第10話 心臓ないから

 佐倉と一緒に家を出る。

 目的地は、とあるカフェ。

 ずばり、佐倉の想い人に会いに行くのだ。


 場所を聞いた限り、そんなに遠くはない。

 まぁ、高校生である佐倉の生活圏にあったのだから当然か。



「折角だからさー、歩いていこっ」

「そうするかぁ」


 今日は休日で、天気も良い。

 のんびり歩いて行くのも悪くなさそうだった。


 てくてく歩く俺の横を、目線の高さあたりで浮きながら佐倉が憑いてくる。


「あのさぁ、普通に歩いてもいいんじゃないか?」

「ん? 横に浮かれると気になっちゃう?」

「気になるって程じゃないけど、多少慣れない感覚はあるわな」


 当たり前だけどな。

 人が横に浮いている、なんて経験したことないし。


「はいはーい。じゃぁ、ほいっと」


 すたっ。なんて音はでないが。

 佐倉は地面に着陸して、そのまま歩きだす。


「いやー、それにしてもだんだん暑くなってきた。様な気がする~」

「……わかるのか?」


 幽霊というのは、気温の変化を感じ取れるものなのだろうか?


「実際に暑いっていうわけじゃないんだけど。なんか、暑いんだろうなぁっていうのはわかるよ」

「ほほぅ。なるほど。まぁ、確かに暑くなってきたなぁ」


 季節がら、もう夏に片足をつっこんでいる。

 暑いのは当然と言えば当然だ。


 つまり、佐倉はある程度季節感のある幽霊なわけだ。


「これはあれだね。帰りにアイス買って帰ろうっ! そろそろそういう季節っしょ」

「アイスねぇ。年取ってからあんまり食わなくなったけど」

「なーにをじじくさいこと言ってんの! わーたーしーが食べたいのっ」

「へいへい、じゃぁダッツでも買って帰りますかね」

「まじっ? 流石大人じゃん。楽しみ~」


 どうせ久しぶりにアイス食うなら、美味しいほうがいいからなぁ。

 ま、ちょっと高いくらいはいいだろう。


「しかし味覚とかどうなってるんだ? 俺基準なのか? 佐倉基準なのか?」

「え~? 知らなーい。なんか、その辺はなんとなくなんじゃない」


 適当だなぁ幽霊。

 それとも、佐倉が特別適当なだけだったりして。


「っていうか、これから未練の元であるかも知れない好きな人の所に行くんだぞ? なんかテンション軽くないか?」


 もうちょっと、こう。緊張とかしてると思ったんだけど。


「ん~。別にそんな緊張とかはしてないかなぁ。なんでだろ。心臓なくなっちゃったからドキドキしないんじゃね?」

「すげぇ暴論だな」

「まぁまぁ、行けばわかるっしょ。そしたら、私の代弁よろしく~。私が言った言葉そのまま言ってくれればいいから。ね?」

「え? そのまま?」


 それって、佐倉が「好きです!」とかそういう事を言ったら、そのまま俺が言うの?

 男に?


「それは、流石にきっついんだが……」

「だーじょうぶだって。そんな無茶なことは言わせないからさ」


 本当だろうなぁ。

 頼むぜマジで。








 俺が佐倉とたどり着いたその場所は、お洒落なカフェだった。

 まぁ、俺はカフェなど基本的に利用しないので、これが本当にお洒落と言っていいものなのかは知らないが。

 主観的に見れば、多分洒落ているはず。


(で、いるのか。問題の彼は?)


 店内には何人か他の客がいるので、今は佐倉が肩に手を置いて音声オフ会話だ。

 肩に手を置くついでに、また佐倉がふよふよ浮いてるけど。

 まぁ別にいい。


「んっとね~。あ、いたいた! あの格好いい人!」


 佐倉の指さした先には。確かに男の俺からみてもそこそこのイケメンに見える、若い男が店員の恰好で立っていた。

 カウンターの中にいる彼に話かけるのが、まずは俺の役目というわけだ。


(じゃー、いくぞ? 言いたい事は考えてあるんだよな?)

「うん、だいじょうぶー」


 なら、行くか。正直、行きたくねーけど……。


 店内のテーブルには何人か客が座っているが、カウンターには誰も並んでいない。

 俺はスムーズにその彼の前に立つことができた。


 綺麗に茶髪に染めた髪、高めの身長、割と整った顔立ち。

 なるほど、こりゃモテるだろうなぁと思わせる。


「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」


 その彼が、俺に話しかけてくる。


「いくよー。こほんっ。彼女はいますか?」


 ……マジか。それ俺が言うの?


