第12話 佐倉凪音のif

「ん。じゃ、また後でね」

『あぁ、また』


 優人との電話を切る。


 ほんとに、ほんっとに優人に会いたい。

 我ながら、これはちょっと異常だなぁ……。

 なんだかんだ、毎週一回以上は会っているのにコレだもんねぇ。


 普通に会いたいってのもあるんだけど。これは、なんていうか。

 長く優人と離れていると、心の奥底っていうか、なんていうんだっけこういうの。深層心理? 無意識? みたいなやつが、ざわつくのが分かる。


 やっぱこれ、幽霊だった時に優人に取り憑いてたことの後遺症だよねぇ。

 くっついてないと心がどうかなっちゃう~! とか、重すぎでしょ!

 なんか、自分がすごい重い女みたいでほんと困るわ。


「凪音ちゃん、電話終わりました~? ゲーム交代しますー?」


 っと、楓ちゃんが呼んでる。

 今は、楓ちゃんと汐穂と遊んでるんだし。

 優人とはまた会えるんだから、我慢我慢っと。


「うん、やるやるー」


 キッチンの方から、リビングの方に移動して楓ちゃんと汐穂に混ざる。


「いやぁ、汐穂ちゃんの覚えの速さやばいっすね。私相当ゲーム歴ある方だと思うんっすけど、一部のレトロゲーだともう互角になってきちゃってるっすよ……」

「そ、そうなんだ。汐穂がねぇ」


 無言でドヤ顔っぽい感じになっている汐穂。

 うーん、この子がそんな才能を発揮するとは。

 ま、昔から頭も私よりよかったしなー。


「だけど、姉の威厳として負けるわけにはいかんね!」

「お、汐穂ちゃんと姉妹対決っすか?」

「姉さんには、正直負ける気がしないです」

「なんだとぉ!?」


 絶対泣かす!!




「なんだよぉ~~。なんで勝てないんよ~」

「姉さんは、適当すぎ」


 妹にぼこぼこにされ続けるの、ゲームとはいえ心折れるわぁ!


「あははっ、このゲームはこの前の落ちもの系と違って、連鎖させるのがキモなんっすよ。ただ早く落としても勝てないっす」


 追い打ちかけないでよっ。


「もう、ゲームやめてアニメとか見ようよ~」

「またですか姉さん。でもあれは、子供向けですし」

「そうだけどぉ! 大人にも面白いんだってば!」

「たしかに、私もちゃんと見直したら思ったより面白かったっすねぇ」


 ほらぁ!


「汐穂だって、昔は一緒に見てたじゃん?」

「昔の話ですし……もう卒業かなって」


 勝手に卒業すんなっ。


「じゃー、今日はお出かけでもしましょっか?」

「お出かけ?」

「ですか?」


 楓ちゃんの提案に、汐穂と一緒に首を傾げる。


「今日は優人さんいないですしね。服でも見に行きます? そろそろ私も夏服とか買いたいですし。最近はゲームずっとしててちょっと出遅れたっすけど」

「あ~、そういやそだねぇ。もうかなり暑い日あるし。私も最近の休日は優人とずっといるから、服とか新しく買ってないや」

「私は、服とかは別に」


 汐穂はあんまりお洒落とかには興味ないんだよね。まだ。


「そう言わずに! 是非私に買わせてくださいっす!! 着てほしい服たくさんありますんでっ」

「ほら、楓ちゃんが選んでくれるってよ」

「えぇ……」


 うわぁ、楓ちゃんのテンションに汐穂ちょっと引いちゃってる。

 正直、分かるけど。なんか圧がすごい。


「でも、あの。楓さんが可愛いと思う服なら、ちょっと着てみたいかも、です」


 っとぉ? 思ったけど、結構、これは満更でもない……?

 汐穂、本当に楓ちゃんに懐いてきたなぁ。


「あの凪音ちゃん、銀行寄ってもいいですか? 貯金全部下ろしてくるっす」

「ダメにきまってんでしょ! やりすぎたら汐穂が困るってば」

「そうです。困ります」

「くっ……ま、まぁいいっす。後で優人さんに自慢しよーっと。凪音ちゃんは今日は見るだけにして、後で改めて優人さんと買いにいったらどうっすか? 絶対買ってくれますよ」

