第9話 ズバリ。恋でしょ!

 佐倉との同居が始まってから、二週間近くが経過した。

 その間、佐倉の部屋の模様替えをするために佐倉と買い物に行ったり。

 ある程度の時間、佐倉が一人で家にいることも考慮にいれて、あちこちの部屋に色々な番組をつけっぱなしにしておける様にテレビを買い足しに行ったりしていた。


 そんなこんなで、佐倉と過ごす日常にも段々と俺は慣れ始めていたのだが。

 俺以上に、佐倉はすごい勢いで馴染んでいっている様子だった。


 俺との同居というか、幽霊としての生活に、だ。




「ん~。いまいち」


 今は自宅のリビングで夕食の最中だ。

 佐倉が感想を述べているのは、俺の作った食事に対してである。


「そら、悪かったな。あんまり普段から料理しないからなぁ」

「でも、不味くはないよ。美味しくないだけで」

「そうかい。次はもうちょい頑張るさ」


 何故、幽霊の佐倉に味がわかるのかと言うと。

 以前に言っていた、食べている俺に憑りつく事で味覚を共有する事を成功させたからだ。

 これに関しても、俺に触っていないといけないらしく、佐倉は俺の頭に片手を置いた状態である。

 宙に、浮きながら。


 そう、最近の佐倉は、ふよふよと自在に空中に浮くことが可能な様だった。

 以前に比べて、壁などを素通りするのも違和感がなくなってきたとのこと。


 順調に、幽霊らしくなっていっているのだ。

 それが、良いことなのか悪いことなのかは、全然わからんのだが。


「ふふ~。優人もやっと多少は料理をする気になってきたね。私のお陰でしょうっ」


 佐倉が、宙に浮きながらドヤ顔をしている。

 まぁ、悔しいがその通りだった。

 自分一人じゃそうそう料理なんてしないが、他に食べる人間がいるのならまだ多少は作る気にもなる。

 佐倉の場合、食べていると言っていいのかどうかは微妙だが。

 どっちかと言うと、お供えと言うんじゃないだろうかこの場合。


「まー、そうだなぁ」

「だから、もっと美味しく作れるようになってよねー。私、楽しみにしてるからっ」

「一応頑張るけどさ。っていうか佐倉、そうやって浮いているとパンツ見えるぞ」

「まじで? でも可愛いっしょ? 幽霊になる前に可愛い下着つけててよかったぁ」

「いや、隠せよ……」


 ここ最近の佐倉の変化として、幽霊らしくなってきただけではなく、雰囲気が明るくなったというか。

 あれだな、お気楽な感じになった気がするな。

 これが、もともとの彼女の性格なのかもしれない。


「まぁ料理は善処するよ。だからレシピ本とかも買ってきただろう」

「ふふん。よろしい~」


 本当はレシピとかなんて、ネットで調べればいい気がしたのだが。

 佐倉に努力してますよ、と具体的に見せる為にも本という形で買ってきたのだ。

 後は、実際に練習をしなきゃなんだが。それが中々億劫なんだよなぁ。


「じゃー私テレビ見てくるわ」

「はいはい、チャンネルは?」

「いや、DVD見る」


 リビングのテレビにDVDをセットして再生させる。

 そして俺は、テレビを観ている佐倉をなんとなく見つつ、食器を片付けたりする。


 幽霊の彼女と、なんとなく一緒に送る日常。


 それは、なんだか不思議な感覚を俺に与えるのだった。







 ここ最近の休日や空き時間は、佐倉の日常生活を円滑にするためにあちこち出かけていた。佐倉と一緒に、だ。

 買い物とか、幽霊としての体の実験などを主にしていた。

 仕事は仕事で、毎日ではないが佐倉は俺に憑いてきている。


 つまり、最近は殆どの時間を佐倉と共に過ごしていることになるわけだが。



「なぁ、佐倉。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」


 今は、休日の午前中。

 朝飯を食い終わって、コーヒーを飲んでいるところだ。

 佐倉は、リビングでふわふわ浮きながらテレビを見ている。

 因みに、朝飯なんて今までは食べていなかったのだが、佐倉がうるさく食べろと言うので最近は食べることにしていた。


 俺の問いかけに反応して、佐倉がこちらに振り向く。


「ん~? なにー?」

「ちょっと、聞きにくいことではあるんだが……」

「聞きにくい? スリーサイズ?」

「そんなもん聞くわけないだろ」

「え~? 結構自信あるのにぃ。幽霊になってからはダイエットの必要ないし。トイレすらいかないし。マジパーフェクトボディじゃね?」


 空中で、胸を逸らしてドヤ顔をしつつ、若干制服をめくってお腹を見せる佐倉。

 確かに、結構いい体をして……。じゃなくて。


「しまいなさい、はしたない」

「ぶ~。お年寄りみたいなこと言わないでよ」


 お年寄りて。

 まぁ、佐倉よか年上だけどさ。


「で、聞きにくいことってなに?」


 佐倉が、小首を傾げて聞いてくる。


 最近、佐倉と一緒にいて思ったこと。

 聞いていいのかどうか、判断が難しいのだが。


「佐倉はさ。何か、未練とかがあるのか?」


 最近の彼女の明るい調子なら大丈夫だろうと思って、聞いてみた。


