後編 それはヒマワリに似て

 俺は、平凡な男だ。


 別に何も特別な特技や趣味は持っていない。当然、使命も宿命もない。

 ただ、生きてきただけの。平凡な人間。


 なのに、少しばかり平凡ではない出会いを経験して。

 そして、割と平凡な女の子を好きになった。


 いや、まぁ。一時期幽霊だったというのは平凡ではないのかもしれないが……。


 そして、思い知ったことは。

 シンプルだった。


 個人が人生を満足に終えるのに、必要なのは。

 その人物にとっての「特別」が、たったの一つあれば十分なのだ。


 別に、世界一の美女が隣にいなくても。

 あるいは、大金持ちになる? 有名人に? はたまた俺なんかには予想もつかないナニカ?

 そういったモノが何一つなくたって。


 自分の、隣にいて欲しい人が見つかれば。

 それでいい。


 毎日の、己の意味を漂白されていくようなルーティーンの繰り返しにも。


 将来の、星のない漆黒の夜空のような未来すらも。


 それ一つだけで、色に染まり。

 光が生まれる。


 ただし、生半可ではいけない。

 生兵法は大怪我の基とも言う。


 文字通り、貫くほどの。

 それほどの、「特別」でなければいけない。


 そして、それを得たからと言って。

 満足に生きて死ねるのと、幸せに死ねるのとは。また少し違う。


 それを得た人間こそ。

 泣いて、笑って。幸せに、不幸に。

 沢山沢山、振り回されることになる。


 でも、それでいいのだ。

 だって、それが人間の本質で。

 恐らく、その一見無意味な繰り返しこそが。人を人たらしめるモノだから。


 だから、俺はこれからも。

 何度も泣いて、笑って。

 最高に幸せな気分も、どん底に不幸な気分だって味わうだろう。


 凪音は、俺の隣にいてくれるけれど。

 いつまでもは、やっぱりいられない。


 ……いや、死んだ後のそのまた後のことがよくわからないから。意外と一緒に居られる可能性もあるのか?

