おまけ編(書籍版後のif的おまけ話)

第1話 おはよう

 夢を見ていた。


 夢の中の自分は、幽霊の女の子と一緒に暮らしている。

 彼女は幽霊なのに生き生きとしていて、一緒にいると自分もまるで生き返ったみたいな気持ちになった。


 彼女は幽霊だからか、まるで何かを悟ってしまったような微笑をよく浮かべていて。

 自分はそんな彼女に惹かれて、ずっと一緒にいたいと思った。


 でも、彼女はどこかに消えてしまった。


 自分の気持ちは、恋だったのだろうか?

 それとも、友情や親愛の先にあるかもしれないナニカだったのだろうか?


 わからない。

 わからないけれど。

 俺はただ、彼女とずっと一緒にいたかったんだ。




「――なお」


 自分の呟きで、目が覚めた。

 といってもまだ半分夢の中にいるように、頭がぼんやりとしている。


「お。起きた? 優人」


 ……ぼんやりと……あれ?


「おい、二度寝しちゃだめだかんね。二度寝は体によくない? 脳によくないんだっけ? なんかそんな感じだし。それに遅刻しちゃう。朝食抜きはだめなんだから」


 まるで口うるさい妹のような、あるいは娘のような。

 むしろ、いっそ母親のようなこの口調。


「つーか早く起きないと私服脱ぐよ? ヤることヤるよ? こうしてベッドで寝てる優人を目の前にしてしばらく我慢してたけど、そろそろ限界だし」


 そして、いかれたことを平然と言ってのけるこの感じは。


「――!?」


 思わず、布団をはねのけるようにして起き上がる。


「うぶっ!?」


 ふっとんだ布団が被さり、ベッドに腰掛けていたらしい少女が変な声を上げた。

 布団をゆっくり押しのけながら、不満げな表情が顔を覗かせる。


「ちょっと、気をつけてよ」

「す、すまん。ってかお前、なんで?」

「なんで? あぁ、なんで入れたのかってこと? 合鍵くれたの優人じゃん」


 確かに、なんかあったら自由に使っていいよと渡したのは俺だが。


「独身アラサー野郎の部屋に朝から侵入するか普通?」

「いいじゃん、JKに朝起こしてもらえるなんて。がっつり感謝しときなさいよ」


 そう言って立ち上がった少女は、確かに女子高生だ。


 窓から差し込む朝日に映える、サラサラとした長い黒髪。

 見覚えの薄い、なのによく知っている、あまり化粧っ気のない顔。

 わざと少しばかり着崩している学生服。

 そのスカートからはほっそりとした足が、まだほんのりと肌寒い春の空気にも負けずに肌をさらして伸びている。


「足は、あるな」

「あほかっ。幽霊のころから足はあったでしょ」


 さようで。


「ったくいつまで寝ぼけてんの? 目覚めのキスでもしてあげよっか」


 そう言って彼女は、俺の頭を両手で固定すると急に顔を近づけてくる。

 視界を占有する顔は幼さと大人びた表情が同居していて、異様に魅力的に見えた。


「お、おぃっ。ちょっ」

「ふっ!!」

「いって!?」


 目を瞑った瞬間、前頭部に鈍痛。

 頭突きをかまされたらしい。


「てっめ……何すんだ!?」

「目が覚めたでしょ? ほれ起きろー。次はまじで襲うわよ。責任持たないからね」

「何の責任だよ。あーもう起きるよ。起きるから、先に向こう行ってていいぞ」

「感動の足りないやつめ。久しぶりに私に朝起こされたんだからもっとありがたく思えー?」

「思ってる、超思ってるから。ほらいったいった」

「ったくもー。んじゃ、早く朝の支度してきてね」

「あぃよ」


 ベッドからのそのそと這い出した所で、リビングへと向かう彼女が振り返る。


「言い忘れてた。おはよ、優人」


 あぁ、本当に。

 彼女に朝を起こされたのは久々で。

 俺は、そうして目覚める朝をずっと――。


「おはよう、凪音」







 顔を洗うことからはじめて諸々の朝の準備を終え、リビングに向かう。

 すると、エプロン姿の凪音が机の上に朝食を並べ終わったところだった。

 どうでもいいが、制服の上にエプロンってやたらマニアックな出で立ちにみえるな。


「凪音、それって」

「それ? って、これ? 朝ご飯だけど。勝手に冷蔵庫の中身使ったけど問題あった?」

「い、いや。ないけど。こう、凪音が朝飯作ってくれてるってことにどう感動すればいいのかちょっと混乱しちまってな」


