第22話 拗らせてんっすよ!
小山とのお茶の約束をした当日。
俺は佐倉に見送られて、家を出た。
その際。
「今日は憑いてこないのか?」
「さすがに初デートに憑いていくのはないっしょー。今日くらい自分で頑張れ?」
「いや……。そういう意味じゃねぇし。デートでもないだろ」
「デート以外の何物でもないっつーの」
「はぁ。まぁいいや。んじゃ行ってくる」
「……ん。いってら~」
といったやり取りがあったのだが。
デートじゃないよなぁ。
ただ単に同僚と休日にお茶をしに行くだけだ。
え? デートじゃないよな?
ま、少なくともあちらさんはデートだなんて思ってはいまい。
「いやーしかし。流石デートともなると、佐藤さんの服も気合い入ってるっすね!」
デートだったらしい。
え? マジで?
「あ、あぁ。ありがとう。小山の服も似合ってるよ」
多分。よくわからんけど。
必ず似合っていると言えと、佐倉は言っていたし。
当然、俺の服を選んだのは佐倉だけど。
「しかし、デートつーか。これは、アレだよな?」
どれだよ、と自分でも思う。
「ありがとうございます。言いたい事はなんとなく想像がつきますけど、まぁそんな事より店はいりましょーよ」
「あ、あぁ」
小山に促されるままに、小山の選んだ店に入る。
……これがデートなのだとしたら、エスコートしてくれているのは小山だな。
休日に同僚とランチ。
やってることはそれだけなのだが、やはり男女二人きりでお洒落なカフェ的な所でとなると。若干特別な意味を持つ。
小山の説明を聞くにそういう事らしい。
「だから、これはデートなんっすよ。例え私が佐藤さんの事をなんとも思っていなかろうと、佐藤さんが私をなんとも思っていなかろうと。です。……きっと、多分」
互いに初めてくるカフェ。
個室とまではいかないが、ある程度区切られたスペースを持つその店内は、確かに落ち着いた空気を保っていた。
その空気の中、俺の体面に座っている小山がそう口にする。
もう互いに軽いランチを食べ終えて、今はコーヒーが机に二つ鎮座していた。
少し時間帯が中途半端だからか、まわりに他の客はいない。
「なるほどね……。そりゃ、悪かったな」
「悪いとは、どっちの意味でっすか?」
「どっち?」
「自分なんかがデートに誘ってしまって、なのか。デートという意識がなくて、なのか」
「……どっちもだ」
小山は、俺の答えを聞いて溜息を吐く。
「佐藤さんはもうちょっと私に心を開いてくれてもいいと思うっすよねぇ。いい加減」
「心を開くってお前」
お前は俺を何だと思っているんだ。
「まーいいっす。言っていた通り、今日は手加減抜き。本気のお話ですよ? 佐藤さんっ?」
小山がにっこりと笑ってそう言う。
何故だか、蛇に睨まれた蛙ってこんな気持ちなんじゃないかなぁと心に浮かぶ。
「本気って、具体的にどういう話がしたいんだ?」
いつも小山とは職場で色々と話しはするが。
とりとめもない話ばかりで、あまり意味のある話をしてきた記憶はない。
そんな俺の顔を見ながら、小山はコーヒーカップを一度口につけた。
俺もそれにならって、コーヒーを一口飲んで。
小山が話始めるのを待つ。
「佐藤さんは、何を隠してるんっすか?」
ゆっくりと口を開いた小山が、そう言った。
――隠す?
「な、なに言ってんだ? 別に隠してる事なんか……」
無い。
佐倉の事だって、別に隠しているわけじゃない。
いう必要も意味もない、だけだ。
だが、無いと言い切るまえに、何故か言葉が自然に途切れてしまった。
そんな俺をみて、小山が笑みを消した。
「私達の関係は、今は所詮ただの同僚っすからね。隠すも何もない。と、思ってます?」
相変わらず、えらい察しがいいな。
「じゃー、まずは私自身の話を聞いてもらってもいいっすか?」
小山自身の、話?
「あ、あぁ。いいけど」
小山は頷いて、話し始めた。
「私って昔から人の顔色窺うのが得意なんっすよ。それこそ、子供の時からでした」
まぁ、それは今もまさに実感しているが。
「そのせいで、色々トラブルもおこしましたねー。家族とも、学校とかでも。私ってあんまり頭よくないんで、人の心情を察した後が不味いんっすよ」
そう言って、小山は苦笑いをした。
言わんとしていることは、わかる。
人の心情をここまで察せるのは、特技と言っていい。
しかし、それは……。
人の心情という「情報」は、扱いを間違えればトラブルの種になる。
そして、子供にそれを適切に扱うのは。
恐らく困難だ。
「だから。私は大人になると、慎重に人間関係を選ぶ様な人間になりました。なるべく話しかけて、情報を得て、顔色を窺って、その相手がどんな人なのか? 本心は? 自分との相性は? って」
……じゃぁ、小山が誰にでもすぐに話しかけていく様に見えるのは。
「今の職場に入った時にも、すぐにそうしました。でも、佐藤さんだけはガードが固いつーか、わかりにくかったんっすよねぇ」
小山が、俺に特に話しかけてきたのは。
「勘違いの無いように言っておきますけど、佐藤さんと話すこと自体も嫌いじゃないっすよ? でも、佐藤さんがどんな人なのか。ずっと気にしていたのも本当です」
「……なるほどな。いや、別にそれが不快とかは思わないよ。小山のやっていることは、間違った事じゃない」
誰だって心の底では思っている事だ。
――この人は、どんな人で、自分をどう思っているのか?
