第23話 チョコバナナ食べたい
小山に秘密……要は佐倉の事だが。
を話すことを約束して、その日はそのまま別れた。
本当は、佐倉に他の所にも寄って来いと言われていたのだが。
あの空気からそんな気にもなれなかったし、それに。
なんとなく、佐倉のことが心配だった。
何故かはわからない。
これも、憑りつかれている影響なのだろうか?
「ただいま~」
自宅に戻ると、佐倉はTVを見るわけでもなく。
膝を抱えて空中に丸まったまま浮いていた。
なんとなく、こういう風船のおもちゃあったなぁなんて思う。
いや、そんな場合じゃない。
佐倉……お前。
「ん? お帰り~。ってか早えよ! もしかしてデートしっぱいした?」
いつも通りのテンションで、俺に話しかけてくる佐倉。
さっきまでの「違和感」はもう感じられない。
こないだも感じた違和感。
今日はっきりわかった。
具体的なものではないが、佐倉の存在感と言えばいいのか。それが。
薄くなっていたんだ。
ほんの少し。
でも、今日は確実に。
今は、感じない。
だが先ほどは、間違いなくそうだった。
「ん~? どしたのゆうとー? デート失敗でショックとか?」
「いや、違うって。つーかデートじゃないって」
「まーたそんなこと言ってー」
佐倉がそうなっていた理由はわからない。
けれど少なくとも、もう長時間佐倉から離れる事はしない。そう決めた。
「実際、今日は友達になってきただけなんだよ」
「は? ともだち?」
佐倉に、小山と友達になった経緯を説明する。
「はぁ~!? 何それ。大人同士の会話とは思えないんですけどっ。どっちもコミュ障かよ!」
「大人って意外とそんなもんだぞ?」
そうなのだ。
大人なんて、子供や若い子が思っているほど大した存在じゃない。
弱くて、脆くて、柔軟性すら失ってねじ曲がっている。
そんな大人だってたくさんいるのだ。
俺とかな。
あ、俺は昔からだった。
「も~! 予定とちがっ……。いや? でもお友達からっていうのも王道パターン? 思ったより寧ろ上手くいってる?」
あ、また碌でもないこと考えだしやがったな。
「あー。それでな? 小山に佐倉の事を教えることにしたから」
「へ?」
「いや、最近人が変わった原因を教えろって言われてな―」
「はぁ―!? ちょっ、私っ? 幽霊に憑りつかれてるって言う気なのっ?」
「うん。まぁ、教えろって言われたし。友達に隠し事はよくないだろう。俺は佐倉の事は教えるべきだと思ってるしな。俺の生活における比重が大きいから」
今や、俺の生活は佐倉を中心に回っていると言ってもいいほどなのだから。
「あ、頭おかしいと思われるに決まってんじゃん!」
「それならそこまでの関係だった、でいいよ。本当の友達になる第一歩には丁度いいさ」
「えぇ~……?」
佐倉は納得いかなさげな顔をしているが、俺は本気でそう思っている。
だって、佐倉の事が受け入れてもらえない相手とは、深く付き合ってなどいけないだろうから。
まぁでも。
「小山は、信じてくれる気がなんとなくするけどな」
根拠はないが。そう思ってはいた。
「……ふ~ん。随分信頼してんじゃん」
ん? 何故そこで不機嫌になる?
「いや、信頼つーか。ただなんとなくだぞ?」
「あっそー」
うーん。
あれだな。
どうして俺の周りの女子ってこう、難易度が高いんだろう。
何考えてるのか、わかんねぇ―……。
ま、いいや。
取りあえずその辺は後回しだ。
「佐倉」
「なに?」
「花火いくぞ」
「……はい?」
ぽかんとした顔になる佐倉。
「花火だよ。花火大会。佐倉前に行きたいっていってたろ。夏ももうすぐ終わっちゃうけど、まだ探せばあるだろ。なんとか休みに合う場所探していくぞ」
「ちょ、ちょっ。どうしたの行き成り? そりゃ嬉しいけど……。小山ちゃんの事だってあるのに」
行き成り。でもない。
ちょっと前から考えてはいたことだ。
でも、今日の佐倉を見て決めた。
佐倉が行きたい、佐倉と行ける所は可能な限り。行く。
「いいんだよ。取りあえず佐倉と行った方が色々気楽だし。俺だって花火大会なんて行ったの子供の頃以来なんだから」
「気楽って……。もーっ。わかったってば! 行くって言うんなら」
「なら?」
「チョコバナナ食べたい」
「……は?」
「屋台の! チョコバナナ食べたいっ」
「あー、はいはい。なんでも食わせてやるよ」
俺の食える量ならな。
さて、花火大会のめぼしはつけてある。
後は、細かい日時とルート調べますかねぇ。
「ねぇ優人」
「あん?」
「あんがと」
「……こちらこそ」
ん? なにがこちらこそなんだろ。
花火大会当日は、天気に恵まれた。
ちょっと遠くまで来ているので、一泊二日で来ているのだが。
晴れてよかったな。
「これも俺の日ごろの行いだなぁ」
「なーに言ってんの、テルテル坊主まで作っておいて」
は……?
「おまっ。見たのかっ?」
「こっそり自室に隠してつけてあったやつでしょー? そら見たわよ」
ニヤニヤとこっちを見る佐倉。
くっ。
まさかバレるとは……。
「ずいっぶんかわいーことするじゃん。そーんなに楽しみだった? は、な、び?」
くっそうぜぇ~!
俺が何も言い返せないでいると。
佐倉がふと笑顔の質を変えた。
「でも、私も楽しみだった。ありがとね」
……ちくしょう。
俺の大人としての威厳なんて今さらもうないだろうが。
更に粉々になっていく気分だ。
「取りあえず、チョコバナナ買うぞっ」
「はいはい、照れんなって」
「うっせっ」
照れたついでだ、言ってしまおう。
「あー、そのー浴衣、似合っておりますよ」
やべぇ。変な言い方になった。緊張しすぎか俺。
「あははっ! 優人てれすぎー! ……でも、あんがとねっ」
――ちくしょう。
悔しいが、浴衣着て笑っている佐倉は。確かに可愛かった。
チョコバナナ買って、焼きそばなんかも買って。
珍しいことに、ビールなんかも飲んだ。くっそ高い缶ビール。
俺は軽く酔っ払い、佐倉も軽く酔っぱらっていた。
幽霊も酔うのだな。
そして、夜空があまりにも鮮やかで、儚い花に埋め尽くされる。
「えへへっ。花火きれー!」
俺は、花火なんて興味ない。
子供の頃はともかく、大人になってからは、人込みが辛いだけのどうでもいいイベントだと思っていた。
けれど。
「そうだな。綺麗だ」
綺麗だった。
なんで、佐倉といると。
空でも海でも、夏の間中聞こえていたような蝉の声でも。
こんな一瞬で消えてしまう様な夜空の花ですら。
綺麗なのだろう。
俺は、花火の光に照らされながら。楽しみと感動を覚えると同時に。
何よりも、つかみどころのない恐怖を。
生まれて初めて感じていたのだった。
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