 JKが朝起こしてくれた上に朝飯作ってくれてる、ってだけでも異常事態だし。

 彼女が幽霊だったころを思えば、凪音が作ってくれるってのは不思議な感覚だ。


「感動ね。ふふんっ。がんがん感動して崇め奉りなさい。ついでに感謝もね!」

「あぁ、ありがとうな。凪音。本当に」

「そ、そう素直に言われるとなんか照れるな。別に言うほどしなくていいよ。居候してたときは散々世話になったし、恩返しくらいに思っといて」

「恩返しって、鶴かお前は」

「あははっ。そーね。でも、私は鶴と違ってもう帰ってやらないけどね」


 そう言って、凪音は軽やかに笑った。



「いただきます」

「ん。召し上がっちゃってー」


 凪音と向かい合って座って、朝飯を食べる。

 手料理を実際に食べるのは初めてだが……。


「うまい」

「ほ、ほんとに?」

「嘘言ってどうする。うまいよ、かなり」


 本当に美味しい。

 俺の感想を聞いた凪音は「あ~、よかったぁ。一安心だわ」とか言って、自分も箸で朝食を口に運び出した。


 凪音は妹の為に料理を作る機会が多かったらしく、料理には自信があったらしいからな。


「しかし、こうして体があると実感するが。凪音って相当やばいよな」

「は? 喧嘩売ってんの? 買うよ? 優人を泣かせるなんて超簡単だかんね?」

「いや、ちげーよ。なんでこの状況で喧嘩を売るんだよ」


 俺の言い方が悪かったのだろうけども。


「じゃ、やばいって何よ?」

「こんだけ可愛くて面倒見よくて性格もいいってなったら、やばいくらいモテるだろうなと思って」

「ごふっ!?」


 あ、むせた。


「おい、大丈夫か?」

「えっほっ!? んぐんぐ……」


 置いてあった豆乳を一気飲みして、落ちついたらしい。

 幽霊の頃には見なかったであろうアクションを見られた気がして、ちょっと得をした気分だなぁ。


「あんたねぇ……なに? 朝から口説いてるの? 結婚したいの?」

「飛躍しすぎだろ。結婚てお前」

「まぁ結婚は冗談だけどさ。まず私ら付き合ってすらいないし」

「あぁ、そういやそうだったな」


 幽霊の凪音が消える前。

 俺と凪音は疑似恋人の延長線の関係にはあっても、明確な恋人関係にあったわけでは多分ない。


 あの当時の凪音曰く「恋人っぽいのが一番ロマンチックで私ら向き!」だったのでそれを実践していただけだ。

 幽霊の凪音との関係性に名前をつけたくても、既存のどんな人間関係にも当てはまらないだろうから。


 ――つっても。


「こないだは、取りあえず恋人って言ってたけど?」

「あれはっ! その、ほらっ。まだばらすつもりなかったのにばれちゃって、泣いたり抱き合ったりしてるうちにテンションおかしくなったっていうか!?」


 公園で凪音と再会したとき、凪音は取りあえず恋人と宣言したのだ。


「キスまでしてきたしな」

「もーうっさいな! いいじゃんそれくらい! 欧米じゃ挨拶じゃん!」


 欧米でも流石に口にはしてこないような気もするが。

 ま、今は取り合えず疑似恋人を継続って流れでいいのかもしれんなぁ。


 





 朝食も食べ終わり、凪音が玄関で靴を履いている。

 流石に同時に出て行くのはまずいだろうし、俺はちょっと後にでないと。

 ……いや、まて? この状況ってどう転んでもまずいのでは?


「じゃ、優人。また後でね」

「お、おぅ。今ちょっと何かしらのやばさに気がついたけど、また後でな。気をつけていけよ」

「? うん。んじゃ、いってきまーす」


 いってきます、か。


「凪音」

「ん?」

「おかえり」

「……今はいってきますって言ってんだろ、おっさん!」

「おっさん言うな。泣くぞ」


 その単語には涙もろいんだ。色々な意味で。


「はんっ。だから言ってんじゃん、優人泣かせるなんて簡単なのー。優人も気をつけなね!」

「わかってるよ。いってらっしゃい」


 そう言って、凪音はドアから出て行った。



 リビングに戻ってキッチンを見たら、なんと手作りの弁当まで置いてあった。

 至れり尽くせりすぎて、なんか怖いくらいだな!

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