐倉さんは片方だけ眉を吊り上げた。
「わかった、んじゃ取りあえず一つ」
「ん? 何か必要なものあった?」
「私のことさん付けで呼ぶのやめてくんない」
佐倉さんと、そう呼んだのが気にくわなかったらしい。
何故だ。
「えっと、呼び捨てにしろってことか?」
「そ。だってこれから何時までかわかんないけど一緒に暮らすんでしょ? だったらあんまり堅苦しいのヤだし。私も優人って呼ぶし」
堅苦しいのが嫌なのはわかったが。
躊躇いなく、十歳近く年上の人間を呼び捨てにするのはどうなんだろう……。
しかも名前を。
まぁいいんだけど。
「わかった。んじゃこれからは佐倉って呼ぶよ」
「え~。凪音でいいのにぃ」
「殆ど繋がりのない女子高生をいきなり下の名前で呼ぶのはどうもなぁ」
恥ずかしいつーか、気まずいつーか。
「そんな大したことじゃないじゃんか、名前くらい。優人モテないっしょ」
「え? 今それ関係あった?」
女の子名前で呼べないだけで非モテ認定されたの俺。
「いや、名前だけじゃなくて。全体的に、モテない人なんだろうなーって」
「ほっといてくれ……」
全体的にモテないって、名前呼べないだけでモテないよりよっぽどひどい評価だった。
事実なのが、余計に腹が立つ。
「え、まさか童貞?」
「それこそほっといてくれ」
佐倉の視線が突き刺さる。
え、なにこれもしかして憐れまれてたりするのか俺。
「うわぁ。彼女もできたこと一回もないとか?」
「いや、それくらいはあるさ」
昔に、それこそ高校生のころに一回だけだけど。
まぁ、お互いなんとなく付き合うことになって、なんとなく別れた。
そんな間柄だったので、付き合うといっても特になにをしたかも覚えていないが。
今思えば馬鹿なことをしたなぁと思う。
「でも、童貞なんだ。なんか、気の毒ー」
「別にそこまで気にしちゃいないが、そう一方的に憐れまれると腹が立つな。そういう佐倉はヤリまくりだったわけか」
まぁギャルだし、そうなんだろうな。
なんて思うのは、やはり完全なる偏見なのだろうか。
「なっ、ヤリまくってないし! 私これでもちゃんと好きな人に片思いしてたし! 簡単にそーゆーことしないからっ」
やっぱり偏見だったようだ。
確かに正直に言って、佐倉からはこう、男慣れしてるような雰囲気は全く感じられないなぁとは思っていた。
実は一途だったのかもしれない。
「ってことは佐倉こそ彼氏できたこと……」
「えっ? あっ。いや、告白されたことはあったし! だからノーカンだもん!」
なにがノーカンなのだろう。
これ以上聞くのも気の毒な気がするのでやめておくか。
佐倉は、自分が何を口走っていたのか気が付いたのか、少し落ち着いて照れ笑いをした。
「あ、あはは。まぁそんな感じだったなぁ。でも今思えばヤリまくってもよかったかもね。こうなっちゃうって、わかってたなら」
佐倉……。
「優人もどうせ連れ込むなら、童貞卒業できるような相手のがよかったよね。神待ちって言うんだっけ。そんな感じでさ。私じゃ触ることもできないからなぁ」
佐倉の顔は笑顔のままなのに、どんどん悲しげな表情になっていく。
テンションがあまり安定していない。
当たり前だ。
彼女が不安定なのも、すぐに悲しい顔になるのも、当たり前だ。
彼女はもう、好きな人に声をかけることも、声をかけてもらうことも、恐らくできないのだから。
俺には、そんな佐倉に言えるような言葉が思いつかない。
元気出せよ?
良いことあるさ?
まだまだ若いだろ?
