第23話 ちょっとだけ羨ましー

 結局、佐倉がウチに遊びに来た後は飯だけ食って帰っていった。

 まぁ帰っていったといっても俺が車で送っていったのだが。


 凪音の方もその後すぐに消えてしまった。

 佐倉に取り憑く――本人は「同期」とか表現していたが――のが負担になったのかもしれないけれど、元々不安定な状態だったし実際のところはわからない。


『しばらく出てこれないかもだけど、少し時間が経てばまた化けて出るから大丈夫よ。その間に、佐倉をデートに誘うくらいはしときなさいよねー?』


 とか消え際に言っていたが……。

 デートって言われてもなぁ。


 職場で楓にも事情を話したところ。


『優人さんがまた一から佐倉ちゃんを口説く、っすか……それは楽しみっすね』

『いや、状況的に楽しみとか言ってる場合じゃないだろう。何しろ佐倉の体が』

『だめっすよー。割と深刻な事態なのは分かりますけど、優人さんの根暗な性格だと深刻になってたら上手くいくものもいかなくなると思います。凪音ちゃんが大丈夫って言ってるんっすから、優人さんは気楽に遊びにいったりしてればいいんですってば』


 などというアドバイスをうけた。


 誰が根暗じゃ! と言いたいところだが、いい加減己の性格にも自覚が出てきているので黙って助言を聞いておくしかない。


 気楽……気楽にね。







 ――これは、気軽すぎやしないか?


「ゆうくーん、今日のお昼なーにー?」

「お前なぁ……うちは定食屋じゃねぇぞ」


 佐倉の奴は普通に俺の家に顔を出すようになった。

 っていうか、ただ飯を食いに来ているだけな気もする。


 気楽に気楽にと構えているつもりなのだが、佐倉の方が更に気楽なので勝手にきて勝手にくつろいでいる感もある。野良猫かよ。

 この前なんて仕事から帰ったら佐倉がリビングで寝てた。

 こいつ、記憶をなくす前に渡したうちの合い鍵持ちっぱなしだしな。


「ちがうって~。家よりこっちのが居心地が良いから来てるだけでー、更にゆう君のご飯が思いのほか美味しいから奢ってもらってるだけでー?」


 やっぱり飯食いに来てるだけじゃねーか。


「まぁ昼飯を一人分つくるのも二人分つくるのも大して変わらんから別にいいが……。俺らの元の関係を考えるなら、もうちょっと警戒とかしてもいいと思うぞお前は」


 凪音の思惑通りなのかは知らんが、餌付け的なものには成功してしまったようだ。

 だが、所謂恋愛事に発展しそうな気配はない。

 いくども佐倉は来ているが、寧ろどんどん警戒心が消えているだけな気がする。


「けーかい? なんで?」

「いや、だからさぁ。こう、俺が我慢できなくなったらどうするんだー、みたいな感じのあれだよ」

「あ~。そーゆーのな。ゆう君相手だとなんかそういうの気になんなくてさ。安心感だけはあるよなー、ゆう君って」

「いや、気にしろよ。一応俺も男だぞ」

「もしもん時は優しくしてね~?」


 だめだ。こいつ全く俺のことを男と認識していない。

 距離感が思いのほか簡単に近くなったのだけれど、記憶が戻る様子もないし。

 このままでいいのだろうか……。


「はぁ~。とにかく、なんか作ってくる」


 因みに汐穂ちゃんは大抵、例の再婚相手さんと飯を食べているらしい。

 佐倉は、その空間をあんまり居心地良くは思っていないということなのだろうか。

 

