第13話 いいかもね海!
職場にて、俺は佐倉に急かされるままに小山に自分から話しかけることになった。
小山から話しかけて来るのは割といつもの事だが、俺から話しかけるなんてことは滅多にない。
「よう、小山さん。えーと、あれだよな。あそこのカフェのスコーン美味しかったよ。うん」
だめだ。既に話題がない。
誰か助けてください。
おい、何笑ってんだ佐倉。
休憩室で座っている小山にそんな風に話しかけると、彼女はぽかーんとした顔でこちらを見る。
「な、なんっすか佐藤さん? 大丈夫っすか? なんか変ですよ今日」
うるっせぇ。わかっとるがな。
「えーと、その。早起きすると本当にテンション高くなっちゃってこまるよなぁ?」
苦しい。我ながら苦しい理由だ。
佐倉にいたっては、後ろで机をバンバン叩いて爆笑している。
まぁ、全部すり抜けてるけど。
「はぁ……? まー、いいっすけど。でも、早起きしてそんな風なるんだったら毎日早起きしてくださいよ。面白いんで」
「あー。考えとく、わ」
チラリと佐倉に目線を送ると。
彼女はぐっと親指を立ててウィンクした。
どうやらこれからも朝起こしてくれるらしい。
「で、なんでしたっけ? スコーンでしたっけ? 美味しいっすね! まぁ私はマフィンの方が好きなんすけど。スコーンも美味しいっす」
「ほぉ、マフィンも美味いのか。今度買ってみよう」
「是非そうしてください。てか、佐藤さんて甘い物好きなんっすか? そうは見えませんけど」
「見た目と関係ないだろそれ」
例えどんなに顔がごついおっさんだろうと、甘党は甘党なのだ。
俺の場合、甘い物自体は昔から割と好きである。
ただ、歳のせいで色々なものを段々食べなくなっただけで。
そもそも、「ナニカ」を買う為に外に出ること自体がだんだん億劫になっていくからな。
ゲーセンとかは辛うじて行っていたけど、カフェとかショッピングモールはなんとなく一人で行く敷居が高く感じて寄りつかなくなっていた。
「まぁ、割と好きだよ。あんま重い物は量食えないけど」
クレープを久々に食うと案外美味かったので、やっぱり好きなのは好きなんだろう。
ま、二個とか食ったら気持ち悪くなりそうだけど。
「まー優人はクレープ食べて喜ぶ顔には見えないよねぇ。でも美味しかったでしょ?」
(まぁな)
佐倉にも答えを返しつつ、小山の返答を待つ。
「そうなんっすね。じゃぁ今度美味しい店調べときますね!」
調べてどうするつもりなんだろう? 教えてくれるのかな。
っていうか、やっぱお前詳しくないんじゃねーか。
「ほれっ、優人! そしたら一緒に行こーぜって言うの!」
(はぁ!? 言えるかそんなもんっ。ナンパみたいじゃねーか)
「ナンパしろっつってんだよ!」
無理言うな!
「そしたら佐藤さんも一緒にどうです?」
おおぅ。なんと先に小山に誘われた。
なぜだ。
まぁ、小山だしな。特に躊躇いなく誰でも誘いそうだけど。
佐倉が、顔を片手で抑えて「あちゃ~」とか言っているが。
取りあえず無視する。
「あぁ。そうだな。そん時は誘ってくれ」
本当はこれも断りたいところだが、そんなことをしたら佐倉に何を言われるかわからんからな。
「えっ?」
「ん?」
なんで誘っておいて小山は驚いた顔をしているんだ?