 まぁ、それはいいや。もしもいられたらラッキーと思おう。


 凪音と、また別れる時はきっとくる。

 その時、また俺は泣くんだろう。


 でも、それでいい。

 何度でも泣こう。

 それまでに、何度でも笑おう。


 この、延々と真っ直ぐに伸びる道の如く。

 俺の将来は決まっている。


 体が衰え、病気に侵され。

 それでも、俺はたった一つの事に満足してここから出る。


「おい」


 凪音が隣にいる。それだけで、未来が約束されていて。

 凪音が隣にいた。それだけで、俺は人生と言うものに……。


「きーてんの!! ゆうとっ」

「んぉ!? なんだ? 凪音」


 ハンドルを両手で握ったまま、助手席に座る凪音の方を見る。

 よそ見運転だけど、まぁ大丈夫だろう。


 なにしろ、地平線の彼方まで道が真っ直ぐだ。ちょっと目まいがするレベルで。

 あ、でも牛とか道に出てきてたら困るな。


「あんた、また。くっだらない、薄暗い、しょーもないこと考えてたでしょ?」


 凪音が、半目で俺を睨んでくる。


 失礼な。

 ちょっと北海道の雄大な大地と果てしない大空に思いをはせていたら、思考がトリップしてしまっただけなのに。


「いや、こう。人生の幸福はあざなえる縄の如し的な事を考えつつ、凪音と一緒にいられる現状をだな」

「アホか! 余計なこと考えてないで、私のことが大好きっはーと! とか思ってればいいのよっ。優人はいちいち難しく考えすぎなのー」


 うっす。

 そうします。


「あはははっ。ゆーとさん既に尻に敷かれてるじゃーないっすか! ウケル!」

「うるせぇ!」


 後部座席に座る楓からの、言い返せない事実を指摘する言葉にせめてもの抵抗を示す。


 そこに更に、楓の隣の席からも声がかかった。


「あの、姉がすみません。ちょっと頭がシンプル過ぎるのが欠点の姉ですが。こう見えても優人さんのことを憎からず思っていることは確かですので」

「あ、あぁ。全然大丈夫だよ、汐穂ちゃん。俺も凪音のことは大好きだからさ。……っていうか、本当に難しい言葉知ってるね」

「汐穂うっさい! 私の頭がシンプルなのはチャームポイントだもん!」


 汐穂ちゃんと凪音って、顔の作りはそっくりなのに。性格が全然似てないよなぁ。

 遺伝子の不思議だ。

 汐穂ちゃんは、ちょっと人生何週目? って聞きたくなるレベルの風格がある。


 凪音はこんなんだというのに……。


「と言うか、本当によかったのでしょうか? 妹の私なんぞがご一緒してしまって。折角、姉と思う存分二人きりで楽しめる機会でしたのに」

「あ、それ言われちゃうと私もアウトなんっすけど……」


 ほら、もうなんか。楓より威厳あるように見えるもん。


 花見以来、汐穂ちゃんも割と頻繁にウチに遊びに来ていたからな。凪音に会いに。

 どうしたって楓とも顔を何度も合わせることになっていたが。

 結構、一緒になってゲームとかやっていたし。かなり打ち解けてはいるようだ。

 まぁ……。ゲームに引きずりこんでいたのは毎回、楓のほうだけど……。


 そんで、北海道にいつかの約束通り行くことになったので。

 全員で来れる夏休みにやって来たという訳なのである。


「いいんだって。俺と凪音はいくらでも二人でいられるし。それに、何処でどうしてたって基本的に二人なら幸せだからさ。旅行を大勢で楽しむのもまた良しだよ」

「そうそうー。どーせまだエロいこととかしないし~。今回は家族旅行に近いノリで楽しもー?」

「小学生の前でエロいこととか言うなぁっ」

「あ、お気遣いなく。どうせ姉も口だけですので」


 汐穂ちゃんの発言に、楓が笑って噴き出して。凪音が真っ赤になって慌てだす。


 こいつ……妹に手玉に取られてやがる。


「そういや凪音って、彼氏できたこと……」

「うっさぃ! 童貞! 今はいるんだからいいのっ」


 彼女に童貞扱いされるっておかしくない? 大体、今いる相手って俺じゃん。


 いやまぁ、凪音と俺は。彼女のような、家族のような、憑りついた幽霊のような、なんとも言えない関係だけれども。


「汐穂ちゃんは好きな人とかいるんっすかー?」

「いたらここにはいません」

「そ、そっすかぁ~」


 後ろは後ろで、割と二人で話をしている。

 意外と相性いいみたいなんだよなぁ、楓と汐穂ちゃん。


「あぁでも、私は楓さんのことは結構好きですよ?」

「えぇ!? まじっすかっ。ど、どうしよう、歳の差が……」

「はい、適度な所が」

「……? えっと、何が適度なんでしょう?」

「姉にちょっと似てますよねぇ」

「えっと……?」


 うむ。色々と、相性がいいみたいで何より!


「ねー、優人。私このジュースちょっと苦手なんだけど。他の飲み物ないの?」


 凪音が、ペットボトルを差し出してくるので。受け取ってそのまま飲む。


「美味しいじゃん。それにこれ、北海道ではメジャーなジュースらしいぞ」


 結構、癖になる味で俺は好きだが。


「私って実はそもそも炭酸が苦手なのかなって思えてきた」


 根本的な問題じゃねーか。今更過ぎる。

 しかしなぁ。他のジュースと言っても。


「次のコンビニまで、数十キロあるぞ?」

「数十キロ!? 一桁間違えてない?」

「いや、あってるよ」

「北海道って……」


 トイレとガソリンに気を付けろと言われるわけだよな。


「私のお茶でよければあげるっすよ~?」

「あー、ちょっともらっていい? ありがと楓ちゃん」

「いいえ~」

「姉がすみません」


 なんか、汐穂ちゃんが保護者に見えてきた……。








 しばらく車を走らせて。

 俺たちは目的の場所に辿り着いた。


 一面、視界が埋め尽くされるような。

 圧倒的な、ひまわり。


 そう、いつか凪音が見たがった景色。


 夏の北海道の、ひまわり畑。


「うっひゃ~! これは、実際来て見るとすっごい!」

「ひまわりの海みたいっすねっ」

「きれい、です」


 三者三様に、テンションを上げる女性陣。


 うん、確かに。

 これは、とても綺麗だ。


 北海道の真っ青で大きな空と。

 太陽みたいな花で黄色く染まった大地。


 花を綺麗と思うような感性が自分にあるとは思ってなかったけど。

 このひまわりってやつは……。


「でも、ラベンダーじゃなくてひまわりなんっすね? 北海道って言うとラベンダーなイメージでした」

「映画でこういう景色を観てさー、来たいと思ってたんだ!」

「お姉ちゃんは単純だよねぇ」


 あぁ、そういや。北海道に来るって言い出したのは、沖縄でジュース飲んだのが切っ掛けだったけど。

 この景色を見に来たがったのは、映画が理由だっけな。


「あ、優人さん凪音ちゃん。私、ちょっとソフトクリーム買って来ます!」

「え? それだったら俺が……」

「いえいえ。私と汐穂ちゃんで行ってきますから、二人はゆっくりしててください」


 それってもしや……。


「あぁ、私と優人でイチャついてていいってこと? おっけ~」


 おっけー、ってお前な。


「姉をよろしくおねがいします」


 ペコリと頭を下げる汐穂ちゃん。

 え? これどう反応すればいいの?