 確かに「家族なのに知らない人間」相手というのは気まずい部分もあるのかもしれないが。


「おー、サンキュー。今日は何食べさしてくれんのー?」

「適当に作るから適当に時間潰しててくれ。動画とか好きに見てて良いから」

「うーぃ」



 佐倉を置いて、キッチンで調理を開始した。

 キッチンからは佐倉がテレビを弄っている姿が見える。


「……なんか、懐かしいなこの風景も」


 あの時の彼女は幽霊だったけれど。

 とても静かで恐ろしく退屈だったこの部屋に、彼女の存在は異質で違和感満載の乱入者だった。


 そして、俺にとっての救いだったのだ。


「はぁ。なんだか遥か昔のことみたいな感じすらするなぁ」

「なんか言ったー、ゆう君?」

「独り言だ。気にしないでいい」

「ん~」


 俺も、佐倉の救いにはなりたいところなのだけれど。

 はたして「運命の恋」とかそういうのが何度も味方をしてくれるほど自分がロマンチックな人生を送ってきたかといえば、とてもそうは思えなかった。




「ほら、できたぞ」

「おー、ありがと。お腹へった~」


 机に料理を並べて佐倉の反対側に俺が座る頃には、彼女はいただきますを済ませてしまっていた。


「うん、うめーわ! やっぱやるな、ゆう君っ」

「そりゃよかったよ」


 自分も料理に手をつけつつ、話題を探す。


 本当は恋愛に繋がるようなアレコレを考えなければならないのだろうが、経験が無さ過ぎて何をすればいいのかさっぱり分からない。

 なので、取り合えず気になっていることから聞いてしまうことにした。


 今の距離感なら、多分聞いても大丈夫なはず。


「あのさぁ佐倉、お前まだ夏休みとかじゃないよな?」

「うっ」


 佐倉が一瞬固まる。

 が、すぐに解凍された。


「ま、まーねー? もうすぐだけどね」

「ってことは、お前学校まともに行ってないよな?」


 うちに来る頻度を考えるとそういうことになる。

 俺が仕事に行っている間も、多分うちで勝手に時間潰したりしてるし。


「あ~、それはー」

「別に怒ってるとか、窘めたいわけじゃないけどな」

「あ、そう? うん、行ってないわー。なんかさぁ、流石に浮きまくっちゃうからさぁ。しんどいって程じゃないけど、ちょっとだるいよなぁ」


 そりゃそうなるだろうなぁ。

 留年してる上に記憶喪失のクラスメートとか、どう接していいのか分からないのが普通だろう。


 そういう環境から足が遠のくのも、人情として理解はできる。


「一応な、お前の親父さんと話したりもするんだけど」

「ま!? ゆう君そんなことしてんのかよ」

「いや、この状況を親に報告しないでいたら俺捕まっちゃうだろ」


 電話で、ではあるが、佐倉のことについては報告や相談はしているのだ。

 あちらはあちらで、元々のコミュニケーション不足に加えて今の娘のぶっとんだ状況に完全に参ってきている様子だった。


 親子というのも、面倒が多いものらしい。


「んで、一応特別学級っていうのかな。教室に通わなくても卒業単位まではこぎつける方法はあるらしいぞ。学校に通わないといけないのは変わらんけどな」

「あ~……うん、前にちょっと聞いた気がするわー。先生に」


 渋い顔になりつつ、それでも食事をする手は止めない佐倉。

 美味しく食べてもらえるなら作ったかいはあるなぁ。


「まぁ、それもあくまで一つの選択肢だけどな。絶対卒業しなきゃならんわけじゃないし、それで佐倉が将来困るようだったら俺がなんとかすればいいんだし」

「――はぃ?」


 ん? 今度は佐倉の手が止まった。

 あんまり好きじゃないメニューだっただろうか、青椒肉絲は。

 ゴーヤはダメだけどピーマンの苦さは大丈夫だったと記憶しているんだが。


「あのさぁ。あたしが言うのもなんだけど、ゆう君あたしにめっちゃ甘くね? 先生には、将来のことがどーとか超言われたんだけど」


 それはまぁ、ある程度先生が正しいわな。


「心配されてるんだろ。ただそれは他人としての心配だからなぁ。俺の場合、勝手で悪いが佐倉のことを他人とは認識できないし」

「つっても、あたしらもう恋人とかじゃないんだぜ? ゆう君に将来のことまでなんとかしてもらうのっておかしくね?」


 だったら今まさに飯を食いに来ている状況も十分おかしいが、彼女のいう事も分からんでもない。

 普通、結婚もしてない相手の将来まで責任は持てないだろう。


 だだ、なぁ。


「今の佐倉に言っても分からんだろうが、俺は人生一回諦めた人間なんだよ。そんで、佐倉に助けられた。佐倉が困ってるんなら、俺の人生はそれを解決するために使うのが一番しっくりくる。それだけだよ」

「それだけって、どんだけだよ。何したんだよ前のあたし。やべーな」


 実際、割とお前はヤベー奴だったけどな。


「ん~、でもさぁ。いくら同じ人間つっても、また同じように好きになれるかなんて分かんねーじゃん? それに、あたしの記憶ないうちにお互い他の誰かに惚れるかもだろー?」


 それは、そうなのかもしれない。

 自分が彼女以外を好きになっている状態を想像はできないが、可能性としてはありえることだ。


 けれど、それは恋愛の好いたの惚れたのレベルの話しだろう。


「それはそれでいいんだよ。ただ俺が佐倉にどうこうしたいってのは、親が子になんとかしてやりたいっていうようなニュアンスもあるしな。理由や種類はなんだっていんだ。兄が妹にでも、親友としてでも、なんでも。俺がしたいだけなんだから」


 実際、彼女の父親も不器用ではあるが、娘たちに人生を捧げて生きているように見える。


 傍で聞いた感じだと、彼がひたすらに金を稼いで貯めこんでいるのは将来の凪音と汐穂ちゃんのためだ。

 そのせいで子供とコミュニケーション不足に陥っているのでは本末転倒にも思えるが、そうと分かっても最早当人では変えることのできない生き方なのだろう。


 再婚相手さんとの出会いで、これからその辺が変わっていくのかどうかは俺には分からんことだが。


「………………」


 気が付くと、佐倉はぽかーんとした表情でこちらを見ていた。


「な、なんだ、どうした?」

「い、いや、なんつーかさ。前のあたしがどんなんだったのか知らんけど、ちょっとだけ羨ましーなぁと思って」

「羨ましい?」


 佐倉は、止まっていた食事を再開しながら言った。


「そ。よっぽど、すんごい運命的なあれこれが沢山あったんだろーなってさ。あたしはその記憶とかねーから」


 あぁ、そういうことか。

 でも、別に運命的な体験を沢山したってわけではない。


「割と普通のことしかしてないよ。普通に、遊びいったりとかだった」


 そう、彼女が幽霊であったことをのぞいては。


「ふ~ん」


 佐倉は料理を平らげてご馳走様をすましてから、にやりと笑った。


「じゃ、あたしとも遊ぼーぜ?」


 おや?

 これってデートの約束、達成できそうなのでは?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る