エピローグ(WEB版最終回)

前編 騒がしい一年間

「がえでぢゃん~~!!」

「なおぢゃ~~ん!!」


 俺の自宅のリビングで抱き合って号泣している二人が泣き始めたのは十分前だ。

 五分前までは俺も貰い泣きしていたのだが、流石に涙が止まってしまった。


「う~。凪音ちゃんに触れるっすよー!」

「楓ちゃんのことも触れる~!」


 凪音が正体を明かしたあの後。

 楓をウチに呼び出して、凪音と再会させて。

 パニックに陥った楓に諸々の事情を説明し。


「ほっぺたすべすべのぷにぷにっす~!! ちょっと腹立つ~!」

「楓ちゃんの腰ほっそりしてて抱き心地良い~!」


 説明しているうちに泣きだした凪音と、状況を把握して泣きだした楓が。抱き合って、お互いが見える上に触れることに感動して……。


「おっぱいも大きくてこれもちょっと腹立つっすよー!」

「ちょっ、やめっ。楓ちゃんだってまぁまぁあるじゃんっ!」

「いい加減にしろお前らっ。近所から苦情きたらどうすんだ」


 だいたい、方向性がちょっと怪しくなってきてんぞ!


「いーじゃないっすかぁ。やっと凪音ちゃんのこと触れて見れて、しかも凪音ちゃん生きてたんですよ! もう、これはお祭りっすよ。パーティが必要です」

「言いたい事はわかるけど、落ち着け」


 だからってセクハラすんのは違うと思うぞ。


「楓ちゃんともう一回会えて私だって嬉しいんだから、いいじゃん! ありがとね楓ちゃん!」

「え? なにがありがとうなの? 凪音ちゃん」


 一度離れた凪音が、また楓に全力で抱き着いた。


「私がいない間、優人と一緒にいてくれたこと。私の為に泣いてくれたこと。私と、友達になってくれたこと。ぜんぶ!」

「……ううん。私こそ、帰って来てくれてありがとう凪音ちゃん。やっぱ優人さん一人だけじゃ物足りないっすからね!」


 凪音をぎゅっと抱きしめ返しつつそう言う楓。

 物足りないってお前な……。

 いや、否定はしないけど。


「ま、一番嬉しいのは優人さんっすよね! もうすることしたんっすか?」

「なんだよするこ」

「した! キスはしたっ。それ以上はまだ!」


 おい、喋らせろ。


「はー、じゃぁこれからっすか。私帰りますか?」

「帰らんでいい!」

「そーだよー。なんなら三人で一緒にする?」

「しない! っていうかお前ともしない!」


 凪音と楓が信じられないものを見る目で見てくる。

 な、なんだよ。


「え……? 優人、しないの? 私触れるのに?」

「だ、大丈夫っすか、優人さん。えと、ご病気とか?」

「あのなぁ……」


 凪音を指さす。制服姿の凪音を。


「せめて学校卒業しないと、そういうのはまずいだろ」


 未成年なんだから。


「……はぁ~」

「……ふぅ~」


 なんだよっ!


「おじーちゃんかっ! ま、ゆーとらしいけどねぇ~」

「ははっ。枯れてますからねこの人」


 ほっとけ!!


「ま、いーわ。私もさぁ。色々あったけど、結局幽霊の頃の感覚自体はずっと心の中にあるみたいでねー? だから、どうにでも優人のこと好きになれそうだし。しばらくは健全な凪音ちゃんでいてあげよう!」

「それはどーも。俺もまぁ、お前のことはどうとでも好きでいられるだろうさ」

「うわー、これ私が死にたくなるやつっすね!」


 それは、ごめん。


「しかし、そういうことっすか。優人さんが自制心のお化けなのか、それとももう性欲とか残っていない干物なのかと思ってましたけど。要はもうその次元を越えたレベルでのお付き合いをなさっていると。あ、やっぱ死にたくなってきました」


 自制心のお化けなら、凪音がいなくなって号泣はしてないし。

 性欲が枯れ果ててるのは……どうなんだろ。ないわけじゃないんだけどなぁ。


「ま、一時期は声だけの状態でも好きだったんだから。今更肉体の有無なんかでどうこうなるような関係じゃねーのは確かだな」


 あと何度も死にたくなるなよ。

 ……気持ちはわかるけどね。


 正直、ちょっと申し訳ない。


「ん~。私もだなぁ。いや、くっついてられるならそれはそれで興奮するんだけどさぁ。今仮に優人が声だけの存在になっても変わらず好きでいるだろうし。そんな関係なんだろうねー。私らって」