あれか。やっぱ断るべきだったか。
それもそうか。社交辞令で誘っただけの相手が、実際に乗ってきたら困るよなぁ。
「わ、わかりましたっ。調べておきますねっ」
とは言え、流石に一回言った台詞を引っ込めるわけにも行かないのだろう。
小山はもう一度同じ言葉を俺に向かって繰り返した。
「あぁ。すまんけど頼むわ」
俺は、申し訳なさそうな顔で言う。
実際、結構申し訳なく思ってる。
「う~ん。ま、及第点ってことでいいっしょ」
佐倉は、偉そうな顔で頷いているが。
一体誰のせいでこんなことになったと思ってやがる。
でもまぁ、佐倉が楽しそうにしてるしな。
彼女に目的意識を与えると言う意味では、俺がピエロになるのも悪くないのかもしれない。
訳も分からずに、なんの目的もなく、ずっと俺の傍に憑いているしかない。
それでは、あまりに悲惨すぎる。
それで巻き込まれる小山には申し訳ないのだが……。
今度、飯でも奢ることにしよう。
職場から自宅に戻り、夕食を作っていると佐倉が話しかけてきた。
テレビ折角つけたのに、見なくていいのだろうか?
「小山ちゃんと、取りあえずは今日みたいに段々接触を増やしていこう。取りあえず連絡先を交換する仲まで早くいきたい感じね~」
連絡先を交換?
まじで言っているのか。
俺なんて、そもそも小山の名前すら知らんのに。
いや、聞いてはいるはずなんだが。覚えていない。
向こうも多分覚えてないのではなかろうか。
「まぁ、善処するよ」
「なにその政治家みたいな答え。やるか、やらないかっしょ!」
なんで佐倉はそうポジティブつーかアグレッシブなんだろうか。
意外と熱いやつなのかこいつは。
「ま、それはそれとして~。私も疑似彼女としてしっかり楽しませてもらわないとね! デートいこデート。JKとデートとか嬉しいでしょ? 優人おっさんだし。普通だったら捕まっちゃうもんね」
「あのなぁ……」
嬉しいか嬉しくないか。で言えば、半々だ。
JKとデートとか響きだけは素晴らしい。だが、心労を考えたら実際には絶対にやりたくない部類に入る。
佐倉の性格は、個人的に好ましい部類だとは思うが。少なくともこういった状況じゃなかったらまず断っただろう。
ま、それ以前にまず佐倉のほうからお断りだろうけどさ。
「はぁ。ま、そうだな。嬉しいよ。んで、何をすればいいんだ?」
とは言え、今の佐倉は幽霊だ。
色々と思うところはあるが、彼女の望みは基本的に叶てあげたい。
俺にできることなんて、そう大した事は無いのだろうが……。
「感動が足りてないみたーい。ま、いいわ。そうだねぇ。何気に今は夏なわけよ。そしたらいくらでもあるでしょう? レジャーが!」
夏。だからレジャー。
当然俺には備わっていない思考回路である。
俺的には夏は冷房の効いた部屋から出ない季節だ。
「具体的に、なんだ?」
「だからーいくらでもあるっしょー? 海、プール、花火、BBQ! なんでもござれでしょー?」
色々つっこみたい所はあるが。
「最後のBBQとかどうすんだよ。対外的に見たら俺一人でBBQしてる死ぬほど悲しい人になっちまうじゃねーかっ」
「え~? それはそれで面白いけど。それこそ小山ちゃんとか他の女の子誘えばいいんじゃん! 一石で何鳥もいけるじゃんっ」
なんだその地獄絵図は。
「無理。それは流石に無理だ。勘弁してくれ」
「え~? まったくこれだから……。まっ、しゃーない。んじゃとりま海ね。この体日焼けしないし、髪痛まないし。意外といいかもね海!」
海ねぇ。
久しく行っていないなぁ。
ていうか、冷静に考えたら。
海にしたって俺は一人で海に来てる悲しい人決定じゃねーか。
俺みたいなのが一人で海ウロウロしてたら入水自殺と間違えられそうだ。
「どこの海がいっかな~。この近くだと~。あー、私ネット使えないじゃん。優人後で調べてねっ」
しかし、佐倉のテンションを見ていると、今更断れない。
しゃーない。
旅の恥は掻き捨てだと思って行くかぁ。
俺なんかの世間体を気にするくらいなら。
佐倉の楽しみのほうが明らかに重要度は高いだろうしな。
取りあえず、知り合いにまず会わないであろう海岸を探すことにしよう。
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