「あぁ~……」


 それは、きっと頼めば買ってくれるだろうけど。

 流石に、私の服まで買わせるのはちょっとなぁ。

 幽霊の時は色々買ってもらってたりしたけど、あの時はどうしようもなかったからっていうのも大きかったし。


「遠慮しないでいいんっすよ。あの人には、むしろ凪音ちゃんの可愛い服を見れるのはご褒美でしょ。っていうか、私が今まさにそんな気分っす!」

「そ、そうなんだ。じゃぁ、うん。後でちょっとだけ頼んでみよっかな」

「それがいいっす。あんなに優人さんの世話を焼いてるんですし。優人さんにとってもお返しの丁度いい機会だと思うっすよ」


 私が優人にお弁当作ったりするのは、寧ろ私からの恩返しなんだけどねぇ。

 一生かかっても、続けたい恩返し。

 ま、優人は「そんな必要ない」って言うんだろうけどさ~。







 楓ちゃんに車をだしてもらって、ショッピングモールへと向かう。

 その途中で気が付いた。


 この道の先って……。


「楓さん、違う道をいってもらってもいいですか?」

「へ? どうしたんっすか?」


 汐穂が私より先に口を開いた。

 まぁ、汐穂は知ってるよね。


「この道の先は、その」

「いいよ、このままいって楓ちゃん」

「姉さん、でもっ」

「いいんだって。もう過ぎたことなんだから」

「え、え~っと、どういうことっすか?」


 この道は、つまり。


「あれだよ。この道の先でさ、事故にあったんだよ」

「あ――」

「でも、ぶっちゃけ私その時の記憶とか殆どないしさ。もう気にしてないから、普通に通っちゃって」

「……わかりました」


 私自身に記憶はない。

 だから、目が覚めて、病院にいた頃に聞いた話だ。


 車が暴走してつっこんだらしい。

 アクセルとブレーキの踏み間違いとか言ってたかな。


 あの時間帯、あの場所は学生が多いから。

 女の子が二人、巻き込まれた。


 一人は意識不明の重体。

 そして。

 一人は死亡。


 だった、らしい。


「あ~、ここだわ。ちょーっとだけ覚えて――!?」


見えた。

今のは。


「……凪音ちゃん?」


楓ちゃんが、心配そうな声を出した。


「ん?」

「大丈夫っすか?」

「あぁ、うん。ぜーんぜん大丈夫。言ったじゃん、私は殆ど事故の時の記憶とかないからさ」

「そ、っすか」


そう。覚えてない。


私と、もう一人轢かれてしまったらしい、ダレカ。

その子のことも。


でも、今のは……。







 ショッピングモールについた私達は、まずはクレープを食べて。あ、因みに楓ちゃんが奢ってくれた。後で何かお返ししなきゃだ。


 それで、服屋をいくつか、回って……。


「ねぇ。楓ちゃん」

「はい? どうしました、凪音ちゃん?」

「ちょっとさ、私用事思い出しちゃった。先に帰るからさ、買い物終わったら、汐穂のことを送ってもらっていいかな?」

「へっ?」


 楓ちゃんが、驚いた顔で私を見る。

 汐穂も、意外そうな表情だった。


「姉、さん?」

「たいしたことじゃないんだけど、ちょっとね」

「だったら車で送りますよ私。買い物はまたくれば……」

「いいのいいの! 二人はそのまま続けてて!」


 そう言って、身をひるがえした。


「ちょ、凪音ちゃん!?」


 ごめん楓ちゃん。

 やっぱ、気になる。




 楓ちゃんと汐穂と、強制的に別れて。

 私は、車で来た道を戻っていく。


 目的地は、私が轢かれたあの道だ。


 歩きだから、車で来た時よりずっと時間がかかったけど、たどり着いた。


 轢かれたのは二人。

 私と、死んでしまったらしい、もう一人。


 多分、今目の前にいる幽霊が。


「……もう一人、なんだろうなぁ」


 さっき、車で通りすぎた時に見えた。

 道の端っこの方にぼ~っと立っている。多分、女の子。

 私の学校で轢かれた人は私だけだったから、他校の子だろう。


 死んでから時間がたってしまっているせいか、見た目はよくわからない。

 はっきり認識できないっていうか、ぼんやり存在しているだけっていうか。

 殆ど黒い靄のようになっちゃってる。


 私が幽霊の時に消えてしまったのは、体に戻ったから。

 逆に言えば、あの時戻れなかったら私は死んでたんだろう。

 お医者さんになんか色々説明された内容はよくわからなかったけど、意識が戻ったのは殆ど奇跡みたいなもんだったって言ってたし。


 きっと、優人に守っていてもらえたから助かったんだと、私は思ってる。


 もし、戻るところもなくて、誰にも守ってもらえなかったら?


 ――「こう」なっちゃうんだ。


 この子も、そのうち消えちゃうんだろうなぁ。

 徐々に希薄になっていって、誰にも知られずに、消えていく。


「……はぁ。しんど」


 これは、しんどいって。

 まるで、自分のifっていうか、分身を見せられた気分。


 一歩間違っていたら、優人に出会っていなかったら、私はこうなってた。


「ちょっと、待っててね」


 ただぼーっと立ってるその子に一言話しかけて。

 私はスマホを操作した。

 近くの花屋さんを探すために。




 ちょっと時間がかかっちゃったけど、花を買ってこれた。

 ……お小遣いの関係上、量はしょぼいけど。

 結構、花って高いんだなぁ。


 花を、幽霊ちゃんの足元にそっと備える。

 彼女はなんの反応も見せない。


「こんくらいしかできないや。ごめんね」


 ……もし貴女の方が、優人と出会っていたら。どうなっていたんだろうね。


「はぁ。なんてね。また、来るから」


 そう言って身を翻そうとした、瞬間。

 彼女が、縋るように手を伸ばしたのが分かった。


「――ぇ?」


 そうしたら、急に目の前がチカチカして。

 地面がゆっくり起き上がってくるのが見えて。


 目の前が真っ暗になった。







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