第12話 なんで小山?
「君はさ。結局私のこと好きじゃあないでしょ?」
好きじゃないでしょ、なんて。
自分の彼女に言わせてしまった。
なんてこった。
でも。
「それは、お前もだろ?」
そう、これはお互いさまな話。
「そうだね」
ほら。
俺たちは。
何となく付き合うことになった二人だけど。
多分、一度も互いを本当に好きな瞬間なんてなかった二人。
だから、学校を卒業すると同時にこんな話になるのは自然な流れ。
「じゃあこれでさよならだね」
夕暮れの教室で二人きり。
この教室とも、彼女ともこれでお別れ。
きっと二度と会う事もない。
「あぁ。さよならだ」
教室の窓から差し込む光を浴びて、彼女は笑う。
「最後に、キスだけでもしてみる?」
冗談ぽく言いながら、彼女は顔を近づけて……。
「おはよう」
不機嫌そうな声で起こされて、不機嫌そうな顔が目の間にあった。
「……え? あ? お、はようさくら」
あぁ。朝か。
朝?
って、なんで佐倉がここにいるんだよ。
「なんで私がここにいるか知りたそうだね? それはっ。私が優人の疑似的な彼女だからなんだわ。彼女に起こしてもらって幸せでしょ? でも優人寝起きわるーぃ」
よくわからんが、佐倉は俺を起こしに来てくれたらしい。
しかし、起き抜けに彼女のテンションはなんかきつい。
「あぁ。起こしてくれてありがと。ちゃんと起きるから、向こう行っていていいぞ」
「なんかお礼がざつ~」
「いや、感謝しているってば」
ある種の悪夢からおこしてもらったしな。
それとも、あれはいい夢なんだろうか。
判断が難しいところだ。
「ま、初日だし。それで許したるか。早く朝ごはんたべよー?」
佐倉はそう言いながら、壁をすーっとすり抜けて出て行った。
相も変わらず自由な幽霊だ。
「ふぅ。昨日佐倉にあんなこといわれたせいかな。久しぶりに思い出しちまった」
まだ若いころ。一度だけ彼氏彼女の関係というものを体験したことがあった。
でも、それは中身のない。スカスカの関係で。
終わるべくして、終わりを迎え。
結局、俺は誰かを好きになんてなれやしないんだなと。あの時思った。
「とりあえずさー。誰か好きな人いないわけ?」
佐倉が、飯を食った後にそう聞いてくる。
「……いないよ。いたこともないよ」
これからも、多分いないよ。と心の中で付け足しておいた。
「はーん。でも気になる人くらいはいるでしょ?」
「いや、いねぇなぁ」
「えー? じゃぁもう、好きなタイプとかでいいから教えなさいよ」
俺が食器を片付けて、朝の支度をしている最中。
後ろをふわふわ憑いてきながら、佐倉が質問を重ねてくる。
「好きなタイプねぇ……。よくわからん。考えたこともない」
嘘である。
考えたことくらいはある。
ただ、答えがでなかっただけだ。
「なんか一個くらいないの~? 胸がでかいとかでもいいからさぁ」
胸がでかいって。
う~ん、胸の大小にこだわりはないな。
顔の好みは、どうなんだろ。
好きな芸能人とかもいないし。
「強いて言うなら、多少強引な相手のほうがいいのかもな。俺は自分から何かするタイプでもないし」
そう、俺は自ら動いて何かをする方じゃない。
恋愛に限らないが。
面倒事は、極力避けて通ってしまう。
そういう意味では。
「ま、佐倉は疑似的にしろ彼女に最適だったのかもな」
だって、佐倉は俺にしか憑りつけない。
ってことは俺は佐倉と強制的に一緒に動くことになるからな。
……あれ? なんか静かになったな?
「おい。どうした?」
俺が振り向くと、佐倉も後ろを振り向いていた。
え? なに、既に幽霊に取りつかれているのに、まだ何か見えないナニカがいたりするわけ?