 興奮するのか……。

 そこは、安心するとか幸福感があるとかにしてほしかった気がしないでもない。


 まぁ、しばらくは肉体と幽霊とのギャップで肉食系モードなのだろう。


「このくそバカップルどもめ! 爆発してしまえ!」


 ついにキレた楓が叫ぶ。

 うん、俺も自覚はあるんだ。


 でも、しょーがない。

 好きなんだから。


「しっかしさぁ~」


 凪音が部屋の中を歩いて行って、元々凪音の為に割り当てた部屋の扉を開いた。


「うっわ。やっぱそのままじゃん。私が居た頃となんも変わってない」

「あ~。まぁ、なんもしてないからなぁ」

「私が偶にベッド借りてはいたっすけどねぇ~」


 偶にじゃないだろ。

 頻繁に寝てただろ。


「ってことは、当然、残ってるんでしょ? 諸々」

「……まぁ、ね」


 自室の戸棚を開けて箱を取り出して持ってくる。

 中身を机の上に並べた。


「マフラーとかアクセサリーとか……あぁ。これって凪音ちゃんの思い出の品ってことっすか?」


 そうなのだ。

 捨てろと言われたのに、しっかり保存してしまっていた。


「はぁ~。私が消えたら全部処分しとけーって言ったのに、もう」

「しょーがないだろ……」


 自分でも引くくらいに落ち込んでたからな。


 凪音が消えたら、どうしたって後悔も未練もあるだろうとは思っていたが。

 予想以上だった。


 正直、世界から色彩も匂いも消えたとすら思ったほどだ。

 そんな中、思い出の品を捨てる度胸がなかった……。


「これらの品はぼっしゅ~でーす」


 箱の中の品を学校鞄に放り込んでいく凪音。


「ちょ、おま」

「だってこれ、元は私へのプレゼントでしょ~?」

「ん? まぁ、そう言われてみればそうだな」


 そういや、そうだったわ。

 今まではコピーしてたから忘れてたけど。


「そのかわり、ほれっ」


 凪音が、鞄に物を詰める代わりに。

 鞄に入っていたものを俺に放り投げてきた。


「っと。これ……って」


 俺の手に収まったのは、「奇妙なくまっぽいナニカ」のぬいぐるみだった。


「最初に、凪音にあげた。ぬいぐるみ……」


 そう、初対面の時。

 落とし物を拾ってくれた凪音に、お返しにあげたプレゼント。


「私の家の私の部屋にずっと飾ってあったわ。それ、私の部屋に飾っといて」

「私の部屋? ってそこか?」


 凪音が幽霊のころ使っていた部屋を指さす。


「そ。私またここ使っていいでしょ?」

「そりゃいいけど……あ? 使う?」

「あぁ。お二人同棲するってことっすね。おめでとうございます」


 ――同棲?