よくある励ましの言葉のどれもこれも、彼女には意味がない。
だから、せめてこれだけでも伝えておこうと思った。
「いや、俺は佐倉で良かった。普通にギャルに来られても絶対怖くて断ってたし。それにほら、JKと一緒に住んでるってだけで希少価値あるし。触れなくても見ることはできるしな」
佐倉が良い子なのは知っている、というのも勿論ある。
俺のそんな言葉を聞いて、佐倉は汚いものを見るような目になった。
あれ?
「きっしょ……。私の事じろじろ見るために連れ込んだわけ? え? ここに居させて欲しいなら服脱げとか言うつもり?」
とんだ誤解を受けている。
「ちげぇわ! 一緒に住む分には佐倉は良い子だから構わないって言ったの! 服脱げなんて一言もいってないだろうがっ。っていうか、脱げるの?」
靴は消えていたようだったが。
服とかどうなってるんだろう。
「冗談だってば。若干きしょいと思ったのは本当だけど。優人は下心で幽霊連れ込むような度胸あるタイプに見えないし。 服はね、うん脱げるというか消せるとは思うよ。違う服にもできるかもしれないけど、ちょっと疲れそうかも?」
若干きしょいとは思ったのかよっ。
……まぁ冷静に考えるとさっきのは俺から見てもキモイか。
しかも、度胸ないこともばれてるし。
しかし、服装はやっぱ割と自由なんだな。
これでまたなんか言うと、更にキモイ人扱いされそうだから言わないけど。
「まぁとにかく、さっきも言ったけど、なんかあったら遠慮なく言ってくれ、佐倉。俺にできることなら、なんとかするつもりだから」
佐倉は、なんとも言えない曖昧な笑みを浮かべて、俺に答えた。
「――ん。ありがとね。どれくらいの間かわからないけど、よろしくね」
「あぁ、よろしく」
どれくらいの間かわからないと、彼女は言う。
そうだな。佐倉は、いったいどれくらいの間、こうしていられるのだろう。
佐倉の使う部屋を片付けて、取りあえず人が住めるような環境を整えた。
勿論、彼女は何も触れない。
だから、片付ける必要もないといえばないのだが、きちんとした部屋のほうが精神衛生上良いはずなのだ。
触れないということは、インテリアもいじれないということなので。後で彼女の意見を聞きながら内装もある程度いじらないとな。
「扉はやっぱすり抜けられるのか?」
「うん、ちょっと感覚気持ち悪いけど」
そういって、彼女は部屋の扉をするりと通り抜けた。
「おぉ……。なんか、見てると変な感じだな」
「やってるほうも変なんだよねぇ」
「でも、扉はないと嫌だろう?」
佐倉は女子高生なのだ。
こんな冴えないおっさんと、こんな訳のわからない状況で一緒にいることになってしまったが。プライバシー位は大切にしたいはずだ。
「そだねー。流石にずっと丸見えの部屋は嫌かも。ちゃんと入る時ノックしてよね?」
「わかってるって。佐倉も俺の部屋とかいきなりすり抜けてくるなよ? 着替えたりしてるかもしれないし」
「はいはーい。優人の着替え覗いてもしょうがないしね」
しょうがなくて悪かったな。そらしょうもないけどさ。
「じゃー飯食っちまうかな」
「いいなぁご飯」
佐倉はやはり食事を取ることはできない。
気の毒には思うし、彼女の前で飯を食うことに罪悪感も感じるが、かといって食べないわけにもいかないし。
「悪いな」
俺が申し訳なさのあまりに謝ると、佐倉は手をぶんぶんと振った。
「いやいや、謝んなくてもいいし。ぶっちゃけお腹はすかないからさー。そこまで食べたいってわけじゃないもん。まぁ食べられたらいいなぁとは思うけどね」
う~ん、何とかなればいいんだけどなぁ。食事くらい。
しかし、今すぐに何とかする方法など浮かぶはずもないので、仕方なく俺だけ食事を取ることにする。
今日は、ゲームセンターからそのまま帰ってきてしまったので、買い物をしていない。
だから、買い置きのレトルト食品だ。
「え? 食事って、レトルトのカレーのみ? いつもそんな感じ?」
佐倉が俺の食事を見て、眉をひそめた。
「あぁ、そうだな。勿論、弁当とかも買うよ」
「うわぁ……。体壊すよ優人。ちゃんとしたの食べなよ」
「うっ。それは、わかってはいるんだが」
わかっちゃいるのだ。
しかも俺って一日一食しか食べないこともザラだし。
絶対健康に良くないことは理解している。
「どうもなぁ。自分一人の為に料理を頑張って作るとか、する気にならなくてなぁ」
などと言い訳じみたことをつい言ってしまう。
「ふーむ。やっぱ、なんとか食事の味くらいわかるようにならないとダメだねこれは! 自分の為だけじゃダメなら、私の為だったらいいわけでしょ?」
そういう事、なのか?
