第11話 疑似彼女になってあげる

 佐倉の想い人への告白を終え、ウィンドウショッピングとやらも楽しんだ俺達は自宅へと戻ってきた。

 まぁ、あれが告白だったのかは微妙だし。ショッピングを楽しんだのは佐倉だけだったわけだが。


「疲れた……。もう行きたくない」

「ごめんってば~。そんな事言わないで。ねっ? ねっ?」


 ショッピングモールに到着してから気が付いたのだが。

 何しろ、佐倉は他人には見えない。

 つまりは、俺が一人で女物の服屋を見て回っている様にしか見えないのだ。


 恐ろしく、視線が痛かった。

 もう、死にたくなるレベルで。


「別に、佐倉は服を着替える必要なんかないだろう?」


 幽霊は、各種汚れと全くの無縁だろうからな。

 寒さや暑さも、わかりはするがそれで困るわけじゃないらしいし。


「そりゃ~そうなんだけどさぁ。やっぱ女の子としてはお洒落が必要なわけよ。だから、やっぱ着替えも必要なわけ」


 うんうんと頷きながら空中にまたふわりと浮かぶ佐倉。


「それにね、優人にもちゃーんとメリットあるんだから」

「俺にメリット? 何がだ?」

「ふふんっ。見て見て?」


 佐倉が得意げに笑うと、彼女の着ている服がす~っと変化していく。

 そして、いつも着ている制服から違う服に変わった。


 俺が服の事を全く知らない男なので名前は不明だが。

 肩の出た上といい、やたら短い下といい。

 なんとも、ギャルっぽいなぁと思わせる服装だった。


「どうよっ。ちゃんと着替えられてるっしょ?」

「あ、あぁ。凄いな。で、なんでそれが俺にもメリットなんだ?」

「はぁ?」


 佐倉が、何言ってんのこの人? って顔をする。

 なんでだか、とても納得がいかない事を言われそうな気がするぞ。


「だって、JKが可愛い服着てるの見れるんだよ。優人も嬉しくない?」


 いや、そんな当然だろみたいな顔で言われても。


 う~ん。

 まぁそう言われてみれば、そう。なんだろうか?