「えっと、はい」


 思わず、真顔で答えてしまった。




 そんな感じで、俺らを無駄に気使った二人が離れていくと。

 とたんに凪音が抱き着いてきた。


「うへへっ~! こんなところであんな気を使われたら、全力でイチャつくしかないっしょ~」

「暑いわっ。夏だぞ今っ」

「夏っても北海道じゃん。多少ましでしょー? 大体、私に触れるんだからもっと泣いて喜べ」

「マジで泣いて喜べなくもないが、ぐっと我慢する」


 だって俺は大人だから。


「チッ。つまらん。……ん~。でも、本当に来れてよかった。あの時から、ずっと優人と来たくて。でも、ずっと無理だと思ってた」

「……そうだな」


 桜も、ひまわりも、紅葉も、雪も。


 これからは、見れる限り見よう。二人でも、四人でも。


 色々な所に行こう。


「ラベンダーも見たいっちゃ見たいんだよねぇ。来年はそうする?」

「あぁ。それもいいな。けど」

「けど?」


 う~む。

 これ、言いたくねぇなぁ……。


「あー。あれだ。凪音には、ひまわりのほうがよく似合ってる、と。ちょっと思わないでもない」


 正直に言えば。

 すごく、とても似合っている。けど。


 口に出したあと、恐る恐る横の凪音を見ると。


「えへっ。えへへへへっ~」


 凄く、にまにましていた。


「そうだよね~! 私、ちゃーんと覚えてるからね? 私はー。優人にとって~。どんな人なんだっけ~?」


 くっっそうぜぇぇ~!


 やっぱ言わなきゃよかったぁ……。


 しかし、俺もこの二年で成長したのだ。

 タダでは煽られんよっ。


「お前は、俺にとって。太陽だ。ひまわりみたいに綺麗で。太陽みたいに必要ななナナ……」

「おぃ! ちゃんと言えこら!」


 やっぱダメだったわ! 噛むとかいう以前に。精神が拒否った。

 無理。キャラじゃない。


「あー。まぁ、あれだ。好きだよ凪音」

「ごまかすなぁぁ! つーか諦めんなっ」


 だって、好きなことは本当なんだし。

 それで勘弁しろ。してください。


「大丈夫っ、愛してるし。ひまわり超似合ってるからっ。あ、でも幽霊やってただけあって冬も似合う。春も佐倉だけに桜が似合う。秋はー、知らん。凪音は可愛い!」

「おまえいい加減にしろよ!!」


 顔を真っ赤にした凪音に襟首をつかまれてがっくんがっくん揺さぶられる。


 一応、本心しか言ってないってば。


「そういう凪音はどうなんだよ? 俺のことが必要か?」

「ねーよ! 傍にいないと涙がとまんないだけだし!」


 それって必要ないと言えるのか?


「じゃー、脱水症状にならないように傍にいないとなぁ」

「そんなの当たり前でしょ! いいからもう一回最初っからきっちりばっちり私のこと口説きなさいよぉっ。ちょっ、聞いてんのかこらぁ!?」


 凪音がとうとう膝蹴りをげしげし入れてきたあたりで、これって泣くより恥ずかしい状態になっているのでは?

 と、思い当たったので。


「よし、二人を迎えに行こう。冷静に考えたらソフトクリーム四本は大変だしな。両手ふさがっちゃうし」


 戦略的撤退だ。

 イチャつくのは、少しやったからもう十分だろ。多分。


「おぃ! まて! まだ私は納得してないからね!」


 俺が後ろをみせた隙に、後ろから凪音が飛びかかってくる。


「ちょっ、お前もう幽霊じゃないんだからっ。色々当たってるってばっ」

「あててんのよ!」


 その台詞を本当に聞く日が来るとは思わなかった!


「私、もう体あるけど。優人に憑りつくのやめたつもりはないからねっ」

「あー。そうかい。幾らでも憑りついてろ! できるんなら、一生そうやってろっ」



 あれだな。

 いつか、凪音に憑りつかれた経験を、お話としてまとめてもいいかもしれんな。


 う~ん。タイトルは……「幽霊JKに憑りつかれた件」とか?


 いやいや……もっとこう。二人で過ごしてる的なノリが欲しい。


 ――よし、こうしよう。



『お気楽ギャル幽霊と絶望平凡男の一年間』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る