第8話 この人けっこー好き~

「これが、仕事……」

(そうだな、仕事だな)


 今日は、佐倉を伴っての出勤である。

 まぁ、俺以外には佐倉が見えないわけだが。


 俺がいつもの様に仕事していると、佐倉が呟く様にそう言ったので、俺も言葉を返した。

 普通に返事はできないので、脳内返答である。

 その為に、基本的に肩に手を置いてもらっているのだ。

 つまり、佐倉は俺の隣にずっと立っているのだが、全然疲れないらしい。

 流石幽霊である。

 ただ、俺の気が散るけど、それはもう諦めた。


「朝からず~っとツマラナイ顔でもくもくと仕事して、たまに煩いこと言われて。あれって上司の嫌味ってやつでしょ? そんで仕事仲間には気持ち悪い作り笑いして」


 散々な言われようである。

 まぁ、その通りではあるんだけど。


「あのさぁ。楽しいの?」

(いや、全然)

「だろうね」


 楽しいわけがない。

 別に、仕事にやりがいなんて感じていないし、欲してもいない。

 ただ、生活する為に仕事が必要だからこなしているだけだ。


 生きるために金がいるから仕事している。

 じゃぁ生きているのは何のため? なんて、近頃は気が付くと考えている。

 割と重症な気がするが、だからと言ってどうしようもない。


(あー。やっぱり、憑いてきてもつまらんよなぁ。すまん)


 なんとなく、佐倉を一人にしてしまう時間が多いのは良くないことに感じて。

 それで憑いてきてもらった訳なのだが、これは流石に退屈だよなぁ。


「ん~。いや、一人でテレビ見てるのもなんでか辛かったし、優人と一緒の方がなんとなく落ち着くからいいんだけどね。私が言ってるのは、優人のほうだし」

(俺?)

「優人さ。こんなの毎日やってて、それでいいの?」


 いいの? とは、また抽象的な問いだった。

 いいのか、わるいのか。

 その二択なら、わるい。になるのだろうけど。


 だが、それを何とかするような術を俺は持ち合わせてはいないのだ。


(よくはないんだろうけど。でも、しょうがないんだって。大人なんて大体そんなもんだよ)

「……じゃぁ聞き方変える。楽しいのじゃなくて、大丈夫なの?」


 ――大丈夫なのか? 俺が?


 なんてこった。

 年下の、幽霊に心配されてしまった。


 彼女の方が、大丈夫じゃない感情をいくらでも抱えているだろうに。


(大丈夫だよ。多分、大丈夫)

「そ、ならいいんだけどね」


 佐倉の、納得いかなそうな顔を見れば。

 俺がいかに当てにならない「大丈夫」を彼女に伝えたのかわかるというものだ。


 でも、他に言いようもないじゃないか。




 休憩に入ったので、いつもの様に休憩室に行く。

 まぁ、いつもと違うのは佐倉がいる事だけど。


「ちょっと、まともにお昼も食べない気なわけ? ただでさえ家でも碌な物食べてないってのに。体壊すからねそんなんじゃっ」

(お前は俺の母親かなんかかよ……)


 飲み物と栄養補助食品的な物しか取り出さなかった俺に、佐倉がぷんぷんと擬音が付きそうな怒り方をする。

 こいつは、何というか思っていた以上に世話焼きな性格をしているようだ。


「お、佐藤さ~ん。お疲れっす! あー、ま~たそんな変な物ばっか食べて。体壊すっすよ~?」


 小山が来て俺の隣に座る。これまた最近では、いつもの様にって感じになってしまっているな。

 左には佐倉が立っていて、右には小山。挟まれてしまった。


「お前もかよ……」

「はい? 私も?」

「いや、なんでもない」


 俺の体を心配してくれる人間が、二人もいることを喜ぶべきなのだろうな。

 一人は会社の同僚だから社交辞令だろうし、もう一人は幽霊だけど。


「誰? この人。友達?」

(職場の後輩だよ。どうしてここで友達が出てくるんだ)

「え~。だって、優人の同僚にしては随分フレンドリーじゃない?」

(小山がそういう性格なんだろ)

「ふ~ん。小山さんねー」


 何故、俺が呼び捨てで小山がさん付けなのだろう?

 まぁいいけど。

 つーか、俺の同僚にしてはってどういうことだ。


「…………」

「ん? どうした小山さん?」


 気が付くと、小山がじーっと俺の方を見ている。


「え? いや、なんと言いますか。なんか、佐藤さん変な感じがしたんですけど。気のせいっすかね。なんでもないです」

「変な感じ? なんだそりゃ」

「私もわかんないっす。気にしないでください」


 なんのこっちゃ。


 あ、まさか。佐倉か?

 佐倉の事をなんとなく感知して、変って言っているのかな。


「小山さんは、ほんの少し霊感あるんじゃない?」

(そういう事かねぇ。霊感ありそうには見えないけどなぁ)


 寧ろ、その辺には鈍そうにすら見える。


「優人に言われたくないっしょ」

(ま、そらそうだな)


 人は、見かけによらないのだ。

 霊感だって、見かけによらないのかも知れん。


「佐藤さん、あれっすよ。なんか変な事とか悩んでる事があったら私に言ってくださいね! 聞くだけ聞きますからねっ」

「聞くだけかよっ。はぁ。 ま、ありがとよ。そん時は頼むことにするよ」


 実際に小山に悩みを聞かせる機会が来るとも思えないし、そんなつもりもないが。一応そう返しておいた。


「ふ~ん……」

(ん? どうかしたか?)


 佐倉が、なんか意外そうな顔をしている。


「いや、なんでも。つか。優人さっきから小山さんへの対応が雑。女の子にはもっと丁寧に対応しなきゃっ」

(女の子って……。ただの職場の同僚だろう。それ以上でも以下でもないよ)


 男だの女だの、職場で考えてられん。


「全く、そんなことだから優人はモテないんだっつーの」

(ほっとけ)


 佐倉に呆れられていると、ぽんっと肩を小山に叩かれた。


「悩み聞くときは、奢ってくださいね!」

「お前の悩み聞く時も、俺の悩み聞いてもらう時も俺が奢るのかよ」

「だめっすかね? じゃぁ私が聞いてもらう時は奢りますよっ」

「いや、いいんだけどさ……」


 やったーと喜んでいる小山を見ながら。


「ははっ。私この人けっこー好き~」


 とか佐倉が言っている。


 まぁ、少なくとも俺とよりは、お互い相性良さそうだわなと思った。


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