 あ、そっか。

 凪音ってもう体あるんだし、同棲になるか。


 幽霊時代も同棲っちゃ同棲だったけど。

 いや、どっちかというと同居とか居候だったけどさ。最初は。


「勿論それはかまわないけど。親御さんに挨拶に行かないとなぁ」

「はは、頑張ってくださいね~」


 楓が気楽な調子で言ってくる。


 内容的には全然気楽じゃないけどなぁ。

 でも、凪音と一緒にいることができるなら、それらすべては些事にすぎない。


「ついでに結婚の申し込みもしちゃってもいいけど?」

「ん? んー。それでもいいけど。学校卒業するまでは待つよ俺?」

「そう? 私はどっちでもいいけど」

「さらっと私の前でプロポーズかますのやめてくれませんか? 死にたくなるっす」


 ふむ。

 これ以上、楓を精神的に追い詰めるのはいけない。やめておこう。


「ん? なんなら楓ちゃん優人と結婚する? 私は養子縁組でもして優人の妹あたり収まっておいて」

「まてまてまて」

「いや~。前も言ったけど、私は優人さんは好みじゃないっす。そういうのは対象外っすね」

「だから、勝手に振るな!」


 こいつらの感性にはやっぱついていけん。

 凪音も、やっぱ幽霊の頃の感覚が残っていると言うだけあって、かなりぶっ飛んだ感覚のままみたいだな……。


「私は優人と一生一緒に居られるならなんでもいーしなぁ」

「それは俺もだけど、取りあえず落ち着け。人生には他にも色々諸々めんどうなことがだなぁ」

「死んだら関係ないから大丈夫だって」


 くそ大胆な極論言いやがって。

 ある種、死んだ後に詳しいだけあって説得力があるから厄介である。


「はー、そういうもんなんっすねぇ。勉強になります」

「参考にすんな! これは特殊な経験を積んだ人以外真似しちゃダメなアレだぞっ」

「だって~! あんたらの仲を見せつけられた後にふつーの恋愛するの厳しいっすよぉ~!」


 俺らはふつーじゃないってか?


 ないかもしんないけど。


「大丈夫だって。楓だったらいつか絶対見つけられるよ。心からイイ奴でなおかつ、楓以外目に入らないヤツ」


 運がよければ。多分。


「ちょっと自信なさげじゃないっすかぁ!」

「いや、ほら。出会い自体は運次第だからなぁ……」


 世界のどっかには絶対いると思うけど。


「まぁ、ぶっちゃけさぁ。スペック的には優人より高い男なんていくらでもいるしねぇ~。私は優人以外の人間は無理だけど、ちゃんと探せばいい男ゲットできるよ楓ちゃんなら!」

「それはノロケてんすか? それとも私を励ましてんすか?」


 いや、寧ろただ俺をディスっているだけではなかろうか?


「ん? なんつーの。結婚も恋愛も色々あるんだろうけどさ。心から好きになれるんなら、色々かんけーないよって話。あ、マジで心からね? 文字通り死んでも、のやつね」

「それは、お前にしかわからんやつだ」


 俺と楓にはわからん。


「ほー? じゃぁ優人は私のこと死んでも好きって自信ないわけ?」

「あるわ。俺がお前より先に死んだら化けて出てやるから覚悟しとけこら」

「言っとくけど、今の私は幽霊とかふつーに見えるからね? 死んでも簡単には私あんたのこと放さないからね? 覚悟するのはそっちの……」

「すとーっぷ! すとっぷざノロケ! これ以上は私のボッチ力が暗黒面っす!」


 楓が睨みあう俺と凪音の間に体を割り込んでくる。


 チッ。覚えてろ凪音。後で俺がいかに引くくらいにお前を好きか思い知らせてやる。


「あれっすね。これ以上ここに居るとムカツクので。花見に行きましょう! それはそれで腹立たしい展開が予想されますが、私に花見の諸々を奢る事でよしとするっす」


 あー。ちょっと離れた大きな自然公園が花見の名所だったか。そこで屋台とかもでる大規模な花見やっていたなぁ。

 そこで奢れと。

 まぁいいけど。


「じゃあ行くか。なんだかんだ三人では行けてないからな。今こそ行くか」

「あ、四人でもいい?」

「はい?」


 どっから後一人召喚するんだよ。


「妹連れてきてもいい? その、ほら。あんまり遊んであげてなかったんだわ。最近は。でも、私の目が覚めてからは結構べったりで……」


 妹?

 あぁ、そういえば。妹がいること自体は本当なんだった。


 あんまり仲が良くなかったってのも、嘘ではなかったのか。


「別に、連れてきても全然構わないが」

「凪音ちゃんの成りすましてた妹さんってやつですか? じゃぁ歳も近いんっすね」


 あの凪音の妹のフリからすると、結構歳は近いイメージになるな。確かに。


「ん? いや、汐穂はまだ小学生だけど?」


 小学生かい!


「何だ……。じゃぁ、あの妹のフリは完全に凪音の創作だったのか」

「え? 結構、汐穂っぽくしたよー。あのコって歳のわりに大人っぽいからさぁ~」


 ……あのキャラで?


 なんか、凪音と妹さんがあんまり仲良くなかった理由がわかったような気がする。


「まぁいいや、いくなら早く行こう。遅くなっちまう」

「おっし! じゃ、一度私んち寄ってこう。ついでに私の同居の話もしようっ」

「それってついでにしていい話っすかね……?」

「全然いいわけないだろっ」


 がやがやと賑やかに外に出て。


 三人揃って、いや四人で花見へと。


 全く……賑やかで。

 涙が出そうになるほど、賑やかで。


 夏には、行く場所も決まっている事だし。


 忙しくなりそうな一年が、やっと始まったのだった。




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