 死ぬほど言いたかないが、佐倉の今後に係わる問題だ。

 逃げるわけにもいかない、か。


「あの~」

「はい。なんでしょう?」


 爽やかな営業スマイルを見せる彼。


「あの。彼女は、いますか?」

「……へ?」


 爽やかな営業スマイルが凍り付いた。


「ブッ……ふっ、ふふ……」


 なに笑ってんだこの幽霊はっ。お前の為に聞いてんだぞ!


「えっと、はい。います、けど。それが何か?」

「えっ……。そ、うですか。いえ、ちょっと聞いてきてくれと知人に頼まれたもので」

「はぁ」


 これ、信じて貰えてるだろうか。

 別に、同性を好きになる人間を否定する気は微塵もないが。

 単純に、俺がコイツを好きだとか勘違いされるのが凄く嫌なんだけど。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 佐倉は……。


 俺が、そっと振り向くと。


「ふっ……ふひひっ……」


 まだ、笑ってやがった。

 おいこらてめぇ。


(どうゆうこった! 本当に好きなのコイツなんだろうなっ)


 佐倉は、片手をぱたぱたしながら俺に言う。


「ご、ごめんってばっ。っふ、ふふ。いや、この人好きだったのは本当なんだけどさ。正直、彼女いないわけないよなーって思ってたし。それに……」

(それに?)


 笑いをすっと引っ込めた彼女の顔は、なんだか不思議と達観して見えた。


「今この人を見てもね。私なんにも感じなかった。見た目はやっぱ格好いいし、好印象ではあるんだけどね。なんでだろ。やっぱ幽霊は心臓ないから、ドキドキなんてしないのかもね」

(佐倉……)


 俺が、何を言おうか迷っていると、カウンターから声がかかる。


「あの~。お客様?」

「あ、はいすみません。注文ですよね」


 そうだった、注文の途中なんだった。




 注文の品を受け取った俺は、店の外にそそくさと出ようとする。

 先ほどの告白? と言っていいのか不明だが、あれが他の客に聞こえていたかはわからない。

 しかし、その可能性のある店内でのんびりお茶などしたくないのだ。


「え~。折角お洒落なカフェなのに、お茶していかないの?」

(あのなぁ……)


 俺が、しぶる佐倉に反論しようとした瞬間。

 視界の隅に、見知った顔が映った。


 今まで気が付かなかったのは、その顔の持ち主が座っている席が、店の端のほうにあるからだ。


(小山……)