なんか違うような気もするけど。
まぁ確かに、そっちのほうが少しはやる気になるだろうか。
「じゃー頑張って練習してみよっと。食べる真似だけするとか、優人が食べるときに憑りついてみるとか」
「憑りつくんかい。まぁ、何やってもいいけどさ。しかし……」
「しかし?」
首を傾げて、こちらを窺う佐倉。
「いや、なんでもない」
「はぁ?」
だた、人に体の心配をしてもらえるなんて、何年振りかと思った。
それだけだった。
俺が飯を食っている間、佐倉はTVを見ていた。
チャンネルを佐倉の言う通りにセットしたのだ。
俺に憑りつこうと何やら頑張って唸っていたのだが、無理だったらしい。
普段は、あまりの静寂に耐えかねてTVを付けていた時代を通り過ぎて、逆にTVの音も鬱陶しくなって無音で食べていたのだが。
今日は、TVの音と、それを見て笑う佐倉の声を聴きながら飯を食べた。
いつも、とっとと終わらせるだけの作業だった食事が、少しだけ嬉しく思えて。
食事が終わった後も、しばらくTVを見ている佐倉を眺めていた。
「それじゃぁ、明日は仕事あるし俺は寝るけど。佐倉はどうする? TV見ててもいいし、動画とか見ててもいいけど」
というか、幽霊って寝れるのだろうか?
「うーん。私も今日は寝よっかなぁ。まぁ寝るっていうか、気が遠くなって意識がなくなるだけで、寝るのとはちょっと違う気もするんだけど」
「なんか、ちょっと怖い話だな」
「そうかもねー。寝るって、今にして思うと不思議な感覚なんだなーって思うよ」
また、不思議な話だなぁ。
幽霊と面と向かって話している現在のが不思議なんだけどさ。
「なるほどねぇ。まぁ実質的に寝れるんならいいさ。それじゃおやすみ」
「うん。おやすみー」
そう言って、佐倉は彼女の部屋のドアをすり抜けていく。
すごい光景だ。
じゃぁ俺も寝ようと、自分の寝室の扉を開けたその時だった。
後ろから声がかかった。
「ねぇ」
佐倉が、顔だけドアから飛び出た状態で話している。
とてもすごい光景だ。
「あのさ。ありがとね。そんだけ」
そう言って、佐倉はすぐに顔を引っ込めてしまった。
だから、俺はドアに向かって声をかけた。
「いいよ。俺も、おやすみを言える相手がいるのは久しぶりだから」
言ってくれる相手がいて、嬉しかった。
なんだ、俺はなんだかんだ言いながら、寂しかったのか。
大人にならないと認められない感情もある。
逆に、大人になったからこそ認められない感情も。
それどころか、理解できない感情すらある。
俺は、自分が今まで寂しいと思っていたのだと。
佐倉のお陰で気がついた。
本当に、辛い思いをしているのは彼女のほうだと言うのに。
全く、我ながらどうしようもない。
でも、情けなくも、今日はいつもより良く寝られそうな気がしたのだった。
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