第11話 なんでも奢っちゃう

「優人さん」

「ん? なんだ楓?」

「どうせ優人さんは女の子と打ち解けるのには役に立たないと思うので、ケーキでも買ってきてください」

「おぃ」


 汐穂ちゃんと遊ぼう!

 と、楓が言い出したところだったのだが、俺は戦力外通告らしい。

 まぁ、正直あたっているとは思うけど。


「あはは~。優人いいやつなんだけどねぇ。汐穂からみたら怪しいおっさんかぁ」


 うるせぇ。


「別に、そこまで怪しんではないです。ちょっとだけです」


 逆に汐穂ちゃんにフォローされてしまった。

 ちょっと怪しいらしいけど、しょうがないわなぁ。


「あー、気にしないでいいよ汐穂ちゃん。えっと、どんなケーキが好きかな?」

「いえ、そんな。そこまでしていただくわけには」

「あ、私モンブランがいい~」

「私は~、ザッハトルテとかチョコ系がいいっす!」


 お前らもちったぁ汐穂ちゃんを見習えよ!


「ほら、まったくこれっぽっちも遠慮しなくていいよ。そこのお姉さんたち全くしてないし」


 俺の言葉に汐穂ちゃんは少しだけ考える仕草を見せた後。


「……ショートケーキが、好きです」


 ちっちゃな声で答えた。




 その後、ケーキを買って帰ったら、汐穂ちゃんは楓とゲームに興じていた。

 凪音は、それを後ろで眺めている。


「ただいま。なんだ、凪音はやらないのか?」

「おかえり~。いやー、思ったよりも汐穂がゲームに興味あるみたいでさ。家では別にゲームとかやる子じゃなかったんだけどね」


 ほう。

 って、なんかまたえらいレトロなゲームで対戦してんなぁ。

 爆弾を置いてブロックを爆破したり、相手を爆殺したりするゲームだこれ。


「くっ。爆弾の誘爆を計算して!? しかし、その位置では自分も……なにぃ!? 低火力の爆弾で同時に防御を!?」

「私の――勝ちです」

「その年齢でこんなプレイを、あっという間に……末恐ろしい子っす!」


 なんだ、この盛り上がり方は。


「ね? 楽しそうでしょ?」

「だ、だなぁ……楓と精神年齢が近いのかもな」

「それは、どうなのよ?」


 半分冗談だけど。

 でも、汐穂ちゃんの精神年齢は実際かなり高そうだしさ。


「あ、優人さんおかえりなさいっす」

「おかりなさい。すみません、本当に買ってきていただいてしまって」

「あぁ、ただいま。汐穂ちゃんも気にしなくていいから、たべ――」

「お! ここ美味しいって有名な店じゃん! 早く食べよっ。あ、私飲み物淹れるね!」


 落ち着けよ! どっちが年上かほんっとにわからんな。




 ケーキを食べたり、ゲームをしたりしているうちに夕方になってしまったので、今日はこれにてお開きとしたほうがいいだろう。

 凪音だけの時は夕飯まで食べていったりしたけど、汐穂ちゃんがいる以上そういうわけにもいくまい。


「家の人が心配するだろうし、そろそろ帰らないとな。送っていくから」


 俺がそういうと、汐穂ちゃんは丁寧にお礼を言った後。


「まぁ、うちには誰もいないのですが」


 と、答えた。


「誰もいない? 出かけているのかな? じゃぁもう少し……」

「あ~、違う違う。パパは仕事であんまり家にいないんだよ元々。ママは昔に死んじゃってるしさ。いつもはパパの再婚……予定の人がいるんだけど、今日は来てないってだけ」


 凪音が、さらりと佐倉家の事情を説明してくれる。

 いきなりで色々追い付かないが、取り合えず佐倉家には今、大人がいないということだけはよく分かった。


「あ~……うん。それなら皆で夕飯まで食べるか」

「そっすね! みんなでどっか食べにいきましょうか! 私と優人さんで奢るっすよ!」

「あぁ、奢る奢る」


 超奢るよ。

 正直言って、この歳になってずっと一人だと子供と接する機会なんてないし。