「あ、本当だ~。小山ちゃんじゃん。なんで今顔隠しちゃったんだろ?」


 佐倉の呼び方が小山さんからちゃんへ、さり気なく気安くなっているが。

 そんなことはどうでもいい。


 さっと、雑誌で顔を隠した小山。

 なぜ顔を隠したのか。

 それは、あれだろう。気まずいからだろう。


 何がって。

 恐らく、同僚の告白シーンを見てしまったからで……。


「違う。違うぞ小山さん」


 思わず、否定の言葉を述べながら小山の座っている席まで歩いていく。


「あー、私。何も聞いてないっす。なので、大丈夫っすよ~」


 俺がテーブルの近くに来るなり、挨拶をすっとばしてそんな事を言い出す時点で絶対聞いていただろお前。


「だから違うんだって。誤解だからな。俺は頼まれただけだからなっ」


 思わず、小山の座っている席の対面の席に腰かけてそう訴える。


「頼まれた、って。誰にっすか?」

「それは、えっと。知り合いの、女子高生にだよ」


 俺がそう言うと、小山はとても疑わしいものを見る目になった。


「佐藤さんの、知り合いの女子高生? その人に聞いて来いって頼まれた? 嘘をつくならもっとましな嘘ついたほうがいいっすよ?」


 うっせぇ。

 俺も、言ってて嘘臭さ全開だとは思っているよ。

 しかし、ある意味真実なのだからそう言うしかない。


「嘘じゃないって。一応俺にもいるの知り合いの女子高生がっ」

「幽霊だけどね~。優人に生身のJKなんてむりむりっ」


 にししっ。と笑いながら、小山の周りに浮いている佐倉が言った。

 くっ。言い返したいが、体が接触していないので言い返せない。


 いや、でも冷静に考えたら、実際無理だな。

 言い返すことないわ。


「ふ~ん。じゃ一応信じておくっすよ。それで、佐藤さんがこんなお洒落なカフェに来たんですね。入ってきた時は何事かと思ってしばらく観察しちゃいましたよ」


 それですぐには声をかけてこなかったのか。

 くそう。早く声をかけてくれればこんな目にあわずに済んだものを。


「小山さんは、本当に休日はお洒落なカフェでお茶するんだな」


 俺がそう言うと、小山は少し不満そうな顔をした。


「え~? 疑ってたんっすか? 失礼な。本当っすよー」

「すまん、悪かったよ。じゃぁここ以外にもあちこちお洒落なカフェに詳しいってことか」

「え?」


 俺が思いついた事を聞いてみると。

 小山が、ついと目を横にそらす。


「えと、そそ、そうっすね。詳しいっすよ。うん」

「あ、これは詳しくないな~。小山ちゃん。実はここしか来た事ないんじゃない?」


 うん。俺もそう思った。


「そうかそうか。じゃぁ後で、いい店あったら教えてくれ」

「はい。それはもう、ばっちり教えてあげるっす」


 目を合わせないままに小山は頷いた。

 やれやれ。


「そ、そんな事より佐藤さん。私の事は呼び捨てでいいっすよ? ここ会社じゃないし、私の方が年下だし」


 露骨に話題を逸らしにかかる小山。


 う~ん、呼び捨てねぇ。あんまりしたくはないが。

 ここでこだわるのも変かなぁ。


「あー、わかった。じゃぁ小山。そう言う事で邪魔して悪かったな。ゆっくりお茶していってくれ」

「あれっ? もういっちゃうんっすか?」


 俺が席を立とうとすると、小山が意外そうな顔を俺に向けてくる。


「え? 誤解はとけただろ?」


 小山の疑問に、俺も疑問形で返したのを、佐倉が「あちゃ~」とか言いながら顔に手を当てつつ見ている。


「まぁ、そうっすけど……。ん~。それじゃあまた、会社で」

「あぁ。また会社でな」


 そうして、俺は席を立って。店を出た。



 そんな俺に浮きながら追いついてきた佐倉が、肩に手を置きつつ言う。


「あのさぁ。ない。今のはないよ」

(はい? 何がだ?)

「あんなあっさり席立ってどうすんのよ。もうちょっと二人でお茶すりゃよかったじゃない」


 お茶? 俺と小山で?


(そんなの、小山に迷惑だろ。折角休日にこんなお洒落なカフェに来たのに、俺がいたら台無しじゃないか)


 少なくとも、俺は休日ゆっくりしたい時に。同僚、しかも先輩が一緒にいるのはごめんだ。


「うわ~。何その後ろ向きな考え。普通に楽しくお喋りすればいいだけじゃん」


 楽しくお喋り? 俺が?


(無理言うなよ。佐倉と小山ならできそうだけどなぁ。まぁそれに、俺があそこで小山と話し込んじゃうと佐倉も退屈だろ? 折角の休日なんだし、佐倉の行きたい所に行った方がいいだろう)


 何しろ、普段から佐倉は俺の職場に憑いてきている事が多い。

 職場にいる間は、どうしたって俺は仕事に集中していなければならない。

 佐倉としては、退屈なはずだ。


 佐倉を一人にする時間をなるべく減らすためとはいえ、精神衛生上あまり良くはないだろう。

 だから、せめて俺が休日でいる時は佐倉の行きたい場所に行くべきだと思ったのだ。


 今のところ、佐倉は一人であちこち行けないみたいだし。


「む。そーゆーことは言えるわけね。ったくもう」

(あん?)

「なんでもないよ。それなら、付き合ってもらおうじゃない。まずさしあたり、服見に行こう!」

(服ぅ? そんなの見てどうするんだ?)


 幽霊なのに。


「ウィンドウショッピングだって楽しいの~。それに、頑張れば服だって変更できなくはないと思うし。あ、服を見終わったらクレープも食べよう!」

(クレープねぇ。アイスはどうしたんだよ)

「アイスは、また後でにする!」

(へいへい)


 クレープなんて、最後に食べたのはいつだっただろうか。

 この歳になると、生クリームやらの極端な甘さにはめっきり耐性がなくなってしまったが。

 食べられるのだろうか俺。


 そんなことを思いつつ、俺は佐倉に急かされてショッピングモールへと足を向けたのだった。

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