「なんでもない。ん。あれだ、私が彼女として素晴らしいのは当然として。うん、多少強引ね。おっけーおっけー」
佐倉は、ゆっくりとこちらを。なんか憮然とした顔で振り向くと、そう言った。
なぜか、うつむき加減なので顔がはっきりとは見えないが。
それはどうでもいいとして。
「なにがおっけーなのかわからんぞ」
「そりゃ、決まってるじゃん。身近にいる割と強引そうな相手とくっつければいいんでしょ? おっけー! ってわけよ。つまり小山ちゃんでしょ」
はい?
「小山? なんで小山?」
「だって、小山ちゃん結構ぐいぐい行くタイプっぽいし。私以外じゃ優人が一番話す相手っしょ?」
そう、言われてみると。
確かに小山は自分からドンドン話しかけてくる。
そして、俺が最も業務以外の会話をしている相手は小山だろう。
最近は、佐倉のほうが話しているだろうけど。
俺は、まだ家を出るまで余裕があるのでコーヒーを淹れた。
それを飲みながら答える。
「だからって、小山と俺が付き合う? 想像つかないなぁ。ていうか、小山が俺なんか相手にするわけないだろ」
小山は俺と違って明るいし、顔も好みによるだろうが結構可愛いほうだと思う。
それに歳も若い。
対して俺は、顔は多分平凡。つーか平凡以下じゃないといいなぁと思っている。
基本ネクラだし、無趣味。
歳だって、もうすぐ三十路だ。
「あいつはもっとこう、明るくてエネルギッシュで、お洒落で。そんで高収入とか、或いは若くてイケメンとか。そういう相手選ぶだろうさ」
そして、最終的にそれくらいの相手をゲットできるスペックも有していそうだしな。
俺がそういうと、佐倉が長い溜息を吐いた。
「あのねぇ~。優人はもっとこう……。まぁいいや。どうせ口で言ってもしょーがないし。とにかく、小山ちゃん狙っていくの! 決定!」
えぇー。
俺にどうしろと言うんだ。
この歳で恋愛初心者な人間が、どれほどその手の行動に臆病か知らないなこいつ。
「まずっ。なんだかんだ挨拶だよね。優人から挨拶すんのっ」
まじか。
まぁでも挨拶くらいはね。
社会人としても当然だしな。
「そんで、可能な限り優人から話しかけるのっ」
まじかっ。
それはハードル高いわ。
うーん、つっても。大体小山のほうから話しかけてくるしなぁ。
遅いか早いかの違いと思えばなんとか……。
「よっし。じゃー行こっか! 初日だし気合い入れていこっ」
あー、もうそんな時間か。
佐倉に起こしてもらったから、家を出るまで余裕があったな。
一応、感謝しておくか。
朝起こしてくれた、彼女にな。疑似だけど。
職場にて。
小山を見つけ出して、すぐに挨拶をした。
「おはよう、小山さん」
後ろで佐倉が「それでいいのよ。でもさんはいらん」とか言って頷いている。
「え? えっと、おはようございます。佐藤さんから先に挨拶されるなんて珍しいっすね」
「お、おぅそうだな。今日は早起きしたんで気分がいいつーか。まぁそんな感じなんだよ」
「へ~。でもわかるっすよ! 不意に早起きできるとテンション上がりますよね」
まぁ、俺の場合は実際には佐倉に起こしてもらったんだけどさ。
しかし、冷静になって考えてみると。
幽霊とはいえ、女子高生に朝起こしてもらったのか。
なんか贅沢なことしてる気がする。
「じゃー今日も一日がんばりましょーねっ」
そう言って、小山が去っていく。
「ほらっ。優人もなんか気の利いた言葉返してっ」
(無茶言うなっ)
そんな言葉がとっさに出るような人格でもないし、人生でもなかったわ。
えーっと。
「あぁ、頑張ろうな」
凄く普通の言葉を返しただけだった。
小山はこちらを一度振り向いて、笑顔で手を振る。
「ま、最初はこんなもんかしらねー。童貞だし、いきなり期待しすぎてもね」
佐倉は、軽く溜息をついた後にそう言った。
うるせぇ。
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