それが余人より解かってしまう小山だからこそ、人間関係を慎重に運ぼうとする。
当然のことだろう。
「佐藤さんは、そう言ってくれると思ってました」
小山は、なんだか今まで見たことないような表情で。笑った。
「私、佐藤さんと接してて、すぐにわかった事があるんっすよ。この人、他人に興味ないなぁって。それはすぐにわかったんです」
そらそうだろうなぁ。
割と露骨にそういうヤツだし俺は。
「でもっすねー。しばらく一緒に働いて、話しかけていると。ちょっと違うんっすよねぇ」
「違う? 自分で言うのもなんだが、割と正解だと思うけど」
これを認めちゃうのは、職場の同僚に対して。
お前には本当は興味ないんだ。って言うのに等しいが。
もうすでにバレてしまっているのだから、隠しても仕方ない。
「いえ、違うんっすよ。佐藤さんが本当に興味ないのは、他人じゃなくて。自分です」
――自分?
「自分に興味がないから、他人にも興味がなさそうにみえるんすよ。私にはそう見えます」
自分への、興味。
自分の人生への興味。執着、愛着。
ない。確かに。俺には。
ない。
「おれ、は……」
「でも、そのくせに、人には本質的に優しい。或いは優しくいたい。違いますか?」
俺の咄嗟の言い訳の言葉を遮って、小山はそう問いかけてきた。
まぁ、言い訳なんてなにも浮かばないけれど。
それにしても。
「俺が、優しい? それは流石に勘違いだろう」
俺の何処に優しい要素がある。
自分にも他人にも、興味がない。
それはつまり、他人をいつでも切り捨てられるということだ。
だって、興味や価値がないのだから。
「きっと佐藤さんはそう言うと思ってました。でも、これはこれで私の勝手にだした結論っす。何度も何度も話しかけている時、仕事の最中の頼み事の時、職場でトラブルが起こった時。いつも私は佐藤さんの顔色窺ってましたから」
そこまで、俺を観察してたのか……。
俺が実際に優しいのかどうか、それは知らん。
どうせそんなのは、自分で決める事ではない。
でも。
「なんでだ? そこまでして俺の事を知って、どうしようっていうんだ?」
俺が、優しかろうと何だろうと。
他人に興味がないのは事実だ。
そんな奴の内面を知って、何の得があるというのか?
小山は、またもや今まで見た事ないような顔になった。
……え? もしかして、照れてる?
「そのー、あれっすよ。友達とか、そういうの。欲しいじゃないっすか。やっぱり」
はぁ?
「なんっだそりゃ。お前だったらいくらでも作れるだろ、友達くらい。なんでわざわざこんな残念な人間つかまえて友達になろうとすんだよ」
友達適正率、とかいう値をもし作るなら。
俺は確実に赤点取る自信があるぞ。
「私は、顔色窺うのが得意っすから。本心から、良い人じゃないと嫌なんです。私にとって、心地いい人じゃないと、いやなんっすよ!」
……こいつ。
要はあれか。
余りに察しがいいもんで、人の本性まで見えちゃう事が多いから。
よくある友達同士の、程々のアレやコレまでが目にやたらとついてしまうのか。
確かに、人間関係はそう簡単じゃない。
お前の友達は、本当はどれくらいお前の事が好きなの?
とか、そんなのいちいち本気で考えていたら、友達なんて作れやしない。
つまり。小山は。
人の本質が見抜けるがゆえの、コミュ障……。
そんなところか。
「贅沢なコミュ障だな、おい」
「うっせーっす。贅沢でもいいじゃないっすか。この歳までくると色々と拗らせてんっすよ!」
「逆切れかよ」
「悪かったっすね! だから、悪いついでに教えてくださいよ」
「あん?」
「最近、佐藤さん明らかに変わりました。もっと、仲良くしたいと思えるようになりました。何か、あったんっすよね?」
それで、隠してる事があるのかとか聞いてきたのか。
職場の同僚の隠し事なんざ、そりゃ大概どうでもいい。
でも、これから仲良くなりたい人が、劇的に変化を遂げるような理由なら? そりゃ俺だって気になるだろう。
……俺は。小山とどうなりたい?
職場の同僚。
よく話しかけてくる、明るくて気の付く後輩。
佐倉の言う、将来の恋人候補。
最後のはともかく。
嫌いじゃないのは、確かなわけだ。
「――俺は、友達いないぞ」
「知ってます。だろうと思ってたっす。仲間っすね!」
「お前の言う隠し事とやらは、聞いたら頭おかしいと思うようなもんだぞ」
「それは聞いてから判断します」
はぁ~……。
「わかった。今度な、今度教えるよ」
「ほんとっすかっ? 後、その、友達……」
「なる。なるよ。この歳で友達になろう、なんて台詞を口にするとは思わなかったわ」
「えへへっ。人間なんて、実際いくつになっても子供の頃から変わらない部分だってあるっすよ」
照れ笑いをしながらそう言う小山の言う通り。
歳だけとっても、大人になれるわけじゃない。
色々なアレコレをスルーして生きて来た俺は、当然友達関係もなぁなぁで過ごしてきた。
今まさに、ようやっと本当の友達が作れたのか……?
これも、アイツの意図とは違うけれど。
アイツのお陰なのかもなぁ。
なぁ、佐倉。
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