 別に特別嬉しいとは思わないが。


「あ……。それとも、優人は制服のほうがよかった? 制服マニア?」

「違います。えーっと。うん。着替えの大切さは良くわかったから。取りあえず飯の用意しよう」

「ちょっとー、話逸らさないでよ。もうっ」


 俺のメリットは置いておくにしても。

 佐倉が少しでもストレスを感じずに生活する為なら、地獄のウィンドウショッピングも致し方ない。

 だから。


「わかってるって。また時間ができたら店に行く位は付き合うよ」

「まじっ!? やった~」


 全く。俺のストレスが余計に嵩んじまうけどな。


 でも、クレープ思いのほか美味しかったし。

 たまーに行く位はいいだろうさ。








「あ~。やっとスマホを使えないことに慣れてきたわ~」


 食後、俺が洗い物をしていると。ソファーで胡坐をかいている佐倉が、背筋を伸ばす動作をしながら声をあげた。


「スマホ、ね。そんなに使ってたのか?」

「そりゃね~。空いた時間は大体触ってたし。だからさー、この生活に慣れてきてしばらくは、スマホ持ってないことに手が震える勢いだったもん」

「依存症じゃねーか」

「かもね~」


 俺も、スマホは使うが。そこまで使用頻度は高くない。

 スマホのゲームも最初はやってみたのだが、どんなゲームもすぐにログインボーナスを貰うだけの作業に早変わりしてしまった。


 最近の若者はスマホ依存がどうたらとはどっかで聞いたことがあるが。

 あながち間違ってもいなかったんだな。


「でもねー。最近はまぁ、慣れてきたんよ。幽霊だからかなぁ。暇な時間がそんなに苦痛に感じなくなったというか」

「へぇ。精神的な変化も多少はあるってことか」


 肉体を失ったことによる変化。

 それくらいはあって当然なのかもしれない。


「んー。そだねぇ。暇な時間よか、一人でいる時間がなんか嫌かも。具体的にどう嫌なのかは私もわっかんないけど」

「……そうか。んじゃ、なるべく憑いて来ればいいだろ」


 佐倉が、一人で立っていたゲーセンや。一人で待っていた仕事帰りを思い出す。

 アレは、確かによくない状態に見えた。

 俺にだって何がよくないのか具体的にはわからない。


 ただ、なんだか。

 あのまま放っておくと、彼女が彼女ではなくなってしまうような。

 そんな気がしたのだ。


「うふふ~。そだねぇ。それでね? 私から提案があるんだけど?」

「提案?」


 洗い物を終えて、キッチンからリビングの方に歩いて行く俺を。

 佐倉がにやにやとした顔で待ち構えている。


 ふわりと浮いて、真正面から俺に視線の高さを合わせる佐倉。

 そのまま、人差し指をするりと俺に向けてきた。


「折角、ずっと一緒にいるわけよ。私達は。だからさー。私が、優人の疑似彼女になってあげる。そんで、優人の本物の彼女作りに協力してあげる!」


「――はぁ!?」


 何を言ってるんだこいつは。

 疑似彼女も意味不明だが、なんで俺の彼女作りを佐倉がアシストするような流れになるんだ。


「お前なぁ。そんな事してる暇があったら、自分のこと考えろよ。今日だって未練云々が空振りだったっていうのに」

「それよっ。幽霊になって体なくなったからわかったんだと思うけど、私別にあの人の事たいして好きじゃないわ。なんつーか、夢から覚めた的な」

「えぇ……」


 なんだそれ。俺の恥は全くの無意味だったのか。


 でも確かに。

 肉体がないのなら、欲求だって変わる。

 何に惹かれるか、依存するのか。

 違いが出てきて当たり前なのかも知れない。


 だが、それがどう先ほどの話に繋がるんだ?


「だから、もう好きな人と云々はちゃっちゃと諦めて~。身近で手ごろな男を相手にそれっぽいことしたらさぁ、私も少しは満足いくかなぁと思ったわけよ。だから、疑似彼女!」


 身近で手ごろってお前。

 まぁ、そうなんだろうけど。

 そもそも、佐倉の事を認識できるのが俺だけなのだ。

 佐倉からしたら、例え俺のような男が相手でいかに不満だろうと、他に選択の余地がないのは確かだな。


「はっ~。 んで、俺の彼女作るってのはなんだ?」


 佐倉が、未練を少しでも解消するために。疑似的に恋人ごっこ的な事をしたいのは理解できた。


 だが、俺の彼女を作るというのは意味がわからん。

 可能とも思えない。


 こちとら、そんなものは諦めてしまって久しい。

 学生の時のあれは、数にも入らないだろうしな。


「私が、ここに置かせてもらって。しばらく優人と一緒にいてわかったことがあるの。優人は、恋人つくった方がいい! いや、作るべきっ。ぜったいそのほうがいい!」

「そんなこと言われてもな……」


 あれか。

 要は、あの年頃の女子によくある恋愛脳とかそういうやつか?

 よくは知らないが。


 それとも、俺の人生に対する投げやりさが。

 佐倉に必要以上に伝わってしまったのだろうか?


「私と疑似恋人しながら、練習すればいいじゃん! んで、ちゃーんと本物の恋人つくる手伝いもしたげる。私は、いつまでこうしていられるかわかんないからね」


 いつまでこうして……ね。


「あ~。わかった。いや、よくわかんないけど。でも、わかったよ。佐倉のしたいようにやってくれ」


 俺が、色々諦めてそう言うと。

 佐倉は、とてもいい笑顔を俺に向けて。

 それと一緒にピースサインを突き出して。


「まっかせなさいって! 童貞ちゃんと脱出させたげるからっ」

「ほっとけ!」


 そうのたまったのだった。


 疑似彼女ねぇ……。

 どうなることやら。

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