「は? 未練?」


 佐倉は、ハトが豆鉄砲食らった顔というやつか。

 そんな顔になった。


 が、そのすぐ後に、理解の火をパッと顔に灯す。


「あ。あーあ~。なるほどね。そうだよね。幽霊的にはお約束だもんね。この世に残した未練ってやつ」


 そう、一般的なイメージとして。

 死んだ人間が幽霊になる理由と言えば、なにか未練を残しているからだと相場が決まっている。


 無論、一般的なイメージであって、佐倉に当てはまるかどうかは知らない。

 だが、その可能性は十分あると思って聞いてみたのだ。


 ただ。それを聞くことによって、佐倉にとってはあまり良くない思いをさせてしまうかも知れないと考えて、今まで躊躇っていたのだが。


「ん~? 未練ねぇ。なんか別にこれと言っては思いつかないけど……」

「そうなのか?」


 やっぱり、所詮は一般的なイメージに過ぎなかったと言う事かな。

 まぁ佐倉の様子が、いつもの調子のままで良かったが。


「えー? 何、私に成仏して欲しいの? もしかして私って邪魔?」


 佐倉が、体を宙に浮かせたまま。

 何とも言えない顔をこちらに近づけてくる。


 不満そうなのか、悲しそうなのか、怒っているのか。

 俺には判別がつかない。


「邪魔なんてことはないけど。ただ、幽霊ってその。結局どんなものなのか、よくわからないだろう? だから、せめて幽霊になった理由とかが解かっていたほうが、佐倉にとってもいいかなぁと思っただけだよ」


 そう、俺の不安は要するに情報不足だ。

 幽霊なんて、俺は初めて会ったし、初めて接している。

 俺自身の事は、もうこの際どうでもいいにしても。彼女が今後どのようになるのか?

 全く情報がないのは、どうにも落ち着かなかった。


 一緒に暮らしていることに関しては、特に邪魔に思った事はない。

 何しろ、佐倉は幽霊であるがゆえに、物理的なランニングコストがあんまりかからない。

 後は、人間関係が億劫な自分にしては、一緒に居てもストレスを感じにくい相手だからだ。


 それが憑りつかれているゆえなのか。

 それとも。彼女の程々に明け透けでお気楽な性格が、俺にとって丁度良いものだったからなのか。

 それは、わからないが。


「あ~。確かにねぇ。私ってどうして幽霊になってるのかもよくわかんないしね。ふむ……そうだなぁ」


 佐倉は、空中でくるんと上下ひっくり返って、頭を床に向けた状態で胡坐を組みながら考え始めた。

 そんな状態なので、髪の毛もスカートも何もかも全部重力に従って垂れ下がって、色々丸見えだ。


 っていうか幽霊にも重力作用するのか? いや、しないよな。浮いてるもんな。


「おい、色々見えてるぞ」

「へ~い」


 佐倉がそう返事をするとともに、まるで重力の向きが変わったように髪や服の位置が戻った。

 不思議だ……。一体どういう法則になっているのだろう?


 幽霊界の物理法則を解明したら、ノーベル賞とか取れないだろうか?

 などと、馬鹿な事を考え始めた瞬間、佐倉がくりんとまた上下を反転させた。

 そして、俺と目を合わせる。


「よしっ、こうしよう。つまりよくある未練ってヤツを参考にすればいいのよ」

「と、言うと?」

「ズバリ。恋でしょ!」


 恋。

 恋ときたか。

 まぁ、確かにありそうな話だ。

 特に彼女の年代の女子であれば、恋愛関係は十分に幽霊を誕生させる未練として成立しそうではないか。


「なるほど。と言う事は、あれか? 前に言ってた好きな人。その彼に対してどうこうしようと言うわけか」


 確か佐倉は以前、好きな人がいると言っていた気がする。


「そうね。その人に好きだと伝えてみたら、どんな変化が起こるのか。まずはそれを試してみようってわけよ」

「ふむ。しかし、どうやって好きって伝えるんだ? 手紙か?」


 彼女の声や姿は、恐らくその彼にも届くまい。

 そうなると、俺が代筆して手紙を書いて、想いを伝えるとかしかない。


「えー? 手紙とか私のキャラじゃないわ。あれよ。優人が私の代わりに告白すればよくない?」


 あー、俺が代わりにね。

 って。


「いいわけあるかっ! なんで俺が告白すんだよ。全然意味が違っちゃうだろうが」

「いいじゃん。面白くて。それで私的に満足だったらオッケーじゃん。だから、今から行こう!」

「今から!?」


 確かに今日は休日で時間はあるけど。


「善は急げって言うっしょー」

「いや、そうは言ってもどこにいるかわかるのか?」


 学校は、佐倉が近寄れない。

 というか、近寄りたくないと言っていた。

 ってことは、同じ学校の生徒じゃないのだろうか?


「バイト先知ってるからね~。あ、その人は大学生なんだけどぉ。確か、この時間はいると思うんだよねぇ。まぁシフト入ってなかったら、普通にお茶してこよー?」

「はぁ……。まぁ、いいけどさ」

「うん、いこいこ~!」


 ってよくねぇよ!

 なんで俺が男に告白しなきゃならないんだよっ!

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