 しかも相手が凪音の妹となるとな。ケーキだろうが飯だろうが、「孫になんでも買ってあげるおじいちゃんムーブ」をしそうになる。

 まぁ、あんま極端にやると良い事じゃないだろうから、自重して「なんでも奢っちゃうぜ!」とかはしない方がいいんだろうが。


「だってよ、汐穂」

「しかし……そこまで甘えるわけには」

「ん~、大丈夫じゃない? 私が体で返すし」

「おいっ、誤解を招く表現をすんなっ」

「ん? あぁ、私が家事手伝いして返すし。まぁこっちは文字通り体でもいいんだけどさ」


 よかないよ!

 妹の前に何ってんのこいつ!


「すみません、姉がこんなんで」

「ちょ!? こんなんってひどくないっ!?」

「体で返してくれるんっすか~。それ、汐穂ちゃんを抱っことかでもいいっすか?」

「お前は真剣な顔で何聞いてんだ!」


 も~、どいつもこいつも!


 俺が頭を抱えそうになっていると、汐穂ちゃんがいつの間にか近くにいて、服のすそをクイクイと引っ張られた。


「お兄さんは、やっぱりあんまり怪しくない気がしてきました」


 ……うん。やっぱなんでも奢っちゃう。







 それから。

 汐穂ちゃんはちょくちょく凪音と一緒に遊びにくるようになった。

 毎週毎週、休みの度にって感じになっている。


 といっても、俺の家には流石に来ない。というか俺が呼ばない。

 凪音だけでも社会的な死が垣間見えているのに、汐穂ちゃんは絶対アウトだろう。


 なので、俺が汐穂ちゃんに会うのは楓の家に集まる時だけだ。


 楓は相当汐穂ちゃんを気に入っているようだが、意外な事に汐穂ちゃんもかなり楓に懐いている。

 なんかレトロゲームにもハマってしまったらしく、楓と遊びたいと凪音にねだるようにすらなっているそうな。


 今日も、凪音は汐穂ちゃんを連れて楓の家に行っている。

 っていう電話が、今まさにきているんだけどな。

 電話の後ろで楓が騒いでる声が微かに聞こえるし。多分汐穂ちゃんとゲームをしてるんだろう。


『いや~、しかし改めてびっくりだわぁ。結構人見知りの汐穂があんなに楓ちゃんに懐くなんてねぇ』

「そうなのか?」

『まぁねー、あの子あんな調子だし。同年代とはあんまノリが合わないんじゃん?』


 それはあるかもしれん。

 かなり大人っぽいもんな、汐穂ちゃん。


『うちだと、パパは大抵いないし。ママもね、汐穂にとってはずっといないし。再婚予定の人とは仲良くしてるみたいだけど、やっぱどっか寂しかったりするんかなぁ』


 ふむ。


「凪音はどうなんだ? その、お母さんのことは」

『私? んー、ママのことは、昔は寂しかったけどね。今はあんまり。パパの再婚も、事故の前に話を聞いた時は、ちょっとイライラしてたけど。今は、そんなに』


 今は、か。

 やっぱり、家族ってのはどこも色々あるもんなんだなぁ。


『それにほら、私には優人がいるしね。今日も、本当はすんごい会いたいんだけど? 最近会う回数減ってるから、割と切実に』

「あ~……すまん」


 今日は仕事は休みなのだが、仕事以外でも色々やらなくてはならない事が溜まっているので楓の家にはいけなかったのだ。

 凪音はその用事にすら付き合うと最初言っていたのだが、汐穂ちゃんと楓の家で遊ぶことを優先してもらった。

 流石に、銀行だの役所だの歯医者だの理容院だのにずっと付き合わせても悪いし。


『……今度、ちゃんと会ってよね? そろそろ抱きついとかないと、また幽霊になっちゃいそうだよ私』

「そりゃ、まずいわな。了解。近いうちに必ず」

『ん。じゃ、また後でね』

「あぁ、また」


 電話を切って、家をでる。


 今度凪音に会った時に機嫌を取る為に、美味しいケーキ屋さんとか、パン屋さんとか、その辺を探しておくとしようかね。


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